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メモの活用

 先週は偉そうに「メモの効用」などと書いてしまった。
「ワインバーグの文章読本」と言う書籍で著者の「自然石文章術」と言うのを知ったのがきっかけだった。家を作る時は手ごろな石ころを集めそれを適切な部分に当てはめて壁を作る。文章作成も同様な作業だとワインバーグは書いている。

毎週メルマガの原稿を書くのに苦労している私は早速B6サイズのメモ用紙を購入し、思いついたことをメモし透明ビニール袋にため込んだ。アイディアに困った時にビニール袋のメモを机の上に並べて、卦を読む占い師の如く(笑)何かが降りてくるのを待つ、と言う作業をしていた。

しかしメモ用紙(石ころ)は増え続けアイディア降臨の作業はどんどん非効率になっていく。そんな訳でメモ用紙による石ころ収集作業はやめて、Evernoteに蓄積する様に変更した。メモ用紙はキャッシュメモリーの如く、主記憶に入力したらすぐ捨てる方式にした。Evernoteに保管するアイディアはある程度意味のある文章の場合も、単語だけの場合もある。それらを順番に眺める事もあるが、こんなテーマでと思いついた単語で検索する事もある。

先週のメルマガを読まれた読者様からメモ用紙やノートを分けるのは好ましくないと、一冊のノートで会議の議事録や日々思いつくアイディアも記録する方法を教えていただいた。記録は普通にノートを使い、アイディアは後ろのページから使っておられるそうだ。ノートを使い終わったら、アイディアのページは切り離しバインダーに閉じるそうだ。この方法ならば、メモ用紙の様に散逸する心配はないし、いつも一冊のノートを手元に置いておけば良い。
唯一の欠点はアイディアをバインダーに移した時に時系列にならない事だとおっしゃっていた。しかし日々の記録は初ページから横書き、アイディアは後ろページから縦書きにする、方眼ノートを使えばアイディアは後ろから上下反転して使えばいいかもしれない。

こう言うノート術は初めて知った。優れたアイディアだと感心した。
しかし検索ができるのが電子メモの利点だ。これはどうしても紙では太刀打ちできない。


このコラムは、2022年4月15日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第1280号に掲載した記事に加筆しました。

回は愚ならず

yuē:“huíyánzhōng,wéi退tuìérxǐnghuí

《论语》为政第二-9

素読文:
いわく:“われかいうことしゅうじつたがわざることなるがごとし。退しりぞきてわたくしかえりみれば、もっはっするにる。かいならず。”

解釈:

子曰く:“回と1日話をしていても、黙って聞いているだけだが、回の生活を見ると却って教えられる事がある。回は決して愚者ではない”

教えに対してあれこれ意見や解釈を言うのでなく、教えを実践してみるのが賢者だという事だと思います。

過ちを改めざるを過ちという

yuē:“guòérgǎishìwèiguò。”

《论语》卫灵公篇第十五-30

素読文:
いわく:“あやまちてあらためざる、これあやまちとう。”

解釈:
子曰く:“過ちを改めないことが、すなわち過ちだ。”

この節は《论语》学而第一-8の『過ちては改むるに憚ること勿れ』と同じ教えです。

山本品管部長奮闘記(35)

 山本は屋外の喫煙所のベンチに座っていた。午前中にU350の生産ラインを確認し、小楊に説明用資料の準備を指示した。昼食を済ませオフィスに戻ってもなんとなく落ち着かず、社屋入り口横の喫煙所に出て来た。
2本目のタバコに火をつけた時、U社の社名が入ったワゴン車が入って来た。駐車スペースに止まったワゴン車から、熊苗苗と背の高い男性が降りて来るのがみえた。慌ててタバコの火を消した山本は、オフィスの入り口で二人を出迎えた。「お久しぶりです」U社社長秘書の熊苗苗がにこやかに挨拶しながら近づいてくる。「お疲れ様です」山本は扉を開いて二人を迎え入れる。会議室に二人を案内すると、すでに陳総経理と小楊が待っていた。びっくりしている山本に「先ほど熊さんから、もうじき到着します、と電話があったんです」と小楊が説明する。会議卓を見ると、U350生産のQC行程図と作業手順書のコピーが準備されている。
早速名刺交換が始まる。名刺には「電源技術係長 前多和幸」とある。名刺を受け取った小楊が素っ頓狂な声をあげる。「わぁ!いい名前ですね!」着席しながら名刺を見直した山本は「前多」という性が珍しいと思ったが、いい名前の意味がわからない。陳総経理も「おぉ!」と声を上げている。熊苗苗は微笑を浮かべて小楊に頷き返している。山本と前田だけが意味がわからず顔を見合わせた。「前多さんの名字を中国語で発音すると『銭多』と同じになりなります」と小楊が説明する。「しかも名前も合わせると『お金が多くて幸せ』になるんです」と熊苗苗も微笑を浮かべて説明する。前多も初めて聞いたようで感心している。
「珍しい名字ですね。前多さんはどちらのご出身ですか?」「石川県です。前田はたくさんいますが前多と書くのは少ないです。石川県には同性の人が少しいるようですが」

なごやかな雰囲気で打ち合わせは始まった。QC行程図に従って作業順序、品質管理項目を説明。U350改善活動に従って作業手順をどう変えたかを説明した。
前多は山本が書いたU350改善活動報告書を読んでいたが、実際の作業手順を見ながら説明を受けいちいち納得したようだった。
「何かご質問はありますか?」山本の問いかけに「よくわかりました。現場を見せていただけますか?」と前多がいう。冷めかけたコーヒーを飲み干して「では現場に行きましょう」と山本は立ち上がった。
「ちょっと仕事を片付ける」という陳総経理を残して、前多、熊苗苗、山本、小楊の4人は2階の生産現場に向かった。

前多は作業工程を一つづつ丁寧に見て回った。時折山本に質問をするが、その質問が純粋に好奇心からくる質問であり、顧客工程監査時のようなあら捜しの質問ではない。山本は気持ちよく答えていた。一通り工程を見て回り、会議室に戻る。

「工程をご案内いただきありがとうございます」と礼を言いながら、前多は鞄から小さな電源を取り出した。U350の半分ほどの大きさだ。
「今回生産をお願いする電源の技術試作品です。小型プロジェクター用なので小さくするのに苦労しました。電力消費は小さいのですが、出力電圧が高いので絶縁距離を確保する苦労しました」前多が試作電源を山本の方に差し出す。
試作電源を受け取った山本は一通り眺めて、陳総経理に渡す。「今度の電源は作りやすそうですね」山本の言葉に陳総経理も頷く。

「今回の製品は、製品企画台数が月あたり10万台です。月7千台のU350と違って量産機種なので、品質管理手順が少し厄介なのです」前多は申し訳なさそうに続ける。「まず量産試作で1000台生産していただきたいと思います」「それは全然問題ないです」陳総経理が即答する。「量産試作電源と光源を組み合わせ最終評価をします」前多は続け、申し訳なさそうに「面倒なのは1000台分の特性データを全項目、工程能力指数を計算してもらわなければなりません」
「それも問題ありません。私どもの検査装置は検査データを、HDDに記録しているので自動で工程能力指数を計算できます。自社製品は量産試作だけでなく、量産開始後も工程能力指数を継続監視しています」山本の説明に前多は安堵したようだ。
「生産開始後3ヶ月は初期流動管理をしています。毎日検査データ、直行率を前多さんにメールすることも可能です」と山本は続ける。
「それはありがたいですが、私ではなく品質保証部の担当者に送ってください」前多は苦笑しつつ「私たちは次の製品を開発しなければなりませんから」と続け、「ところで御社の『初期流動管理』はどんな手順でやるのですか?」と質問する。
山本は商品企画会議(受託製品の場合は見積もり判定会議)、設計審査、量産試作審査、出荷判定会議、初期流動管理までの一連の流れを説明する。
真剣にメモを取っている前多に「弊社の品質保証体系図に手順の説明があるので、コピーを差し上げましょうか?」と声をかける。「え!良いんですか?」と顔を上げた。確かめるように陳総経理の顔を見て山本は「問題ないです」と答える。
前多は「ありがとうございます。うちはランプが主力製品なので、電源の開発手順と合わないところがあるのです。参考にさせていただきます」
「ところで最近はLED光源のプロジェクターが増えているように思うのですが、御社のビジネスに影響はありますか?」と陳総経理が尋ねる。
一瞬眉を曇らせた前多は「ランプは製造方法だけでなく駆動回路にも工夫が必要です。これが参入障壁になっているのですが、LEDはデバイスを買ってくればおしまいですからねぇ」自嘲気味の微笑みを陳総経理に向け「今回の新商品は、LED光源のプロジェクター市場に殴り込みをかける覚悟で取り組んでいます」
陳総経理は、まずいことを聞いてしまったという顔をしていたが「それは良かった」と破顔し「ところで夕食をご一緒しようと準備していますが、いかがですか?」と尋ねる。前多は隣の熊苗苗の顔を見る。
「すみません。今日は早く帰らないといけないので」と熊苗苗が答える。
「では、早めに切り上げるということで」陳は食い下がる。
「申し訳ないです。今日は夫が出張のため、私が娘を学校に迎えに行くことになってるのです」「えっ!熊さんお嬢さんがいるのですか?」山本は思わず声を出していた。隣にいる小楊が下を向いて笑いを堪えているのが視界の端に見え山本は危うく理性を保った。


このコラムは、2020年3月27日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第959号に掲載した記事です。

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山本品管部長奮闘記(34)

 二日酔い気味で日曜日をぼんやり過ごした山本は、先週末改善交流会に参加したメンバーの顔を思い浮かべながら出社した。彼らはどんな感想を持ったか話を聞くのが楽しみだった。
品証部のオフィスに入ると、小楊が挨拶もそこそこに声をかけてきた。「陳総経理が呼んでます。」陳総経理も改善交流会の感想を話したいのかな?などと考えながら、陳総経理のオフィスに向かう。
意外にも小楊がついてくる。小楊に顔を向けると「僕も一緒に来いと言われてます。」これは改善交流会の話ではなさそうだ。「何の話か聞いてる?」小楊は首をかしげるだけで、要領を得ない顔をしている。

総経理室に入ると、すでに陳総経理は未決書類の箱から伝票を取り出しサインをしている最中だった。会議卓を顎で刺す。席を立ちながら「今日午前中にU社の技術係長さんが来社する」と言いながら陳総経理は山本と小楊の向かいに座る。「山本君、何か聞いてるか?」そういえば春節休暇中に肥沼事業部長から聞いた話を陳総経理に話していなかったと気がついた。「肥沼さんからU社電源の受注を増やそうという話は聞いていないのですか?」「うん、それは今年度の事業部方針で知っている。どうもU社の社長は、山本君の改善活動に感心して、新機種の発注先をウチにするように、日本本社に進言してくれたそうだよ」肥沼事業部長はそんなことは一言も言っていなかったなぁと思いながら「新機種の開発前に設計部の前多係長さんという方が、うちの生産現場を見たいそうです。」「設計者が?」「そうなんです。製造現場を見なければいい設計ができない、と言っておられるそうです」「そういう考えの人がU350のような設計するかなぁ」陳総経理は皮肉な顔で言う。「まぁ、いいじゃないですか。今度は期待できるかもしれませんよ。」
肥沼事業部長の方針で主力製品をPC電源からプロジェクター電源に切り替えることは、陳総経理も理解している。今後主力となる製品の生産に苦労したくはない、と言う考えは山本と同じだ。「それは大歓迎だな。午後一で前多さんと熊さんがくるそうだ」熊苗苗の名前が出て、山本は心が踊るのを感じた。頬が赤くなっていないかと気が気でない。「でも今日はU350の生産予定ありましたっけ?」「今日から生産です。そういえばひと月ほど前に、熊さんからU350の生産計画を聞かれてます。」小楊が答える。「じゃぁ、午前中にちょっと準備をしておこうか」席を立ちかけた山本に「夜は前多さんと食事だな、空いてるだろ」と陳総経理が確認する。顔が緩みかけているのを抑えて山本は頷き総経理室を辞した。

山本は「よし。現場に行くぞ。」自室に戻るなり小楊に声をかける。

2階の一番奥のラインは、生産開始の準備中だった。欧楊組長と張春華班長が作業員をあつめ、作業手順・注意事項の確認をしているところだった。1ヶ月に1度しか生産がない。そのため毎回生産開始時に作業手順・注意事項の確認をすることになっている。以前このラインは陳南初組長と張春華班長が担当していた。陳南初が製造課長に昇格。SMT実装部の欧陽班長が組長として異動して来た。U350品質改善時に、他部所でありながら積極的に改善に貢献した欧陽が今はそのU350組み立てラインの組長になっている。ラインの作業指示書の横に掲示してある工程内不良事例は張春華班長の力作だ。改善活動で直行率は99.9%に改善し、更に今では99.95%まで改善している。不良がゼロの日もしばしばあるのだ。山本は生産開始を見届け「どうだい?」と小楊に声をかける。「心配なさそうですね」「まぁ、今日は工程監査じゃないんだからね」と頷きオフィスに引き上げた。


このコラムは、2020年3月20日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第956号に掲載した記事です。

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山本品管部長奮闘記(33)

 「どうかね?豊信精密の現場は」前を歩いていた林会長が振り返って山本に話しかける。「いや~感心しました。材料倉庫の保管期限ポスターもすごいですね。監査官の心理を理解していると思いますよ」「というと?」林会長が尋ねる。「監査官に対応する経営者や品管部長がどんなにうまく説明しても、監査官は安心しないものです」「どう言う意味かね?」「あのポスターを見れば、新人作業員でも間違いなく仕事ができると確信できますよ」「ほぉ。山本君はそう考えるのかね」「はい。仕入先の監査をしたり、お客様の監査を何度も受けていてそういう考え方になりました」林会長は嬉しそうに頷く。山本の隣に歩いている李玄宗も頷いている。

会議室に戻ると、すでに中国人メンバーたちはABC班に分かれて着席していた。山本と李玄宗は用意してきた模造紙と大判のポストイットを各テーブルに配り、改善のアイディアを各グループでブレーンストーミングする様に指示した。「ブレーンストーミング」を初めて聞くメンバーもあり、李玄宗が中国語で説明する。賑やかにブレーンストーミングが始まった。各テーブルを見て回った山本は、李玄宗を呼んで耳打ちする。「もっと自由に議論したほうがいいと思わない?」李玄宗も同じことを感じていたのだろう。すぐ前方に立ち作業を中断させ、ブレーンストーミングの注意事項を再度説明する。「自由闊達、批判禁止、質より量、整理・分類は後で、とにかくアイディアの量産!」再び賑やかに議論が始まった。

制限時間の30分が過ぎた頃、李玄宗はアイディアをまとめるように指示をした。5M(人、物、方法、設備、測定)+E(環境)でアイディアを整理分類するように指示する。李玄宗との事前打ち合わせで、山本は新QC七つ道具の活用を提案した。「まず簡単な手法だけでやりましょう。今回はアイディア出しに慣れてもらって、その後に新QC七つ道具を教えたほうが効果的だと思います」という李玄宗の意見に従う事にした。

各チームは検討結果の豊信精密生産現場改善案を発表。それぞれ質疑応答。第一回改善交流会はこうして終了した。

全員で近所のレストランに移動。いつもの「イー・アル・サン」「東莞和僑ナンバーワン!イェェィ!!」の乾杯で、懇親会が始まった。
小楊を始めスター電源のメンバーは興奮気味で次々と山本に話しかけてきた。一様に改善交流会への参加で多くを学んだ、と口々に言ってくる。しかし山本は、不満だった。そんな様子を見て北山総経理が話しかけてくる。「山本さん疲れましたか?」口まで持ってきていたビールグラスを下に置き「各チームが提案した改善案がイマイチでしたよねぇ」「いやいや。御社のメンバーも興奮してたじゃないですか」隣から林会長も「あれでええんだよ。皆が自分の頭で考えるきっかけになったはずだがね。」「そうですよ。まだ1回目ですよ」いつの間にかビールグラスを持って山本の後ろに立っていた李玄宗が言う。

そこから次々と改善交流会に参加した中国人メンバーがチームごとに乾杯にやってきた。山本が覚えているのはそのあたりまでだ。

翌日曜日の昼近くに、宿舎で目を覚ますまでの記憶が飛んでいる。


このコラムは、2020年3月13日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第953号に掲載した記事です。

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山本品管部長奮闘記(32)

 北山総経理の後について1階の製造現場に向かう。「山本さん。よろしくお願いします」李玄宗が声をかけてきた。改善交流会では李玄宗が山本と一緒に指導することになっている。助手の小楊は、別の中国人グループで現場に向かった。社内や仕入先で山本と一緒に現場指導をしている小楊が、中国人グループでどんな交流をするのか考えると、山本の頬が緩む。

生産現場に入ると、「おぉ」と林会長が感嘆の声をあげる。他のメンバーも一様に目を見張っている。そこには旋盤加工機が2台づつ向き合って整然と6台並んでいる。さらにその先には3台のNC加工機もある。

向かい合った旋盤加工機は2台を1人の作業員が担当している。以前は横一列に5台の旋盤加工機を並べて5人で作業していた。設備の配列を変え旋盤加工機6台を3人で作業している。これで労務費が節約できたはずだ。
さらに北山総経理は、各加工機にセンサーをつけて、製品1台ごとの加工時間を集計できる様にしたと説明する。北山総経理は手にしたiPadを皆に示し、加工時間の集計データ、稼働時間、停止時間、可動率などのグラフを見せた。

各設備のデータは無線LANで飛ばし、サーバーPCで加工しグラフ化している。
「さすが」と林会長は親指を立てている。「どうだね」林会長は山本と李玄宗を振り向いて問う。「現場で作業している人には見れないのですか?」という山本の質問に北山総経理は「あっ」と声を上げた。「さすがの人誑し経営者もそこを見逃したか」と林会長が鼻を鳴らして笑う。李玄宗は頭上に?マークを浮かべて、山本の顔を見る。「現在の実績を見る化しておくと、現場で作業している人は、もっと頑張ると思わない?」李玄宗の頭上にあった?マークは!マークに変わった。
「さすがですねぇ」という北山総経理に向かって「いや、実はシングル段取り替えに取り組んでいる工場の事例を見たことがあるんです。段取り替えを開始すると設備の横にある大型の表示器が、経過時間を表示する様になってました」「トータル・マル・パクリ!」林会長、北山総経理、李玄宗の3人は声を揃えて唱和した。

「しかしこのデータを集めると、可動率が上がりますか?」李玄宗がボソッと呟く。「データを集めただけでは可動率は上がらないねぇ」林会長の答えに李玄宗が肩透かしを食らった様な顔をしている。「でも、現状可動率がいくらで、改善したらどのくらい可動率が上がったかわかるよね」という山本に「作業者と同じで、自分たちの成果が分からないとモチベーション上がらないか…」李玄宗は納得顔で頷く。「どうやって改善するつもりかね?」林会長は北山総経理に向き直って聞く。「作業をビデオ録画して、作業解析するつもりです」北山総経理はiPadに入っている動画をいくつか見せながら、説明した。「この動画を、生産技術や職場のメンバーで見ながら、無駄な動作、付加価値を生まない動作に分けて、作業改善するつもりです」「動画がいいですね。ギルブレイスのサーブリッグ分析を勉強するより手取り早い」山本の言葉に「そうですね、サーブリッグの要素動作を覚えるだけで大変ですからね」李玄宗も頷いている。「大変な人たちと改善活動をする事になったぞ」何の説明もなくてもサーブリッグ動作分析の会話に着いてくる李玄宗に驚嘆した山本は心の中でつぶやいた。

工程内を更に進むと3台のNC加工機が並べられている。この3台は作業者1人で操作している。足を止めた李玄宗は「この3台まっすぐ並べずにコの字型に並べれば、U時ラインの様に作業できますよね?」「この設備は加工時間が長いので、設備間の移動時間はほとんど無視できるんですよ」と言いながら北山総経理は李玄宗を振り返り親指を立てた。「そっか。疲労軽減にはなるね」「はっはっは。さすがの人誑し経営者も李君に一本取られたか」林会長が笑う。

その後、メンバーは完成品検査、梱包、出荷品倉庫、材料倉庫、受入検査の現場を回った。豊信精密はどの職場に行っても5Sが徹底している。

材料倉庫では協立電気の濱田総経理が素っ頓狂な声を上げた。「おぉ~!ネジの保管期限まで掲示してあるぞ」と柱に掲示してある「材料別保管期限」のポスターを指差している。林会長が一瞬得意げな顔をして「この掲示誰のためにしているかわかるかね?」と濱田に聞いている。「えっ?作業員が間違えないためじゃないんですか?」北山がニコニコしながら「品質監査にこられるお客様のためです」と答える。「監査にこられたお客様が、現場の作業員に倉庫の保管期限を質問されたら、ここまでお連れして説明する様に作業員に指導してます」「実際新人作業員でも間違わないし、私が監査官から質問を受けても同じ様にここで説明しています」山本は「これを見た品質監査官は安心するだろうなぁ」と心の中で呟きながら林会長の得意げな横顔を見て気がついた。これは林会長が豊信精密に指導したのだ。「わかりやすい爺さんだな」と微笑む。


このコラムは、2020年3月6日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第950号に掲載した記事です。

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山本品管部長奮闘記(31)

 会議室での豊信精密の改善事例及び改善計画の紹介が終わり。この後は全員で生産現場の見学だ。参加6社の改善メンバーはシャッフルされてABCの3班に分けられている。山本は大勢の参加者の中からエース電源のメンバーの顔を探した。皆、期待に高揚しているようだ。陳南初製造課長は首を左右に振っている、まるで試合前の武道家のようだ。小楊などは頬がうっすら赤い。
彼らにとって他の工場の生産現場を見るチャンスはほとんどない。たぶん、間接部門の黎玲経理課長と譚小琴人事係長は初めての経験だろう。彼らの期待と興奮が山本が立っている場所まで電波のように飛んで来てビリビリと感じた。

それぞれの班に豊信精密の管理職が案内役に付いている。少しずつ時間を空けて生産現場に出発していく。日本人経営者はD班、北山総経理が案内役だ。

山本たちのD班は最後の出発となる。北山総経理はポケットを探りながら「レーザポインタを忘れてしまいました。先に私のオフィスに行きましょう」とすまなそうに言う。D班のメンバーは会議室の隣のオフィスにゾロゾロと付いていく。そこは総経理室ではなく、一般の事務員と同じ部屋だった。

その中央奥の机が北山総経理のデスクのようだ。その席の後ろの壁には、各種の経営目標や生産実績などが掲示されている。山本は陳工場長の肘をつつき「あれ見てください」と小声で言う。エース電源では陳工場長は工場長室の中に収まっている。経営計画・目標は工場長のデスクの中、生産状況は現場の生産看板を見なければわからない。「う~ん」と陳工場長がため息を漏らす。経営の情報が、まるで旅客機のコックピットのように全て見えている。しかも機長、副操縦士だけでなく、全員に見えているのだ。

壁面の掲示物を見上げている山本を陳工場長が肘でついて来た。「あれ見て」北山総経理のデスクの方を顎でさす。そこにあるPCのディスプレイ背面の貼り紙に書いてある中国語を陳工場長は読んで聞かせた。「あなたは私の大切な存在です」山本は鳥肌がたった。部下が報告に来たり、相談に来るとまずこの貼り紙を見ることになる。山本は豊信精密がたった1ヶ月半でレイアウト改善を成し遂げた理由が理解できたような気がした。北山に大切にされている部下たちは、残業を苦にすることもなく、北山のために働いたのだろう。「やはりこの工場はただ事ではない」山本は心の中で呟いた。

「どうしました?」いつの間にかレーザポインタを手にした北山が山本の横に立っていた。「あれ」と山本は貼り紙を指差す。「ああ、あれですか。林会長に、お前は『人誑し経営者だ』と言われてます」と北山は、後方に立っている林会長の方を見て笑う。

「さあ、現場を見てください」と他のメンバーに声をかけ生産現場に向かった。


このコラムは、2020年2月28日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第947号に掲載した記事です。

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山本品管部長奮闘記(30)

 今日は、東莞和僑会・改善交流会の第一回目だ。参加する会社は、次の6社
欧泰科技:光センサー応用電子機器
豊信精密:機械加工
厚偉包装:梱包材料
高志電子:電気部品
エース電源:電源装置
協立電気:ワイヤーハーネス加工

協立電機は春節前に開催した東莞和僑会で、改善交流会の説明を受け参加を決めた日系企業だ。自動車用、設備の電装ワイヤーハーネスまで量産品から多品種少量の製品を生産している。同時に電源コードのような同一規格品も手がけている日系企業だ。エース電源も電源コードを使うが、今まで台湾企業から調達していた。

今回の会場となった豊信精密に各社のメンバーが集まっている。
エース電源は陳工場長、山本品証部長、程利民生産技術課長、春節後昇格したばかりの陳南初製造課長、黎玲経理課長、譚小琴人事係長、楊双成助理が顔を揃えている。人事部だけが係長の譚小琴がメンバーに参加することになった。
本来江霞人事課長が参加するはずだったのだが、土曜日は子供の世話があるのでと辞退して来た。山本はせっかくのチャンスなのにと考え、説得しようとしたが、小楊に止められた。人それぞれ価値観が違うのだからという小楊の言葉に、山本は妙に納得感を覚えた。自分の価値観を押し付けるべきでないと感じたのだ。それにひきかえ、参加できることになった譚小琴は喜び、大いに張り切っている。一年後に、江霞課長と譚小琴係長の実力が逆転してしまうと処遇を考えるのがめんどくさいなという思いが山本の頭をよぎる。副総経理に昇格後人事課も山本の所管になっているのだ。

豊信精密の北山和昌総経理が挨拶をし、第一回改善交流会が開始した。
豊信精密の改善メンバーの発表を、隣に座る小楊の翻訳に耳を傾けながら聞く。
驚いたことに、1月の打ち合わせで山本が提案した加工機械のレイアウト改善をすでに実施済みだという。今まで同じ方向に一直線に並べていた加工機械をお互いに向き合うように並べることにより、一人の作業員で二台の加工機械を操作できるようにしたという。山本は前方右側に座っている北山の顔をそっと見た。見かけは穏やかな顔をしているが、部下の指導は厳しいのかも知れないと思った。何台もある加工機械を春節休暇を含む2ヶ月間でレイアウト変更できるとは思えなかった。当然春節休暇があるためその前後は、仕事量が増加しているはずだ。山本は林会長の助手として改善交流会の指導をする立場であるが、これはどうやったのか質問しなければと考えていた。

改善事例の発表の後今後の改善計画の説明があった。その計画を聞いて山本はさらに驚いた。加工機械を1人で2台操作できるようにして、一人当たりの生産効率は2倍になったはずだが、さらに加工設備の可動率をあげさらに20%効率を上げるという積極的な計画だった。

「可動率(べきどうりつ)」とは「稼働率」とは違う概念だ。生産に必要であるべき時間と実際の設備稼働時間の比率を可動率という。標準作業時間×生産台数が分子となり、分母はその生産にかかった総時間だ。総時間には、段取り替え時間、手待ち時間、設備の清掃・故障・修繕・チョコ停、不良を生産した時間などの無駄時間と必要な作業だが付加価値を生まない作業時間が含まれる。したがって可動率が100%になることはない。

改善実績と今後の改善計画の説明が終わり、山本は真っ先に質問をした。
「1月から改善を始め2ヶ月、いや春節休暇があるから実質1ヶ月半でこの成果はすごいですね。それに春節前は生産負荷が高かったのではないですか?」
中国国内向けの製品は、他の工場も休業しているので問題はない。しかし日本向けの製品は春節休暇中も顧客工場は稼働しているので、造りだめをしておく必要があるはずだ。

「そうなんです。土日にレイアウト変更をしました」北山総経理は自社の改善メンバーを見回していう。「それに遊休設備を1台倉庫から引っ張り出したので、設備は全部で6台配置することができ生産効率だけでなく、総生産量も上がりました」「山本さんにいただいたアイディアで、作業効率だけでなく、生産スペースの効率も上がりました」と続けた。
「いやいや、もっとすごいのは北山君のすぐやる実行力と、君の改善メンバーだなぁ」林会長の言葉に出席者が頷く。

「こりゃぁ、すごい人たちと一緒に改善活動をすることになったぞ!」山本は心の中でつぶやいた。

ノウハウとノウホワイ

 先週は「悪意」による事故について検討した。今週は「悪意」ではないが、標準作業手順を遵守せずに発生した事故について検討してみたい。

日本で初めて原子力事故で死亡者を出した事例、東海村JCO臨界事故だ。
高速増殖炉の燃料製造工程で、標準作業手順が遵守されずに核燃料が臨界状態となり、多量の中性子線が発生。作業者3名が重篤な被爆を受けた。内2名は治療のかいなく死亡している。

核燃料の製造において、原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では、標準作業手順では「溶解塔」という装置を使用すると定められていたが、現場ではステンレス製のバケツを用いるという裏マニュアルが存在した。しかも事故前日からは、更に作業の効率化をはかるため、裏マニュアルとも異なる手順で作業がなされていた。具体的には、濃度の異なる硝酸ウラニル溶液を混合して均一濃度の製品に仕上げる均質化工程において、「貯塔」という容器を使用するべきところを「沈殿槽」という別の容器を使用していた。

「貯塔」は臨界が発生しにくい構造に設計されていたが、用途が違う「沈殿槽」は容易に臨界が発生する構造であった。

その結果沈殿槽周辺の冷却水が中性子線の反射材となり、ウラニウム溶液が臨界状態となり大量の中性子線が放射された。

この事故は、現場で作業標準通りに作業がされず、裏マニュアルにより作業が行われていた事に原因がある。現場の監督職や作業員に「悪意」があったわけではなかろう。むしろ現場での作業改善により考えられた「ノウハウ」として裏マニュアルが存在したのだと推測する。

作業標準を定めると言う事は、改善の進歩を止める事になる。従って標準作業は改訂されなければならない。JOCの事例は作業標準の改訂方法に問題がある。製造現場が勝手に改訂をし、裏マニュアルが存在する事が、本事故の管理上の問題点だ。本来作業標準の改訂は、しかるべき組織の審査承認を経なければならない。

しかし現実問題として、なぜそのような作業手順が定められているのか判然としない事例もあるだろう。JOCではそのような事はないと信じたいが、普通の工場では、作業手順を定めた生産技術や設計の担当者が退職し、なぜその手順が定められているのか分からなくなっていると言う事もあるだろう。

作業標準は、作業をどのようにやるのかと言うノウハウが記述されている。更になぜその手順でやるのかと言うノウホワイも記述しておくべきと考えている。

以前生産委託先で、製品に貼付ける小さな表示シールの貼り忘れが発生した事がある。対策として梱包数量単位に表示シールの台紙を分け、表示シールを使い終わったら、製品と一緒に台紙をコンベアに乗せ梱包工程に送る事にした。梱包作業者は、台紙が来たら梱包箱が満杯になっている事を確認する。いわゆる「十点法」と言う定量管理によるシール貼り忘れの再発防止対策だ。

作業者から見れば、余分な作業が発生する。ノウハウと一緒になぜこの作業をやらねばならないのかと言うノウホワイをきちんと作業標準に入れておかねば、この対策はその内遵守されなくなる。

あなたの現場には、裏マニュアルや裏標準作業はないだろうか?
ノウハウとノウホワイが伝わる様になっているだろうか?

JCO臨界事故に関してはウィキペディアを参照させていただいた。


このコラムは、2017年5月15日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第528号に掲載した記事に加筆修正しました。

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