ノウハウとノウホワイ


 先週は「悪意」による事故について検討した。今週は「悪意」ではないが、標準作業手順を遵守せずに発生した事故について検討してみたい。

日本で初めて原子力事故で死亡者を出した事例、東海村JCO臨界事故だ。
高速増殖炉の燃料製造工程で、標準作業手順が遵守されずに核燃料が臨界状態となり、多量の中性子線が発生。作業者3名が重篤な被爆を受けた。内2名は治療のかいなく死亡している。

核燃料の製造において、原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では、標準作業手順では「溶解塔」という装置を使用すると定められていたが、現場ではステンレス製のバケツを用いるという裏マニュアルが存在した。しかも事故前日からは、更に作業の効率化をはかるため、裏マニュアルとも異なる手順で作業がなされていた。具体的には、濃度の異なる硝酸ウラニル溶液を混合して均一濃度の製品に仕上げる均質化工程において、「貯塔」という容器を使用するべきところを「沈殿槽」という別の容器を使用していた。

「貯塔」は臨界が発生しにくい構造に設計されていたが、用途が違う「沈殿槽」は容易に臨界が発生する構造であった。

その結果沈殿槽周辺の冷却水が中性子線の反射材となり、ウラニウム溶液が臨界状態となり大量の中性子線が放射された。

この事故は、現場で作業標準通りに作業がされず、裏マニュアルにより作業が行われていた事に原因がある。現場の監督職や作業員に「悪意」があったわけではなかろう。むしろ現場での作業改善により考えられた「ノウハウ」として裏マニュアルが存在したのだと推測する。

作業標準を定めると言う事は、改善の進歩を止める事になる。従って標準作業は改訂されなければならない。JOCの事例は作業標準の改訂方法に問題がある。製造現場が勝手に改訂をし、裏マニュアルが存在する事が、本事故の管理上の問題点だ。本来作業標準の改訂は、しかるべき組織の審査承認を経なければならない。

しかし現実問題として、なぜそのような作業手順が定められているのか判然としない事例もあるだろう。JOCではそのような事はないと信じたいが、普通の工場では、作業手順を定めた生産技術や設計の担当者が退職し、なぜその手順が定められているのか分からなくなっていると言う事もあるだろう。

作業標準は、作業をどのようにやるのかと言うノウハウが記述されている。更になぜその手順でやるのかと言うノウホワイも記述しておくべきと考えている。

以前生産委託先で、製品に貼付ける小さな表示シールの貼り忘れが発生した事がある。対策として梱包数量単位に表示シールの台紙を分け、表示シールを使い終わったら、製品と一緒に台紙をコンベアに乗せ梱包工程に送る事にした。梱包作業者は、台紙が来たら梱包箱が満杯になっている事を確認する。いわゆる「十点法」と言う定量管理によるシール貼り忘れの再発防止対策だ。

作業者から見れば、余分な作業が発生する。ノウハウと一緒になぜこの作業をやらねばならないのかと言うノウホワイをきちんと作業標準に入れておかねば、この対策はその内遵守されなくなる。

あなたの現場には、裏マニュアルや裏標準作業はないだろうか?
ノウハウとノウホワイが伝わる様になっているだろうか?

JCO臨界事故に関してはウィキペディアを参照させていただいた。


このコラムは、2017年5月15日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第528号に掲載した記事に加筆修正しました。

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