中国文化・中国語」カテゴリーアーカイブ

礼の本質

línfàngwènzhīběnyuē:“zāiwènshēnìngjiǎnsāng(1)nìng(2)。”

《论语》八佾第三-4

(1)易:儀式が整う。形式が整う。
(2):戚:悲しみ悼むこと。

素読文:
林放りんぽうれいもとう。いわく、だいなるかないや。れいおごらんよりはむしけんせよ。そうおさめんよりはむしいため。

解釈:

林放が礼の基本を訪ねた。
孔子曰く「良い質問だ。礼は贅を尽くすより、むしろ倹約した方が良い。葬儀は手落がないことより、悲しみ悼む方が良い」

儀式は贅を尽くし形式にこだわるより、質素でも心を込めてせよ、という意味と理解しました。

雍の詩

sānjiā(1)zhěyōng(2)chè(3)yuē:“xiàng(4)wéigōng(5)tiān(6)(7)(8)sānjiāzhītáng。”

《论语》八佾篇第三-2

(1)三家:魯の家老の、孟孫氏・叔孫氏・季孫氏を指す
(2)雍:『詩経』周頌の「雍」の詩
(3)彻:祭祀が済んで供物をさげること
(4)相:助ける
(5)辟公:諸侯
(6)穆穆:威儀正しく奥ゆかしい
(7)奚:どうして~しようか(いや~しない)反語の意
(8)取:用いる

素読文:

さんしゃようもってっす。いわく、たすくるは辟公へきこうてん穆穆ぼくぼくたりと。なんさんどうらん。

解釈:
孟孫氏、叔孫氏、季孫氏の者が、雍の詩を歌って供物を下げた
孔子曰く:“雍の詩は、諸侯が祭りを助け、天子はその座にあって威厳を正しているという意味だ。諸侯三家の祭りなどで歌えるようなものではない。”

孔子はとりわけ祭事に関して厳格だったようです。

八佾の舞

kǒngwèishì(1):“(2)tíngshìrěn(3)shúrěn?”。

《论语》八佾第三-1

(1)季氏:魯の国の大夫
(2)八佾:縦横8列の舞い
(3)忍:許す


素読文:

孔子季氏きしう:“八佾はちいつていまわしむ。これしのぶべくんば、いずれをかしのぶべからざらん。”

解釈:

孔子は季氏を評して言った。
“季氏は前庭で八佾はちいつの舞を舞わせた。これが許せたら、世の中に許せないことはないだろう”
縦横八列の舞は、天使、皇帝が許される舞です。大夫である李氏が許されるのは四佾(4×8列)の舞です。

義を見てなさざるは勇無きなり

yuē:“fēiguǐ(1)érzhīchǎn(2)jiàn(3)wéiyǒng(4)。”

《论语》为政篇第二-24

(1)鬼:先祖の霊
(2)谄:へつらう
(3)义:正義
(4)勇:勇気



素読文:

いわく、あらずしてこれまつるは、へつらうなり。みてさざるは、ゆうきなり。

解釈:

自分の祖先でもない霊を祀るのは諂いだ。なすべき正義を見て行動しないのは勇気なきなり。

力がない市井の庶民が義を見て為さぬのは保身行動の場合もあるでしょう。しかし為政者としては義をみれば為さねばなりません。

百世代変わらぬもの

zhāngwèn:“shíshì(1)zhī(2)?”
yuē:“yīn(3)yīnxià(4)suǒsǔnzhīzhōu(5)yīnyīnsuǒsǔnzhī(2)
huòzhōuzhěsuībǎishìzhī(2)

《论语》为政第二-23

(1)世:王朝の世代
(2)可知也:(疑問文)知ることができるだろうか。(肯定文)知ることができる。
(3)殷:中国古代の王朝(前17世紀頃~前1046年)
(4)夏:中国古代の王朝(前2070年頃~前1600年頃)
(5)周:中国古代の王朝(前1046年~前771年)

素読文:

ちょうう:“十世じっせいるべきや。”
いわく:“いんれいる。損益そんえきするところるべきなり。しゅういんれいる。損益そんえきするところるべきなり。あるいはしゅうものは、ひゃくせいいえどるべきなり。”

解釈:

子張が訪ねた“十代後のことがわかるものでしょうか?”
孔子曰く“殷は夏の時代の礼を受け継いでいる。大きくは変わっていない。周は殷を引き継いでおり根本は変わっていない。周以降百代後も根本は変わらないだろう”

時代時代によって為政者の考えは変わるかもしれません。しかし根本にある「礼」は変わらない、と孔子は言っています。ある意味、現代中国も昔からの王制と変わりがないのかもしれません。

信は轅なり

yuē:“rénérxìnzhīchē(1)(2)xiǎochē(3)yuè(4)xíngzhīzāi。”

《论语》为政第二-22

(1)大车:牛車
(2)輗:牛の首を牛車と繋ぐ横棒
(3)小车:馬車
(4)軏:馬車のながえの端に横木をつけるためのくさび。

素読文:
いわく、ひとにしてしんくんば、なるをらざるなり。大車たいしゃげいく、しょうしゃげつくんば、なにもってかこれらんや。

解釈:
人に信がなくてはならない。牛車に牛をつなぐながえの横木がなく、馬車に馬をつなぐながえの横木がなくては、前に進むことはできない。人間における信もながえの横木と同じだ

家庭も治世なり

huò(1)wèikǒngyuē:“(2)wèizhèng?”
yuē:“《shū(3)yúnxiàowéixiàoyǒuxiōngshīyǒuzhèngshìwéizhèngwéiwéizhèng?”

《论语》为政第二-21

(1)或:ある人
(2)奚:なぜ
(3)书:《書経》

素読文:

あるひとこういていわく:“なんまつりごとさざる。”
いわく:“しょう、こうなるかなこう兄弟けいていゆうに、有政ゆうせいほどこすと。れもまつりごとすなり。なんまつりごとすことをさん。”

解釈:
ある人が孔子に尋ねた“あなたは、なぜ政治に携わらないのでしょう?”
孔子曰く“《書経》に孝についてこうある。「親に孝行、兄妹に親密であれば自ずと政に及んでおる」こう考えれば家庭内にも政治がある。強いて国政に携わることもあるまい”

孔子は国政に携わりたかったのだろうと思います。しかし諸侯が相互の力学的バランスを考え、孔子を宰相として迎えなかったのではないでしょうか?

季康子治世を問う

kāng(1)wèn:“使shǐmínjìngzhōngquànzhī(2)?”
yuē:“línzhīzhuāngjìngxiàozhōngshànérjiáonéngquàn。”

《论语》为政第二-20

(1)季康子:魯の国の大夫
(2)如之何:どうしたらよいか

素読文:

こうう:“たみをして敬忠けいちゅうにしてもっすすましむるには、これ如何いかんせん。”
いわく:“これのぞむにそうもってすればすなわけいす。こうなればすなわちゅうなり。ぜんあげのうおしうれば、すなわすすむ。”

解釈:
大夫・季康子が孔子に尋ねる:“民をして敬意と忠誠の心を抱かせ、自発的に励む様にするにはどの様にしたらよいか”
孔子曰く:“民に対して尊重な態度で臨めば、民は敬意を払う。年上の者に孝行し、目下の者に慈愛の心を持てば、民は忠心を持つ。善行の者を登用し、能力の足りない者を教え導けば、民は励む”

残念ながら2500年前の教えを理解できない者が現代社会で指導的立場にある様です。

哀公治世を問う

āigōngwènyuē:“wéi(1)mín(2)? ”
kǒngduìyuē(3):“(4)zhí(5)cuò(6)zhū(7)wǎng(8)mínwǎngcuòzhūzhímín。”

《论语》为政篇第二-19

(1)何为:どうすれば
(2)服:服従
(3)对曰:答えて曰く(目上の人に用いる)
(4)举:抜擢する
(5)直:正直者
(6)错:上に置く
(7)诸:これを〜に
(8)枉:曲がった者。不正直、邪な人

素読文:
哀公あいこううていわく、なにさばすなわたみふくせん。こうこたえていわく、なおきをげてこれまがれるにけば、すなわたみふくせん。まがれるをげてこれなおきにけば、すなわたみふくせず。

解釈:
哀公が孔子に尋ねた「どうすれば民を治めることができるだろうか」
孔子曰く「正しい人を採用して曲がった人々の上におけば、民は服するでしょう。逆に曲がった人を正しい人の上におけば、民は服しません」

哀公は孔子の出身地魯国の君主です。孔子が魯に戻ったのちに哀公に仕えた様です。哀公は若くして没した君主のおくりなです。

禄を求るには

zhāng(1)xuégān(2)yuē:“duōshènyánguǎyóuduōjiànquè(3)dàishènxíngguǎhuǐyánguǎyóu(4)xíngguǎhuǐzàizhōng(5)。”

《论语》为政第二-18

(1)子张:孔子の弟子。姓はせんそん、名は師、あざなは子張。
(2)干禄:士官し俸禄を求めること。
(3)阙:取り除く、はぶく。
(4)尤:人に咎められること。
(5)在其中:求めずとも得られる。

素読文:
ちょうろくもとむることをまなぶ。いわく:“おおきてうたがわしきをき、つつしみてあまりをえば、すなわとがすくなし。おおあやうきをき、つつしみてあまりおこなえば、すなわすくなし。げんとがすくなく、おこないにすくなければ、ろくり。

解釈:
子張は士官のしかたを学びたがった。孔子曰く“多くの意見を聞き、疑わしいものは避け、謹んでその他の確実なことを言っておれば、悔いはないだろう。多くを見て、危ないことは避け、自信のあることだけを言っておれば、悔いはないだろう。発言に咎めなく行いに悔い少なければ、禄を得ることはできるだろう。”

孔子は高名すぎて、どこからも士官の声がかかりませんでした。
子張は優秀ではあった様ですが、孔子の弟子たちの間では評価が低かった様です。
孔子より48歳年下であり、その他の弟子たちから軽んじられていたのかもしれません。

君子の心得
五美と四悪
賢者を尊び、衆を容れる
聞は達に如かず
聞は達に如かず
恭寛信敏惠ならば仁
ともに仁を為す 曾子の子張に対する評価も高くはない
難きを為す 子游は子張に対し「然しかれども未いまだ仁じんならず」と言い切っています。