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義・礼・遜・信

yuējūnwéizhì(1)xíngzhīxùn(2)chūzhīxìn(3)chéngzhījūnzāi

《论语》卫灵公第十五章-18

(1)质:本質
(2)孙:謙遜
(3)信:信義

素読文:
いわく:“くんもっしつし、れいもっこれおこない、そんもっこれいだし、しんもっこれす。くんなるかな。”

解釈:
子曰く:“道義をもって本質とし、礼儀に従って行動し、謙虚に発言し、信義を以て成し遂げる。これでこそ君子と言える。”

邦に道なければ…

yuē:“zhízāishǐ(1)bāngyǒudàoshǐ(2)bāngdàoshǐjūnzāi(3)bāngyǒudàoshì(4)bāngdàojuǎnér怀huáizhī(5)。”

《论语》卫灵公第十五-7

(1)史鱼:衛の大夫。名はしゅうあざなは子魚
(2)如矢:矢のようにまっすぐな性格。
(3)蘧伯玉:衛の大夫。姓はきょ。名はえん。伯玉はあざな
(4)仕:士官する。
(5)卷而怀之:才能を隠し世に出ない。

素読文:
いわく、ちょくなるかなぎょくにみちればのごとく、くにみちきものごとし。くんなるかなきょはくぎょくくにみちればすなわつかえ、くにみちければすなわきてこれふところにすべし。

解釈:
孔子曰く:“史魚は真っ直ぐな性格だ。世間に道が有っても無くても矢のように真っ直ぐでいられる。蘧伯玉は君子だ。世間に道があれば世に出て士官する。世間に道がなければ才能を隠し世に出ない。”
ここでいう「道」は道路ではなく道徳とか道理のことと理解しました。
しかし邦に道無くば、出て世を正すのが本物の君子ではないでしょうか。

百姓を安ず

wènjūnyuē:“xiūjìng。” yuē:“ér?” yuē:“xiūānrén(1)。” yuē:“ér?” yuē:“xiūānbǎixìng(2)xiūānbǎixìngyáo(3)shùn(4)yóubìngzhū?”

《论语》宪问篇第十四-42

(1)安人:上層の人を安心させる。
(2)安百姓:庶民を安心させる。
(3)尧:中得五帝时代(紀元前3077年〜紀元前2029年)第四代皇帝。
(4)舜:中得五帝时代第五代皇帝。

素読文:
子路しろくんう。 いわく:“おのれおさめてもっけいす。” いわく:“かくのごときのみか。” いわく:“おのれおさめてもっひとやすんず。” いわく:“かくのごときのみか。” いわく:“おのれおさめてもっひゃくせいやすんず。おのれおさめてもっひゃくせいやすんずるは、堯舜ぎょうしゅんそれなおこれめり。”

解釈:
子路が君子の道をたずねた。
孔子曰く:“慎みをもって修養することだ”
子路問う:“それだけでしょうか”
孔子曰く:“己を修養して人を安んずることだ”
子路問う:“それだけでしょうか”
孔子曰く:“己を修養して天下の民を安んずることだ。天下万民を安んずるのは、堯や舜のような聖天子も心をなやまされたのだ”

堯や舜の時代はどうだったのかわかりませんが、己を脩めた人も立場が変わると民を安んじるよりは、己を安んじることに熱心になるようです。

殖産興業

nángōngkuò(1)wènkǒngyuē:“羿(2)shàn shèào(3)dàngzhōu(4)rán(5)gōngjiàéryǒutiānxià。” nángōngshìchū
yuē:”jūnzāiruòrénshàngzāiruòrén。”

《论语》宪问第十四-5

(1)南宫适:南宫kuò,又の名を南宫子。西周の賢者。孔子七十二賢の一人と言う説もあり。
(2)羿:中国神話に登場する弓の名手
(3)奡:古代の伝説の力持ち。
(4)荡舟:手で船を揺りうごかす。奡の百人力を形容する言葉。
(5)禹稷:禹は夏朝開国の君子。治水により農業の振興を図った。稷は周朝の始祖。穀物の生産を振興した。

素読文:
なんきゅうかつこういていわく:“羿げいしゃくし、ごうふねうごかす。ともしかるをず。しょくみずからしててんたもつと。”
ふうこたえず。なんきゅうかつず。いわく:“くんなるかなかくのごとひととくたっとぶかなかくのごとひと。”

解釈:
南宮适が孔子に問うて曰く:“羿は弓の名手であり、奡は大船をゆり動かすほどの大力だが、いずれも非業の最期をとげました。しかるに、禹と稷とはみずから耕作に従事して、ついに天子の位にのぼりました。これについての先生のご感想を承りたいと存じます”
孔子はは答えなかった。南宮适がその場を去ったのち曰く:“あのような人こそ、まことの君子だ。あのような人こそ、まことに徳を尊ぶ人だ”

孔子は直接本人を褒めず、身辺の弟子に「あいつはすごい」と影で褒めて当人に間接的に伝わることを期待していたのでしょうか。

言の行いにすぐるを恥ず

yuējūnchǐyánérguòxíng

《论语》宪问第十四-27

素読文:
いわく:“げんおこないにぐるをず。”

解釈:
子曰く:“君子は口ばかりで行動しないのを恥ず。”
孔子は為政-13xiānxíngyánérhòucóngzhī行動が先で言葉は後だ、と言ってます。行動が言葉以下であれば、何をか言わんやです。

文猶質、質猶文

chéng(1)yuē:“jūnzhìérwénwéi?”
gòngyuē:“(2)zhīshuōjūnshé(3)wényóuzhìzhìyóuwénbàozhīkuò(4)yóuquǎnyángzhīkuò。”

《论语》颜渊第十二-8

(1)棘子成:衛国の大夫
(2) 夫子:大夫以上の人に対する尊称
(3)驷不及舌:一度口に出したことは取り返しがつかない。舌から出た言葉は驷(四頭立ての馬車)でも追いつかない。
(4)鞟:鞣し革

素読文:
きょくせいいわく、くんしつのみ。なんぶんもっさんと。こういわく、しいかな、ふうくんくや。したおよばず。ぶんしつのごとく、しつぶんのごときなり。ひょうかく犬羊けんようかくのごとし。

解釈:
衛国の大夫・棘子成曰く「君子として重要なのは内面的な質である。外面的な見かけや作法は重要ではない」
これを聞いた子貢は「残念ながら、あなたの意見には同意しかねる。内面は外見に表われ、外見は内面に影響する。虎や豹の毛皮も鞣してしまえば犬や羊の毛皮と同じになってしまう」と諫めた。
礼儀作法の「型」を極めれば、その人の内面が磨かれる。武道の「型」を極めれば何事も恐れぬ胆力を得る。
逆も然り。

その政を謀らず

yuē:“zàiwèimóuzhèng。”zēngyuē:“jūnchūwèi。”

《论语》宪问第十四-26

素読文:
いわく:“くらいらざれば、まつりごとはからず。”
そういわく:“くんおもうことくらいよりでず。”

解釈:
子曰く:“その地位にないものは、その職務について口を出すべきではない。”
曾子曰く:“君子は自らの本分を超えたことを考えない。”

仕事上の処世術では「自分の職位より一つ二つ上の立場から考えて行動せよ」と言います。しかしこれは自分より上位職の行動に口を挟むということではありません。

敬而無失、恭而有礼

niú(1)yōuyuē:“rénjiēyǒuxiōng。”
xiàyuē:“shāng(2)wénzhīshēngyǒumìngguìzàitiānjūnjìngérshīréngōngéryǒuhǎizhīnèijiēxiōngjūnhuànxiōng。”

《论语》颜渊第十二-5

(1)司马牛:孔子の弟子。姓は司馬。名はこうまたはあざなぎゅう。かつて孔子を殺そうとした桓魋かんたいの弟。
(2)商:子夏の名

素読文:
司馬しばぎゅううれえていわく:“ひとみな兄弟けいていり、われひとし。”
子夏しかいわく:“しょうこれく。せいめいり。ふうてんり。くんけいしてうしなうく、ひとまじわるにうやうやしくしてれいらば、かいうちみな兄弟けいていなり。くんなん兄弟けいていきをうれえんや。”

解釈:
司馬牛が憂えて言う「誰にも兄弟があるのに、私だけにはない」
子夏が慰めて言う「私は死生や富貴は天命だときいている。君子として、敬する気持ちを忘れず、恭しく礼を尽くせば、四海のいたるところに兄弟は見出せるではないか。君子たるもの肉親の兄弟に縁のうすいのを憂う必要があろうか」

実の兄が孔子を殺そうとしたことを負い目に思っていた司馬牛に対して、子夏は血の繋がりだけが兄弟ではない。同じ志を持つものも兄弟として接すれば良いのだと慰めたのでしょう。

君子は憂えず惧れず

niúwènjūn
yuē:“jūnyōu。”
yuē:“yōuwèizhījūn”。
yuē:“nèixǐngjiùyōu。”

《论语》颜渊篇第十二-4

素読文:
司馬しばぎゅうくんう。
わく:“くんうれえずおそれず。”
わく:“うれえずおそれず、こここれくんうか。”
わく:“うちかえりみてやましからずんば、なにをかうれなにをかおそれん。”

解釈:
司馬牛が孔子に君子とは何かを問う。
孔子曰く、君子はくよくよ悩まず、何事も惧れない。
司馬牛が重ねて問う、くよくよ悩まず、何事も惧れなければ、君子と言えるでしょうか。
孔子曰く、自己を省みて疚しいことがなければ、何を憂い何を惧れることがあろうか。

君子たる者心に疚しいところがないので、何事も憂えず、何事も惧れない、ということでしょう。

篤論

yuē:“lùn(1)shìjūnzhězhuāng(2)zhě。”

《论语》先进第十一-21

(1)论笃:議論が丁寧で行き届いている。
(2)色庄:重々しく装う

素読文:
わく:“ろんあつきにこれくみせば、くんしゃか、色荘者しきそうしゃか。”

解釈:
孔子曰く「議論がしっかりしているだけでは、君子であるか、見かけだけかわからない。」

君子ならば論篤である必要がありますが、論篤だから君子であるとは限りません。ホラ吹き、ペテン師は皆君子になってしまいます。