カテゴリー別アーカイブ: 中国文化・中国語

難きを為す

yóu(1)yuē:“yǒuzhāng(2)wéinánnéngránérwèirén。”

《论语》子张第十九-15

(1)子游:孔門十哲のひとり。姓は言、名は偃、呉の人
(2)张:孔子の弟子、子張のこと。姓は顓孫せんそん、名は師。孔門十哲には入っていないが論語にはしばしば登場する。

素読文:
ゆうわく:“ともちょうや、くしがたきをす。しかれどもいまじんならず。”

解釈:
子游曰く:“我が友子張は、困難な事をやり遂げることができるが、まだ仁者とは言えない。”

議論のありそうな言葉です。
人に出来ない能力(例えば金儲けの商才)があるからといっても仁者であるとは言えません。
でも、朝エレベータで一緒になった名前も知らぬ隣人に「おはようございます」と声をかけることは「難きこと」であり仁の第一歩と言えるかもしれません。

殷の三仁

wēi(1)zhī(2)wéizhīgān(3)jiànérkǒngyuē:“yīnyǒusānrényān。”

《论语》微子第十八-1

(1)微子:殷王朝・紂王の異母兄。紂王の暴政を諫言するも、聞き入れられず他国に逃亡する。
(2)箕子:紂王の叔父。紂王の暴政を諫言するも、捕らえられ奴隷となる。
(3)比干:紂王の叔父。紂王の暴政を諫言するも、紂王の怒りを買い殺される。

素読文:
微子びしこれり、箕子きしは之がり、比干ひかんいさめて死す。こうわく、いんさんじんり。

解釈:
微子、箕子、比干は殷王・ちゅう王の暴政を諌めたが、紂王は暴政を改めることはなかった。微子は国を去り隠棲した。箕子は捕らえられ奴隷となった。比干は処刑された。孔子はこれら三人を「殷の三仁」と讃えた。
『仁』という言葉を「思いやり」と解釈することがままあります。『殷の三仁』を説明するときに「思いやり」という言葉では足りないように思います。

続・管仲仁者なりしか

gòngyuē:“guǎnzhòngfēirénzhěhuángōngshāgōngjiūnéngyòuxiàngzhī。”
yuē:“guǎnzhòngxiànghuángōngzhūhóukuāngtiānxiàmíndàojīnshòuwēi(1)guǎnzhòngzuǒrèn(2)ruòzhīwéiliàng(3)jīng(4)gōuérzhīzhī(5)。”

《论语》宪问第十四-17

(1)微:ない。
(2)被发左衽:髪を振り乱し、左前に着物を着る。夷狄の風習に染まること。
(3)谅:つまらぬことを守って取るに足らない信頼を得ること。
(4)自经:首を吊って自殺すること。
(5)渎:溝渠。排水路。

素読文:
こうわく:“かんちゅうは仁者にあらざるか。かんこうこうきゅうを殺すに、死するあたわず。またこれたすく。”
子曰わく:“管仲かんこうたすけて、しょこうたらしめ、天下をいっきょうす。たみいまいたるまでそのく。管仲なかりせば、われそれはつこうむり、えりひだりにせん。ひっひっまことすや、みずか溝瀆こうとくくびれてこれを知るものきがごとくならんや。”

解釈:

子貢曰く:“管仲は仁者とは言えないでしょう。桓公が公子糾を殺した時に公子糾に殉じて死ぬこともせず、主殺しの桓公に仕えてその政を補佐したではないですか。”
孔子曰く:“管仲が桓公を補佐し諸侯の覇者たらしめ天下を統一安定したからこそ、今日まで民はその恩恵を受けているのだ。もし管仲がいなければ夷狄の侵略を受け、我々は夷狄の風俗に染まり髪を振り乱し、着物を左前に着ていただろう。匹夫匹婦がつまらぬ義理人情にこだわり首をくくってドブの中で死んでいくのとは違うのだ。”

《宪问第十四-16》の続きです。

管仲仁者なりしか

子貢も子路と同様に、公子糾に仕えていた管仲が、公子糾を殺した桓公に仕えたことを非難しています。
しかし孔子は、管仲が誰に仕えていようが天下統一安定の実績を評価しています。そのため外敵である夷狄から中華を守ることができた。主と共に殉死する、主殺しに対して離反する、このような行為は巷の凡人達がつまらな義理人情にこだわり心中するようなものだと一刀両断しています。それより天下国家を考えて行動せよ、ということでしょう。

管仲仁者なりしか

yuē:“huángōng(1)shāgōngjiū(2)zhào(3)zhīguǎnzhòng(4)”。 yuē:“wèirén?”
yuē:“huángōngjiǔ(5)zhūhóubīngchēguǎnzhòngzhīrénrén”。

《论语》宪问篇第十四-16

(1)桓公:斉の君主。
(2)公子纠:桓公の庶兄(妾の子で兄)。
(3)召忽:公子糾の臣下。公子纠が殺されたため殉死した。
(4)管仲:桓公の臣下。
(5)九合:多くの人を寄せ集めること。

素読文:
わく:“かんこうこうきゅうを殺す。しょうこつこれに死し、かんちゅうは死せず。” 曰わく:“いまだ仁ならざるかと。”
子曰わく、“かんこうしょこうきゅうごうし、へいしゃもってせざるは、管仲の力なり。じんかんや、其仁に如かんや。”

解釈:
子路曰く:“桓公が公子糾を殺した時、召忽は公子糾に殉じて自害したのに、管仲は生きながらえている。こういう者は仁者とは言えないのではないでしょうか。”
孔子曰く:“桓公が武力を用いず諸侯を糾合したのは管仲の力である。管仲ほどの仁者は滅多にない。

桓公が腹違いの兄・公子糾を殺した時に公子糾の臣下・召忽は自害しています。同じく公子糾の臣下であった管仲は殉死しないばかりか、主殺しの桓公に使えた。子路はこれを「仁」の心から外れる、と言っています。
しかし孔子は桓公が武力によらず諸侯連合を築き上げ夷狄から中国を守ったのは管仲の力があったからだと言っています。
「仁」とは主従の間だけではなく、もっと広く国民のためにあるものだという教えでしょう。

人にとって仁とは

yuēmínzhīrénshènshuǐhuǒshuǐhuǒjiàndǎo(1)érzhěwèijiàndǎorénérzhě

《论语》卫灵公第十五-35

(1)蹈:命をかける。殉じる。

素読文:
子曰わく:“民の仁にけるや、すいよりもはなはだし。水火はわれみて死する者を見る。いまだ仁を蹈みて死するものを見ざるなり。

解釈:
子曰く:“人民にとって、仁は水や火よりも大切なものである。私は水や火に飛び込んで死んだものを見たことがあるが、まだ仁に飛び込んで死んだものを見たことがない”

水や火に飛び込めば、溺れ死ぬか焼け死にます。しかし仁に飛び込めば、死ぬどころかより豊かに生きる事ができるはずです。

憲恥を問う

xiàn(1)wènchǐyuē:“bāngyǒudào(2)bāngdàochǐ。”
yuàn(3)xíngyānwéirén?”yuē:“wéinánrénzhī

《论语》宪问第十四-1

(1)宪:孔子の門人、原憲。あざなは子思。
(2)谷:穀。俸禄。
(3)克:人に勝ちたがること。伐:自慢したがること。怨:恨むこと。欲:貪欲。

素読文:
けん、恥を問う。子曰わく:“くに、道有ればこくす。邦、道無くして穀するは、恥なり。”
こくばつえんよくおこなわれざる、もって仁となすべきか。子曰わく:“もっかたしとべし。仁はすなわわれらざるなり。”

解釈:
憲が恥についてたずねた。子曰く:“国に道が行なわれている時、仕えてろくむのは恥ずべきことではない。しかし、国に道が行なわれていないのに、その禄を食むのは恥ずべきである。”
憲は重ねてたずねる。“優越心、自慢、怨恨、貪欲、こうしたものを抑制することができたら、仁といえますか?”
孔子曰く:“それができたら大したものだが、それだけで仁といえるかどうかは私にはわからない。”

下級の役人や官吏は労働に対する対価として俸禄を受け取ってもいいでしょう。
しかし、孔子は国のトップ層の職にある者(政治家、官僚として国の治世に関わる者)ならば、国に「道」なくして俸禄を受け取るのは恥である、と言い切っています。
企業経営も同じでしょう。組織内に「克伐怨欲」が蔓延っていれば「仁」より「我欲」が優勢となります。

親に篤く、故旧を忘れず

yuē:“gōngérláoshènér(1)yǒngérluànzhí(2)érjiǎo(3)jūn(4)qīnmínxīngrénjiù(5)míntōu(6)。”

《论语》泰伯篇第八-2

(1)葸:恐れる。
(2)直:正直、率直。
(3)绞:他人に対して厳しい。
(4)笃:人情が厚い。
(5)故旧:古くからの友人。
(6)偷:人情が薄い。

素読文:
子曰わく:“きょうにしてれいければすなわろうす。しんにして礼なければ則ちおそる。ゆうにして礼なければ則ちみだる。ちょくにして礼なければ則ちせまし。くんしんあつければ、則ちたみじんおこる。きゅうわすれざれば、則ち民うすからず。”

解釈:
子曰く:“丁寧であっても礼にかなっていなければ気苦労になる。慎重であっても礼にかなっていなければ臆病になる。勇敢であっても礼にかなっていなければ乱となる。正直であっても礼にかなっていなければ苛酷となる。
君子が親族への情が篤ければ、民に仁の心が興る。古き者を忘れなければ、民の人情は薄くはならない。

不忧,不惑,不惧

yuē:“jūndàozhěsānnéngyānrénzhěyōuzhìzhěhuòyǒngzhě。”
gòngyuē:“(1)dào。”

《论语》宪问篇第十四-28

(1)夫子:孔子のこと。

素読文:
子曰わく:“君子の道なる者三あり。われくする無し。じんしゃうれえず、しゃまどわず、ゆうしゃおそれず。”
こう曰わく:“ふうみずかうなり。”

解釈:
孔子曰く:“君子の道は三つある。自分にはまだ出来ていないが、仁者は憂えず、知者は惑わず、勇者は惧れずだ。”
子貢曰く:“それは師が自らおっしゃっていることです。”

子貢は、孔子が君子の道はまだ自分にはできていないというのを、謙遜だといって言っています。
「道」を「いう」と素読していますが、「夫子自らのみちなり」と素読しても同じ意味になるように思います。

孔子は、子罕第九-29でも「知者は惑まどわず。仁者は憂うれえず。勇者は懼おそれず。」と言っています。
仁者憂えず

師に譲らず

yuē:“dāngrénràngshī。”

《论语》卫灵公第十五-36

素読文:
わく:“仁にたりては、にもゆずらず。”

解釈:
子曰く:“仁の道を成すためには、師にも譲る必要はない。”

人として仁を極めようとするならば、師も弟子も関係ない。上司も部下も関係ない。ということですね。

仲弓仁を問う

zhònggōng(1)wènrényuē:“chūménjiànbīn(2)使shǐmínchéng(3)suǒshīrénzàibāngyuànzàijiāyuàn。”
zhònggōngyuē:“yōng(4)suīmǐn(5)qǐngshì。”

《论语》 颜渊第十二-2

(1)仲弓:孔子十哲の一人。姓はぜん名はよう
(2)大宾:君主を訪問した隣国の賓客。
(3)大祭:君主の宮廷で行われる祭祀。
(4)雍:仲弓のこと。
(5)不敏:愚か者。自分を謙遜していう言葉。

素読文:
ちゅうきゅうじんを問う。
子曰わく;“もんいでてはたいひんを見るがごとくし、たみ使つかうにはたいさいくるがごとくす。おのれほっせざるところは、人にほどこすことなかれ。くにりてもうらく、いえりてもうらし、と。”
ちゅうきゅう曰わく:“ようびんなりといえども、こうこととせん、と。”

解釈:
仲弓仁を問う。
子曰く:“社会に出て人と交わる時には、地位の高下を問わず、貴賓にまみえるように敬虔であること。人民に仕事を課す時には、神仏を祭る時のように、かしこまること。自分が人にされたくないことを、人に対して行なってはならない。もしそれだけのことができたら、国に仕えても、家にあっても、人から怨みを買うことはない。”
仲弓曰く:“至らぬ者ですが、この教えを一生守って行きます。”

“己所不欲。勿施於人(己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ。)”は《论语 卫灵公第十五-24》で子贡も言っています。