夫何远之有


tángzhīhuāpiānfǎnérěrshìshìyuǎnér
yuē:“wèizhīyuǎnzhīyǒu。”

《论语》子罕篇第九-31

素読文:

唐棣とうていはなへんとしてはんせり。なんじおもわざらんや。しつとおければなり。
いわく:“いまれをおもわざるかな。なんとおきことからん。”

解釈:

前半は、昔の流行はやりうたか何かでしょう。
下村湖人はこれを
「ゆすらうめの木花咲きゃ招く、ひらりひらりと色よくまねく。
招きゃこの胸こがれるばかり、道が遠くて行かりゃせぬ。」
と訳しています。(「論語物語」)

孔子は、行き詰まって悩んでいる冉求をこう言って慰めたそうです。
歌は恋しくても遠くて会いにゆけないと言っているが、本当に恋しければ道が遠いのも障害にはならない。
倒れる前に自分の力が足りないのを嘆くものではない。

もっと求道心を持てと言いたかったのでしょう。