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続・脱下請け

 先週ご紹介したUHT株式会社は、金型製作の下請け工場から自社開発製品を持つメーカとなった。
「脱・下請け」

参考:「価値の金型屋、世界へ 脱・下請けのストーリー

 今週ご紹介する中沢優子さんは、脱サラ後メーカを立ち上げた若者だ。

(フロントランナー)UPQ代表取締役・中沢優子さん たった一人、家電メーカー起業

 2015年7月、たった一人で家電ベンチャー「UPQ(アップキュー)」を起業した。スマートフォン、50インチディスプレー、透明なキーボード……。緑に彩られた17種類の製品を2カ月でそろえ、思い切った価格で発売し話題になった。最近は、原付き免許で乗れる「電動バイク」まで販売。おしゃれでコンパクトにたためる手軽さが受け、予想を上回る注文を集めている。

(フロントランナー)中沢優子さん 「だって、くやしいじゃないですか」
 もともとは機械オンチ。なのに携帯電話だけは使いこなせた。それで携帯が好きになり、大学在学中は携帯の販売店で働いた。だが、「機能優先で、ユーザーを置き去りにした製品が増えている」と気づき、悲しくなった。

 「機械オンチがメーカーに入れば、中でユーザーの気持ちを代弁できる」と考え、就職活動ではメーカーを志望。カシオ計算機に入り、念願かなって、携帯の製品企画を担当した。写真写り良く自撮りができる「美撮り」機能つきの機種の製品化に関わり、女性たちの支持を集める。

 その実現のため連日、開発現場に通い、エンジニアの横に張りついて、思いを伝え続けた。一人でできる仕事は夜に回すので、終業はいつも午前1時。長時間労働が問題になり、人事部から厳重注意を受けたのは語り草だ。「でも楽しかったから頑張れた」

 ところが、市場の冷え込みから、カシオは携帯の開発から撤退。「作りたい物が作れないなら」と12年、会社を去った。

 退職金で東京・秋葉原に開いたカフェで、パンケーキが評判になったころ、再びものづくりのチャンスがめぐって来た。大手携帯電話会社に縛られず、ユーザーが自由に機種を選べる「SIMフリー端末」が普及し始めたのだ。

 その新市場に出したい製品の企画を胸に、中国に渡ったのは、起業の1カ月前のことだった。

 (文・沢田歩 写真・川村直子)

朝日新聞DIGITALより

元々カシオでスマホの商品企画を担当していた。カシオのスマホ撤退で脱サラ起業を決意された。脱サラ後いきなりスマホの商品化に取り組んだわけではないようだが30代になったばかりの若者がいきなりメーカになる。すごい行動力だと思う。

スマホのケースを商品化したわけではない。スマホそのものを開発商品化している。試作品を作るのさえ困難だったろう。中国の工場を見つけ、試作品生産、量産の交渉をしている。

商品企画・開発の仕事に対する情熱が、目の前の困難を乗り越える原動力となったのだろう。会社員時代には連日午前1時まで仕事をし、人事部からは何度も長時間残業の厳重注意を受けていたという。
こういう働き方を「社畜」と蔑む風潮がある。しかし私にはそのような批判をする人々に、命をかけても達成したい仕事がないことを哀れに感じる。

いきなりメーカになるなんて無理だ、と考える方も多いだろう。
しかし「分業」を考えれば、零細ベンチャーでも自社製品を持つメーカとなることは可能だ。

量産設備がないのであれば、設備のある工場と組む。回路設計ができないのであれば、できる人を探して来る。困難を乗り越える情熱があれば、それに共鳴する人が見つかる。まずは行動することだろう。


このコラムは、2017年2月13日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第515号に掲載した記事に加筆したものです。

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