工場再生指導バイブル
原田氏は生前,経営には独自性とアイディアが必要だと,よくおっしゃっていた.その原田氏自身も,天虎電子,ソニー恵州,SOLID社の経営で,過去に成功した同じ手法を使うことを封じていた.
企業を再生させる場合,自分のやり方に付いて来られる人と力を合わせる必要がある.自分のやり方に反対意見がある者や,旧経営者と一緒に再生改革をするのは大変困難だ.
特に倒産の危機に瀕している企業の経営幹部が,再生に居残っているというのは,自分に経営責任があったという自覚に欠けており,大きな抵抗勢力となる.
原田氏は,着任直後このようなオーナー親戚すじの旧経営幹部を一掃している.これが再生の第一歩であったのだが,ここではこんなアイディアを発揮した.
オーナー一族の経営幹部をまず一つの大部屋に集め,仕事をさせなかった.そのまま2,3ヶ月経った時に「あなたは,優秀な方だから,他の仕事を探してもっと能力を発揮してはどうか」と一人ひとり説得した.そしてその後に一言「万が一仕事が見つからないようなことがあれば,この会社はあなたのための机を用意しておくから,遠慮なく戻ってきてくれ」と付け加えた.この一言で誰一人戻ってくる者はいなかったそうだ.
人のプライドを理解したアイディアだ.
2004年原田氏は,会社案内のVCDを制作している.当時ソニー専門のOEM工場だったので,顧客拡大のために会社案内を作る必要はなかったはずだ.実はこのVCDは,従業員の両親に配布するために作ったのだ.
田舎の両親は,わが子が働く会社の案内を見て,すばらしい会社で働いているのを知り安心する.出稼ぎに出かけた子供が,ホームシックにかかり両親に電話すると,せっかく良い会社には入れたのだからもっとがんばれと励ます.更に隣近所にVCDを見せて自慢をする.隣近所の人たちも,そんなに良い会社ならば我が子も出稼ぎに出したいと思うだろう.
従って原田氏は作業員の採用には,まったく困っていなかった.ほとんどが従業員の紹介で足りていたのだ.
このアイディアはその後も,社内報を両親に届けるという形で継続していた.
ひところ台湾資本の大手EMSで,自殺騒動が連続発生し,話題となった.SOLID社ではそのような事件は発生したことがない.
なぜ就職して半年も経たない若者が,相次いで自殺をしてしまうのか?卒業して間もない若者が,いきなり都会に出てきて,孤独感と仕事に対する不安が,自殺の大きな要因となっていただろう.
原田氏は,進入従業員が,孤独や不安を持たないようにするアイディアを制度に落とし込んでいた.
新入社員は,一週間新人研修を受ける.この研修の講師は,去年入社の従業員だ.歳が近く新人は講師に親近感を持つ.講師は新人の気持ちを理解しており,新人の身になって教えることが出来る.
また入社後3ヶ月間は職場の班長・組長と毎日日記を交換する.この日記により班長・組長は新人が悩んでいることや心の動きを,察知しすぐにフォローする.
これらの仕組みが,職場の中でコミュニケーションを発生させる.
他にも「手拉手」「心連心」という,一人が皆を思いやり,皆が一人を思いやる仕組みがある.
経営者は,このような優れたアイディアをすぐに取り入れるフットワークと,それを自分の組織に合う様に進化させる独自性のあるアイディアを,持たなければならない.
本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2010年12月号に寄稿したコラムです.