知識の共有


「誰のせい?」と同じく中国人リーダのちょっと変なところです。
私は工場にいる間はほとんど、現場にいるようにしています。ラインにいるリーダたちにOJTで私の知識や知恵を伝えたいと思っているからです。
ラインを見ていて何か問題があると、すぐにリーダを呼んで何がいけないのか、どうしなければいけないのかを教えています。座って抽象的な勉強をするより、現場的で実践的なことを教えられます。
しかし問題は、せっかく教えても他のリーダには伝わっていないのです。実際に問題が起こった場所でそのラインのリーダを呼んで教えているので、他のラインのリーダには直接教えていません。彼らも朝昼晩ミーティングをしているので、今日はどんなことを教えてもらったくらいは共有すればよいのにと思うのですが、なかなかうまく行きません。
多分彼らの思考回路はこうなっているのだろうと思っています。
せっかく林先生(私のことです)が私にだけ教えてくれたのだから、他の人には教えられない。
みんなにも教えてしまっては、私の価値(相対的な価値)が下がる。
多分こんなところだろうと思っています。
彼らも非常に熱心にいろいろ聴いてくるのです、そういう意欲はある。しかしそれが全て「私」の為なのですね。
これもひとつの文化的な差異なのだろうと思います。しかしこれは尊重して放って置いてはだめです。
一人の暗黙智が形式智に変わり、みんながそれを共有し各自の暗黙智に落としこむ、さらにそれが昇華して組織の形式智・暗黙智にならないといけません。そうしなければ、優秀なリーダが辞めるたびにまた一からやり直しです。
個人とともに組織が成長しなければならないことをきちんと理解してもらわないといけません。これは話をしただけではだめです。人事評価制度がそうなっていないと誰も信用しません。
例えば優勝を争うような強い野球チームは、ベテランが若手に一生懸命教える。ベテランは出場機会が少なくても、チームがきちんと評価してくれているのを知っているので、何も恐れず自分の持っているものを若手に伝えます。そして時々いい場面で出てきて、渋い仕事をする。
一方弱いチームはその逆です。ベテランは自分が評価してもらう為に、出場機会ばかり追い求める。若手はなかなかチャンスが回ってこない。こういうチームは一時期強くてもすぐだめになる。強さを保とうと思うと次から次へと優秀な選手を連れてこないといけません。