カテゴリー別アーカイブ: 工場再生バイブル

第十一章:人心理解・人心活用

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

本コラム最終回は,原田氏の工場再生指導の真髄をお話したい.瀕死の工場を再生する.そしてそれを維持・改善する.それは従業員の働きにより初めて可能となる.彼らの心を理解し活用する.これが原田式経営哲学の根底にある原理・原則だ.
人心管理と人心マネジメント
明治大学・経営学部の郝燕書教授は,長年原田氏の経営手法を研究して来られた.彼女は原田氏の経営手法を「人心管理」と表現しておられる.原田氏もしばしば人心管理という言葉を使っていた.
しかし,私は人心管理という言葉に違和感を持っている.管理(コントロール)とは,モノのばらつきを一定の範囲に押さえ込むことだ.
多様な人の心を一定の範囲に押さえ込むことは,不可能だ.もし可能だとすれば,それは特殊な宗教集団だろう.そのような組織では,人々は「神」に頼って生き,一人ひとりが能力を発揮することはないだろう.
一人ひとりの個性を活かし(ばらつきを認め)成果を一定の範囲に入れる.こういう考え方は「人心マネジメント」という言葉を使ったほうが適切だろう.すなわち人心を理解し,活用することだ.管理(コントロール)するのは人心ではなく,成果の方だ.
人心理解・人心活用
SOLID社の新人教育は,二年目の従業員が講師をすることになっている.自分と学歴も年齢もほとんど同じ先輩から,会社のルール,仕事に対する心構えを教えてもらう.つまり去年新人研修を受けたばかりの従業員が,今年の新人教育をする.教える方も教えられる方も,お互いの立場が理解できているので,教育効果は高い.
もし年齢が離れた人事部長が新人教育をしたらどうだろう.同じ話をしても,新人の腑に落ちる度合いが違うだろう.
若い作業員の中に,長髪の男子がいた.服務規程に違反しているので,強制的に散髪させればよいが,原田氏は別の方法を取った.
女子数人で評価チームを作り,男朋友にしたい・したくない,を投票させた.男朋友にしたくないという評価を受けた長髪男子は自ら理髪店に行き散髪をした.会社・上司に指示命令されて,髪を切ったわけではない.自ら納得して髪を切ったのだ.不満,不服は発生しない.
長髪,茶髪は,若者にとって一種の自己表現だ.しかしそれは,仕事を通して得られる自己実現に比べれば,遥かに水準が低い自己表現だ.彼らに,音楽や,絵画などの別の自己表現機会を与える.従業員誕生会でのバンド演奏.楽しい壁画を描いて,職場環境を明るく楽しくする.その結果,周りの仲間から賞賛されたり,感謝されたりする.その経験が若者を成長させ,組織の力を向上させる.
二十一世紀型企業経営
二十世紀の企業は,顧客に製品やサービスを提供することにより利益を追求する組織と定義されていた.しかし二十世紀型企業が,今後も存続してゆくには限界があるだろう.
二十一世紀に期待される企業は,従業員の幸福を追求する組織だ.従業員を育て,仕事を通して従業員を幸せにする.そのような企業は,顧客から愛され,社会からも尊敬される.その結果として利益を得ることが出来るはずだ.利益は結果であり,目的ではない.
原田氏には,二十一世紀型企業の青写真がはっきりと見えていたのだ,と私には思える.原田氏が企業理念に掲げた「感謝と夢と自主性にあふれた理想工場」が二十一世紀型企業そのものだ.
従業員が幸せになれば,企業が発展する.多くの企業が発展すれば,社会が幸せになる.そんな二十一世紀型の企業を増やすことが,原田氏の遺志を継ぐことになると考えている.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2011年6月号に寄稿したコラムです.
原田式経営哲学勉強会を開催しています.
詳細は,ブログ:原田式経営哲学をご参照ください.

第十章:記録する文化

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

強い組織を作るためには,まず強い個人を育てる必要がある.そして個人の経験,能力を個人だけに帰属させるのではなく,組織に蓄積させなければならない.マニュアルはそのナレッジマネジメントのひとつだ.
SOLID社のマニュアル文化
SOLID社には,膨大なマニュアルがある.これらのマニュアルは,原田氏の指示で作られたものでも,専門のマニュアル作成者が作ったものでもない.
従業員がそれぞれに,仕事を通して得た成果の記録が,マニュアルとなっている.原田氏は,日々の仕事の成果をまとめ,記録することを教え,それを組織風土としただけだ.
仕事をまとめる作業により,仕事の意義・成果を再確認することが出来る.つまりもう一度仕事を追体験することになる.追体験により,仕事中には得られなかった,気付きを得ることもある.記録をすることにより,2度以上仕事をしたのと同じ効果が得られる.
仕事による成果・自己成長を記録することにより,自己成長を可視化出来る.可視化することにより,目標に対する自分の現在位置が明確となり,更なる成長への計画と準備を持つことが出来る.
各自が仕事を通して得た暗黙智を,記録することにより形式智とする.この形式智の集まりがマニュアルとなる.
会社への貢献よりも,自己成長を重要視する企業文化により,各自が競って自分の成果をまとめる.そのようにして,実際に仕事をしている従業員がマニュアルを作成している.ISOのために準備したマニュアルよりも,ずっと血の通ったマニュアルになる.
原田総経理指導語録
SOLID社には,総経理秘書が,2代にわたって原田氏の指導内容を記録した「原田総経理指導語録」がある.これも原田氏の指示で作ったものではない.秘書自らの意思で記録したものだ.
原田氏が何をどう指導したかをまとめることにより,その意味をより深く考察することになる.そして指導現場に立ち会っていない者も,その知識を共有することが出来る.個人の知識,経験を組織の知識,経験として蓄積することになる.
始まりは日記
この様な記録する文化を組織風土とするために,新入社員は,毎日日記を書くことが義務付けられている.ただ日記を書きなさいと指示をしても,簡単には出来ない.毎日継続させるために,日記を直属の監督者に見せることになっている.
日記を書くことにより,新しく覚えた仕事,心の変化を記録することになる.日記を書く作業は,自己成長を確認することだ.
そして監督者は,新人の日記に対し必ずコメントを書く.このコメントは,新人が正しい方向に成長することを促進し,その成長を承認することになる.
この交換日記を3ヶ月続けることにより,日記を書くことが習慣になる.ただ日記を書くだけの習慣ではない.一日の仕事を振り返り,明日の計画を考えると言う習慣が身に付く.ただ漫然と日々を過ごすのではなく,成長を促進する習慣だ.
日記に書く内容には,ルールがある.嫌なこと,他人・組織に対する不満は書いてはいけないことになっている.不満を押さえつけるためではない.不満がノートに残り,潜在意識に残るからだ.
人は意識・潜在意識にあることしか達成できない.組織や他人に対する不満は他責だ.原因を他責とすれば改善することは出来ない.ただ言い訳をするだけになる.成長とは,自分が変わることだ.自分に起こる事全ての原因を自責とすることにより改善が可能となり,自分を変えることが出来る.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2011年5月号に寄稿したコラムです.
原田式経営哲学勉強会を開催しています.
詳細は,ブログ:原田式経営哲学をご参照ください.

第九章:看える化

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

問題を解決するためには,まず問題を特定しなくてはならない.つまり問題解決能力と共に,問題発見能力が必要だ.再生が必要な工場は問題点が山ほどあるが,それが従業員に見えていない状態となっている.
ボーリングと仕事
原田氏の部下指導には独自の切り口があった.例えば「看える化」を教える時に,「ボーリングと仕事のどちらが楽しいか?」と質問する.当然ボーリングの方が楽しいに決まっている.ではなぜボーリングの方が楽しいのか?この問に明確に答えられる人を,私はまだ見たことがない.
原田氏の指導はこうなる.
ボーリングはその成果が,スコアとして直ちに見えている.自分の得点が今何点で,相手が何点.相手に勝つためには後何点取れば良いか.こういうことがスコア表の中に全て見えている.
しかし仕事の方はどうだろう.往々にして,仕事の成果は時間が経たなければ見えない.今日やった仕事が成果として見えるのは,一ヵ月後と言うことがよくある.
従業員の立場からすれば,毎日こつこつと働いて,ようやく年に一回の考課で評価され,給与が上がる.こういう状況では,なかなかモチベーションを維持することが難しい.楽しいとはいえないだろう.
しかし毎日の仕事の成果を看える様にする.そうすれば,毎日仕事の達成感がある.またはその日に達成できなかったことを,次はどう改善し達成するか挑戦できる.この様に毎日の達成感と,挑戦意欲を看える化によって引き出せば,仕事もボーリングと同じように楽しいはずだ.
何でも看える化
原田氏が経営するSOLID社では,何でも看える化してあった.
購入部品の価格を看える化することにより,部材購入担当者と,納入業者の癒着を防止する.同時に価格を公開することにより,新規納入業者からの提案が多く集まる.事実SOLID社は,OEM顧客が羨ましがる様な,ベンダーリストと,その価格表を持っていた.
全従業員の給与も看える化してある.これにより,公平感・公正感が高まる.むしろ逆に,全従業員の給与を公開しようと決めた瞬間に,不公平・不公正な処遇は出来なくなる.
設備の営繕が行われている時も同様に看える化をする.作業現場には,誰がどんな仕事をしていて,いつ完了するか,必ず看板が出ている.
「原田則夫指導語録」にも,看える化に関する指導が記録されている.総務部においてあるカラープロッターが故障しているのを見つけた原田氏は,すぐ関連メンバーを集め指導をした.カラープロッターの横には,故障中であることと,修理完了見込みの日にちを書いた貼り紙があった.これだけでは足りないと言うのが原田氏の指導だった.
カラープロッターを使おうと,総務部まで来た人は,貼り紙を見てカラープロッターが使えないことを知り途方に暮れる.カラープロッターは社内に1台しかないからだ.貼り紙に,プロッターを持っている近隣の印刷屋さんの電話番号を書いておけば,途方に暮れることはない.
要は「看える化」も,相手の要求を理解し,サービス精神を発揮しなければならない.
看える化は見える化にあらず
ところで既にお気付きと思うが,私は「看える化」と表記している.「見える」「視える」「観える」「診える」ではなく「看える」と書いている.それは,一生懸命観察したり,注視したりしなくても,対象の方から看板の如く目に入って来る様にする,と言う意味をこめたつもりだ.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2011年4月号に寄稿したコラムです.
原田式経営哲学勉強会を開催しています.
詳細は,ブログ:原田式経営哲学をご参照ください.

第八章:信用と信頼

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

信用とは信じて用いること.
信頼とは信じて頼ること.
上司は部下を信用し,部下は上司を信頼する.この信頼関係が組織を強くする.
犬の散歩
原田氏は,従業員の育成を「犬の散歩」に喩えることがあった.犬と言う動物は,好奇心がとても強い.散歩に行けば,あちこち寄り道をしたがる.「犬の様に働く」「犬死」などというネガティブな喩えは犬に対して大変失礼だ.犬の様に好奇心を持って仕事をすれば楽しいに違いない.
しかし原田氏の喩えは別の趣旨がある.犬が危ない所に行かない様に常にリードを引っ張っていれば,飼い主は疲れるし,犬は不満だ.自分の愛犬を信用してやれば,一歩下がって自由に歩かせることが出来る.本当に危ないときだけ引っ張ってやれば良いのだ.
部下が悪いことをすると思えば,きっとそうなる.部下には出来ないと思えば,きっと出来ない.部下とは,あなた自身を映す鏡だ.まずは部下を信じること.信用とは,信じて用いると書く.部下を信じて仕事を任せることだ.
部下を信用できる上司は,部下から信頼される.立場を変えてみれば,簡単に理解できることだ.あなたは自分を信用してくれない上司を,信頼するだろうか?
信用と信頼の違い
部下は信用すべきだが,信頼してしまってはダメだ.つまり部下は信じて用いる.ただし信じて頼ってはダメ.いわゆる丸投げ状態ではダメと言うことだ.
場合によっては,失敗して痛い目に合うのも成長に必要なことだ.人は成功より失敗から多くを学ぶ.致命的な失敗にならなければ,見守っていた方がよい場合もある.
部下を信用し仕事を任すが,仕事の責任は上司にある.従ってミスが,顧客に影響を与えそうになったら,速やかに対応策を打つ.または,ミスが発生しないようにしておく.ミスの発生がすばやく認知できる様にして置くなど,事前に仕掛けを用意しておかねばならない.
言ってみれば,散歩の時にリードを持っている,リードを引く準備をしておくことが重要だ.
部下を信じる力
「原田則夫指導語録」の一節に原田氏が部下をどの様に信じていたかを示す逸話がある.
原田氏の元秘書は,当時まだ二十歳を超えたばかりの元作業員の女性だ.原田氏は,彼女を山東省にある大手電機メーカに転職させている.転職後ほどなく,この会社の総経理が,SOLID社を見学したいと申し込んできた.この申し入れを原田氏は断っている.
この時原田氏は,元秘書が転職先の問題点を整理し,それを改善できていない,と叱っている.彼女は,ただSOLIDは素晴らしいとしか伝えていない.だから総経理が自分の目で見に来るしかないのだ.まずは自分で行動せよ.それでもダメならば,いつでも相談に戻って来いと指導している.
原田氏の元で仕事をしていたとはいえ,年若い女性に対して,転職先企業の問題点を整理し,改善できていないと叱っている.
原田氏が彼女を信じているから,このような叱責が出る.そしてそれは彼女に対する期待だ.
また,成型部門の部長は,浙江省にある金属加工メーカの改革のために請われて転職している.たった一人で,人事部長として乗り込んだ.当然古株従業員たちの抵抗に遭い,改革は進まない.一ヶ月経って,彼は原田氏に進捗を報告し相談したが,社長と相談しなさいと叱られている.
二人とも,信頼する原田氏から信じられている,期待されていると実感するから,最高のパフォーマンスを発揮する.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2011年3月号に寄稿したコラムです.
原田式経営哲学勉強会を開催しています.
詳細は,ブログ:原田式経営哲学をご参照ください.

第七章:人材育成を支える仕組みと仕掛け

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

前回のコラムでは,原田式人材育成について書かせていただいた.人に知識を与え,それを能力に変換してやる.難しいことではない.しかし継続的に人材育成が回り,2番手3番手のリーダが育つようにするためには工夫が必要だ.
自己成長を促す仕組み
人には皆,自己成長意欲がある.しかし若者の中には,その意欲を発揮する機会がなかったり,自己の意欲に気がついていない人が,少なからずいる.
弟や妹の学費を稼ぐために,農村から出稼ぎに来ている打工妹たちにとって,仕事は家族を支えるための「苦役」であり,成長の機会であるとは捉え難いいだろう.
原田氏が経営していたSOLID社には,作業員を事務職員に登用する制度がある.出稼ぎ労働者にも,昇進の機会を与えることにより成長意欲を引き出すことができる.
しかしこの仕組みは,上位に開き空間が無ければ,とたんに閉塞感を伴い機能しなくなる.そこで成長した者から外に出てゆく仕掛けが用意してあるのだ.
SOLID社の職場には,従業員一人ひとりが3年後5年後の夢を公開する掲示板がある.小金を貯めて,故郷に帰り商売をしたい.更に成長し管理職を目指したい.それぞれの夢を毎日掲示板で確認し,努力をするようになっている.
また管理職になると,職位により2,3年ごとに別の職場に異動する制度がある.この制度により,管理職は,経営幹部として成長してゆく.
この様な制度により成長した職員は,自己の夢を実現するために,更なる機会を求め社外と出てゆく.
モチベーション管理
自己成長モチベーションを維持・向上させ,従業員の能力を150%引き出す.その結果を経営業績に結びつける.モチベーションを管理することは,重要な経営課題である.
モチベーションを上げるために,時折従業員に向かって講和をする,食事会を催す.場当たり的な施策は管理とは言えない.継続的にモチベーションを与える仕組みと仕掛けを用意しなければならない.
指示・命令に従ってやる仕事と,自らの意思でやる仕事では,明らかに後者の方がモチベーションが高く,成果も高くなるはずだ.SOLID社のプロジェクト活動は,社員の自由な意思で,プロジェクトを開始・参加することができる.
設備営繕技師は,手の空いた時に,工場内の生活区に置かれるベンチを手造りしている.材料は梱包廃材だ.職場の壁にペンキ絵を描く.このような創意工夫により個性を発揮するチャンスを与える.
楽器を準備しておき,誕生会などで演奏させる.仕事には直接関係無いが,自分の個性を発揮する場と,仲間からの賞賛・承認を得る機会が与えられる.
このような仕組みや仕掛けで,モチベーションが管理される.
助け合う精神
一人ひとりの成長意欲を高め,モチベーションを高める.更にお互いに助け合い成長する協調性を持たせる.これにより,一人の成長意欲,モチベーションが組織の中に容易に感染するようになる.
他人に迷惑をかけない,他人に関心を持つ.この様な組織風土により助け合う精神が開発される.
組織風土は上から押し付けられるのではなく,新人の時から自ら感じ取る様に工夫されている.
新人研修では,一輪車の練習により,左右から支えてくれる仲間と共に,達成感を学ぶ.
先輩との交換日記では,自分に対し関心を払ってくれる先輩に感謝し,自分もそういう先輩になろうとする.
子供は親の行動を見て,それをまねして育つ.そのような環境を実現する仕組みと仕掛けを用意することにより,組織風土は受け継がれてゆくのだ.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2011年2月号に寄稿したコラムです.
原田式経営哲学勉強会を開催しています.
詳細は,ブログ:原田式経営哲学をご参照ください.

第六章:人材育成

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

ある経営者は,中国人に教育投資をしてもすぐに辞めてしまう,と嘆いていた.別の経営者は,私の会社は教育に熱心だから,辞めてゆく人間はほとんどいない,と自慢していた.どちらが正しいのだろう?
教えるのではなく,育てる
「人は育てて使う」日本的経営の常識だ.分かっていても,日本を出てしまうと,この日本的常識が海外でも通用するのかと,自信をなくしてしまう.そんな経営者も多いのではないだろうか.
そんな迷いに,原田氏は一刀両断,「教える前に学ぶ理由を教えろ」とおっしゃっていた.学ぶ理由は,会社の利益に貢献するためではない.自分自身の成長のためだ.従業員を成長させ,その成長を組織の業績に変換するのは,経営者の仕事だ.
人の欲求で最も強いのは,成長欲求だ.自ら学びたいという欲求を持たせ,仕事を通して成長のチャンスを与える.教えるのではない.成長欲求を育てれば,後は自ら学ぶだろう.
原田氏が目指したのは「語り継ぐ教育ではなく,受け継ぐ教育」だ.これは教える内容を継承してゆくのではなく,自ら成長を目指すという組織の風土・文化を継承するという意味だ.
現場実践教育
「教える」とは,知識を伝達すること.「育てる」とは,能力を鍛えることだ.知識が豊富でも,行動が出来なければ何も意味が無い.知識を能力に変換し,行動する力をつける.この過程がOJT(On Job Training)だ.立派なことを言うけど,行動が出来ない部下は,OJTが不足しているのだ.
理論的背景を座学で教え,得られた知識を能力に変換するために,OJTを課す.OJTと座学の比率は9対1がベストと原田氏は言っていた.
理論だけでは行動が出来ない.OJTだけでは,応用が利かない.理論も実践から得られた経験を理論付けする.教科書から学ぶことは,人生で学ぶことの10%でしかない.
学んだ知識を能力にする.形式智が暗黙智に変わる過程と同じだ.そしてその暗黙智は再び形式智に変換されて,他の人に伝わる.最低限これが出来て,初めて知識が能力となったといえるだろう.
学ぶ前に教えるのは,学ぶ理由と,自己成長を量るのは得た知識ではなく,能力である,ということだ.
専門技術者の否定
教えて貰ったことを他人に教えない,そんな不満を中国人部下に持ったことは無いだろうか?これは自分の専門性,ノウハウを守り他者より相対的に高い付加価値を持ちたい,という間違った考えの表現だ.この問題を,中国人の民族性と諦めてはいけない.教える前に,きちんと学ぶ理由と,そのゴールを教えておけばよいのだ.
しかしこれは,原田氏が言う「専門技術者の否定」の本当の意味ではない.彼の真意は,一つの技術だけに頼るのではなく,複数の能力を身に付けさせる,という意味だ.
例えば,日本語通訳という専門技術職を認めない.日本語能力以外にも能力を持たせる.天虎電子時代に原田氏の秘書を勤めた女性には,日本語だけでは駄目だと,会計の知識を勉強させた.彼女は後に格力という中国の大手電器メーカの社長を務めている.
この考え方は社用車の運転手にも適用される.原田指導語録には,運転手に,経営センスを教える場面が出てくる.運転手が退職した後,社長にならなくても,自分自身の人生を正しく経営できる能力を付けてやりたい,という願いで指導をしているのだ.
原田氏の言う人材育成とは,相手の目線で,相手の立場に立った愛情のある指導であった.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2011年1月号に寄稿したコラムです.
原田式経営哲学勉強会を開催しています.
詳細は,ブログ:原田式経営哲学をご参照ください.

第五章:経営はアイディア

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

原田氏は生前,経営には独自性とアイディアが必要だと,よくおっしゃっていた.その原田氏自身も,天虎電子,ソニー恵州,SOLID社の経営で,過去に成功した同じ手法を使うことを封じていた.
企業再生のアイディア
企業を再生させる場合,自分のやり方に付いて来られる人と力を合わせる必要がある.自分のやり方に反対意見がある者や,旧経営者と一緒に再生改革をするのは大変困難だ.
特に倒産の危機に瀕している企業の経営幹部が,再生に居残っているというのは,自分に経営責任があったという自覚に欠けており,大きな抵抗勢力となる.
原田氏は,着任直後このようなオーナー親戚すじの旧経営幹部を一掃している.これが再生の第一歩であったのだが,ここではこんなアイディアを発揮した.
オーナー一族の経営幹部をまず一つの大部屋に集め,仕事をさせなかった.そのまま2,3ヶ月経った時に「あなたは,優秀な方だから,他の仕事を探してもっと能力を発揮してはどうか」と一人ひとり説得した.そしてその後に一言「万が一仕事が見つからないようなことがあれば,この会社はあなたのための机を用意しておくから,遠慮なく戻ってきてくれ」と付け加えた.この一言で誰一人戻ってくる者はいなかったそうだ.
人のプライドを理解したアイディアだ.
人材採用のアイディア
2004年原田氏は,会社案内のVCDを制作している.当時ソニー専門のOEM工場だったので,顧客拡大のために会社案内を作る必要はなかったはずだ.実はこのVCDは,従業員の両親に配布するために作ったのだ.
田舎の両親は,わが子が働く会社の案内を見て,すばらしい会社で働いているのを知り安心する.出稼ぎに出かけた子供が,ホームシックにかかり両親に電話すると,せっかく良い会社には入れたのだからもっとがんばれと励ます.更に隣近所にVCDを見せて自慢をする.隣近所の人たちも,そんなに良い会社ならば我が子も出稼ぎに出したいと思うだろう.
従って原田氏は作業員の採用には,まったく困っていなかった.ほとんどが従業員の紹介で足りていたのだ.
このアイディアはその後も,社内報を両親に届けるという形で継続していた.
新人教育のアイディア
ひところ台湾資本の大手EMSで,自殺騒動が連続発生し,話題となった.SOLID社ではそのような事件は発生したことがない.
なぜ就職して半年も経たない若者が,相次いで自殺をしてしまうのか?卒業して間もない若者が,いきなり都会に出てきて,孤独感と仕事に対する不安が,自殺の大きな要因となっていただろう.
原田氏は,進入従業員が,孤独や不安を持たないようにするアイディアを制度に落とし込んでいた.
新入社員は,一週間新人研修を受ける.この研修の講師は,去年入社の従業員だ.歳が近く新人は講師に親近感を持つ.講師は新人の気持ちを理解しており,新人の身になって教えることが出来る.
また入社後3ヶ月間は職場の班長・組長と毎日日記を交換する.この日記により班長・組長は新人が悩んでいることや心の動きを,察知しすぐにフォローする.
これらの仕組みが,職場の中でコミュニケーションを発生させる.
他にも「手拉手」「心連心」という,一人が皆を思いやり,皆が一人を思いやる仕組みがある.
経営者は,このような優れたアイディアをすぐに取り入れるフットワークと,それを自分の組織に合う様に進化させる独自性のあるアイディアを,持たなければならない.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2010年12月号に寄稿したコラムです.
原田式経営哲学勉強会を開催しています.
詳細は,ブログ:原田式経営哲学をご参照ください.

第四章:経営はレンズ遊び

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

組織を活性化し再生するには,全従業員の熱いココロが必要だ.原田式経営哲学では,これを「レンズ遊び」にたとえる.経営者が太陽,管理者がレンズの役割をし,従業員のココロに火を点けるのだ.
レンズ遊びと経営
あなたも,小学生のころレンズ遊びをしたことがあるだろう.太陽光線を虫眼鏡で収束させ,紙を燃やす遊びだ.
原田氏は,しばしば経営をレンズ遊びにたとえて話をされた.つまり社長が太陽.管理職がレンズ.レンズで太陽の光を集め,従業員のココロに火を点けるわけだ.
当然太陽の光は強いほうが良い.夕方の太陽よりは,正午の光の方が強い.レンズも大きい方がたくさんの太陽光線を集められる.白い紙より,黒い紙の方が,熱を吸収しやすく早く火が点く.更に重要なのは,正しく紙に焦点を当てることだ.
社長の光
社長の光とは,従業員のココロを照らし,未来を照らす光だ.希望のある未来を照らす強い光であるべきだ.
人は時に,晩秋の黄昏の光の中で物思いにふけることも,必要かもしれない.しかし社長の光は,常に明るく,力強い希望の光ではなくてはならない.
つまり社長の光とは,企業の経営理念であり,長中期の経営目標そのものだ.
業績が上がらない,経営の問題で悩んでいる時も,意気消沈光線を発してはならない.従業員の前では,常に笑顔で希望の光を発するべきだ.
社長は苦しい時でも明るい笑顔でいる.そのために他の従業員よりも多く給料を貰っているのだ.
管理職のレンズ
従業員が100人くらいまでならば,その隅々まで社長の光で照らせるだろう.例えば,忘年会で一人ずつ乾杯をしても酔いつぶれない人数が限度だろう.
組織の中には,社長の思いを増幅する中間管理職が必要だ.組織を劇団にたとえるならば,座長が,脚本,演出,主演俳優を兼ねることは出来る.しかしそれを続けていたのでは大きな劇団にはなれない.ナンバー2,ナンバー3を育て,脚本,演出が出来るようにする.主演も自分でやらなくても良くする.
社長の仕事は,業務を全部社員に任せ,5年後,10年後を考え,それを社員に示すことだ.
それを可能にするのは,管理職だ.彼らが一人ひとりの従業員に,正しくレンズの焦点を当てられるように鍛える.
従業員のココロに焦点を当てる
光はそのままでは熱にならない.物質が光を吸収し,光エネルギーを熱に変換して初めて火が点く.
笛吹けど踊らぬ従業員.そんな焦燥感,徒労感を持っている経営者も多いだろう.ましてや,日本から離れ異郷の地で,外国人を部下にしているのだ.
異文化の中で育った従業員に「一発点火のココロ」を持ってもらうためには,共通の価値観を軸にする必要がある.この価値観を求心力とする.
ひとつは金銭.これは万国共通で分かりやすい.しかし金銭以上に有効なのは「成長意欲」「達成感」だ.仕事の成果は「自己成長」と「達成感」であり,更に高度な仕事へのチャレンジ権を与えられることだと理解させる.それで「自己成長」と「達成感」は更にスパイラルアップする.その結果,金銭的報酬が与えられる.
これを,光の焦点を従業員のココロに正しく当てる仕組みとする.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2010年11月号に寄稿したコラムです.
原田式経営哲学勉強会を開催しています.
詳細は,ブログ:原田式経営哲学をご参照ください.

第三章:愛社精神を求心力に?

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

組織を活性化し再生するためには,求心力が必要だ.経営理念,会社の使命に共感させることで,求心力の中心を作る.更に従業員の内から湧き出るモノを求心力とすることにより,組織を活性化する.
愛社精神は求心力になるか?
焼け跡世代,団塊の世代、それに続く私の世代までは「愛社精神」という言葉は生きていた.しかし「新人類」と呼ばれる世代以降,愛社精神という言葉は死語になっているのではないだろうか.
1960年以降に生まれた新人類にとって,愛社精神よりは「愛職精神」が優位になっている.つまり彼らにとっての誇りは,所属する企業ではなく,自分の職業だ.
彼らにとって「就職」とは文字通り,職業に就くことである.「就社」は,職業に就くための一手段でしかない.
振り返って,中国の工場を見ると,そこで働く主力は「80后」と呼ばれる1980年代生まれの若者である.幹部も日本で言えば,新人類以降の世代だ.日本ですら期待できない愛社精神を,中国の工場で期待するのは,ハナから間違っているというしかない.
中国人の若者にとって,就社はキャリアアップの手段である.キャリアアップにより自らの職業的価値を高める.職業から得られる収入によって,自分の夢をかなえる.従って会社に成長機会が無いと判断すれば,転職をしていく.
愛社精神は二の次
原田式マネジメント14か条の中に「愛社精神は二の次,社員の自己成長を願え」という言葉がある.原田式経営では,愛社精神という,会社に対する忠誠心ではなく,自己成長意欲を求心力としている.
中国の若者と一緒に仕事をしていて強く感じるのは,彼らは自己成長意欲を真直ぐに見せてくれることだ.日本の若者は,自己成長意欲を表に出し努力することに,恥じらいの意識を持ち,斜に構えていることが多い.中国の若者には,こういう感覚が無いようだ.
昔中国の生産委託工場で,新製品の立ち上げに手間取り,仕事が深夜まで終わらなかったことがあった.窓から見える宿舎も,就寝時刻をとうに過ぎ,明かりはない.そんな時刻に廊下の照明の下に佇み,本を読んでいる少女がいた.
別の工場では,生産調整でレイオフになったラインの生産技術担当者が出社し,電灯が落ちた職場の窓際で「電子回路技術」の本を独り読んでいた.
こういう若者を正しく指導すれば,自己成長意欲を,会社に対する求心力とすることが出来る.
優秀な者から外に出せ
自己成長意欲を持った若者を,育成し戦力とする.これこそが「人を育てて使う」という日本企業が本来持っていた,日本的経営だ.長期雇用が前提だった日本では,これが比較的容易に出来た.
人材流動率が高い中国でも,日本と同じように人を育てて使うことに,懐疑的な経営者もおられると思う.
しかし成長意欲のある優秀な人材ほど,辞めないものである.成長が止まった者は,積極的に辞めてもらった方が,組織のためだ.成長し,もう教えることがなくなったトップ人材も外に出してやった方が本人のためだ.
本人のためばかりではない.トップ人材が辞めることによって,チャンスが回ってくる2番手,3番手のメンバーが,今まで以上に張り切って仕事をする.そして組織は更に活性化する.
原田氏はこれを「金魚鉢理論」と呼んでいた.金魚を飼うときは,金魚鉢の水をしばしば替えてやらなければならない.水を替えることにより,金魚が成長する環境を整える必要がある.
しかも上からごっそり替える.これが「金魚鉢理論」をうまく実践するコツだ.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2010年10月号に寄稿したコラムです.

第二章:経営は継続とチャレンジ

伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

99%の安心と1%の心配

六月に開催した原田式経営哲学勉強会にて,元原田総経理秘書・閻苗苗さんの話を聞いた.原田氏は亡くなる前日,トイレのチェックシートの運用について指導をされたそうだ.
このチェックシートは,私が初めてSOLID社を訪問した時に,その内容を見てこの工場はただ事ではないと直感したチェックシートそのものだ.
実はトイレのチェックシートに関する指導は「原田総経理指導語録」にも,別の事例が出てくる.原田氏は,既にうまくできている事でも,それが崩れてしまわないように,何度も再指導を繰り返していたのだ.
経営者は,99%うまく行っている事でも,残りの1%を心配する「継続力」と,99%うまく行かなくても,1%の可能性があれば挑戦する「チャレンジ力」を併せ持っていなければならない,というのが原田流の考えだ.

継続力とは

ここでいう「継続力」とは同じ事をずっと続ける力ではない.
例えば,日本で一番長く継続している企業は,創業578年の金剛組といわれている.では金剛組は千四百年以上前から同じ事を継続してやり続けているかというと,そんなはずはない.それでは絶対に倒産しているはずだ.時代に合わせて進化するから事業が継続出来るのだ.
継続力を持つためには,組織やシステムの中に,「成長のサブシステム」を内蔵している必要がある.
つまり,決められたことがきちんと守り続けられるためには,「規則」「標準手順」が整備されていることが必要だ.そしてその規則や標準手順が,進化・改善される仕組みと仕掛けを持っていなくてはいけない.
技術とか作業を標準化するということは,進歩をその時点で凍結するということだ.世界最高レベルの技術を標準化できたとしても,それが明日も最高であり続ける保証はどこにもない.標準は決めたその時点から,次の改訂準備がスタートしていなくてはならない.

チャレンジ力とは

失敗を怖れず立ち向かう実行力,諦めずに取り組む執着力,成功すると信じる力.それらの力の総体がチャレンジ力だと考えている.
学校では,「成功」の反対語は「失敗」と教えるかもしれない.しかし,経営者にとって,成功の反対語は「何もしないこと」だ.成功は失敗の向こう側にある.失敗を一つずつ積み上げた,その山の頂に成功はある.成功すると信じて執着することが成功のための第一歩だ.
継続力とチャレンジ力は一見正反対の力のようだが,究極のところは共通点がある.つまり継続力には,継続するために改善・改革するチャレンジ力が必要だし,チャレンジ力には,成功するまで執着する継続力が必要だ.
しかし継続力とチャレンジ力という方向性の違う能力を,一人の経営者が持っているというのは,まれであろう.
では原田氏はどうしていたのか,元々彼はエンジニアであり,チャレンジ力の方は若い頃からあったはずだ.経営者として仕事をするようになってから,一日の仕事を分割し,異なる役割を果たしていたのではないと,私は考えている.
つまり始業前と,昼休みの社内巡回を毎日の仕事として固定していた.その時間帯は継続力を発揮する経営者としての行動を,自分に課していたのだと思う.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2010年9月号に寄稿したコラムです.