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アメーバ経営の舞台裏 JAL再生の第一歩は意識改革

 京セラ創業者の稲盛和夫名誉会長が、2010年1月に会社更生法の適用を申請した日本航空(JAL)の経営を引き受け、その後、短期間で高収益企業によみがえらせたことは、すでに、さまざまなメディアで報道されています。私、森田直行(KCCSマネジメントコンサルティング会長)も稲盛さんの補佐役としてJALに乗り込み、副社長として経営改革の一端を担わせていただきました。JALでは当事者も驚くような、すばらしい成果をあげることができたのですが、その原動力は京セラで稲盛さんが長年実践してきた「アメーバ経営」です。私はJAL再生に3年間携わり、「アメーバ経営」により、JALがどんどん変わっていく姿を目の当たりにしてきました。ここでは、JALの経営改革がどのように行われたのかをあらためて振り返りつつ、「アメーバ経営」の要点を紹介します。

(以下略)
全文

(日本経済新聞電子版より)

 日経新聞電子版は有料購読だが、無料登録をすると、1ヶ月10本まで記事を読める。ぜひ参考にしていただきたい。

コラム執筆者の、森田直行氏は鹿児島大学を卒業し、京セラに入社している。稲盛さん直系の弟子と言って良さそうな方だ。

「全員で稼ぐ組織 JALを再生させた「アメーバ経営」の教科書」森田直行著

稲盛氏はJAL再建に乗り込んだ時に「僕は、航空業界は何も知らない素人です。僕が持ってきたのは2つだけ。1つは、フィロソフィ。もう1つは、部門別採算制度です」と言っている。

「京セラフィロソフィ」稲盛和夫著

「アメーバ経営」稲盛和夫著

稲盛氏は「フィロソフィ経営」を経営幹部ばかりでなく、現場の職員にも説いて回っている。
京セラフィロソフィとは、極論すれば人の心を理解し、人を幸福にする事を目指した経営だ。これは手法と呼べるモノではなくまさに「哲学」だ。私自身も稲盛氏の「京セラフィロソフィ」をiPhoneに入れていつも持ち歩いている(笑)

JALの再建メンバーは「京セラフィロソフィー」に習って「JALフィロソフィー」を制定している。

JAL企業理念
JALフィロソフィー

JALが倒産に至った原因が、親方日の丸意識による官僚組織、コスト意識よりは予算の執行を優先すると言う体質に有った事は想像に難くない。

そこに全社全部門全員に、コスト意識を要求するアメーバ経営を持ち込んだ。JALが倒産する前ならば、この様な改革は不可能だっただろう。チョットした腹痛を訴える患者は、医者の指示に従わない事がまま有る。しかし流血し、今にも死にそうな患者は、助かりたいと言う願いさえ有れば、医者の指示に従うだろう。

JALは稲盛経営哲学を取り入れるタイミングが整っていた。しかしそんなに簡単な事ではない。多くの職員を解雇している。植木社長は、そんな苦悩の折に稲盛氏にこういわれている。

「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり。非情でも大善をなすべきだ」
「大義を背負ったときに、人間は1番強くなれる」

植木社長は稲盛氏にこう聞いている。
「安全が大事なんですか、利益が大事なんですか」
それに対し稲盛氏は「両方だ」ときっぱり答える。
「安全なくして、この会社が存立するわけがない。安全は1番大事なんだ。だけど、その大事な安全を守るためにはお金がかかるだろう?だったら、安全を守るためには、利益も生まないとダメなんだ」

コストと安全、コストと品質がコンフリクトする所に本当の答えはない。アインシュタインが言う様に、問題が発生したレベルでは問題は解決出来ない。問題を解決するためには、問題が発生したレベルより高い所に行かねば駄目だ。

植木社長のコラムも参考にされたい。
稲盛和夫の教え「フィロソフィ」と「部門別採算」

余談だが、植木社長の父上が片岡千恵蔵だと初めて知った。しかも、植木社長は私と同じ歳(笑)


このコラムは、2014年7月28日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第372号に掲載した記事です。

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割れ窓理論

 建物の窓ガラスが割れている、壁面や地下鉄の落書き、ゴミのポイ捨てなどがあると、犯罪が増加し治安が悪化するというのが「割れ窓理論」だ。1980年代アメリカ有数の犯罪多発都市ニューヨークの治安回復に、割れ窓理論を取り入れたルドルフ・ジュリアーニ市長が治安回復を果たした事で有名になっている。

それ以前は、犯罪者の人格、性格、環境要因が原因となって犯罪を起こすという「犯罪原因論」や犯罪の機会を減らす事で犯罪を減らそうという「犯罪機会論」が主流であった。
人の性格や人格、貧困などの経済状態を短期間に変えることは困難である。犯罪機会を減らすために警察官のパトロールを増やす、銀行に警備員を置く、などの対策もコストがかかる。

それらに代わり窓ガラスの修繕や路上の清掃などにより犯罪を減らそうとした。その結果5年間で犯罪の認知件数は殺人が67.5%、強盗が54.2%、婦女暴行が27.4%減少し、治安が回復した。コミュニティの縄張り意識、当事者意識などにより住民が街の秩序を高めた結果、犯罪を抑止出来たと考えられている。

10年ほど前に指導していた日系工場では、従業員が製品を不正に持ち出さないように、生産ラインの出入り口に常時保安係がいて、出入りする従業員の身体チェックをしていた。
別の工場は、廃品回収業者とグルになり、梱包材料に製品や部材を混入させて廃棄することを心配し、保安係が立ち会って検査していた。

いずれも、人は悪さをするという「犯罪原因論」に基づき、監視・管理を強化する「犯罪機会論」で対応していたと言えるだろう。

では工場にとって「割れ窓理論」とは5Sであると考えてみてはどうだろう。
整理・整頓・清掃が整っていれば、何がどこにいくつあるか明確となる。上記のような不正を働くことは難しい。従業員の躾が徹底していれば、不正を働こうという気持ちにならないだろう。


このコラムは、2019年1月21日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第774号に掲載した記事です。

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意識

 「品質意識を高める」「安全意識を高める」こんなスローガンや講話を多用していないだろうか?

確かに意識が低い状態で仕事をしていれば、不良や事故が発生する。しかし「品質意識を高めろ」「安全意識を高めろ」と言えば従業員全員の意識が高まるだろうか?
「意識を高めろ」言われた方は何をすれば良いか判断できるだろうか?

意識が高まっている状態が可視化できなければ、「意識を高めろ」と指示した側も意識が高まっているかどうか判断できない。

意識が高まっている状態ではどの様な行動をとるのか?

例えば、品質意識が高まっている作業員は、設備の点検をもれなくしている、工程内で発生した不良の報告が早い、などの行動をとる。安全意識が高まっていれば、安全防具の着用が徹底している、危険箇所の点検に漏れがない、などの行動をとる。

この様に意識が高い行動、意識が低い行動を定義して、それらの行動が行われているか、行われていないかで意識のレベルを評価する。

この様な仕組みを作っておけば「意識を高めろ」という抽象的な指示をせずに具体的な行動を指示できるはずだ。

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品質意識


このコラムは、2019年1月18日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第773号に掲載した記事です。

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品質意識

 「品質意識」と言う言葉を使う事がよく有る。

「作業員の『品質意識』を高めて、慢性不良を減らしたい」
こんな風にお考えの経営者や経営幹部の方々は多いだろう。

ここで言う「品質意識」とはいったいなんだろう?
これが明確になっていなければ、作業員に「品質意識を高めろ」と言っても、効果はないだろう。品質意識が明確になっていなければ、自分は何をすれば品質意識が高まるのか分からないはずだ。

「意識」を辞書で調べてみると、以下の様に解説されている。

  • 物事に気づくこと。また、その心。感知。知覚。
  • (混濁・無意識などに対して)はっきりした自律的な心の働きがあること。
  • 状況・問題のありようなどを自らはっきり知っていること。
  • 思考・感覚・感情・意志などを含む広く精神的・心的なものの総体。特に対象を認識する心の働き。主観。物質・存在・世界・自然など、客観的なものに対する。現象学では世界を構成する超越論的自我の働き、また唯物論では存在に拘束される観念一般を意識と呼ぶ。
  • 単なる直接的な情意作用や知覚ではなく、自他の在り方自身を察知する明瞭で反省的な心の状態。また、その作用・内容など。自己自身を対象化する対自的・反省的働き、人格あるいは自我による統一・自律、一定水準の明晰さなどによって規定される。

(参照:三省堂・大辞林)

簡単にまとめてしまうと、意識が有る・ない(覚醒している・無意識状態)と言う知覚や感覚の領域に関する意識と、より高度な思考・認識などを含む領域の意識が有る。

「品質意識」と言う時の意識は後者の、より高度な思考・認識を含む意識と考えた方が良さそうだ。

品質に関して、状況や問題のありようなどを自らはっきり知っており、その状況や問題を自ら積極的に改善・解決しようと行動をとる事が出来る力を、「品質意識」と定義すれば明確になるだろう。

では冒頭に掲げた「作業員の『品質意識』を高めて、慢性不良を減らしたい」という課題を考えてみたい。

まずは、状況や問題のありようをはっきりさせる事が第一歩だろう。
つまり慢性不良がとはどのような不良なのか、なぜ発生するのか、どのように発見できるのか、の三点を明確にし作業員に知らせる必要が有る。
その上で、慢性不良を発生させない、流出させないための行動を作業員自身が考える事が出来れば、最高だろう。
通常はこの段階を現場の監督職クラスがやる事になる。

こう考えれば「作業員の『品質意識』を高めて、慢性不良を減らしたい」と言う課題に対する、経営者、経営幹部がとるべき行動は明確になっただろう。

慢性不良をきちんと解析し、再発防止対策を考える能力と意欲を現場監督職に持たせる事が、経営者、経営幹部がとるべき行動だと考えている。

経営者、経営幹部が自ら慢性不良の解析、再発防止対策を実践しても良いが、これでは現場監督職クラスがいつまでも依存体質のままとなり、幹部だけが忙しい状況になる。現場監督職クラスに能力が不足していれば、意欲を高める。意欲が高まれば、自分から成長する。
人を「育てる」事は困難だが、人が「育つ」のを助ける事は出来る。

品質道場「品質意識」もご参照ください。


このコラムは、2016年1月11日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第458号に掲載した記事です。

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統計データ

 3月12日付けの朝日新聞に原真人論説委員が、有効求人倍率の上昇に対して「生産年齢人口が480万人減少しているのだから有効求人倍率が上昇しているのであり、アベノミクス効果ではない」という記事を書いていた。

たとえば有効求人倍率が代表的である。倍率がバブル期超えの高さとなったことを、首相は「アベノミクスの成果」と誇ってきた。それが何度も繰り返されるうちに、国民の意識に「アベノミクスは成功」とすり込まれていく。

首相の説明には直近6年間で生産年齢人口(15~64歳)が480万人減ったという事実は、いっさい出てこない。それこそ雇用統計が好転している主因なのに、である。”

全文

(朝日新聞「波聞風問」)より

有効求人倍率の上昇が景気回復の効果であるという政府見解に対して、統計データを元に反論を展開した記事だ。
分母になる生産年齢人口が減っているのだから、分子の求人数が変わらなくとも、その答えである有効求人倍率は上昇するというわけだ。多くの人がもっともな意見だと感じたのではなかろうか?

世論と違った視点を提供するのは、ジャーナリストの姿勢として間違ったものではないだろう。しかし正しく統計データを見なければ、間違った世論を導くことになる。

有効求人倍率の分母は生産年齢人口ではなく、有効求職者数だ。
したがって有効求人倍率は(有効求人数)÷(有効求職者数)であり、有効求人数が増加すれば求人倍率は大きくなる。当然有効求職者数が減少しても求人倍率は大きくなる。景気が悪く諦めてしまった人たちが求職活動を止めてしまったのなら別だが、働き口が見つかって求職活動をする人が減っていると解釈する方が正しそうだ。

恣意的に統計データを使えば、判断を誤ることになる。
経済記者である原真人論説委員が有効求人倍率の定義を知らなかったとは思えないのだが。

世の中にはこの手の「ウソ」が結構見られる。
相関関係があるだけなのに、それをあたかも因果関係のように見せかける。
例えばバスケット選手は背が高い、というのは相関関係があるだけで、因果関係があるわけではない。このウソは簡単にみやぶれる。
「背が高い人がバスケットをやる」
「バスケットをやると背が高くなる」
文章をひっくり返すとすぐにわかる。

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データは現場・現物で見る


このコラムは、2019年4月1日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第804号に掲載した記事に加筆しました。

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不忧,不惑,不惧

yuē:“jūndàozhěsānnéngyānrénzhěyōuzhìzhěhuòyǒngzhě。”
gòngyuē:“(1)dào。”

《论语》宪问篇第十四-28

(1)夫子:孔子のこと。

素読文:
子曰わく:“君子の道なる者三あり。われくする無し。じんしゃうれえず、しゃまどわず、ゆうしゃおそれず。”
こう曰わく:“ふうみずかうなり。”

解釈:
孔子曰く:“君子の道は三つある。自分にはまだ出来ていないが、仁者は憂えず、知者は惑わず、勇者は惧れずだ。”
子貢曰く:“それは師が自らおっしゃっていることです。”

子貢は、孔子が君子の道はまだ自分にはできていないというのを、謙遜だといって言っています。
「道」を「いう」と素読していますが、「夫子自らのみちなり」と素読しても同じ意味になるように思います。

孔子は、子罕第九-29でも「知者は惑まどわず。仁者は憂うれえず。勇者は懼おそれず。」と言っています。
仁者憂えず

問題設定力

 先週のニュース、アマゾンロボット競技会で日本チームの敗退を取り上げ「問題設定力」について考えた。今日は別の事例で「問題設定力」について考えたい。

先週は中国民営企業で指導をしていた。設計、購買、生産、品質部門を集め、各職場の一番困っている問題を出してもらった。
経営幹部にも参加していただき、現場が出した問題点を「すぐ改善」「調査」「やらない」の三択でその場で結論を出して行く。

金型修理(200万元)や新規設備の購入(十数万元)がその場で決まって行く。こういう取り組みが現場職長の改善に対するモチベーションを上げる。

プレス金型が古くプレス品を組み込んだ後に修正作業が発生している。設備の温調が壊れており、夏場は日中に作業が出来ず、出勤時間を変更して対応している。など現場職長が、上申しても受け入れてもらえないと、諦め感を持っていた所を意識改革出来た。

「調査」となった問題点の一つに、作業場が狭く生産効率が悪い。レイアウトを変更したいと問題提起した現場職長がいた。
会議終了後、即職長と一緒に現場確認をした。

確かに生産効率の悪いレイアウトになっている。しかし問題点はレイアウトが悪い事ではなく、生産現場に今必要でない物が沢山置いてあり、生産スペースを圧迫している事である。

「適時に部品調達出来ていない」が真の問題だ。
今必要ない部品は沢山あるが今必要な部品が足りない、と言うのが問題であり「適時部品調達が出来ない」が正しい問題設定だ。

「レイアウトが悪い」と問題設定すれば、解決方法は限定される。
「適時部品調達」を達成すればレイアウトの自由度は倍増するはずだ。

実はこの指導は私の助手がしており、私は適時調達が解決した後のレイアウトを検討していた(笑)


このコラムは、2016年7月25日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第486号に掲載した記事に加筆しました。

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アマゾンロボ競技会 日本、「問題設定力」に敗因

 ロボカップとの共同開催で行われた「アマゾン・ピッキング・チャレンジ(APC)」。三菱電機など日本勢も最新の技術を搭載したロボットで勝負に挑んだが、優勝はかなわなかった。技術面で後れを取ったわけではないのに、世界で勝てない。敗因を探れば、実用化段階で飛躍する道筋が見えてくる。

 キュイーン、キュイーン――。7月1日、APCの会場となったライプチヒメッセのホール4。アームの先に空気圧で対象物を吸い付ける機構の音が至る所で響いた。

(日本経済新聞電子版より)

 日経新聞の解説によると「APC」とは、米アマゾン・ドット・コムが自社施設を効率化させる目的で2015年から始めた物流の自動化技術を競うイベント。競技の課題は、各チームのロボットが制限時間内に食品や衣類、玩具などが入った棚から、指定された物を取り出して箱に詰めるという内容だ。ロボットは一度起動したら遠隔操作せず、無人で動かす。つかみにくく壊れやすい品物の移動に成功すると高得点。途中で落としてしまったり、誤った商品を取ったりしたら減点となる。

以前東大出身の研究者が米国防総省国防高等研究計画局(DARPA)主催の災害救援ロボットコンテストに参加し1位を獲得した。国内では、大学が軍事産業の研究をする事へのアレルギー体質があり、災害救援と言う平和利用にも関わらずDARPA主催と言う事で批判が集まった。結局彼らが起業したロボット研究ベンチャーはグーグルに買収されている。

鉄腕アトム世代の私には、忸怩たる思いがある。

APCは産業用ロボットでありこのような懸念はないのだが、日本勢は2年連続の惨敗だ。

優勝したチーム・デルフト(オランダ)は、チームメンバーの拘束時間は朝7時から夜中の12時まで。毎日徹底して改善点を議論する、と言う体躯会系のノリでロボット開発に取り組んだそうだ。彼らは、ソフトやハードの専門家をそろえたが、周囲がやっていることを各メンバーに理解させた、と言っている。
これらの姿勢は、チームワークを重視し、「すり合わせ」を得意とする日本のやり方ではないだろうか?

結局の所、オランダチームの戦略「まず最初にやったのは競技で求められていることのリストアップ。技術から始めていない」が勝敗を分けたと思う。

日本チームは敗因を「全体を通じて統合的に考えることが足りなかった。個別最適の誤謬(ごびゅう)に陥った」と分析している。

ニュースタイトルにある様に「問題設定力」が不足していたと言う事だ。
「問題設定力」の手前に「顧客要求理解」がある。いくら「問題解決能力」が有ったとしても、顧客要求と違う方向に問題設定したのでは勝てるわけがない。

例えば「完成品倉庫が狭い」と困っている製造工場の問題は、倉庫が狭いことではなく、出荷量より沢山作ると言う問題であるはずだ。出荷量より沢山作る原因を追及すれば、歩留まりが悪いので余分に生産投入する、段取り替えに時間がかかるから、生産効率を考えて余分に生産する、と言う解決課題に至る。

問題設定が「完成品倉庫が狭い」であれば、倉庫を広くする、借りる、収納効率を高めると言う解決策しか出ない。

一方で「出荷量より沢山作る」と問題設定すれば、歩留まりを上げる、段取り替えを短縮し可動率を上げる、と言う本質的解決策が出て来る。

ロボットコンテストの敗因「問題設定能力不足」は、製造業にも教訓を与えてくれるはずだ。

日本チームは、今回の敗因を糧に来年こそ優勝してほしい。
このままでは、日本勢はロボットの構成部品メーカの役割しか出来ない。


このコラムは、2016年7月18日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第485号に掲載した記事に加筆しました。

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失敗から学ぶ:「最先端の植物工場 水も肥料も、工場おまかせ」

  • 今日の授業(24日)最先端の植物工場
     クルマの世界で注目される「自動運転技術」。農業の世界でも、誰がやっても高品質の野菜や果物が収穫できる技術の開発が進んでいます。○月△日に収穫したい――。あらかじめコンピューターに入力すれば、栽培管理はお任せの「植物工場」です。
  • 1日の誤差で収穫日指定
     千葉大学園芸学部(千葉県松戸市)の研究圃場(ほじょう)にある植物工場。鉄骨組みで、ガラス張りの建物が20棟近く並ぶ。天井のガラス越しに太陽光が降り注ぎ、トマトが赤く色づく。「工場」といわれるのはコンピューター制御で作業を省力化し、品質の良い作物を安定して収穫できるからだ。

     あちこちにあるセンサーで温度や湿度、日射量などを計測。それに基づいて冷暖房機や送風機が動き、水や肥料の供給、窓の開け閉めが自動で行われる。そうして最適な環境を維持し、光合成を促す。

(以下略)全文

(朝日新聞電子版より)

 前職時代に開発担当していたFAコンピュータは、温室栽培、酒造用のアプリケーションが有った。まさに上記の記事にある様な使い方を1980年代に提案していた。(私はハードウェア担当だったので、アプリケーションに関してはタッチしていなかったが)

「失敗から学ぶ」と言うタイトルなのに、過去の思い出か。とお叱りの声が聞こえてくる(笑)

上記記事の後半に、トマトの収穫後に完熟させる「青穫りトマト」に関する記述がある。完熟するまで圃場を占有しなければ、面積あたりの生産効率を改善出来る。または完熟するまでの時間を制御出来れば、出荷の平準化が可能になる。と言う着想が有ったが、研究に着手する余裕がなかったと言う。

そんな時に、具合よく(笑)卒論の研究が途中で頓挫してしまった学生がいた。彼に「青穫りトマト」の基礎研究として、圃場で完熟したトマトと収穫後完熟トマトの品質の違いを調査してもらった。この研究ならば、短期間で卒論をまとめられる。

研究の結果、ビタミンの一種、アスコルビン酸の含有量は、収穫後完熟トマト・圃場完熟トマトともにほぼ同じで、酸味と甘みのバランスも差がなかった。この研究成果が「青穫りトマト」研究スタートのきっかけとなったと言う。「失敗から学ぶ」と言うよりは、失敗が吉となった。瓢箪からコマ、怪我の功名とでも言う事例だ。

このコーナーの趣旨から言えば「失敗してもあきらめない」事例として考えていただきたい(笑)


このコラムは、2016年7月25日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第486号に掲載した記事に加筆しました。

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抜き取り検査の限界

 抜き取り検査と言うと、購入部材の受け入れ検査(IQC)工程内検査(IPQC)出荷検査(FQC)を思い浮かべるだろう。一定の比率や、定期間隔でサンプルを抜き取り検査をする方法だ。AQL検査と呼ばれているのが、生産ロットの大きさに従って決められた数量のサンプルを抜き取り検査をする方法だ。IQC、FQCでAQL検査をする事が多い。

このAQLとはAcceptable Quality Levelの略称だ。「許容出来る品質レベル」と言う意味になる。例えばAQL0.1と言えば、0.1%の不良を許容すると言う意味になる。つまり1000個買ったら1個不良でもかまわない、と言う水準で購入部品の判定をしているわけだ。

本当にこの水準で良いのだろうか?
電子部品100個を実装して製品を作る場合を考えてみよう。
一つ一つの部品の不良を0.1%許容する。つまり99.9%良品の部品を100個組み合わせて製品を作る。この場合の製品の良品率は0.999の100乗=0.905となる。製品の良品率は90.5%、不良率は約10%となってしまう。

このレベルで量産は困難だろう。

20年ほど前は電子部品の出荷不良が20ppm以下ならば、合格点を貰えた。自動車用部品であれば、出荷不良は0ppmが当たり前だと言われる。

ではAQL0.002とかAQL0で抜き取り検査をすれば良いか?
実は20ppmや0ppmを保証する抜き取り検査は不可能だ。全数検査となる。

従ってIQCやFQCの抜き取り検査は「気休め」レベルでしかない。IQC、FQC抜き取り検査の意義は、誤部品の受け入れ・出荷防止だ。(誤部品の「混入」も抜き取り検査で防ぐのは困難だ)

IPQCでも、抜き取り検査で発見出来るのは「偶然発生する不良」ではない。設定の間違いや、加工中の条件変化によって発生する不良しか発見出来ない。

抜き取り検査の意義は、大量に発生する不良の予防であり、偶然発生する不良の予防には無力だと心得て、他の手段で品質保証をする事を考えるべきだ。


このコラムは、2016年7月25日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第486号に掲載した記事に加筆しました。

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