山本品管部長奮闘記(31)


 会議室での豊信精密の改善事例及び改善計画の紹介が終わり。この後は全員で生産現場の見学だ。参加6社の改善メンバーはシャッフルされてABCの3班に分けられている。山本は大勢の参加者の中からエース電源のメンバーの顔を探した。皆、期待に高揚しているようだ。陳南初製造課長は首を左右に振っている、まるで試合前の武道家のようだ。小楊などは頬がうっすら赤い。
彼らにとって他の工場の生産現場を見るチャンスはほとんどない。たぶん、間接部門の黎玲経理課長と譚小琴人事係長は初めての経験だろう。彼らの期待と興奮が山本が立っている場所まで電波のように飛んで来てビリビリと感じた。

それぞれの班に豊信精密の管理職が案内役に付いている。少しずつ時間を空けて生産現場に出発していく。日本人経営者はD班、北山総経理が案内役だ。

山本たちのD班は最後の出発となる。北山総経理はポケットを探りながら「レーザポインタを忘れてしまいました。先に私のオフィスに行きましょう」とすまなそうに言う。D班のメンバーは会議室の隣のオフィスにゾロゾロと付いていく。そこは総経理室ではなく、一般の事務員と同じ部屋だった。

その中央奥の机が北山総経理のデスクのようだ。その席の後ろの壁には、各種の経営目標や生産実績などが掲示されている。山本は陳工場長の肘をつつき「あれ見てください」と小声で言う。エース電源では陳工場長は工場長室の中に収まっている。経営計画・目標は工場長のデスクの中、生産状況は現場の生産看板を見なければわからない。「う~ん」と陳工場長がため息を漏らす。経営の情報が、まるで旅客機のコックピットのように全て見えている。しかも機長、副操縦士だけでなく、全員に見えているのだ。

壁面の掲示物を見上げている山本を陳工場長が肘でついて来た。「あれ見て」北山総経理のデスクの方を顎でさす。そこにあるPCのディスプレイ背面の貼り紙に書いてある中国語を陳工場長は読んで聞かせた。「あなたは私の大切な存在です」山本は鳥肌がたった。部下が報告に来たり、相談に来るとまずこの貼り紙を見ることになる。山本は豊信精密がたった1ヶ月半でレイアウト改善を成し遂げた理由が理解できたような気がした。北山に大切にされている部下たちは、残業を苦にすることもなく、北山のために働いたのだろう。「やはりこの工場はただ事ではない」山本は心の中で呟いた。

「どうしました?」いつの間にかレーザポインタを手にした北山が山本の横に立っていた。「あれ」と山本は貼り紙を指差す。「ああ、あれですか。林会長に、お前は『人誑し経営者だ』と言われてます」と北山は、後方に立っている林会長の方を見て笑う。

「さあ、現場を見てください」と他のメンバーに声をかけ生産現場に向かった。


このコラムは、2020年2月28日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第947号に掲載した記事です。

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