第六章:人材育成


伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル

ある経営者は,中国人に教育投資をしてもすぐに辞めてしまう,と嘆いていた.別の経営者は,私の会社は教育に熱心だから,辞めてゆく人間はほとんどいない,と自慢していた.どちらが正しいのだろう?

教えるのではなく,育てる

「人は育てて使う」日本的経営の常識だ.分かっていても,日本を出てしまうと,この日本的常識が海外でも通用するのかと,自信をなくしてしまう.そんな経営者も多いのではないだろうか.
そんな迷いに,原田氏は一刀両断,「教える前に学ぶ理由を教えろ」とおっしゃっていた.学ぶ理由は,会社の利益に貢献するためではない.自分自身の成長のためだ.従業員を成長させ,その成長を組織の業績に変換するのは,経営者の仕事だ.
人の欲求で最も強いのは,成長欲求だ.自ら学びたいという欲求を持たせ,仕事を通して成長のチャンスを与える.教えるのではない.成長欲求を育てれば,後は自ら学ぶだろう.
原田氏が目指したのは「語り継ぐ教育ではなく,受け継ぐ教育」だ.これは教える内容を継承してゆくのではなく,自ら成長を目指すという組織の風土・文化を継承するという意味だ.

現場実践教育

「教える」とは,知識を伝達すること.「育てる」とは,能力を鍛えることだ.知識が豊富でも,行動が出来なければ何も意味が無い.知識を能力に変換し,行動する力をつける.この過程がOJT(On Job Training)だ.立派なことを言うけど,行動が出来ない部下は,OJTが不足しているのだ.
理論的背景を座学で教え,得られた知識を能力に変換するために,OJTを課す.OJTと座学の比率は9対1がベストと原田氏は言っていた.
理論だけでは行動が出来ない.OJTだけでは,応用が利かない.理論も実践から得られた経験を理論付けする.教科書から学ぶことは,人生で学ぶことの10%でしかない.
学んだ知識を能力にする.形式智が暗黙智に変わる過程と同じだ.そしてその暗黙智は再び形式智に変換されて,他の人に伝わる.最低限これが出来て,初めて知識が能力となったといえるだろう.
学ぶ前に教えるのは,学ぶ理由と,自己成長を量るのは得た知識ではなく,能力である,ということだ.

専門技術者の否定

教えて貰ったことを他人に教えない,そんな不満を中国人部下に持ったことは無いだろうか?これは自分の専門性,ノウハウを守り他者より相対的に高い付加価値を持ちたい,という間違った考えの表現だ.この問題を,中国人の民族性と諦めてはいけない.教える前に,きちんと学ぶ理由と,そのゴールを教えておけばよいのだ.
しかしこれは,原田氏が言う「専門技術者の否定」の本当の意味ではない.彼の真意は,一つの技術だけに頼るのではなく,複数の能力を身に付けさせる,という意味だ.
例えば,日本語通訳という専門技術職を認めない.日本語能力以外にも能力を持たせる.天虎電子時代に原田氏の秘書を勤めた女性には,日本語だけでは駄目だと,会計の知識を勉強させた.彼女は後に格力という中国の大手電器メーカの社長を務めている.
この考え方は社用車の運転手にも適用される.原田指導語録には,運転手に,経営センスを教える場面が出てくる.運転手が退職した後,社長にならなくても,自分自身の人生を正しく経営できる能力を付けてやりたい,という願いで指導をしているのだ.
原田氏の言う人材育成とは,相手の目線で,相手の立場に立った愛情のある指導であった.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2011年1月号に寄稿したコラムです.