部下の指導


 電子デバイスで読書をする事が増えて来た。すぐに読みたい書籍は電子書籍ならばすぐに手に入る。そうやって購入した書籍が、iPhoneの中に積んドク状態となっている(笑)
電子書籍は隙間時間に読むのに好都合だ。移動中や外出中の待ち時間をつぶすのにもってこいだ。iPhoneの中の電子書籍を数えてみたら67冊あった。これを紙の本で持ち運ぶ事を考えたらぞっとする(笑)

今回はiPhoneの奥底にたまっていた書籍を紹介したい。

「ひとことの力 松下幸之助の言葉」江口克彦著

江口氏はPHP総合研究所社長を務め、23年間松下幸之助の側近として直接経営の神様から指導を受けた人だ。本書を読むと、早朝から深夜まで、公私の分け目無く指導を受け、語り合った姿が目に浮かぶ。最高の師弟関係だと、羨ましく思う。

この書籍の中から一つのエピソードを紹介したい。

ハーマン・カーンと言う米国の学者が昭和43年に来日し、松下幸之助と会う予定になっていた。松下さんは「ハーマン・カーンと言う人はどういう人か知ってるか?」と江口さんに聞かれたそうだ。当然江口さんは,カーン氏との面談予定を知っているので、新聞などでカーン氏の事は調べておいた。それを松下さんにお伝えする事ができた。
しかし翌日もその翌日も、松下さんは同じ質問を3回されたそうだ。

3回とも同じ答えをした江口さんは、はたと考えた。当然松下さんは新聞記事に出ている内容は知っていたはずだ。もっと深い内容を知りたかったに違いないと気がつく。すぐにカーン氏の書籍を買い求め、徹夜で読み上げ要旨をまとめ、その内容をカセットテープに吹き込んだそうだ。

その日も松下さんは,同じ質問をされた。朝までかかって読んだカーン氏の著作の要旨を伝え、テープを渡した。

翌日出社して来た松下さんは江口さんに「君、ええ声しとるなぁ」とひとことおっしゃったそうだ。

普通の上司ならば、二度目に同じ質問をして同じ答えが帰って来た時に、部下を叱っているだろう。一回目の質問に対して、新聞に書いてある程度の答えしか返ってこなくても、よく勉強しているなぁと褒めてやれる。しかしその時、自分の答えに不足はなかったかと勉強するのが、成長意欲の高い人間だ。

私ならば、一度目の質問に対する答えに、よく勉強しているなぁと褒め、こういう点とこういう点をもっと詳しく知りたい、調べておいてくれ、と指示してしまうだろう。

それを黙って3回同じ質問を繰り返し、忍耐強く4回目の同じ質問をする。具体的に指示をする事が必要な時もある。しかし部下が自ら気付きを得て仕事をすれば、成長度合いは大きいはずだ。
ただ仕事をさせるだけではない。それをどう部下の成長に役立てるか、そんな事を常に考えているから、何度も同じ質問をして部下の気付きを促進させる事が出来たのだろう。

そして「君、ええ声しとるなぁ」のひとことに凝縮した部下への賞賛と感謝は、江口さんの言葉によると、身震いするほど感動し、この人のためならば死ねる、と思ったそうだ。

こういう部下が一人でもいれば、私の人生は無駄ではなかったと言い切る事ができよう。

index_s「ひとことの力 松下幸之助の言葉」著者:江口克彦 出版社:東洋経済新報社


このコラムは、2015年10月26日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第447号に掲載した記事です。
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