ホンダのF1復帰1年目の成績は、19戦0勝だったそうだ。
マクラーレンにホンダエンジンを提供して1年戦ったが、1勝も出来なかった。F1レーシングカーのエンジンは、市販車のエンジンとは全く異質なモノの様だ。異質と言ったのは、エンジンの構造やメカニズムだけではなく、開発の方法も、段階も異質と言う意味だ。市販車のエンジンは、量産の段階にあり、設計変更は、よほどの事がない限り発生しない。試作段階で設計は完了しているはずだ。
しかしF1レーシングカーは、レースのたびに改良が繰り返されている。レースの結果を見て、次のレースまでにチューニングされる。従って、試作研究段階のエンジンと言った方が良いだろう。
時間が足りないので、大掛かりな設計変更は不可能だ。基本設計を変えずに、小変更で性能を上げて行く。この繰り返しを毎週やる。
F1総責任者の新井氏は、この状態を「夏休みの最後の日のような濃縮した時間がずっと続く厳しい環境」と表現している。帰宅できない日が何日も続く。24hrs、7daysの仕事が続き家族と一緒に食事をしたのがいつだったか思い出せない。こういう環境を地獄と思っていない人が本物のエンジニアだ(笑)
ついでに言っておくと、暇な時にもとんでもないアイディアを実証するために、コソコソと実験室にこもっているのが、神級のエンジニアだ。
「ワークライフバランス」と言う言葉が軽薄に見えてしまう。
本物のエンジニアたちは、適当なところでバランスをとるのではなく、もっと突き抜けたところに使命感や喜びを見いだしている。
F1と言う「祭り」がこういうモチベーションを引き出す効果を持っている。
つまり日々の業務「日常」の中に「祭」を持ち込むことによりメンバーの結束力や、やる気を高める。このような企業文化がホンダの中には「楽しい事をやろう」という合言葉で組織に浸透している。
ホンダに勤めている私の後輩は以前ソーラーカー開発プロジェクトに参加し、オーストラリアのレースにも参戦してきた。このようなプロジェクトが起きると、俺もやりたいと手を上げ職場を離れてプロジェクトに参加できる。
このプロジェクトで得られた技術も次世代環境対応車に活かされるのではないだろうか。
基礎研究を「コツコツ」やるのではなく、「祭」に仕立て上げて楽しくやる。技術の蓄積だけではなく、こういう企業文化の側面からの効果も大きい。これが企業のブランドになるはずだ。
花王の元会長常磐文克氏は。この「祭り」を「コトづくり」と言っておられる。
- 刃先の幅が0.005mmで、溝入れが0.03mm間隔で可能という世界一幅の細い超精密切削工具(アライドマテリアル)
- 一辺が0.3mmの世界最小の真鍮製サイコロ(入曽精密)
- 厚さ0.05mmのアルミ板に、直径0.008mmの穴を連続45箇所開ける技術(田中製作所)
- 電子回路を金型とインクジェットシステムで作る技術(クラスターテクノロジー)
これらの会社に共通しているのは、精密加工の切削成型、研磨、溶接などそれぞれの分野で世界一小さい、軽い、細い、薄い、……に挑戦する“コト”をモノ造りの中心におき、職人や技術者を勇気付け、鼓舞していることである。
「コトづくりのちから」常盤文克著
このコラムは、2016年1月25日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第460号に掲載した記事です。
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