為政」タグアーカイブ

義を見てなさざるは勇無きなり

yuē:“fēiguǐ(1)érzhīchǎn(2)jiàn(3)wéiyǒng(4)。”

《论语》为政篇第二-24

(1)鬼:先祖の霊
(2)谄:へつらう
(3)义:正義
(4)勇:勇気



素読文:

いわく、あらずしてこれまつるは、へつらうなり。みてさざるは、ゆうきなり。

解釈:

自分の祖先でもない霊を祀るのは諂いだ。なすべき正義を見て行動しないのは勇気なきなり。

力がない市井の庶民が義を見て為さぬのは保身行動の場合もあるでしょう。しかし為政者としては義をみれば為さねばなりません。

家庭も治世なり

huò(1)wèikǒngyuē:“(2)wèizhèng?”
yuē:“《shū(3)yúnxiàowéixiàoyǒuxiōngshīyǒuzhèngshìwéizhèngwéiwéizhèng?”

《论语》为政第二-21

(1)或:ある人
(2)奚:なぜ
(3)书:《書経》

素読文:

あるひとこういていわく:“なんまつりごとさざる。”
いわく:“しょう、こうなるかなこう兄弟けいていゆうに、有政ゆうせいほどこすと。れもまつりごとすなり。なんまつりごとすことをさん。”

解釈:
ある人が孔子に尋ねた“あなたは、なぜ政治に携わらないのでしょう?”
孔子曰く“《書経》に孝についてこうある。「親に孝行、兄妹に親密であれば自ずと政に及んでおる」こう考えれば家庭内にも政治がある。強いて国政に携わることもあるまい”

孔子は国政に携わりたかったのだろうと思います。しかし諸侯が相互の力学的バランスを考え、孔子を宰相として迎えなかったのではないでしょうか?

季康子治世を問う

kāng(1)wèn:“使shǐmínjìngzhōngquànzhī(2)?”
yuē:“línzhīzhuāngjìngxiàozhōngshànérjiáonéngquàn。”

《论语》为政第二-20

(1)季康子:魯の国の大夫
(2)如之何:どうしたらよいか

素読文:

こうう:“たみをして敬忠けいちゅうにしてもっすすましむるには、これ如何いかんせん。”
いわく:“これのぞむにそうもってすればすなわけいす。こうなればすなわちゅうなり。ぜんあげのうおしうれば、すなわすすむ。”

解釈:
大夫・季康子が孔子に尋ねる:“民をして敬意と忠誠の心を抱かせ、自発的に励む様にするにはどの様にしたらよいか”
孔子曰く:“民に対して尊重な態度で臨めば、民は敬意を払う。年上の者に孝行し、目下の者に慈愛の心を持てば、民は忠心を持つ。善行の者を登用し、能力の足りない者を教え導けば、民は励む”

残念ながら2500年前の教えを理解できない者が現代社会で指導的立場にある様です。

哀公治世を問う

āigōngwènyuē:“wéi(1)mín(2)? ”
kǒngduìyuē(3):“(4)zhí(5)cuò(6)zhū(7)wǎng(8)mínwǎngcuòzhūzhímín。”

《论语》为政篇第二-19

(1)何为:どうすれば
(2)服:服従
(3)对曰:答えて曰く(目上の人に用いる)
(4)举:抜擢する
(5)直:正直者
(6)错:上に置く
(7)诸:これを〜に
(8)枉:曲がった者。不正直、邪な人

素読文:
哀公あいこううていわく、なにさばすなわたみふくせん。こうこたえていわく、なおきをげてこれまがれるにけば、すなわたみふくせん。まがれるをげてこれなおきにけば、すなわたみふくせず。

解釈:
哀公が孔子に尋ねた「どうすれば民を治めることができるだろうか」
孔子曰く「正しい人を採用して曲がった人々の上におけば、民は服するでしょう。逆に曲がった人を正しい人の上におけば、民は服しません」

哀公は孔子の出身地魯国の君主です。孔子が魯に戻ったのちに哀公に仕えた様です。哀公は若くして没した君主のおくりなです。

禄を求るには

zhāng(1)xuégān(2)yuē:“duōshènyánguǎyóuduōjiànquè(3)dàishènxíngguǎhuǐyánguǎyóu(4)xíngguǎhuǐzàizhōng(5)。”

《论语》为政第二-18

(1)子张:孔子の弟子。姓はせんそん、名は師、あざなは子張。
(2)干禄:士官し俸禄を求めること。
(3)阙:取り除く、はぶく。
(4)尤:人に咎められること。
(5)在其中:求めずとも得られる。

素読文:
ちょうろくもとむることをまなぶ。いわく:“おおきてうたがわしきをき、つつしみてあまりをえば、すなわとがすくなし。おおあやうきをき、つつしみてあまりおこなえば、すなわすくなし。げんとがすくなく、おこないにすくなければ、ろくり。

解釈:
子張は士官のしかたを学びたがった。孔子曰く“多くの意見を聞き、疑わしいものは避け、謹んでその他の確実なことを言っておれば、悔いはないだろう。多くを見て、危ないことは避け、自信のあることだけを言っておれば、悔いはないだろう。発言に咎めなく行いに悔い少なければ、禄を得ることはできるだろう。”

孔子は高名すぎて、どこからも士官の声がかかりませんでした。
子張は優秀ではあった様ですが、孔子の弟子たちの間では評価が低かった様です。
孔子より48歳年下であり、その他の弟子たちから軽んじられていたのかもしれません。

君子の心得
五美と四悪
賢者を尊び、衆を容れる
聞は達に如かず
聞は達に如かず
恭寛信敏惠ならば仁
ともに仁を為す 曾子の子張に対する評価も高くはない
難きを為す 子游は子張に対し「然しかれども未いまだ仁じんならず」と言い切っています。

異端は害あるのみ

yuē:“gōng(1)duān(2)hài。”

《论语》为政第二-16

(1)攻:学ぶ
(2)异端:異端の教え。老荘思想のことを指すと思われる

素読文:
いわく:“たんおさむるは、がいあるのみ。”

解釈:
子曰く:“異端の学問を学んでも害があるだけだ。”

今も昔も他派の学説を退けるというのは変わりがない様です。

温故知新

yuē:“wēnérzhīxīnwéishī。”

《论语》为政第二-11

素読文:

いわく、ふるきをたずねてあたらしきをれば、もっるべし。

解釈:

孔子曰く:“過去から学び新しい知見を得る、そのような姿勢を持てば師たりうる。”

新しい技術や学問に目が行きがちですが、それらは古い知見に支えられたものです。新しいものに飛びつくだけでなく、古い知見を基礎として持っていなければならない、と解釈しました。

是を持って孝と為さんや

xiàwènxiàoyuē:“nán(1)yǒushì(2)láoyǒujiǔshíxiānshēng(3)zhuàn(4)céngshìwéixiào?”

《论语》为政篇第二-8

(1)色难:色は顔色のこと。父母の顔色から想いを理解して仕えるのは難しい。
(2)弟子:年少者
(3)先生:年長者
(4)馔:食事をすすめる

素読文:
子夏しかこうう。
いわく:“いろかたし。ことれば、ていろうふくし、しゅあれば、先生せんせいせんす。すなわここもっこうさんや。”

解釈:
子夏が孝を問うた。
孔子曰く:“仕えるときの態度が大切だ。仕事があれば年少者が率先して手伝う。酒食はまず年長者に飲食してもらう。形だけでなく孝の気持ちを込めなければならない。”

孝とは

yóuwènxiàoyuē:“jīnzhīxiàozhěshìwèinéngyǎngzhìquǎnjiēnéngyǒuyǎngjìngbié。”

《论语》为政第二-7

素読文:

ゆうこうう。いわく:“いまこうは、やしなうをう。けんいたるまで、みなやしなうことり。けいせずんばなにもっわかたんや。”

解釈:

子游が孝とは何かを孔子に問うた。
孔子曰く:“最近では、親を養うことが孝だと言われている。しかし犬や馬でも養っている。これを孝とは言わぬ。尊敬の念がなければ孝とは言えない。”

礼を持ってす

mèng(1)wènxiàoyuē:“wéi(2)。”

fánchí(3),gàozhīyuē:“mèngsūnwènxiàoduìyuē‘无wéi。’”

fánchíyuē:“wèi?”yuē:“shēngshìzhīzàngzhīzhī。”

《论语》为政第二-5

(1)孟懿子:魯の家老。孟孫氏。懿はおくりな(死後に贈る称号)
(2)违:礼を踏み外すこと
(3)樊迟御:樊迟(孔子の弟子。姓は樊、名はしゅ、字あざなは子迟)が御者をする。

素読文:
もう懿子いしこうう。いわく:“たがうことかれ、と。”
はんぎょたり。これつげいわく:“孟孫もうそんこうわれう。われこたえていわく、たがうことかれ、と。はんいわく:“なんいいぞや”と。いわく:“きてはこれつかうるにれいもってし、してはこれほうむるにれいもってし、これまつるにれいもってす、と。”

解釈:
孟懿子が『孝』とは何かを尋ねた。
帰るときに、孔子は御者をしている弟子の樊遅に、孟懿子が孝の道を私にたずねたので、私は「はずれないようにしなさい」と教えたと話して聞かせた。樊遅はどういう意味かと尋ねた。
「はずれない」とは親が生きているうちは礼を尽くし、死しては礼を持って葬り、礼を持って祀ることだ。つまり「礼を外さずになさい」という意味だ。