月別アーカイブ: 2023年8月

世渡りは口先と見た目

yuē:“yǒuzhùtuó(1)zhīnìng(2)éryǒusòngzhāo(3)zhīměinánmiǎnjīnzhīshì。”

《论语》雍也第六-14

Created By 音読さん

(1)祝鮀:衛の大夫。名は鮀、あざなは子魚。祝は、宗廟の祭祀の官。霊公に仕え、雄弁であったといわれている。
(2)佞:弁舌がたくみである。「おもねる」の意ではない。
(3)宋朝:宋の公子、名はちょう。美男子であったという。

素読文:

いわく、しゅくねいらずして、そうちょうるは、かたいかないままぬかれんこと。

解釈:

孔子曰く:“祝鮀の様に弁が立ち、宋朝の様に美男でないとこの世には務まらないらしい”
孔子は、口先のうまい者、見た目が良い者でなければ治世は務まらないと嘆いたのでしょう。
いつの世も「本質」は評価されずとも、世の中を渡っていける人がいる様です。

継続努力

rǎnqiúyuē:“fēiyuèzhīdàoyuē:“zhězhōngdàoérfèijīnhuà。”

《论语》雍也第六-12

Created By 音読さん

素読文:

ぜんきゅういわく:“みちよろこばざるにあらず。ちからたらざるなり。”
いわく:“ちかららざるものは、中道ちゅうどうにしてはいす。いまなんじかぎれり。”

解釈:
ぜんきゅういわく:“孔子の説かれる道に心をひかれないのではありません。ただ、私の理解力が足りないのです。”
孔子曰く“力が足りない者は、途中で諦めてしまう。今のお前はそれだ。”

論語の中には何度素読しても理解できない節があります。途中で諦めずに努力継続せよ、と言う教えと理解しました。

賢なるかな顔回

yuē:“xiánzāihuídānshí(1)piáo(2)yǐnzàilòuxiàng(3)rénkānyōuhuígǎixiánzāihuí。”

《论语》雍也篇第六-9

Created By 音読さん

(1)一箪食:一杯の飯
(2)一瓢:一碗の汁
(3)陋巷:狭い路地裏

素読文:
いわく、けんなるかなかいや。一簞いったんいっぴょういん陋巷ろうこうり。ひとうれいにえず。かいたのしみをあらためず。けんなるかなかいや。

解釈:
孔子は回(顔回)を賢者と讃えています。一膳飯に一杯酒で、粗末な住居に生活していれば、普通の人ならば落ち込んでしまうところ、回は生活苦は気にせず、ただ道を極めることを楽しみ、道にひたりきっている。

顔回は孔子が最も愛した弟子と言われています。31歳年少の最愛の弟子に先立たれ、悲嘆に暮れたことでしょう

子、伯牛を見舞う

niú(1)yǒu(2)wènzhīyǒu(3) zhíshǒuyuē:“wángzhīmìngrénéryǒurénéryǒu。”

《论语》雍也第六章-10

Create by 音読さん

(1)伯牛:姓はぜん。名は耕。あざなは伯牛、冉牛とも呼ばれる。孔門十哲のひとり。魯の人。徳行とっこうにすぐれていた。
(2)疾:病。当時は不治の病であったハンセン氏病(癩病)
(3)牖:窓

素読文:
はくぎゅうやまいり。これう。まどよりりて、わく、これからん。めいなるかな、ひとにしてやまいるや、ひとにしてやまいあるや。

解釈:
はくぎゅうらいを病んで危篤におちいった。孔子は伯牛を見舞われ、窓越しに伯牛の手をとり、いわれた。「惜しい人がなくなる。これも天命だろう。それにしても、この人にこの業病ごうびょうがあろうとは。この人にこの業病があろうとは」

ハンセン氏病は当時不治の病と考えられていました。孔子は窓越しに手を握っています。ハンセン氏病は中国でも近代になるまでは伝染性の業病と考えられていました。病室まで行かなかったのはそのためでしょう。