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君子なりや否や

zēngyuē:“tuōliùchǐzhī(1)bǎizhīmìng(2)línjié(3)érduójūnrénjūnrén。”

《论语》泰伯第八-6

(1)六尺之孤:六尺(130cm)の孤児。16歳未満の親を亡くした子。
(2)百里之命:百里四方にある国の政令。諸侯の政令。
(3)大节:国家の大事件。

素読文:
そういわく、もっ六尺りくせきたくすべく、もっひゃくめいすべし。大節たいせつのぞみてうばうべからず。くんじんか、くんじんなり。

解釈:
曾子曰く:“幼君の補佐を託すことができ、国政を任せることができ、大事に瀕して動揺屈服することがない。こういう人物を君子と言うべきか?いやこういう人物こそ君子と言うべきだろう。”

君子の道

zēngyǒumèngjìng(1)wèn(2)zhīzēngyányuē:“niǎozhījiāngmíngāirénzhījiāngyánshànjūnsuǒguìdàozhěsāndòngróngmào(3)yuǎnbàomàn(4)zhèngyán(5)jìnxìnchū(6)yuǎnbèi(7)biāndòuzhīshì(8)yǒu(9)cún。”

《论语》泰伯第八-4

(1)孟敬子:魯の国の大夫、仲孫氏で名は捷しょう、武伯の子。
(2)问:探望。見舞いに行く。
(3)动容貌:心の中の感情を容貌に表す。
(4)暴慢:粗暴、ほしいままに振る舞う。
(5)正颜色:顔つきを厳粛にする。
(6)出辞气:言葉遣い。
(7)鄙倍:粗野で理に背く。
(8)笾豆之事:笾豆は祭祀に使う道具。祭祀に関わること。
(9)有司:祭祀に関わる官吏。

素読文:
そうやまいり。孟敬もうけいこれう。そういていわく:“とりまさなんとするや、の鳴くやかなし。ひとまさなんとするや、うやし。くんみちたっとところものさんあり。容貌ようぼううごかしては、ここ暴慢ぼうまんとおざかる。がんしょくただしては、ここしんちかづく。辞気じきいだしては、ここばいとおざかる。籩豆へんとうことは、すなわゆうそんす。”

解釈:
曾子が病床にあった時、孟敬子が見舞いに行った。
曾子曰わく:“鳥は死ぬ前に哀しげに鳴き、人は死ぬ前に善言を言う。君子が尊ぶべきことが三つある。心中を容貌にあらわし、粗暴にならないこと。顔つきを正して信に近づくこと。言葉遣いを正して粗野で理にかなわぬことを言わないこと。祭祀に関わることは官吏が執り行うので君子が口を出すことではない。”

実践躬行

yuē:“wén(1)yóuréngōngxíng(2)jūnwèizhīyǒu。”

《论语》述而第七-33

(1)莫:概ね、だいたい
(2)躬行:自ら実践すること

素読文:
わく:“ぶんばくわれなおひとのごときなり。くんきゅうこうすることは、すなわわれいまこれることらず。”

解釈:
孔子曰く:“学問は人並みにできると思うが、君子の行いを実践するにはまだ不足だ。”

仁の道を説き君子たらんことを教える孔子が、自分自身未だ君子としての行いが不足だと言います。謙遜して言っているのではなく、理想が高いと考えるべきでしょう。

君子は党せず

chénbài(1)wèn:“zhāogōng(2)zhī?”kǒngyuē:“zhī。”kǒng退tuì
(3)(4)érjìnzhīyuē:“wénjūndǎng(5)jūndǎngjūn(6)wéitóngxìng(7)wèizhīmèng(8)jūnérzhīshúzhī?”
gàoyuē:“qiūxìnggǒu(9)yǒuguòrénzhīzhī。”

《论语》述而第七-31

(1)陈司败:陳(国名)の司敗(司法長官)
(2)昭公:魯の君主。礼を知る君子とされていた。
(3)揖:両手を胸の前に出して組み頭を下げる礼。
(4)巫马期:孔子の弟子。姓は巫马、名は施。あざなは期
(5)党:包庇。仲間内でかばうこと。
(6)取:めとる。
(7)为同姓:例の規定では同性の婚姻は認められない。魯国、呉国の君主はともに姫姓。
(8)吴孟子:魯国の王妃。同性を隠すためにつけた名前。
(9)苟:いやしくも。仮に〜ならば。

素読文:
ちんはいう:“昭公しょうこうれいれるか?”こういわく:“れいれり。”こう退しりぞく。
巫馬期ふばきゆうしてこれすすめていわく:“われく、くんとうせず、と。くんまたとうするか。きみめとる。同姓どうせいたり。これ呉孟子ごもうしう。きみにしてれいらば、たれれいらざらんと。”
巫馬期ふばきもっぐ。わく:“きゅうさいわいなり。いやしくもあやまちれば、ひとかならこれる”

解釈:
孔子は述而第七-5で“甚矣吾衰也!久矣吾不复梦见周公。”といっています。孔子は夢にまで見るほど周公を敬愛してます。周公が礼を知っているかと問われ、即座に周公は礼の人だと答えてしまったのでしょう。
多分孔子にとって『党』という評価は受け入れがたいものかと思います。孔子の凄さは陈司败の指摘を「ありがたいことだ」と言えるところだと思います。

恒心

yuē:“shèngrénérjiànzhījiànjūnzhě(1)。“
yuēshànrénérjiànzhījiànyǒuhéngzhě(2)érwéiyǒu(3)érwéiyíng(4)yuēérwéitài(5)nányǒuhéng。”

《论语》述而第七-26

(1)斯:すなわち
(2)有恒者:心が安定した者
(3)亡而为有:有りもしないのに有るように見せる
(4)虚而为盈:虚しいのに充実しているように見せる
(5)约而为泰:困窮しているのに安泰のように見せる

素読文:
わく:“聖人せいじんわれこれず。くんしゃるをば、ここなり。”
わく:“善人ぜんにんわれこれず。つねものるをば、ここなり。くしてりとし、なしくしててりとし、やくにしてたいなりとす。かたいかなつねること。”

解釈:
孔子曰く:“この世で聖人に巡り合うことは望めない。君子に出会えれば満足だ。”
孔子曰く:“この世で善人に出会うことは望めない。せめて心が安定した者に会えればそれで良い。何もないのに有りそうに見せる者、虚しいのに充実しているように見せかける者、困窮しているのに安泰であるように見せかける者ばかりだ。”

君子たる者、恒心を持ち続けなければならない。

以って尓の近隣に与えよ

yuán(1)wéizhīzǎi(2)zhījiǔbǎi(3)yuē:“(4)ěrlínxiāngdǎng(5)。”

《论语》雍也第六-5

(1)原思:孔子の弟子。姓は原、名は憲、あざなは子思。
(2)宰:代官。孔子が魯の司寇となった時、子思を代官に任命している。
(3)九百:単位はないが、孔安国(孔子の子孫)は九百斗と解釈している。
(4)毋:〜することなかれ。
(5)邻里乡党:集落の単位。隣近所という意味で使っている。5家で『邻』、25家で『里』、12500家で『乡』500家で『党』。

素読文:
げんこれさいたり。これぞく九百きゅうひゃくを与う。す。子曰わく:“なかれ。もっなんじりんきょうとうに与えんか。”

解釈:
原思を代官に任命した孔子は900斗の俸禄を与えた。原思は多すぎると辞退する。孔子曰く:“遠慮することはない。余れば隣人に分け与えれば良い”

前節(雍也第六-4)で孔子は、“君子は急なるを周いて富めるに継ず”と褒賞を与える側に注意を与えています。本節では俸禄を受け取る側の心得を説いています。

君子は急なるを周いて富めるに継ず

huá(1)使shǐrǎn(2)wéiqǐng(3)
yuē:“zhī(4)。”qǐngyuē:“zhī(5)。”rǎnzhībǐng(6)
yuē:“chìzhīshìchéngféiqīngqiú(7)wénzhījūnzhōu(7)。”

《论语》雍也第六-4

(1)子华:孔子の弟子。姓は公西こうせい、名はせきあざなは子華。
(2)冉子:孔子の門人。姓はぜん、名はきゅうあざなゆう
(3)粟:留守中の手当ての米。
(4)釜:量詞。六斗四升。
(5)庾:量詞。十六斗。
(6)秉:量詞。十六斛。一斛は十升。
(7)周:救済する。
(7)轻裘:軽くて温かい革の衣服

素読文:
子華しかせい使つかいす。ぜんその母のためぞくう。
わく:“これあたえよ。”さんことをう。わく:“ これを与えよ。”ぜんこれぞくへいあたう。
わく:“せきせいくや、肥馬ひばに乗り、けいきゅうる。われこれを聞く。君子はきゅうなるをすくいてめるにがず。

解釈:
子華が孔子の使いで斉に行った。冉有は子華の母親のために米を与えるよう孔子に求めた。孔子は「六斗四升ほどやっておこう」と言ったが冉有はもう少し多めにと求めたので、十六斗与えることにした。しかし冉有は八十斗与えた。
それを知った孔子は「子華は斉に出かけるのに、肥えた馬に乗り、軽裘を着て行った。貧しい者を助けるのは意味があるが、富める者に援助することはない、と言うではないか。」と冉有を叱った。

肥馬と軽裘は裕福な家の象徴なのでしょう。

博文約礼

yuē:“jūnxuéwényuē(1)zhīpàn(2)(3)。”

《论语》雍也第六-27

(1)约:学んだことを集約し応用する。
(2)畔:「叛」に同じ。背く。
(3)矣夫:感嘆語気

素読文:
子曰わく:“君子はひろぶんを学び、これやくするにれいもってせば、またもっそむかざるべきか。”

解釈:
子曰く:“君子たるもの多くの書籍に学び、学んだことを礼に従って実践する。そうすれば学問の道を外れることはないだろう”

《論語》為政第二-15で、孔子は「学びて思わざれば則ち罔し」と言っている。この「思う」は本章の「約する」に通じるものがあると思う。どちらも学んだことを実践できる形に変えることだと解釈している。

君子は質文彬彬

yuē:“zhì(1)shèngwén(2)(3)wénshèngzhìshǐ(4)wénzhìbīnbīn(5)ránhòujūn。”

《论语》雍也第六-18

(1)质:質素な。飾らない生まれつきの素質。
(2)文:文才。教養による美しさ。
(3)野:粗野。文才に乏しい。
(4)史:記録を司る官吏。言葉が華麗、きらびやか。偽善的。
(5)彬彬:『质』と『文』が調和している。外観、内容が共に整っている。

素読文:
わく:“しつぶんてばすなわなり。ぶんしつてばすなわなり。文質ぶんしつ彬彬ひんぴんとして、しかのちくんなり。”

解釈:
子曰く「素質があっても教養がなければ、野人に過ぎない。教養があっても素質が悪ければ、言葉だけの偽善的官吏に過ぎない。素質と教養が揃って初めて君子と言える。」

『文』は学習・読書によって頭を鍛えることで身につきます。
『質』は善行を積むことにより心を鍛えることで身につきます。

君子は恭敬惠義

wèichǎn(1)yǒujūnzhīdàoyān:“xínggōngshìshàngjìngyǎngmínhuì使shǐmín” 。

《论语》公冶长第五-16

(1)子产:姓は公孫、名は僑、字名を子産。鄭国の宰相。

素読文:
さんう。くんみちり。“おのれおこなうやきょうかみつかうるやけいたみやしなうやけいたみ使つかうや。”

解釈:
子は子産を称して曰く、子産には君子が守るべき四つの道があった。それは“己の行いに対し謙虚である。上に使えて敬親である。民に対して慈恵深い。民を使役するに道理にかなっている。”の四つである。

孔子は子産が「恭敬惠義」の大夫であったと称し、君子たるもの「恭敬惠義」であらねばならないと説いています。残念ながら現代日本には「恭敬惠義」の為政者が少ない(皆無?)ように思います。