直径30μmの針


 偶然河野製作所と言う会社を知った。前身は時計の針を加工する下請け工場だった。今は世界最小の手術針を生産するメーカだ。その手術針は、直径が30μmしかない。血管やリンパ管を縫合する時に使うそうだ。
製品を開発した頃は、そのような極小手術針の需要は殆どなかった。医者が、直径0.5mmの血管や0.3mmのリンパ管の縫合が出来るとは思っていなかったからだ。モノ造りのテクノロジーが、医療の技術も変えてしまったと言う事だ。

ここまで細くしてしまっては、縫合糸を針に通す穴をどう明けるのだろうかと疑問に思った。縫い針などは、先に穴を明けておき引っ張って細くしているのだろう。しかし直径30μmでは、引っ張って細くしているのではなく研削で細くするはずだ。例えば20μmの穴を明けると、片側5μmしか残らない。
実は、針に穴は空いていない。スリ割りが有りそこに糸の先端を挟むそうだ。

50μmの手術針を生産していた頃は、ベテランの職人が細心の注意を払って生産しても歩留まりは10%程度しかなかったそうだ。独自に治工具や設備を作り、今では普通の作業者でも98%の歩留まりで生産出来るそうだ。

日本のモノ造りのすごさは、職人の匠の技に支えられている所が有る。しかし属人的な匠の技に依存していると、モノ造りは継続出来ない。手で触った感触や、加工中の音で仕上がり具合を判断する。職人がこのような感覚を失ってしまったら最高のモノ造りは出来ない。こういう匠の技は伝承しなければならないが、多くの人に引き継ぐのはほぼ不可能だろう。職人の感触をデータ化する。データ化すれば、設備に落とし込む事が可能になる。

有る日系メーカでは、多岐に渡る製品群を顧客要求納期に合わせて生産するために、類似機種の半完成品を追加工して別機種に仕上げると言う「擦り合わせ」を日常的にやっていた。これは日本人赴任者の力量に依存した作業だ。これをそのまま放置してしまえば、赴任者の帰任後大混乱する。中国人リーダが同じ様にやろうとして、失敗してしまう。擦り合わせのノウハウ(暗黙智)をマニュアル(形式智)に落とし込まねばならない。

匠の技も擦り合わせの技術も暗黙智を形式智に置き換えておく事が重要だ。
形式智化により、生産を継続する事が出来る。更に重要なのは、暗黙智を伝承しておく事だ。難しいが、これが出来れば、生産の継続だけではなく、より高度な製品の生産も同様に形式智化が出来るはずだ。


このコラムは、2017年5月29日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第530号に掲載した記事です。

【中国生産現場から品質改善・経営革新】は毎週月・水・金曜日に配信している無料メールマガジンです。ご興味がおありの方はこちら↓から配信登録出来ます。
【中国生産現場から品質改善・経営革新】