第一章:経営は愛情と思いやり


伝説の経営者・原田則夫の“声”を聴け!
工場再生指導バイブル
従業員への愛情
05年一月初めて原田氏が経営するSOLID社を訪問した時に,原田氏は受付職員をこう紹介した.この娘は先月まで月給六百元の作業員だった.内部登用試験に合格して,今は受付業務に就いている.
彼女は受付業務の合間に,喫茶部の経営も任されている.ベンダー商談広間の横に小さな喫茶部があり,訪問客や,会議に飲み物を提供するのが仕事だ.
その喫茶室にパワーポイントで作ったグラフが張り出してあった.農村で中学を卒業して出稼ぎに来ている元女子作業員が,コンピュータで経営指標を示すグラフを作っている.
大変驚いた.そばまで近寄り,その内容を確認し,更に驚いた.グラフには売り上げ推移の他に,毎月の固定経費と変動経費を分けて表示してあり,利益がいくらか分かる様になっていた.つまりこの娘は損益分岐点の意味が分かっているのだ.
大変驚き原田氏に,よくここまで教えましたねぇ,と聞いてみた.彼は何事でもないと言う顔で,ここまで教えておけばこの娘は会社を辞めた後故郷で食堂の経営くらいは出来るだろう,とおっしゃった.危うく感動で落涙するところだった.
従業員が退職した後の幸せを考えているのだ.この半端でない従業員への愛情が,従業員の求心力となっている.
思いやりの方向
中国で大学を卒業し,日本の大学院に留学後,原田氏の下で仕事をしたいと,SOLID社の門を敲いた女性がいる.給料はただでいいから置いてくれと言ったそうだ.
原田氏自慢の部下だった.しかし彼女もこっぴどく叱られている.彼女によると,言葉上の誤解から「お前は頑固だ」と叱られたそうだ.誤解であることが分かった後でも,やはり「頑固者だ」と叱られたと憤慨していた.
実は原田氏にとって,言葉上の行き違いなどどうでも良かったのだ.彼女の思い込みの強さを,「頑固者」と叱って矯正しようとしたのだ.
原田氏の思いやりは,部下に優しくしようという方向には働かない.部下の成長を願う思いやりなのだ.
社内行事で従業員と一緒に食事をすることはあっても,従業員を誘って食事をするようなことは滅多になかったはずだ.
いわゆる優しい経営者ではない.しかし彼の思いやりが自分の成長のためと理解している者は,彼に対して絶大な信頼を持つはずだ.
原田式経営哲学
原田式経営哲学の源泉がここにある.従業員に対して愛情と思いやりを持って接する.思いやりとは優しくする事ではない.むしろ相手の成長を願い厳しく接することだ.
愛情と思いやりの結果は,従業員の信頼と感謝に比例する.この原理を理解しなければ,原田氏の経営手法をいくら真似しても,原田式経営に到達することは出来ない.
従業員の潜在的な夢を理解する.そして経営を通してその夢を実現させるためには,何をすればよいのかを真剣に考える.それは従業員に迎合するのではなく,組織力を上げるためだ.

本コラムは香港,中国華南地区で発行されている月刊ビジネス雑誌「華南マンスリー」2010年8月号に寄稿したコラムです.