第三章:愛社精神を求心力に?


伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

組織を活性化し再生するためには,求心力が必要だ.経営理念,会社の使命に共感させることで,求心力の中心を作る.更に従業員の内から湧き出るモノを求心力とすることにより,組織を活性化する.

愛社精神は求心力になるか?

焼け跡世代,団塊の世代、それに続く私の世代までは「愛社精神」という言葉は生きていた.しかし「新人類」と呼ばれる世代以降,愛社精神という言葉は死語になっているのではないだろうか.
1960年以降に生まれた新人類にとって,愛社精神よりは「愛職精神」が優位になっている.つまり彼らにとっての誇りは,所属する企業ではなく,自分の職業だ.
彼らにとって「就職」とは文字通り,職業に就くことである.「就社」は,職業に就くための一手段でしかない.
振り返って,中国の工場を見ると,そこで働く主力は「80后」と呼ばれる1980年代生まれの若者である.幹部も日本で言えば,新人類以降の世代だ.日本ですら期待できない愛社精神を,中国の工場で期待するのは,ハナから間違っているというしかない.
中国人の若者にとって,就社はキャリアアップの手段である.キャリアアップにより自らの職業的価値を高める.職業から得られる収入によって,自分の夢をかなえる.従って会社に成長機会が無いと判断すれば,転職をしていく.

愛社精神は二の次

原田式マネジメント14か条の中に「愛社精神は二の次,社員の自己成長を願え」という言葉がある.原田式経営では,愛社精神という,会社に対する忠誠心ではなく,自己成長意欲を求心力としている.
中国の若者と一緒に仕事をしていて強く感じるのは,彼らは自己成長意欲を真直ぐに見せてくれることだ.日本の若者は,自己成長意欲を表に出し努力することに,恥じらいの意識を持ち,斜に構えていることが多い.中国の若者には,こういう感覚が無いようだ.
昔中国の生産委託工場で,新製品の立ち上げに手間取り,仕事が深夜まで終わらなかったことがあった.窓から見える宿舎も,就寝時刻をとうに過ぎ,明かりはない.そんな時刻に廊下の照明の下に佇み,本を読んでいる少女がいた.
別の工場では,生産調整でレイオフになったラインの生産技術担当者が出社し,電灯が落ちた職場の窓際で「電子回路技術」の本を独り読んでいた.
こういう若者を正しく指導すれば,自己成長意欲を,会社に対する求心力とすることが出来る.

優秀な者から外に出せ

自己成長意欲を持った若者を,育成し戦力とする.これこそが「人を育てて使う」という日本企業が本来持っていた,日本的経営だ.長期雇用が前提だった日本では,これが比較的容易に出来た.
人材流動率が高い中国でも,日本と同じように人を育てて使うことに,懐疑的な経営者もおられると思う.
しかし成長意欲のある優秀な人材ほど,辞めないものである.成長が止まった者は,積極的に辞めてもらった方が,組織のためだ.成長し,もう教えることがなくなったトップ人材も外に出してやった方が本人のためだ.
本人のためばかりではない.トップ人材が辞めることによって,チャンスが回ってくる2番手,3番手のメンバーが,今まで以上に張り切って仕事をする.そして組織は更に活性化する.
原田氏はこれを「金魚鉢理論」と呼んでいた.金魚を飼うときは,金魚鉢の水をしばしば替えてやらなければならない.水を替えることにより,金魚が成長する環境を整える必要がある.
しかも上からごっそり替える.これが「金魚鉢理論」をうまく実践するコツだ.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2010年10月号に寄稿したコラムです.