もう10年近く前になるが、当時改善のお手伝いをしている工場でこんな話を伺た。
ある作業者が決められた作業標準に従っていなかった。現場監督者が注意しても、作業者はこの方が効率がよいと主張して言うことを聞かない。現場監督者は彼女に残業を与えないことにし、辞職させてしまった。
この一件を辞職願いにサインをする際に経営者が気がついた。辞職願いに書かれている文章も文字もきちんとしたものだったので事情を聞いてみて分かったそうだ。
この時の訪問指導では改善チームのメンバーに、作業者は先生なんだからその作業動作をよく見なければいけない、という話をもう一度した
作業標準を守らせることは重要だが、守らない作業者の動作をよく観察すべきである。毎日何千回と同じ作業を繰り返しているのだから、体でもっとよい作業方法を体得している可能性もある。それをいきなり叱ってしまっては改善のチャンスを失ってしまう。つまり、作業者は改善のヒントを教えてくれる先生なのだ。
作業を標準化するということは作業のばらつきを押さえるために必要である。
しかしその標準は、標準を作った時点で最良の作業方法かもしれないが、明日も最良であるという保証はない。標準化というのは進歩を止めてしまうことだ。標準をそのままにしておくということは世間の進歩に対して相対的に「退歩」することになる。
標準を決めたその日から改訂(改善)することを考えなければならない。