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これ丘なり

yuēèrsānwéiyǐnyǐněrxíngérèrsānzhěshìqiū

《论语》述而篇第七-24

素読文:

いわく、さんわれもっかくせりとすか。われかくすこときのみ。われおこなうとしてさんともにせざるものし。きゅうなり。

解釈:

孔子は弟子たちに向かって言った「私の教えに何か秘密でもあって、それを君達にかくしていると思っているのではないか?私には何もかくすものはない。私はいつも、君達と一緒におり私の行動を見せている。それが私の教えの全部だ。きゅうとはそういう人間だ」

孔子の教えは、人として当たり前のことなので、もっと深い意味があるのではないかと考えてしまうのでしょう。重要なことは人として当たり前のことを実践することでしょう。

レトロニム

 新聞に「レトロニム」という言葉が出ていた。新しいものが生まれた時に区別のため、古いものの名前を変えることを「レトロニム」というのだそうだ。
記事には、スーパーなどでバーコードを読み取り自動精算するレジが出来たことにより、従来のレジを「有人レジ」と名称を変えて区別する例が紹介されていた。「無人レジ」がなかった頃は「レジ」で済んでいた。しかし無人レジになれないお客様のために「レジ」を「有人レジ」とレトロニムして残したわけだ。
新しいレジを「無人レジ」という名称にしないのは、近い将来無人レジだけにしたいからだろう。

鉄道の改札も「無人改札」となって久しい。しかし「有人改札」というのは見たことがない。これが意外と不便である。
例えば、駅ホームに入構したが忘れ物をして戻りたい時などICカード乗車券で入構するとその駅では出ることができない(これは西武鉄道だけかもしれないが)その様な特殊例のためだけに「有人改札」を設けることはなさそうだが、自動改札に投入したパスモ(または定期券、乗車券)は無情にも戻ってくる。後ろの人がドン、ドンとぶつかってくることになる。

入構駅で使用した改札券で出構できないのは、目的地まで行き駅構内で用事を済ませて戻ってくる様な不正を防ぎたいためだろう。


このコラムは、2023年6月9日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第第1453号に掲載した記事です。

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文行忠信

もっおしう。ぶんこうちゅうしん

《论语》述而篇第七-23

素読文:

もっおしう。ぶんこうちゅうしん

解釈:

孔子は四課題を以て指導をした。「文」:書籍の研究、「行」:生活体験、「忠」:誠意、「信」:社会的信義だ。

これが丘なり

yuē:“èrsān(1)wéiyǐnyǐněrxíngér(2)èrsānzhě(3)shìqiū(4)。”

《论语》述而篇第七-23

(1)二三子:諸君(弟子たちへの呼びかけ)
(2)不与:共に(行動)せず
(3)者:行い
(4)丘:孔子のこと

素読文:
いわく、さんわれもっかくせりとすか。われかくすこときのみ。われおこなうとしてさんともにせざるものし。きゅうなり。

解釈:
孔子曰く:“諸君は、私の教えをかくしていると思っているのか。私には何もかくすものはない。諸君はに私の行動を見ている。それがきゅうという人間なのだ”

後世に生きる私には、孔子の言葉の表面しか捉えていないのではなかろうかと思うことが度々です。孔子と同じ時代に生き、一緒に生活した弟子たちも私と同じ様な感覚を持っていたのではないでしょうか。

我師あり

yuē:“sānrénxíngyǒushīyānshànzhěércóngzhīshànzhěérgǎizhī。”

《论语》述而第七-22

素読文:
いわく、“三人さんにんおこなえば、かならり。ものえらびてこれしたがい、からざるものにしてこれあらたむ。”

解釈:
三人で世を渡れば、各々二人の師を持つことになる。善い道づれは手本になるし、悪い道づれは、己を改める刺戟になる。

師とは優れた点を自己に真似るだけではなく、師の欠点を自己に改める対象である。という孔子の教えと理解しました。

雅言

suǒyán(1)shīshūzhíjiēyán

《论语》述而篇第七-18

(1)雅言:古代に使われた共通言語

素読文:
げんするところは、しょれいるもみなげんなり。

解釈:
孔子が毎日語られることは、詩・書・執礼の三つである。この三つだけは実際毎日語られる。