道徳


 コロナウィルス感染対策で中国と民主主義諸国の格差を感じる。人権よりも国家を優先させる対策が感染拡大を押さえ込んだように見える。中国の対応が素晴らしかったと言うつもりはない。もっと早く手を打っていれば、世界中に拡散しなかっただろう。すぐに手を打てなかったのも一党独裁に遠因があったように思う。

しかし日本国内で感染者が、他人に感染させることを目的に外出し、目的を果たしたと言う報道を見た。日本人の道徳はそこまで落ちてしまったのか、と言う諦観と強権で国民を従わせる方が効果的なのかと言う失望を感じた。

一神教の社会では「神の目」が民衆の道徳観の根本にある。神の心にそう行動をすれば祝福され、天国にゆける。神の心に反する行動をとれば地獄に落ちる。死後の苦痛を避けるために善行を積む。「神の目」であるから誤魔化すことはできない。

日本でも神や仏を信じる人はいる。しかし大多数の人は無信仰だ。では日本人の道徳観の根本は何か。「世間の目」が日本人の行動規範の元になっていると思う。「恥」を知る文化だ。「武士道」がその根本にある。武士道は武士だけではなく、町民、農民にも根付いていたのだろうと思う。

しかし核家族化、地域社会の関係希薄化などにより「村社会」が消滅し「個」が重視される社会となった。その結果「世間の目」が機能しなくなってきたのだろう。
災害時に日本人の道徳の高さがしばしば海外で賞賛とともに報道される。
日本人の道徳は過去の栄光になってしまったのではなかろうか。


このコラムは、2020年3月23日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第957号に掲載した記事です。

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