不具合事例から未然防止


 「不具合事例から未然防止」が、私の長年のテーマだ。
開発のエンジニアだった頃からだから、既に20年余りこのテーマを考えている。
このメルマガの「ニュースから」「失敗から学ぶ」のコラムも、他社事例から未然防止を考えるきっかけになればと思い書いている。

30代だった頃は、ひたすら不具合事例を暗黙智として、溜め込んでいた。
役職が付き、部下を預かるようになってから、暗黙智を形式智にに置き換え、いかにして部下に伝えるかを考えるようになった。

当時はチェックシートを作り、類似の問題がないことを確認するようにしていたが、形だけの形式智であり、自分自身の暗黙智の領域を出ていなかったように思う。

その後品質保証部を担当することとなり、「不具合事例から未然防止」はテーマと言うより、課題として取り組むことになる。
事例を理解し、応用できるように「不具合事例集」を作った。つまり具体的に不具合事例、原因、対策を記録し、そこから導かれる「教訓」を抽象化して抽出するようにした。

例えば、外部から購入しているOEM製品のネジの頭がポロリと取れてしまう不具合が発見されると、発生の経緯、不具合のメカニズム、不具合の発生原因、対策を統一フォーマットに書く。
そして其々を一度抽象化し後に、キーワードとして検索できるようにする。

「ネジ頭ポロリ」に関して言えば、不具合現象は、ネジをメッキした時に残留した水素による、水素脆性破壊現象。原因はメッキ後のアニール工程を飛ばしてしまったことだ。

この事例に「水素脆性破壊」「熱処理」「工程飛ばし」などのインデックスを付けておく。
このデータベースを、新規の不具合に出遭った時や、新製品のレビューの時などに活用する。

以前紹介した「失敗百選 41の原因から未来の失敗を予測する」の中尾教授が提唱しているように、失敗を上位概念に上げて失敗ライブラリーを作る。失敗ライブラリーの事例を下位概念に下ろし、現実問題への応用をする。
と言う考え方と同じだ。

中尾教授は「つまり」が上位概念への上昇であり、「例えば」が下位概念への下降であると喩えている。

しかし、当時作った不具合事例集は余り活用されることはなかった。

原因のひとつは、検索のコンピュータ支援が不十分だったことと考えている。
当時データは、紙に印刷しファイルキャビネットにしまってあった。
これでは検索は困難だ。

これはIT技術の進歩により解決可能だ。
個人のPCにあった事例集原稿を、サーバにおき、検索可能にしておく。
ありがたい事に、殆ど無料でこういうシステムを作り上げることが出来る。

もうひとつの理由は、キーワードに対する事例が不足していたことだろう。
「水素脆性破壊」などと言うキーワードで検索しても、「ネジ頭ポロリ」しか出てこない。と言うより「水素脆性破壊」で検索することが二度となかった。

周辺装置と言う広い分野で収集した、わずかなデータではこうなってしまうだろう。「失敗百選」のようなパブリックデータベースも活用すれば、改善できそうだ。

しかし分野を絞れば、かなり役に立つ。
設計不良も、工程不良も抽象化すれば、殆どが「再発問題」であり、原因はそれほど多岐にわたるモノではない。

むしろ問題なのは、事例集を活用する側の問題だ。
いくら立派なナレッジデータベースがあっても、それが活用されなければ意味がない。未然防止と言う立場から考えれば、設計レビュー、新製品試作レビューで、活用されるのが良いだろう。

前職時代には、レビューは開催者からの一方的な「儀式」だったが、事例集によるレビューを持ち込み、うるさい品証オヤジとして恐れられていた(笑)

最近は、このナレッジをFMEA(故障モード影響解析)に入れ込んでしまうのが良いと考えている。

【参考文献】
「失敗百選 41の原因から未来の失敗を予測する」中尾 政之
これだけの事例を収集整理された中尾教授の業績に感服する。

「失敗の予防学 人は、なぜ“同じ間違い”を繰り返すのか」中尾 政之
磁性体のバラツキ不良を調べて、磁性体薄膜形成のコストダウン。
こういう事例を読むのが楽しみだ。残念ながら販売終了。古本のみ。

「失敗に学ぶものづくり」畑村 洋太郎
この本も既に販売終了。
私はアマゾンの古本を注文した。

「失敗学のすすめ」畑村 洋太郎
「失敗学」を世に送り出した本。14万部売れ、畑村氏を「失敗学の教祖」とした。畑村氏は中尾教授の元上司。
この本も販売終了。しかし文庫版が出ている。