日経テクノロジーonlineに面白いコラムが出ていた。
『「iPhone」がもうかる本当の理由』
Apple社のiPhoneが儲かっているのは、製造固定費のマネジメントがしっかり出来ているからだ、と言う論旨のコラムだ。
このメルマガの読者様は「?」と思われたに違いない。
私もどういう意味か分からなかった。つまりApple社はファブレス企業であり、製造固定費は、変動費にしか見えていないと考えていた。製造固定費は、生産委託先であるFoxconnやその仕入れ先ベンダーが負担しており、Apple社への納入単価に入っているはずだ、と考えていた。
しかしコラム著者によると、生産委託先に投入される設備などの固定費をApple社が負担していると言う。
例えばMacBook Proの筐体は、NCマシンで加工している。NCマシンで加工すればサイクルタイムは長くなる。従って何十台何百台と言う規模でNCマシンを導入することになる。
iPhoneの生産工程でも、アルミ筐体とガラスの寸法公差がマッチしないために、現物の組み合わせで擦り合わせをして組み立てている。ここにロボットを投入している。
これらの費用は、Apple社が生産台数をコミットすることで生産委託工場が先行投資するモノと考えていた。工場を維持する経費や、生産委託元は、生産設備投資に関わる固定費を変動費化する事ができる。これがEMS活用のメリットだ。
大量のNCマシンや、ロボットの投資を生産委託先に任せず自社でやる理由が良く分からない。むしろ逆ではないか、と愚考した。一般的に、量産製品を大量のNCマシンで加工したり、組み合わせによる摺り合わせ作業などをするのは非常識だ。生産委託側が、そんな馬鹿げたモノ造りは出来ないと拒否されたのだろう、と考えた。
実際の所は、生産委託先のコスト構造を丸裸にし、生産コストに余分な経費が乗らない様にする、と言うApple側のコスト政策なのかもしれない。
しかし本日議論したいテーマはここではない(笑)
本当の「iPhoneがもうかる理由」は固定費マネジメントではない。別の所に利益の源泉があると考えている。
生産設備に投資するかどうかは、単純に「どれだけ売るか」と言う決断だ。
そして売れるか売れないかは、消費者が決定する。
利益を確保するためには、消費者が購買行動を起こす価値を作り込まねばならない。その価値に見合う価格であれば、売れる訳だ。その価値は、顧客の期待値<価値となった時に強い購買欲求が発生する。
消費者がまだ気が付いていない「驚きや喜び」という価値を提供する。これがApple社が目指す利益の源泉だと考えている。
iPhoneの表面の一体感を、材料精度や組み立て精度に妥協する事無く追求する。MacBook Proの操作感を上げるために、アルミボディをNCマシンで加工する。
使い易いは当たり前。一見馬鹿げた事にコストをかけるから、Apple社製品のアイデンティティが得られる。一見馬鹿げたコストが消費者の期待値を上回る価値を提供する。その結果Apple社のアイデンティティが消費者から支持され、商品が売れる。もうかる。と言うことになる。
Apple社には、スティーブ・ジョブズと言う天才が開発の中心におり、業績を伸ばした。彼はある種のカリスマとしてApple社とその製品を率いて来た。
米国の強さは、天才が閃いた考えを実現出来る所だ。
一方日本は、人と違う考えを持つ人間が排除される傾向にあり、天才が活躍出来る場面が少ない。凡人がよってたかって、ワイガヤ方式でモノ造りをして来た。そしてその限界を感じ、子供の教育に遡って改善をしようと試みたが、全くうまくいっていない、と言うのが現状だろう。
しかしApple社の事例では、ジョブズがApple社を追放されまた復帰する。復帰した後も、彼はカリスマ的存在であった事には違いない。しかし少しだけ、方針が変わって来た様に感じた。ジョブズ亡き後、その変化は明確になった。一人の天才が決めるのではなく、チームでモノ造りをする。
今Appleにはジョナサン・アイブ、マーク・ニューソンと言う二人のカリスマデザイナーがいる。二人の天才がお互いに協調してデザインをしている。「開発チーム」と言う言葉が意識され、チームで設計をすると言う印象が感じられる様になった。
そんな印象を持っていた時、こんなコラムを読んだ。
「日本が無意識に実践していた創造的活動を、欧米は意識的に体系化している」
欧米の学者たちが、日本で当たり前の様にやっていた「ワイガヤ方式」を研究し、創造的なアイディアを生み出す「デザインシンキング」と言う手法を活用していると言う。
ワイガヤ方式と言うのは、社内の公式・非公式の場を問わず、組織を越えてアイディアを出し合う事だ。喫煙所で雑談していて、新しいアイディアを思い付く。何か問題が発生すると、すぐ隣りにいる別の部門に相談に行く。そんな大部屋方式の職場でワイガヤ方式は盛んに行われていた。
「近代化=西洋化」と言う明治維新以来の思い込みのためか、バブル崩壊以降日本的経営に自信をなくした経営者は、欧米的経営手法を取り入れた。その結果組織ごとの責任と権限は明確になり、となりの部門の問題にはクビを突っ込まない。最近は同じ部門でも、用件はメールで済ませ、面と向かって議論する事が少なくなっているらしい。
そんな事をしている間に、欧米は日本式を研究し、それをシステム化している。
我々にとってワイガヤ方式は凡人が、天才に勝つための方法論だと考えている。
ワイガヤ方式をシステム化して、天才をネットワークされたら、我々には手も足も出ないと言う危機感を感じる。
設計力を上げるためには、設計者の能力を上げるだけではなく、ワイガヤのエネルギー(場のエネルギー)を高める必要があるだろう。
このコラムは、2015年4月20日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第420号に掲載した記事です。
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