中国文化・中国語」カテゴリーアーカイブ

百工事をなし、君子道を致す

xiàyuē:“bǎigōng(1)chéngshìjūnxuézhìdào。”

《论语》子张第十九-7

(1)肆:仕事場

素読文:
子夏しかいわく、ひゃくこうもっことし、くんまなびてもっみちいたす。

解釈:
職人は仕事を極めることにより「事」をなし、君子は学問を極めることで「道」をなす。
職人は自分の技を磨きモノを作ります。モノとは具体的な物だけではなく、サービスも含むでしょう。そのモノにより人々の幸福感を高める。これが「事」だと思います。
学問を極めてもただの物知りに過ぎません。君子はその学識により人々の道徳、規範を正す。これが「道」だと思います。

遠きを致す

xiàyuē:“suīxiǎodào(1)yǒuguānzhěyānzhìyuǎnkǒng(2)shìjūnwéi。”

《论语》子张第十九-4

(1)小道:農業、工業、商業、医療、占いなどの技能
(2)泥:妨げとなる

素読文:

子夏しかいわく:しょうどういえども、かならるべきものり。とおきをいたすにはおそらくなずまん。ここもっくんさざるなり。

解釈:

子夏曰く「農業、工業、商業、医療、占いなどの技能もそれぞれ意義はある。しかしそのような技能では、人の真理は探究できない。だから君子はそのような技能には専念しないのだ」

最先端の技術は4年もすると陳腐化します。2500年経っても陳腐化しない孔子の教えをもっと学ぶべきだと思います。

堅きは磨すれども磷がず

(1)zhàowǎng
yuē:“zhěyóuwénzhūyuēqīnshēnwéishànzhějūnzhōngmóu(2)pànzhīwǎngzhī?”
yuē:“rányǒushìyányuējiānérlìn(3)yuēbáiniè(4)ér(5)páoguā(6)zāiyānnéng(7)érshí?”

《论语》阳货第十七-7

(1)佛肸:bìxīと発音する。晋の大夫赵鞅の家臣。中牟の代官。
(2)中牟:地名。今の河北省邢台市と邯郸市の中間。
(3)磷:傷つける。
(4)涅:染める。
(5)缁:黒
(6)匏瓜:瓢箪の一種で苦くて食べられない。
(7)系:jìと発音する。ぶら下がる。

素読文:

佛肸ひつきつす。かんとほっす。
子路しろいわく、昔者むかしゆうこれふうけり。いわく、みずかいてぜんものには、くんらざるなりと。佛肸ひつきつちゅうぼうもっそむく。くやこれ如何いかんと。
いわく、しかり。げんるなり。かたきをいわずや、すれどもうすらがず。しろきをいわずや、でっしてくろまず。われほうならんや。いずくんぞかかりてわれざらんや。

解釈:

佛肸ひつきつが師を招いた。師はその招きに応じて行こうとされた。
すると子路がいった。「かつて私は師に、君子は、自分から進んで不善を行なうような人間の仲間入りはしないものだ、と聞きました。佛肸ひつきつは、ちゅうぼうにて反乱をおこしている人間です。師が、そういう人間の招きに応じようとなさるのは、いったいどういうわけでしょう」

子曰く「たしかに私はそういうことをいったことがある。だが、ほんとうに堅いものは、擦っても傷はつかない。ほんとうに白いものは、染めても黒くはならない。私は食用にもならず、ただぶらりとぶらさがっている匏瓜ほうかのような人間ではない」

孔子はどこからも仕官の話がなくいわば浪人状態です。佛肸のように主に反乱を起こすような人物から声をかけられ、一瞬でも心が動いたのでしょうか。由(子路)に諌められています。

子路は孔子に向かってずけずけと意見を言う弟子です。この時、孔子は子路の言葉に従って、佛肸の誘いは断ったのでしょうか。調べてみても佛肸に仕官したと言う史実は見つかりません。

君子が悪む者

gòngyuē:“jūnyǒu(1)?”
yuē:“yǒuchēngrénzhīèzhěxiàliú(2)érshàn(3)shàngzhěyǒngérzhěguǒgǎnérzhì(4)zhě。”yuē:“(5)yǒu?”
jiǎo(6)wéizhì(7)zhěxùn(8)wéiyǒngzhějié(9)wéizhízhě。”

《论语》阳货第十七-24

(1)恶:嫌悪
(2)下流:下級の
(3)讪:誹謗
(4)窒:不合理、頑固
(5)赐:子貢のこと
(6)徼:盗む
(7)智:知恵
(8)逊:不遜
(9)讦:他人を攻撃して暴露する

素読文:

こういわく、くんにくむことるか。
いわく、にくむことり。ひとあくしょうするものにくむ。りゅうかみそしものにくむ。ゆうにしてれいものにくむ。かんにしてふさがるものにくむ。いわく、またにくむことるか。
かすめてもっものにくむ。そんにしてもっゆうものにくむ。あばいてもっちょくものにくむ。

解釈:
子貢が孔子に対して、人格者であるべき君子もまた人を憎むことがあるか?と尋ねる。
孔子は、他人の悪事を暴く者。自分の上位者を悪く言う者。勇気があっても礼のない者。果敢であっても道理にかなわない者。君子であっても、こう言う連中を憎む。子貢よ、お前はどうだ。
私は、他人の業績を掠め取り自分のものとする者、不遜であることを勇気と間違えている者、他人の秘密を暴いて正義だと考えている者、こう言う連中を憎みます。

君子その子を遠ざける

chéngāng(1)wèn(2)yuē:“yǒuwén(3)?”
duìyuē:“wèichángérguòtíngyuē:‘xuéshī?’duìyuē:‘wèi’。‘xuéshīyán。’退tuìérxuéshīyòuérguòtíngyuē:‘xué?’duìyuē:‘wèi’。‘xué。’退tuìérxuéwénèrzhě
chénkàng退tuìéryuē:“wènsānwénshīwényòuwénjūnzhīyuǎn(4)

《论语》季氏第十六-13

(1)陈亢:孔子の弟子、子禽。
(2)伯鱼:孔子の長男。名は、伯魚はあざな
(3)异闻:特別な教え
(4)远:遠ざける。甘やかさない。

素読文:

陳亢ちんこう伯魚はくぎょいていわく、またぶんるか。こたえていわく、いまだし。かつひとつ。はしりてにわぐ。いわく、まなびたるか。こたえていわく、いまだし。まなばざれば、もっうことしと。退しりぞきてまなぶ。じつまたひとつ。はしりてにわぐ。いわく、れいまなびたるか。こたえていわく、いまだし。れいまなばざれば、もっしと。退しりぞきてれいまなぶ。しゃけり。
陳亢ちんこう退しりぞきてよろこんでいわく、いちいてさんたり。れいき、またくんとおざくるをけり。

解釈:
陳亢、伯魚に問いて曰く「師は息子であるあなたには特別な教えをされますか」
伯魚答えて曰く「これまでに特別な教えを受けたことはありませんが、父が一人で立っているとき、庭先を通り過ぎようとすると「詩を学んだか?」と問われました。「まだ学んでおりません」と答えると「詩を学ばない者は話し相手にはならぬ」と言われました。私はその場を離れて詩を学びました。

別に日にも父が一人で立っているとき、庭先を通り過ぎようとすると「礼を学んだか?」と問われました。「まだ学んでおりません」と答えると「礼を学ばない者は世に立つ資格がない」と言われました。私はその場を離れて礼を学びました。父からはこの二つを教わりました」

陳亢は伯魚と別れた後喜んで言った「今日は一つのことを尋ねて、三つのことを知ることができた。詩を学ぶことの大切さ、礼を学ぶことの大切さ、それと君子は自分の子を甘やかしたりしない、ということだ」

私はもう一つこのエピソードから学びました。伯魚は孔子から言われたことを即実行しています。さすが孔子の息子です。しかし残念ながら伯魚は孔子より先に亡くなってしまいます。

刑罰中らざれば、則ち民手足を措く所無し

yuē:“wèijūn(1)dàiérwéizhèngjiāng(2)xiān?”

yuē:“zhèngmíng(3) 。” yuē:“yǒushìzāizhī(4)zhèng。”

yuē:“zāiyóujūnsuǒzhīgàiquē(5)míngzhèngyánshùnyánshùnshìchéngshìchéngyuèxīngyuèxīngxíngzhòng(6)xíngzhòngmínsuǒcuòshǒujūnmíngzhīyányánzhīxíngjūnyánsuǒgǒu(7)ér。”

《论语》子路第十三-3

(1)卫君:衛の32代君主。衛霊公の孫
(2)奚:什么。何を
(3)正名:身分、地位を正す
(4)迂:まわり遠いこと
(5)阙:疑わしい
(6)中:適切な
(7)苟:马马虎虎。いい加減な

素読文:

子路しろいわく、衛君えいくんちてまつりごとさば、まさなにをかさきにせんとする。

いわく、かならずやたださんか。
子路しろいわく、これるかな、なるや。なんたださん。

いわく、なるかなゆうや。くんらざるところいて、けだ闕如けつじょたり。ただしからざれば、すなわげんしたがわず。げんしたがわざれば、ことらず。ことらざれば、すなわ礼楽れいがくおこらず。礼楽れいがくおこらざれば、すなわ刑罰けいばつあたらず。刑罰けいばつあたらざれば、すなわたみ手足しゅそくところし。ゆえくんこれづくれば、かならうべきなり。これえばかならおこなうべきなり。くんげんいて、いやしくもするところきのみ。

解釈:
子路曰く「もし衛君が師を迎え政治を委ねられることになったら、師はまず何をなさいますか」

子曰く「先ず名分を正そう」
子路曰く「そうされますか。それでは回りくどくなないでしょうか。名分など正すことに意味があるでしょうか」

子曰く「由(子路のこと)よ、お前は乱暴だな。君子は自分の知らないことについては、謙虚であるものだ。そもそも名分が正しくないと論理がずれる。論理がずれると事は成し遂げられない。事が成し遂げられなければ礼楽が興らない。礼楽が興らないと刑罰が適正とならない。刑罰が適正でないと人民はどうしたら良いか迷うようになる。だから君子は必ずまず名分を正す必要がある。君子は、名分の立たないことを口にすべきでなく、口にしたことは必ずそれを実行にうつさなければならない。いい加減な口をきくような人は、断じて君子とはいえないのだ」

孔子は「刑罰中らざれば、則ち民手足を措く所無し」と言っています。「煽り運転」に対して法改正が行われ厳罰化されましたが、相変わらずニュースでは煽り運転のニュースを目にします。現代の日本人には2500年前の孔子の言葉が届いていないようです。

君子に九思あり

kǒngyuējūnyǒujiǔshìmíngtīngcōngwēnmàogōngyánzhōngshìjìngwèn忿fènnánjiàn

《论语》季氏第十六-10

素読文:
こういわく:“くんきゅうり。るにはめいおもい、くにはそうおもい、いろおんおもい、かたちきょうおもい、げんちゅうおもい、ことけいおもい、うたがいにはうをおもい、忿いかりにはなんおもい、るをてはおもう。”

解釈:
孔子曰く、君子は九つの思いがある。見ることは明らかでありたい。聞くことは聡くありたい。表情は温和でありたい。態度はうやうやしくありたい。言葉は忠実でありたい。仕事は慎重・厳粛でありたい。疑問は人に問い。怒りには後難を考え。儲け話には正義を考える。

君子たるもの「明・聡・温・恭・忠・敬・問・難・義」を大切にせよ、という教えです。

君子に侍する三愆

kǒngyuē:“shìjūnyǒusānqiān(1)yánwèizhīéryánwèizhīzàoyánzhīéryánwèizhīyǐnwèijiànyánéryánwèizhī(2)。”

《论语》季氏第十六-6

(1)愆:過失、あやまち
(2)瞽:盲人

素読文:
孔子曰く:“君子にするに三愆さんけん有り。げんいまこれおよばずして言う、之をそうう。げん之に及びて言わず、之をいんと謂いう。未だがんしょくを見ずして言う、之をと謂いう。

解釈:
孔子曰く:“君子のそばに仕える時に犯してはいけない過ちが三つある。言うべきでない時にものを言う、せっかちと言う。言うべき時に言わない、隠匿だ。顔色を見て気持ちを察することなく言う、これは盲人と同じだ。

上司が言おうとしていることを先に言ってしまう。ボロを出すといけないので黙っている。場の空気を読まず発言する。現代でもこう言う人は、上司や仲間から疎まれるでしょうね。

君子三戒あり

kǒngyuē:“jūnyǒusānjièshàozhīshíxuèwèidìngjièzhīzài(1)zhuàng(2)xuèfāng(3)gāngjièzhīzàidòu(4)lǎoxuè shuāijièzhīzài(5)。”

《论语》季氏第十六-7

(1)色:色欲
(2)壮:壮年
(3)方:まさに。ちょうど〜の頃合い。
(4)斗:闘い
(5)得:欲得

素読文:

こういわく:“くん三戒さんかいり。わかときは、けっいまさだまらず。これいましむることいろり。そうなるにおよびてや、けっまさごうなり。これいましむることとうり。そのいるにおよびてや、けっすでおとろう。これいましむることるにり。”

解釈:

孔子曰く:“君子に三戒あり。若い時は血気が定まらず、色欲を戒むべし。壮年時には血気盛んであり、闘を戒むべし。老いては血気が衰え、欲を戒むべし。”

壮年と老年の境がどこなのかはわかりませんが、争いを好まず欲もない自分は何を戒むべきでしょうか。

君子は貞にして諒ならず

yuējūnzhēn(1)érliàng(2)

《论语》卫灵公第十五-38

(1)贞:正しいこと
(2)谅:頑なに信じること

素読文:
いわく、くんていにしてりょうならず。

解釈:
子曰く:“君子は正しいことには心変わりしないが、頑なに信じこむわけではない”

人間は歳を取ると頑固になり自説を振り回す傾向にあるようです。
歳を取ったら、若い頃より更に謙虚でありたいものです。