利他の力


 東日本大地震,福島原発事故に関するニュースや,ツィッターのつぶやきを拾ってみた.

事故後、福島第1、第2原発に入った東芝の技術者は100人以上。日立製作所から来ている120人とともにケーブル敷設など重要な業務を担当している。前線を支える後方部隊は約600人。20キロメートル圏外に複数設置した仮設の待機所には常時、交代要員が詰めている。

ぜんぜん眠っていないであろう旦那に、「大丈夫?無理しないで。」とメールしたら、「自衛隊なめんなよ。今無理しないでいつ無理するんだ?言葉に気をつけろ。」と返事が。彼らはタフだ。肉体も、精神も。

父が明日、福島原発の応援に派遣されます。半年後定年を迎える父が自ら志願したと聞き、涙が出そうになりました。「今の対応次第で原発の未来が変わる。使命感を持って行く。」家では頼りなく感じる父ですが、私は今日ほど父を誇りに思ったことはありません。無事の帰宅を祈ります。

宮城県石巻市にある「イトーヨーカドー石巻あけぼの店」は11日の地震で建物が一部損壊した。電気、ガス、水道が止まり、店員は来店客200人を店外に誘導して営業を中止した。
その後午後6時、被災を免れた飲料水やカップ麺、乾電池など数十種類の商品が店頭ワゴンに並んだ。営業を止めたのはわずか3時間だった。

駅員さんに「昨日一日一生懸命電車を走らせてくれてありがとう」って言ってる小さい子供たちを見た。駅員さんは泣いていた。俺は号泣した。

お菓子の袋を持ってレジに並んでいた子供が、レジ横の募金箱にお金を入れて、お菓子を棚に戻して出て行った。店員さんの「ありがとうございます」という声が震えていた。

 これらのニュースやつぶやきに触れるたびに落涙していた.今もこのコラムを書きながら,流れる涙を止めることが出来ない.いつまでも感動しているだけではいけない.この出来事をしっかり考えて見たいと思う.

原発事故現場では,被曝を恐れず自らの命を賭けて戦っている人たちがいる.
被災地で救援活動をしている人たちも,疲労の限界を超えて働いている.
被災地では,自宅や家族の安否も確認できないまま,緊急必需品の販売をする人たちがいる.

こういう人々は,自らを省みず他人のために働くことが出来る人だ.
利己を排し利他を求める行動に,多くの人は感動と感謝と尊敬の念を持つ.
利他の力を持つ人間が多くいる組織は強い.

「滅私奉公」「国のため」「会社のため」という道徳観が,戦後の経済復興を支えた.焦土となった日本の都市を見て,今の繁栄を想像できた人がいただろうか?国民全員が「豊かになりたい」という渇望とも言える目標を,共通の道徳観の元に共有し,一歩一歩努力をしてきた結果だ.

「滅私奉公」「国のため」「会社のため」という道徳観は,今の日本では薄れている.国を代表するスポーツ選手も「日本のために」と発言する人は少なくなった.
「ゲームを楽しみたい」「(自分の)目標に向けてよい結果を出したい」という発言が普通になってきており,世間もそれを受け入れ始めている.

しかし有事ともなれば,利他の力を大いに発揮する.
阪神・淡路大震災での復興や,今回の災害での復興活動がそれを証明している.

では,中国で経営している工場はどうであろうか.
残念ながら,中国人労働者に「会社のため」という「滅私奉公」の精神を要求しても意味は無い.

しかし彼らに利他の力が無いわけではない.
2008年の四川大地震の時に,多くの中国人が利他の力を発揮した.
彼らに利他の力が無いわけではなく,その力を発揮する対象が家族・縁者に限定されているだけだ.

四川大地震の時には,「被災者を救おう」「被災地を復興しよう」という共通の目的・目標が出来たために,利他の力を発揮する対象が広がったのである.

この力を引き出せば,強い組織になる.
そのために「滅私奉公」を強要するのではない.「活私奉公」を説くのだ.
つまり利他の力を発揮すれば,すなわちそれが利己となる,という道理が,原理・原則となる仕組みと仕掛けを用意して置けばよいのだ.

他人に利益をもたらす行動が評価され,処遇が決まる.そういう評価制度を作る.
つまり多くの部下を育てた上司が評価され,昇給・昇格する.顧客や同僚から多くの感謝を集めた従業員が,多くの給与を手にする.

そして企業は,仕事を通して従業員の成長と幸福を追求する場所である,という共通の目的・目標を,理念として伝える.

企業そのものが,利益追求の利己主義から,顧客満足,従業員満足の利他主義に切り替わらねばならない.

そして顧客,従業員がその利他の力が自分に及ぶのを実感すれば,感動,感謝とともに,自らも利他の力を企業に対して発揮するだろう.


このコラムは、2011年3月28日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第198号に掲載した記事に加筆修正しました。

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