子曰:“视其所以,观其所由,察其所安;人焉廋哉!人焉廋哉!”
《论语》为政第二-10
素読文:
子曰く:“其の以うる所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉んぞ廋さんや!人焉んぞ廋さんや!”
解釈:
孔子曰く:“人の値打ちはその人の行動、その理由、満足する到達点を見れば明らかになる”
逆の言い方をすれば、口ばかりの人、行いの動機が不純な人、中途半端な所で辞めてしまう人は見ればすぐにわかる、ということでしょう。
子曰:“视其所以,观其所由,察其所安;人焉廋哉!人焉廋哉!”
《论语》为政第二-10
素読文:
子曰く:“其の以うる所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉んぞ廋さんや!人焉んぞ廋さんや!”
解釈:
孔子曰く:“人の値打ちはその人の行動、その理由、満足する到達点を見れば明らかになる”
逆の言い方をすれば、口ばかりの人、行いの動機が不純な人、中途半端な所で辞めてしまう人は見ればすぐにわかる、ということでしょう。
子曰:“学而不思则罔,思而不学则殆。”
《论语》为政第二-15
罔:无知
殆:疑惑
素読文:
子曰く:学びて思わざれば則ち罔し。思いて学ばざれば則ち殆し。
解釈:
書を読むだけで自ら考えなければ、物事ははっきりしない。考えるだけで学ばなければ、確かなものにはならない。
歴史や書物から学ぶだけではなく、自の体験に照らして考えることにより、実践的な知恵となる。つまり「学びて思えば殆うからず」ということです。
子曰:“君子和而不同,小人同而不和。”
《论语》子路第十三-23
和:于事物来说是“多样性的统一”。而对于人来说,“和”是和于观点与意见,是观点与意见的多样性统一。
同:同质事物的绝对同一,即把相同的事物叠加起来。
素読文:
子曰わく、君子和して同ぜず。小人同じて和せず。
解釈:
君子は他人とよく調和してやっていくが、自分の立場を忘れて、他人にひきずられたりはしない。
小人は他人にひきずりまわされたり、へつらったりするが、自分の立場を守りながら、他人と調和してやってゆくことはできない。
私は『和而不同』と『同而不和』をこんなふうに定義しています。
和して同せずの人たちはチーム。すなわち目的と目標を共有し互いに貢献しあうモチベーションの高い人の集まり。
同じて和せずの人たちはグループ。すなわち場所と時間を共有しお互いに盛り上がるテンションの高い人の集まり。
同じて和せずの人たちは、仲がいいように見えます。互いに思いやりを持ち、気持ちよく過ごせるように気を使います。
和して同せずの人たちは、仲がいいようには見えません。時として激しく議論し対立もします。しかし自分たちの目的や目標を達成するために各自の責任を果たします。
会社の帰りに居酒屋に集まり、会社や上司の愚痴を言いながら憂さ晴らしをするのが「動じて和せず」の人たち。
仕事で目的目標を達成するために貢献しあうのが「和して同ぜず」の人たち。
ちょっと言い過ぎでしょうか(笑)
子曰:“贤哉回也,一箪食,一瓢饮,在陋巷,人不堪其忧,回也不改其乐。贤哉回也。”
《论语》雍也第六-十一
回は孔子の弟子・颜回の事。颜渊とも呼ばれる。
箪:竹でできた飯を盛る器
瓢:柄杓
陋巷:路地裏のあばら家、顔回の住まい。
素読文:
子曰く、賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人は其の憂れいに堪ず。回や其の楽しみを改ためず。賢なるかな回や。
解釈:
顔回はなんという賢者だろう。一膳の飯を食べ、一杯の水を飲むだけ。あばら家に住まいしておれば、たいていの者は堪えられないだろう。顔回は学問を究める楽しみを変えない。顔回はなんという賢者だろう。
子貢が顔淵は一を聞いて十を知る才人ですと褒めたとご紹介しました。
一を聞いて十を知る
師匠である孔子も顔淵にはかなわないと言っています。
今週ご紹介するのは、その孔子が顔淵を褒めて言った言葉です。
貧しい暮らしを一向に苦にする様子もなく、研鑽を積む姿は求道者と言っても良さそうです。孔子は顔淵のそういう学問を究める姿勢を愛していたのでしょう。
子谓子贡曰:“女与也孰愈?”对曰:“赐也何敢望回?回也问一以知十,赐也问一知二。”子曰:“弗如也!吾与女弗如也。”
《论语》公冶长5.9
女は汝の意味。
回は孔子の弟子・颜回の事。
赐は子贡の本名(姓・端木、名・賜)から
素読文:
子、子貢に謂いて曰わく、女と回と孰れか愈れる。対えて曰わく、賜や、何ぞ敢て回を望まん。回や一を聞きて以て十を知る。賜や一を聞きて以て二を知る。子曰わく、如かざるなり。吾と女と如かざるなり。
解釈:
孔子が子貢に尋ねました、
「お前と顔回とどちらが優れているか?」
子貢は、
「私など彼にとても及びません。彼は一を聞いて十を知る事が出来ますが、私は一を聞いて二を知るくらいがせいぜいです。」
と答え、孔子は、
「そのとおり、私もとても顔回には及ばない。私たちはとても彼には及ばないのだ。」
とおっしゃった。
「一を聞いて十を知る」聡明な人を称してこう言います。日本原来の言葉と思っていましたが、原典は論語です。
孔子一番の弟子・顔回(字名は子淵、別名顔淵)は、どちらかというと清貧にして学研の徒という感じです。顔回の求道の姿勢を孔子は高く評価していた様です。しかし孔子より先に夭折してしまう。
孔子は『顏淵死。子曰。噫。天喪予。天喪予。』(先進11.8)と嘆いています。
対する子貢は、弁が立ち高い職に就いています。
この孔子との問答でも、顔回は一を聞いて十を知ると讃えながら「自分は一を聞いて二を知ることができる」としっかりアピールしています。