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現場力

 読者様から「現場力」に関する記事を紹介していただいた。

 問題を解析し、知恵やアイデアを出し、粘り強く改善するのは、あくまで人間である。この現場力こそが、日本の競争力の源泉である。
日本企業の競争力は、現場をたんなる「コスト」として見てこなかったことから生まれている。

困れば知恵が出る。そして、それが現場力強化につながる。その際に、現場だけを困らせるのではなく、経営トップも一緒になって困ることが肝心だと大野(耐一)氏は指摘する。

「変動費化」という甘い言葉が、現場の品質を毀損させているという現実を、経営者は直視しなければならない。経営の目的は、変動比率を高めることではなく、現場の競争力を高め、そこから生み出される付加価値を高めることなのである。

○○と他のスーパーの最大の違いは、仕入れにある。大手スーパーが集中購買を指向する中で、○○は鮮魚、精肉、青果といった生鮮食品の仕入れ担当者は、各店舗に配備されている。

「競争戦略」と「オペレーション」の両輪が揃ってはじめて卓越した競争力は生み出される。

競争戦略が合理的であることの最も重要な要素のひとつは、自社の「身の丈」に合っているかどうかである。ビジネスとしての可能性があるからといって、あれもこれも漫然と手を出していたのでは、資源配分が分散してしまい、優位性構築に結びつかない。

人づくりのための投資とは、お金をかけることではなく、経営幹部がどれだけ自らの時間をかけたかである。

ボトムアップという現場力のエネルギーは、じつはトップダウンからしか生まれない。

企業活動における「よい行動」とは、「しつけ」と「くせ」の2つで成り立っている。

「見える化――伝わる化――つなぐ化――粘る化」

サービス業や流通業においては、過度な分業・分散化は、顧客満足の低下をもたらす。

いま、後輩たちに遺さなければならないのは、たんなる機械の使い方や作業手順ではない。「なぜこの機械が生まれたのか」「なぜこの作業手順が必要だったのか」そんな根源的な経験則こそが、継承されなければならない。それこそが「スピリット」である。

90年代、バブル崩壊で日本的経営に自信をなくした経営者達が、こぞって米国流経営手法を真似をした。

株主重視主義により短期経営数字を追いかけ現場を変動経費化した。このため現場の力が代々伝承していく仕組みが失われた。
成果主義に偏りすぎたため従業員にOUTPUTばかりを求め、人財育成が不十分となった。

このような問題を抱えた組織が、バブル崩壊以降未だにテイクオフできていないのではなかろうか。

ところで90年代に力を取り戻していた米国は、実は70年代から日本に追い上げられジリ貧状態であった。80年代になり更にそれが顕著になり、日本式経営の強さの秘密が研究された。

そこで注目を浴びたのがデミング博士である。
デミング博士が戦後の日本に品質管理を教え、そこからモノ造りの日本が急成長したのを突き止めたのだ。デミング博士は全米で再評価され多くの経営者がデミング経営哲学を取り入れた。フォードもGMもデミング博士の直接指導を受けて当時復活している。

バブル崩壊時に日本式経営を真似をした米国の強い企業は実はこうして蘇ったのである。
シックスシグマ、TQM、マルコムボルドリッジ品質賞など日本式経営を研究した結果米国に取り入れられたものである。

現場の力を大切にしてきた日本式経営をもう一度取り戻す必要がある。


このコラムは、2009年2月16日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第84号に掲載した記事に一部加筆修正しました。

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良い工場は退屈である

 先週開催した今年最後の東莞和僑会定例会で、東莞にある日系工場・経理から、どのように組織文化を作ってきたか講演をしていただいた。

今年はコロナ禍のため東莞和僑会の活動は全てZOOM開催となった。例年ならば、工場を訪問し工場を見学して講演を聞く。何度も訪問しているが、その度に新たな気づきが得られ、素晴らしい工場に退屈することがない。

今週のタイトル「良い工場は退屈である」はドラッカーの言葉だ。
良い工場は退屈である言うドラッカーの主張は間違っているわけではい。
良い工場を訪問した者は退屈しない。しかし良い工場に勤務している者は退屈であると言う意味だ。

並の工場は適度に問題が発生し、その対応が必要であり退屈ではない。しかし並以下の工場は問題が発生し、その対応のために退屈などしている暇はない。
さらにレベルの低い工場は問題が頻発し、毎日のように問題対処が発生し激務となる。

では退屈な工場(良い工場)とはどう言う工場か、あらかじめ問題を予測して、対策がしてある。したがって問題は発生しない。まれに未知の問題が発生しても、それに対する対応がルーチン化されている。粛々と新たな対策が実施される。

退屈しない工場は、毎回問題の尻拭いでお祭り騒ぎとなる。
退屈しない工場と退屈な工場の違いは「尻拭い」と「未然防止」の違いだ。


このコラムは、2020年12月25日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第1076号に掲載した記事です。

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治にありて乱を忘れず

 先日ある経営者とお話をしていた時に「利益が出ている時の方が心配だ」とおっしゃった。

利益が出ていないときは、必死に受注の拡大をする、収益体制の改善をする、そんな時は心配などしている暇はない。しかしひとたび利益が出だすと、その利益の源泉がなくなってしまったらどうしよう、と不安になるというわけだ。

まさに「治にありて乱を忘れず」だ。

利益が出ているときに次の収益の柱を次々と考え、それを大きくしていく。利益が出ていれば投資も出来る。乱を忘れずに人や設備に投資をしておけば、ひとたび乱に入っても動揺しなくて済む。

為替の変動についても手を打っておく。
その会社は日本円で取引をしているので、円が強くなれば香港ドルに変えれば為替差益が出る。反対に振れても良い様にちゃんと先に手を打っておく。為替の変動などはこちらでコントロールすることは出来ないので、あらかじめヘッジをしておく。

経営を外部環境要因のせいにしない、全てを自責と捉えあらかじめ手を打っておく。そんな経営理念がにじみ出ているコトバだ。

99%安全でも1%を心配する。
1%でも可能性があれば果敢に挑戦する。

あたかも相反する行動原理のように見えるが、この相反する行動がバランスよく取れる事が重要だ。


このコラムは、2008年11月17日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第63号に掲載した記事です。

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努力とは

 「努力」と言う言葉について考えた事はおありだろうか?
「努力します!」と決意を表明したり、「努力しています」と現状報告を受けたり、したりすることがあると思う。この時の努力ってなんだろうと考えた。
言葉を曖昧なまま使っていると、部下にもっと努力をする様に要求しても、期待通りの行動をひき出せない事が有る。「努力」と言う言葉の重さや深さをきちんと認識し、共有する事が必要だろう。

木下晴弘さんは「涙の数だけ大きくなれる」の中でこう言っている。
“努力とは、当たり前の事を、当たり前とは思えない情熱を傾けて行う事。”

「涙の数だけ大きくなれる」木下晴弘著

つまりちょっと残業したくらいでは「努力」とは認められない。
狂気を感じる程の情熱が伴わなければ駄目だ。
「寝食を忘れて」とか「時間を忘れる」と言う境地に到達するのが努力だ。

しかし「成果主義」は成果に着目するあまり、「努力」と言うプロセスを軽視しがちだ。努力が必ず成果につながれば良いが、往々にして「努力と成果には時差が有る」by野崎美夫

励ま詩」野崎美夫著

部下の「努力」に対するモチベーションを上げてやらなければならない。
成果によりモチベーションを上げるのは簡単だ。しかし「成果」は必ずしも本人がコントロール出来ない。まだ成果が出ていなくても「成長」をキーワードとし成長に承認を与える。成長の先には成果が有るはずだ。「成果」一辺倒のマネジメントよりは容易に部下のモチベーションをマネジメント出来る。

しかし、仕事の中には成長とは無関係でも努力してもらわなければならない事もある。「その仕事僕のキャリアパスの中でどういう位置付けになりますか?」などと言う質問にいちいち答えなければならなくなる(笑)

ベストな方法は、本人が「努力を楽しむ」様に仕向ける事だ。
フロー理論実践指導者・辻秀一先生は「一生懸命を楽しむ」と言っておられる。

「禅脳思考」辻秀一著

スポーツ選手がストイックに練習に取り組み努力をするのは、その先にある結果に対する期待が有るからだろう。しかし、結果などそう簡単には手に入らない。結果が出せる様な選手は、努力そのものを楽しむことができるのだ。

子供だった頃、近所の空き地でただひたすら走る事が楽しかった。
学生だった頃、同級生や先輩と議論する事がただ楽しかった。
古女房が恋人だった頃、ただ一緒にいるだけで楽しかった。
そんな「一生懸命」は誰にでも経験が有るだろう。

「努力を楽しむ」はハードルが高くても「一生懸命を楽しむ」事は可能だろう。


このコラムは、2015年5月11日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第423号に掲載した記事です。

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幸せな企業はどれも同じように見える?

 シリコンバレーで注目される投資家ピーター・ティールと糸井重里の対談記事にこんなフレーズが出ていた。

『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)の冒頭に、「幸せな家族はどれも同じように見えるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」と書かれています。

ビジネスにおいては、その反対が真実だと考えています。
幸せな企業は、それぞれの形があるのです。それぞれ、独自のことを行っているからです。
一方、不幸せな企業はどれも似通っています。つまり、他社との類似性から逃れられていないのです。だからこそ、不幸せなのです。

記事全文

つまり同じような事業ドメインで、同じような商品・サービスを、同じような戦略でビジネスをしていれば、必然的に競争となる。競争は企業にとって不幸。独自ドメインで、独自の商品・サービスを独自戦略でビジネスをすれば競争ではなく、独占となる。独占は企業にとって幸せである。という理屈だ。

もちろんこの意見に全面的に賛成だ。
しかし視点を変えると幸せな企業はどれも同じように見えるのではなかろうか?
幸せな企業に属している従業員は、仕事を楽しみ、仕事を通して成長している。自分の仕事に生きがいを感じ、誇りを持っている。

一方不幸な企業に属している従業員は、仕事に対しそれぞれ異なる不満を抱え、仕事以外にそれぞれ異なる生きがいを求めている。

企業の幸福を追求すれば従業員が幸せになるのか、従業員の幸福を追求すれば企業が幸せになるのか?一般的な経営論では、企業が業績をあげるから従業員が幸福になる、と考える。
確かに業績の良い企業の従業員は幸福であるという相関関係はあるだろう。しかし因果関係を考えた時に、従業員を幸せにするから企業の業績が上がる、と考えた方が正しいのではなかろうか?


■■ 編集後記 ■■

最後まで読んでいただきありがとうございます。

ピーター・ティールは、こうも言っています。
「競争は利益を失う。競争は敗者のもの。他社と差別化ができていないから競争が発生する」
改めて言いますが、彼の意見に賛成です。

では、また来週。


このコラムは、2018年10月19日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第734号に掲載した記事です。

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不便を楽しむ

 今若者の間で銀塩フィルムを使ったカメラが流行っているそうだ。
富士フィルムの「写ルンです」が30周年記念モデルを販売していると聞く。

ディジタルカメラやスマホで撮影した写真で交流するインスタグラムで、「#写ルンです」と検索してみたら36,390件の投稿がヒットした。写ルンですそのものの写真も有るが、写ルンですで撮影した画像をディジタル化して投稿しているようだ。

80年代初めの頃、銀塩写真を大量に撮影していた。しかし重たい一眼レフや交換レンズを持ち歩くのが辛くなり、コンパクトカメラをサブカメラとして買ってみた。その後コンパクトカメラしか持ち歩かなくなった(笑)

ディジタルカメラが出た時は,画質が悪くて使い物にならないと感じたが、カシオのQV10を購入してみた。現像する手間がいらない。撮った写真をすぐに見る事が出来る、とうい利便性が気に入り、銀塩カメラからはなれてしまった。

その後コンパクトディジカメを使っているが、今ではiPhoneで撮影する事がほとんどだ。

考えてみれば、バブル経済期に利便性を追求し、一眼レフ→コンパクトカメラ→ディジカメ→スマホと推移して来た。

そして最近は銀塩カメラへの回帰が起きている。
写真の楽しみ方は、個人や家族と言う小単位から、SNSで広く拡散している。従って銀塩カメラは、現像の手間のみならず、銀塩フィルムをスキャンしてディジタルデータに変換する作業も必要となる。

どうも時代は、利便性や効率を重視した時代を経て「不便を楽しむ時代」に変化しているようだ。今考えれば不便だった時代に、わざわざ手間とお金をかけて回帰している。
モノへの渇望から自由になった人々は、わざわざ不便を楽しむ様になるのかも知れない。
手っ取り早く食事を済ます食生活から、ゆっくり食事を楽しむ生活に。
一つの店舗で買い物が済ませられるスーパーマーケットから、買い物そのものを楽しむ専門店に。
アマゾンが書籍を販売するリアル書店を作ったのもこの流れなのだろう。

「不便を楽しむ」がビジネスチャンスのキーワードになるかも知れない。


このコラムは、2016年5月9日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第475号に掲載した記事です。

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上海万博

 地元タブロイド紙『東莞時報』に日本人女性・山田外美代さんが紹介されていた。2005年の愛知万博の開催期間185日間毎日、延べ243回参観した人だ。

ご主人、息子さんを伴い上海に移住され、上海万博も皆勤賞を目指しているという。このために既に900万円以上の自費を投入している。息子さんは教職員の職を辞しての、移住である。狂気ともいえる熱狂振りだ。

何が彼女をこの様な熱狂に駆り立てたのであろうか?
『東莞時報』によると山田さんは2005年は体を壊され5度も手術をするという、人生最悪の一年だったそうだ。たぶん毎日ふさぎがちな心を抱えて過ごしておられたのだろう。経緯は分からないが、万博に毎日出かけると言う行動をとった。その行動が、自分の心を変え、更に周りの環境も変えてしまった。

明るく、行動的で「素敵なおばあちゃん」と言う周りの評価が、更に多くの出来事を彼女にもたらしたのだと思う。それが彼女の人生も変えた。

経営者として成功するには、偏執狂的な熱狂が必要だ。
中国・華南で、すばらしい企業文化を築き、超優良企業を育てた原田則夫氏は99%うまく行っている会社で、企業文化が崩れてしまう1%の可能性を心配し、毎日毎日従業員を教育し続けた。
彼の教育とは、教師が学生を教える教育ではない。親が子供を育てる教育だ。農村出身の作業者に、経営を教え彼女が退職後田舎に帰っても食堂の経営が出来るようにしておいてやる。

並みの経営者から見れば「狂気の沙汰」であろう。
こういう狂気が偉人と呼ばれる人を作っているのだ。

「結果と言うものにたどり着けるのは、偏執狂だけである」

(アインシュタイン)


このコラムは、2010年5月10日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第152号に掲載した記事です。

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働き方改革

 最近「働き改革」と言う名の下に、残業を減らす、余暇を増やすと言う方向に社会が向いているような気がする。昭和世代の我々は「24時間戦えますか?」「企業戦士」と言う言葉が社会の風潮であった。今はそう言う働き方を「社畜」と言うらしい。高度成長期であり、社会がどんどん豊かになる。それに合わせ個人の収入が増える。しかし私たちの欲望は金銭にあったわけではない。仕事の範囲が広がることに生きがいを感じていた。

バブル崩壊後「ゆとり」「自由」と言う口当たりのいい言葉に騙されているように感じる。成長が感じられない閉塞感が人の心を変えた。

成長企業で働く人は、今でも生き生きと働いていると言う印象を持っている。グーグルで働いている人は、グーグルには残業しない人はいません、と言っている。過労死や鬱に追い込まれてしまう人々は、意味のない仕事をやらされ、仕事の意義を感じられず、希望を失い心が疲れ果ててしまうのだろう。

個人的なことを言えば、150時間残業をしていた頃も、毎朝出社するのが楽しみだった。

「働き改革」は残業を減らすことが目的ではなく、より付加価値の高い働き方を模索し、より高い付加価値を創造することだと考えている。そのような働き方をするためには、仕事の目的、ビジョン、価値観を共有しなければならない。これが理解できない経営者はどんどん淘汰されるだろう。そして働く者自身もAIやロボットに仕事を奪われていくことになる。


このコラムは、2017年3月27日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第521号に掲載した記事です。

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統計データ

 3月12日付けの朝日新聞に原真人論説委員が、有効求人倍率の上昇に対して「生産年齢人口が480万人減少しているのだから有効求人倍率が上昇しているのであり、アベノミクス効果ではない」という記事を書いていた。

たとえば有効求人倍率が代表的である。倍率がバブル期超えの高さとなったことを、首相は「アベノミクスの成果」と誇ってきた。それが何度も繰り返されるうちに、国民の意識に「アベノミクスは成功」とすり込まれていく。

首相の説明には直近6年間で生産年齢人口(15~64歳)が480万人減ったという事実は、いっさい出てこない。それこそ雇用統計が好転している主因なのに、でる。
全文

朝日新聞「波聞風問」より

有効求人倍率の上昇が景気回復の効果であるという政府見解に対して、統計データを元に反論を展開した記事だ。分母になる生産年齢人口が減っているのだから、分子の求人数が変わらなくとも、その答えは上昇するというわけだ。多くの人がもっともな意見だと感じたのではなかろうか?

世論と違った視点を提供するのは、ジャーナリストの姿勢として間違ったものではないだろう。しかし正しく統計データを見なければ、間違った答えを導くことになる。

有効求人倍率の分母は生産年齢人口ではなく、有効求職者数だ。
したがって有効求人倍率は(有効求人数)÷(有効求職者数)であり、有効求人数が増加すれば求人倍率は大きくなる。当然有効求職者数が減少しても求人倍率は大きくなる。景気が悪く諦めてしまった人たちが求職活動を止めてしまったのなら別だが、働き口が見つかって求職活動をする人が減っていると解釈する方が正しそうだ。

恣意的に統計データを使えば、世論を間違った方向に導くことになる。
経済記者である原真人論説委員が有効求人倍率の定義を知らなかったとは思えないのだが。

世の中にはこの手の「ウソ」が結構見られる。
相関関係があるだけなのに、それをあたかも因果関係のように見せかける。
例えばバスケット選手は背が高い、というのは相関関係があるだけで、因果関係があるわけではない。このウソは簡単にみやぶれる。
「背が高い人がバスケットをやる」
「バスケットをやると背が高くなる」
文章をひっくり返すとすぐにわかる。


このコラムは、2019年4月1日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第804号に掲載した記事に加筆しました。

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「うそには3種類。うそ、大うそ、そして統計」中国の信頼性に疑問

 経済規模で世界一に上り詰める勢いの中国。だが、同国の経済関連統計の信頼性には相変わらず疑問が付きまとう。

 事前予想と大きくかけ離れた中国の月次貿易統計に今年、エコノミストらが異議を唱えた。3週間ほど前には、景気の先行きを示す指標のひとつ、製造業購買担当者景気指数(PMI)で、中国国家統計局と金融機関の数字が正反対の内容を示した。さらに、インフレ率の計算方法についても疑問が投げ掛けられている。

 中国の統計の信頼性については、ほかならぬ李克強首相がかつて疑問を呈したことがある。内部告発サイト「ウィキリークス」が10年に公開した米外交公電によると、今年3月に首相に就任した李氏は、遼寧省で党委書記を務めていた07年、当時の駐中米国大使に、中国の一部の統計は「人為的なもの」で信頼できないと話した。

 米外交公電によれば、李氏は遼寧省の経済動向を判断する際に注目するのは電力消費、鉄道貨物取扱量、銀行融資の3つだけで、「他の統計、特に国内総生産(GDP)は参考にする程度だ」と笑いながら話したという。

■データ粉飾の強い動機

 統計上では中国の経済規模は10年に日本を抜いて世界2位となった。アナリストらは、米国が100年以上守ってきた世界首位の座を中国に奪われるのも時間の問題だとみている。

 北京大学の教授(財政学)で、米シンクタンク、カーネギー国際平和財団の上席研究員でもあるマイケル・ペティス氏は、中国が統計を集計するスピードについて、経済規模がはるかに小さいフランスよりもずっと速いと指摘。フランスの統計は中国の統計に比べて質がかなり高いとされている。

 中国についてのコンサルタント会社の代表で、在中国日本大使館経済部参事官を務めた経歴も持つ津上俊哉氏によると、中国の地方政府トップの評価は主に実績に基づいて行われる。地方の経済をどの程度、発展させたかという点が最も重視され、発展の度合いの指標とされるのがGDPだという。津上氏は「地方政府のトップは昇進のため、GDPを増加させようと過酷な競争を繰り広げている。彼らは統計も扱うため、データ粉飾の強い動機が生まれる」と説明した。

■公式GDPは実態より大きい?

 中国の地方政府が発表するGDPの合計が、国全体のGDPを大きく上回ることはよく知られている。

 中国のGDP成長率は公式統計で11年が9.3%、12年が7.8%とされているが、英銀スタンダード・チャータードのエコノミスト、スティーブン・グリーン氏は今年発表したレポートの中で、同じ年の中国のGDP成長率をそれぞれ公式統計を大きく下回る7.2%、5.5%と算出した。

 北京大学のHSBCビジネススクールで教えているクリストファー・ボールディング氏は今月発表した論文で、歪められた消費者物価指数(特に住宅関連)は、中国の経済規模を実態よりもかなり大きくみせていると論評した。

 英ロンドンのキャピタル・エコノミクスの中国エコノミスト、ワン・チンウェイ氏はAFPに、「データが信頼できるものでなければ、どんな政策や改革の意思決定も間違ったものになるだろう」と述べた。

(AFP BBNewsより)

 統計がウソであると言う論調には肯首し難いものがある。統計が不正確(もしくは恣意的に操作がある)、もしくは統計を使ってウソをつくと言うのはあり得るが、統計そのものがウソだと言う事はない。

中国の経済指標に対し、世界中のエコノミストから疑問符を投げかけられているのは、上記の統計データが不正確だ、と言う事だ。しかもその不正確さは恣意的なものがある、と言う疑惑をもたれている。(公開の秘密と言ってよいレベルだと思うが・笑)

中国の場合は、国家経営が事業部制の会社の様になっており、各省長は業績により評価され、中央からの考課・査定が決定する。
中国のソーシャル・クライマー(社会登山家?笑)たちは、人民の幸福よりは共産党内での自分の地位に関心がある。粉飾決算まがいの事が行われていても不思議ではなかろう。

日本でも少し大きな会社では、似た様な事が発生しているだろう。
もっとも本当にウソをついてしまえば、背任行為になるので、仕入れ先に支払い延期のお願いをしたりする。利益が出ている様に見えれば、来期の予算割当が増え、事業部の経営自由度が増える。こんな事情で、経営データが操作される。
その結果、期末を高収益で終わっても、期初の四半期は大赤字なんて事を繰り返すことになる。

李首相は、経営判断の指標として電力消費、鉄道貨物取扱量、銀行融資の3つを使っていたそうだ。最終的には、総収入から総支出を差し引いた利益で判断すれば良いのだが、たいていの場合タイムラグがあり、リアルタイムに判断する材料にするのは難しい。業績の「代用特性」として電力消費、鉄道貨物、銀行融資を使う、と言う事だ。

この代用特性が間違っていると、経営はあらぬ方向に行く。
例えば売上額を、業績の代用特性にすると、売り上げを確保するために値引きをする。売り易い商品を、原価率に関係なく拡販する。と言うことになる。

同様に、長期的指標、短期的指標の違いも重要だ。
短期売り上げを重視すれば、無理な販売をすることになり、顧客は疲弊する。そして、顧客の生涯売上額を減らすことになる。その結果,新規顧客開拓に多額の経費が必要となり、収益体質が悪くなる。

ところで、正しい統計データであっても、嘘をつく事は可能だ。
データのバラツキを無視してデータを恣意的に分析する、と言うのがよくある手口(笑)だ。

例えば、既に2,3年生産している製品でも工程内不良率は,生産のたびに変動する。特に問題が発生していなくても、毎回同じ工程内不良率と言う事はまれだ。平均工程内不良率が0.9%、今回生産の工程内不良率が0.8%だったとき、これがバラツキによるモノか、不良率が改善したのかは判断出来ない。統計的に検証する必要がある。
不良率の実力は0.9%ではなく、0.9%±○%と表現しなければならない。

テレビの視聴率も同様だ。
視聴率の算出は、全世帯で計測している訳ではない。モニターとなっている世帯に取り付けられた機械で計測する。いわゆるサンプリング調査だ。サンプル数は関東一円で300世帯だそうだ。従って発表される視聴率には大きな誤差が含まれることになる。
視聴率のコンマ何%の上下で一喜一憂する事は、意味がない。


このコラムは、2013年8月26日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第324号に掲載した記事です。

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