経営者のコミットメント


ISO9001の第5章「経営者の責任」5.1「経営者のコミットメント」には,以下の要求事項が書かれている.

トップマネジメントは,品質マネジメントシステムの構築及び実施,ならびにその有効性を継続的に改善することに対するコミットメントの証拠を,次の事項によって示さなければならない.

     

  • 法令・規制要求事項を満たすことは当然のこととして,顧客要求事項を満たすことの重要性を組織内に周知する.
  • (以下略)

このコミットメントをどう解釈されているだろうか.
ISO規格をJIS化する際に「Commitment」という単語を適切に日本語化することができず,そのまま「コミットメント」と訳したのであろう.
英和辞典には「Commitment」以下のように説明されている.

委任,委託,約束,責任;収容(令状);傾倒,献身,コミットメント

グランドコンサイス英和辞典

しかし,何となくしっくり来ない.「Commitment」という概念は日本語にぴったり来る言葉はなさそうだ.
そこで「Commitment」を示す言葉として「命がけの献身」を提案したい.
この言葉を思いついたいきさつがある.こんな故事を読んで思いついた.

「鬼塚車掌、勇気の物語」
長崎県時津町元村郷──。
国道206号線で大村湾から長崎市に入る少し手前の打坂峠に一体のお地蔵様が建っています。
この坂は、今日でこそ切り通されてなだらかな四車線の国道になっていますが、以前は「地獄坂」と呼ばれるくねくねと曲がった急勾配の道で、街道最大の難所でした。
今から60年前の戦後間もない頃、この道を長崎自動車の木炭バス(木炭を燃料に動くバス)が走っていました。
車に馬力はなく、よく故障し、坂道では客が後押しをしていたようです。
そんな昭和22年(1947)9月1日のこと。
鬼塚道夫青年(21歳)は長崎行きの木炭バスの車掌として、その日もいつものように朝6時に起きて木炭をおこし、火の調子を整えて出発したのでした。
乗客は30人ほどで満員でした。
ところが、峠の頂上までもう少しのところで、バスは突然ストップしてしまいました。
ギアシャフトが外れたのです。
エンジンも止まり、ブレーキもききません。
車体はずるずると後退を始めます。
「石をかませ!」。
運転手の絶叫が早いか、バスを飛び降りた鬼塚車掌は手近な石をかませたものの、加速のついたバスは石を粉々に砕き、深さ20メートルの断崖まであと数メートルと迫りました。
そのとき急にバスが止まりました。
ほっと胸をなで下ろす乗客。
降りてみると鬼塚車掌が左後輪に頭から突っ込み、タイヤとボディーとの間に体を挟んでバスを止めていたのです。
鬼塚車掌は駆けつけた同僚の手で病院に運ばれましたが、直後、息を引き取りました。
普段はおとなしかった鬼塚青年を知る人たちは、その芯の強さに心を打たれました。

(心を育てる月刊誌「ニューモラル」(モラロジー研究所)
No.441(2006年5月発行)より引用)

いささか長文の引用で恐縮であるが,鬼塚青年の命を懸けた献身的行為が「乗客の安全をコミットメント」することそのものだと思う.
経営者のコミットメントは,約束をすることではない.
持てるリソースを全てつぎ込んでも果たすべき「命がけの献身」である.