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 君子の着衣

jūngànzōushì(1)hóngwéixiè(2)dāngshǔzhěnzhǐ(3)biǎoérchūzhī(4)(5)gāoqiú(6)(7)qiúhuángqiúxièqiúchángduǎnyòumèi(8)yǒuqǐn(9)chángshēnyòubànzhīhòu(10)sāngsuǒpèifēiwéishang(11)shāizhī(12)gāoqiúxuánguàn(13)diào(14)yuè(15)cháoércháo

《论语》乡党篇第十-6

(1)绀緅饰:衣服の端につける绀(赤色)緅(紫色)の飾り布
(2)亵服:普段着
(3)袗絺绤:葛布の単衣の着物。粗末な着物
(4)必表而出:必ず下着を着てその上に絺绤を着る(諸説あるが着衣の仕方)
(5)缁衣:黒い衣服
(6)羔裘:子羊の毛皮で作った衣服。黒羊の毛皮を使う。
(7)素衣麑:子鹿の毛皮で作った衣服。こちらは白色。
(8)短右袂:働きやすくするために右袖を短くすること。
(9)寝衣:寝巻き
(10)狐貉之厚以居:家にいるときは狐、むじなの厚い毛皮を着る。
(11)帷裳:公式の場で着る
(12)必杀之:余分な布を裁断した衣服。
(13)羔裘玄冠:凶事に使う黒子羊の皮で作った冠。
(14)不以吊:弔事に使わない。
(15)吉月:每月初一(新月の日)

素読文:

くんかんしゅうもっかざらず。こうもっ褻服せつふくさず。しょたってはひとえげきかならひょうしてこれだす。緇衣しいにはこうきゅう素衣そいにはげいきゅうこうにはきゅうせつきゅうながく、みぎたもとみじかくす。かならしんり。なが一身有半いっしんゆうはんかくあつもっる。のぞけばびざるところし。しょうあらざれば、かならこれさいす。こうきゅう玄冠げんかんしてはもっちょうせず。吉月きつげつにはかならちょうふくしてちょうす。

解釈:
君子は衣服にもこまかな注意を払うものだ。紺色や淡紅色は喪服の飾りだから、それを他の場合の襟の飾りには用いない。また平常服に赤や紫のようなはでな色を用いられることもない。暑い時には単衣のかたびらを着るが、下着なしに着ることはない。黒衣の下には黒羊の皮衣、白服の下には白鹿の皮衣、黄衣の下には狐の皮衣を用いる。平常服の皮衣は温かいように長目に仕立てるが、働きよいように右のたもとを短くする。寝衣は必ず別にし、長さは身長の一倍半である。家居には、狐やむじなの毛皮を用いて暖かにする。喪の時以外は玉その他の装身具をきちんと身につける。官服・祭服のほかは簡略にして布地を節約する。黒羊の皮衣や黒の冠で弔問することはない。毎月朔日ついたちには礼服を着て参賀する。

着衣に関する君子のの心得です。孔子がこういうスタイルだったのでしょう。
「寝衣」を寝巻きと注釈しておきましたが、身長の1.5倍とあるので、掛け布団のことかもしれません。

君子の心得

zhāngyuē:“shìjiànwēizhìmìngjiànjìngsāngāi。”

《论语》子张第十九-1

素読文:
ちょういわく:“あやうきをてはいのちいたし、るをてはおもい、まつりにはけいおもい、にはあいおもう。なるのみ。”

解釈:
子張曰く:“士たる者は危機に面しては命をかけてあたり、利を得る局面では義に適うか考え、祭事にあたっては敬虔深く、喪には哀悼の念を抱くかねばならない。”

这是君子之所为。君子の心得です。

命・礼・言を知る

kǒngyuē:“zhīmìngwéijūnzhīzhīyánzhīrén。”

《论语》尧曰第二十-3

素読文:
いわく、めいらざれば、もっくんきなり。れいらざれば、もっきなり。げんらざれば、もっひときなり。

解釈:
孔子曰く:“天命を知らずして君子たる資格はない。礼を知らずして世に立つことはできない。言葉の真意を理解しないで人を知ることはできない。”

五美と四悪

zhāngwènkǒngyuē:“cóngzhèng?”
yuē:“zūnměibǐngècóngzhèng。”
zhāngyuē:“wèiměi?”
yuē:“jūnhuìérfèiláoéryuànértāntàiérjiāowēiérměng。”
zhāngyuē:“wèihuìérfèi?”
yuē:“yīnmínzhīsuǒérzhīhuìérfèiláoérláozhīyòushuíyuànrénérrényòuyāntānjūnzhòngguǎxiǎogǎnmàntàiérjiāojūnzhèng衣冠yīguānzūnzhānshìyǎnránrénwàngérwèizhīwēiérměng。”
zhāngyuē:“wèiè?”
yuē:“jiàoérshāwèizhīnüèjièshìchéngwèizhībàomànlìngzhìwèizhīzéiyóuzhīrénchūzhīlìnwèizhīyǒu。”

《论语》尧曰第二十-2

素読文:
ちょうこういていわく、何如いかなればもっまつりごとしたがうべきか。
いわく、五美ごびたっとび、あくしりぞくれば、ここもっまつりごとしたがうべし。
ちょういわく、なにをか五美ごびう。
いわく、くんけいしてついやさず。ろうしてうらまず。ほっしてむさぼらず。たいにしておごらず。ありてたけからず。
ちょういわく、なにをかけいしてついやさずとう。
いわく、たみするところりてこれす。けいしてついやさざるにあらずや。ろうすべきをえらびてこれろうす。またたれをかうらまん。じんほっしてじんたり。またいずくんぞむさぼらん。くんしゅうく、しょうだいく、えてあなどし。たいにしておごらざるにあらずや。くんかんただしくし、せんたっとくす。儼然げんぜんとしてひとのぞみてこれおそる。ありてたけからざるにあらずや。
ちょういわく、なにをかあくう。
いわく、おしえずしてころす、これぎゃくう。いましめずしてるをる、これぼうう。れいみだりにしていたす、これぞくう。これひとしくひとあたうるなり。出納すいとうやぶさかなる、これゆうう。

解釈:
子張は孔子に尋ねた“いかにしたらまつりごとがうまくゆきますか?”
孔子曰く“五美を尊び四悪を退けて政を行うべし”
子張曰く“五美とはなんでしょうか?”
孔子曰く“君子の五美とは、恵して費やせず、労して恨まず、欲して貪らず、泰にして驕らず、威ありて猛からずの五つだ”
子張曰く“惠を費やさずとはどういう意味でしょう?”
孔子曰く“人々に自らの生業で生活を立たせる。人々に生活の糧を与えるのではない。これが恵して費やせずだ。
人々に意味のある使役を与えれば恨まれることはない。これが労して怨まず。
仁を求め仁を得るような者が、貪るようなことはない。これが欲して貪らず。
君子は相手の人数や事の大小に捉われず慢心することはない。これが泰にして驕らず。
君子は衣服を正し、容姿を尊ぶ。人々はそれを厳かに見、畏敬する。威厳はあるが猛々しくない。これが威ありて猛からず。”
子張曰く“四悪とはなんでしょうか?”
孔子曰く“人々に何も教えずに罪あるものを殺す事。これを虐という。原因を見ずただ成果だけを求める事。これを暴という。命令をみだりに出して、期限だけを厳しくする。これを賊という。金を出し惜しみする。これを有司(小役人)という。

天の階して升るべからざるが如し

chénqín(1)wèigòngyuē:“wéigōng(2)zhòng(3)xiàn?”
gòngyuē:“jūnyánwéizhìyánwéizhìyánshènzhīyóutiānzhījiē(4)érshēngzhībāngjiā(5)zhěsuǒwèizhīdàozhīxíngsuízhīláidòngzhīshēngróngāzhī?”

《论语》子张第十九-25

(1)陈子禽:姓は陳、名はこう。子禽はあざな子貢の弟子。
(2)为恭:謙遜する。
(3)仲尼:孔子のあざな
(4)阶:梯子をかけること。
(5)邦家:諸侯が治める国。諸侯となって国を治めること。

素読文:
ちんきんこういていわく:“きょうすなり。ちゅうよりもまさらんや。”
こういわく:“くん一言いちげんもっし、一言いちげんもっ不知ふちす。げんつつしまざるべからざるなり。ふうおよぶべからざるや、てんかいしてのぼるべからざるがごときなり。ふうほうんには、所謂いわゆるこれつればここち、これみちびけばここき、これやすんずればここきたり、これうごかせばここやわらぐ。くるやさかえ、するやかなしむ。これ如何いかんおよぶべけんや。”

解釈:
陳子禽が子貢に曰く:“あなたは謙遜しすぎです。孔子と言えどもあなた以上とは思えません。”
子貢曰く:“君子は一言で知者と言われ、一言で愚者とも言われる。言葉は慎むべきだ。我々が孔子に及ばないのは、梯子で天に登れないのと同じだ。孔子が国を治めたら、民に礼を教えれば礼に従い、民を導けば従い、やすんずれば民は集まり、導けば民は安心する。孔子が生きている間国は栄え、亡くなれば民は悲しむだろう。これに及ぶ者があるだろうか?”

多分陳子禽は孔子とは面識がなかったのでしょう。陳子禽は子貢を褒めたつもりでしょうが、子貢にしてみれば、師匠を貶されたような気持ちになったのでしょう。
「言葉を慎め」と陳子禽を叱り飛ばしています。

君子は日食・月食

gòngyuē:“jūnzhīguòyuèzhīshí(1)yānguòrénjiējiànzhīgēngrénjiēyǎngzhī。”

《论语》子张第十九-21

(1)如日月之食:日食や月食のようなものだ。誰の目にも明らか。

素読文:
こういわく:”くんあやまちや、日月じつげつしょくのごとし。あやまつやひとみなこれる。あらたむるやひとみなこれあおぐ。”

解釈:
子貢曰く;“君子の過ちというのは日食や月食と同じだ。過てば誰の目にも明らか。過ちを正しても誰の目にも明らかだ”

君子の過ちは民衆が見ている、過ちを正せば民衆は見直す。
論語には他にも「過ち」に対する言葉があります。

子曰:“君子不重則不威。學則不固。主忠信。無友不如己者。過則勿憚改。”(学而第1−8
子曰:“過而不改。是謂過矣。”(衛霊公第15-29)

為政者は君子であってほしいものですが、なかなかそうはいかないようです。

暴君・紂王

gòngyuē:“zhòu(1)zhīshànshìzhīshènshìjūnxiàliú(2)tiānxiàzhījiēguīyān。”

《论语》子张第十九-20

(1)纣:殷代最後の王。後に放蕩、暴政の暴君と言われる。
(2)下流:窪地で水が集まる場所。転じて道徳的に不利な地位を意味する。

素読文:
こういわく、ちゅうぜんは、くのごとくはなはだしからざりしなり。ここもっくんりゅうることをにくむ。てんあくみなこれすればなり。

解釈:
子貢曰く:暴君と言われる殷の紂王の悪行も実際はさほどでもなかったらしい。それが後世暴君のように言われるのは、道徳的に不善な環境にいたからだろう。だから君子はそのような場所にいることを憎むのだ。

本当の君主であれば、時代や周囲の環境に流されることなく、不道徳な世の中を改善するのではないでしょうか。子貢の紂王に対する評価は少し甘いように感じます。

賢者を尊び、衆を容れる

xiàzhīménrénwènjiāozhāng
zhāngyuē:“xiàyún?”duìyuē:“xiàyuē:‘zhězhīzhězhī。’”
zhāngyuē:“suǒwénjūnzūnxiànérróngzhòngjiāshànérjīnnéngzhīxiànrénsuǒróngzhīxiànrénjiāngzhīrén?”

《论语》子张第十九-3

素読文:
子夏しか門人もんじんまじわりをちょうう。
ちょういわく、子夏しかなにとかえる。こたえていわく、子夏しかいわく、なるものこれくみし、不可ふかなるものこれこばめと。
ちょういわく、ところことなり。くんけんたっとびてしゅうれ、ぜんよみしてのうあわれむ。われ大賢たいけんならんか。ひといてなんれざるところぞ。われけんならんか。ひとまさわれこばまんとす。これ如何いかんひとこばまんや。

解釈:

子夏の門人が人との交流を子張にたずねた。
子張曰く:“子夏はなんといったのか”
子夏の門人答えて曰く:“ためになる人と交わり、ためにならない人とは交わるな、といわれました”
子張曰く:“それは私の学んだことと違う。君子は賢者を尊び衆人を受け入れる。善人を称讃するとともに無能の人をあわれむ、と私は学んだ。自分がもし賢者であるなら、誰でも受け入れる、自分がもし賢者でなければ、こちらが相手をきらうまえに、相手がこちらをきらうだろう”

君子たる者、学歴、社会的地位、貴賎で人を判断すべきではない。
というのは理解できますが、他人の時間を奪うような人とは付き合いたくない、と小人の私は思います。

君子の指導

yóuyuē:“xiàzhīménrénxiǎodāngsǎoyìngduìjìn退tuì(1)běnzhīzhī。”
xiàwénzhīyuē:“yányóuguòjūnzhīdàoshúxiānchuányānshúhòujuàn(2)yānzhūcǎobiéjūnzhīdàoyān(3)yǒushǐyǒuzhěwéishèngrén。”

《论语》子张第十九-12

(1)子游:姓はげん、名はえん。孔子十哲の一人
(2)子夏:姓はぼく、名はしょう。孔子十哲の一人。
(3)抑:ただし、そもそも
(4)诬:だます

素読文:
ゆういわく、子夏しか門人もんじんしょうは、洒掃さいそう応対おうたい進退しんたいあたりては、すなわなり。そもそすえなり。これもとづくるはすなわし。これ如何いかん
子夏しかこれきていわく、ああ言游げんゆうあやまてり。くんみちは、いずれをかさきにしてつたえ、いずれをかのちまん。これ草木そうもくにしてもっべつあるにたとう。くんみちは、いずくんぞうべけんや。はじおわあるものは、聖人せいじんか。

解釈:
子游曰く:「子夏の門下の若者たちは、掃除、応対、立ち居振る舞いが良くできている。しかし、そんなことはそもそも末梢小事だ。根本を教えられていないようだが、いったいどういうわけだ」
子夏聞きて曰く「ああ、言游は心得違いをしている。君子が人を導くには、何が重要だから先に教えるとか、何が重要でないから後でもいいとか、一律にきめてかかるべきではない。たとえば草木を育てる場合は、その種類に応じて、育て方がちがっていなければならないのだ。君子が門人を導くのに、無理があっていいものだろうか。道の本末がすべて身についているのは、ただ聖人だけで、一般の人々には、その末になることさえまだ身についていないのだから、むしろそういうことから手をつけるのが順序ではあるまいか」

周公の教え

zhōugōngwèigōng(1)yuē“君jūnchí(2)qīn使shǐchényuàn(3)jiùqiúbèirén。”

《论语》微子第十八-10

(1)鲁公:伯禽。魯の初代君主。父は周王朝の周公旦。
(2)施:遠ざける。
(3)以:用いる。信任する。

素読文:
しゅうこうこういていわく:“くんしんてず。大臣たいじんをしてもちいられざるをうらましめず。きゅうたいければ、すなわてざるなり。そなわるを一人いちにんもとむることかれ。

解釈:
周公は魯公に言った“君子たるもの親族を見捨てるものではない。家臣を信任せず恨みに思わせるものではない。古くからの家臣は大きな過ちがなければ捨てない方が良い。一人の家臣に全てを求めてはならない”
現代にも通じる言葉です。部下は信じて用いれば、上司を信頼して働きます。万能な部下よりは、多様な能力を持ったチームの方が力を発揮するはずです。