経営」カテゴリーアーカイブ

自己都合・顧客都合

 サービスや商品を顧客に提供しその対価を得る。簡単に言ってしまえば、これが企業活動の基本だ。
この基本活動を、供給者側の自己都合でやるか、顧客都合でやるかで業績は全く変わってしまうと言うのが、私の持論だ。しかし供給側の自己都合による企業活動が横行している様に思える。

例えばスーパーマーケット。「売り場」と言う概念は自己都合だ。「買い場」と言う概念を持てば、顧客都合に近づく。中国のスーパー(カルフールやウォールマートなどの外資系も含む)は、特設売り場を作るのは、営業時間中だ。通路の中央に特設した売り場の商品を入れ替える、こういう作業を混雑している時間帯に平気でやる。回収する商品、新しくディスプレイする商品を通路に並べ作業をする。当然買い物に来られたお客様は通路を迂回することになる。

10年間観察した経験によると、中秋節の夕刻7時頃が一番すごいことになる。
展示してあった月餅の売れ残りを一気に撤去し、別の商品を陳列する作業が始まる。月餅の販売は中国の重要な季節行事である為、どのスーパーも大量の月餅を展示販売する。これを一気に撤去し別の商品に入れ替えるのだから、混乱の極みとなる。
なぜそんなに急がねばならないのか理解に苦しむ。中秋節の夜にスーパーに行くと月餅はキレイに無くなっている。全て売りつくされたのではなく、夕刻に撤去され「何処かへ」搬送される。

こういうのを「自己都合」によるサービスと言う。
「顧客都合」で販売出来る様になれば、売り上げは増加するはずだ。

工場でも同じだ。
お客様の注文量よりたくさん生産して在庫しておく、と言うのは「顧客のため」に見えるが、様々な「自己都合」が隠れている。例えば、段取り替えに時間がかかり生産効率が悪いのでまとめ造りをする、などの自己都合だ。顧客都合で生産が出来る様になれば、生産性は相当上がるはずだ。


このコラムは、2015年7月20日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第433号に掲載した記事に加筆したものです。

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新しい名刺

 引っ越しをして2週間経って、ようやく新しい名刺の原稿が出来た。
オフィスの住所を変えるだけならば、2,3分もあれば可能だ。しかし私の名刺は4つ折になっており、名刺4枚分,8面の内容がある。住所だけ変えれば良いのだが、せっかく印刷するのだからと欲が出る(笑)
たくさんスペースがあるので、書く内容を探すのに時間がかかった訳ではない。内容を削るのに時間がかかった(笑)

名刺の原稿を書きながら考えたことがある。「お客様にとって自分たちの最大の価値は何か?」と言うことだ。

独立して10年以上やって来た。
現場での生産性改善,品質改善。経営幹部、現場リーダの改善能力向上。
これらを通してお客様の業績向上に貢献した、と言う実績はいくらでもある。

しかしお客様に提供する「最大の価値」はここではないという気がして、思い悩んだ。
お客様にとって、本当の私たちの価値はお客様そのものではなかろうか?と考え至った。

つまり、独立して10年間の間に知り合った優秀な経営者様達の人脈が、私達の価値なのではないかと思っている。
仕事で支援させていただいた方々、定例セミナー、人財育成勉強会、原田式経営哲学勉強会、東莞和僑会などを通して交流させていただいている方々の人脈が、私たちの本当の価値だ。

人脈と私と言う「N対1」の関係ではなく、私たちの人脈とお客様達の「N対N」の関係を作る。
こういう関係を作ることができれば、人脈の相互価値は更に高まるはずだ。
今まで余り意識をせずにやって来たが、これからは意識的に「N対N」の人脈作りを考えることにした。


このコラムは、2015年7月20日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第433号に掲載した記事に加筆したものです。

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続・脱下請け

 先週ご紹介したUHT株式会社は、金型製作の下請け工場から自社開発製品を持つメーカとなった。
「脱・下請け」

参考:「価値の金型屋、世界へ 脱・下請けのストーリー

 今週ご紹介する中沢優子さんは、脱サラ後メーカを立ち上げた若者だ。

(フロントランナー)UPQ代表取締役・中沢優子さん たった一人、家電メーカー起業

 2015年7月、たった一人で家電ベンチャー「UPQ(アップキュー)」を起業した。スマートフォン、50インチディスプレー、透明なキーボード……。緑に彩られた17種類の製品を2カ月でそろえ、思い切った価格で発売し話題になった。最近は、原付き免許で乗れる「電動バイク」まで販売。おしゃれでコンパクトにたためる手軽さが受け、予想を上回る注文を集めている。

(フロントランナー)中沢優子さん 「だって、くやしいじゃないですか」
 もともとは機械オンチ。なのに携帯電話だけは使いこなせた。それで携帯が好きになり、大学在学中は携帯の販売店で働いた。だが、「機能優先で、ユーザーを置き去りにした製品が増えている」と気づき、悲しくなった。

 「機械オンチがメーカーに入れば、中でユーザーの気持ちを代弁できる」と考え、就職活動ではメーカーを志望。カシオ計算機に入り、念願かなって、携帯の製品企画を担当した。写真写り良く自撮りができる「美撮り」機能つきの機種の製品化に関わり、女性たちの支持を集める。

 その実現のため連日、開発現場に通い、エンジニアの横に張りついて、思いを伝え続けた。一人でできる仕事は夜に回すので、終業はいつも午前1時。長時間労働が問題になり、人事部から厳重注意を受けたのは語り草だ。「でも楽しかったから頑張れた」

 ところが、市場の冷え込みから、カシオは携帯の開発から撤退。「作りたい物が作れないなら」と12年、会社を去った。

 退職金で東京・秋葉原に開いたカフェで、パンケーキが評判になったころ、再びものづくりのチャンスがめぐって来た。大手携帯電話会社に縛られず、ユーザーが自由に機種を選べる「SIMフリー端末」が普及し始めたのだ。

 その新市場に出したい製品の企画を胸に、中国に渡ったのは、起業の1カ月前のことだった。

 (文・沢田歩 写真・川村直子)

朝日新聞DIGITALより

元々カシオでスマホの商品企画を担当していた。カシオのスマホ撤退で脱サラ起業を決意された。脱サラ後いきなりスマホの商品化に取り組んだわけではないようだが30代になったばかりの若者がいきなりメーカになる。すごい行動力だと思う。

スマホのケースを商品化したわけではない。スマホそのものを開発商品化している。試作品を作るのさえ困難だったろう。中国の工場を見つけ、試作品生産、量産の交渉をしている。

商品企画・開発の仕事に対する情熱が、目の前の困難を乗り越える原動力となったのだろう。会社員時代には連日午前1時まで仕事をし、人事部からは何度も長時間残業の厳重注意を受けていたという。
こういう働き方を「社畜」と蔑む風潮がある。しかし私にはそのような批判をする人々に、命をかけても達成したい仕事がないことを哀れに感じる。

いきなりメーカになるなんて無理だ、と考える方も多いだろう。
しかし「分業」を考えれば、零細ベンチャーでも自社製品を持つメーカとなることは可能だ。

量産設備がないのであれば、設備のある工場と組む。回路設計ができないのであれば、できる人を探して来る。困難を乗り越える情熱があれば、それに共鳴する人が見つかる。まずは行動することだろう。


このコラムは、2017年2月13日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第515号に掲載した記事に加筆したものです。

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若者の労働意識の変化

 先週の編集後記で、中国の品質低下について以下の投げかけを読者様にした。

最近友人が、中国の業務品質が2010年を境に低下している、と言っていました。
私には余りその実感がなかったのですが、周りの人何人かに聞いてみたら、同様に最近工程内不良が増えている、客先クレームが増えた、とおっしゃる方がありました。日系企業です。

もし本当ならば、品質を上げて来ている中華系企業に追いつかれることになります。
大変興味があります。色々な人に聞いていますが、まだ答えの様なモノは、全く見つかりません。本当に最近品質が落ちて来ているのか?それはなぜか?
ご意見・情報がある方は、ぜひお聞かせください。

この一週間で集まったご意見は,「最近品質が低下している」というご意見が多数派だった。
メルマガにも書いたが,私は品質低下のトレンドを感じていない。

皆さんのご意見の共通点は「人材採用難」だ。

  • 必要な人数を確保出来ない。
  • 採用してもすぐに辞めてしまうので,技能訓練が間に合わない。
  • 女工さんを採用したいが集まらない。

急激な需要増のため,急遽作業員を大量に雇用した。そのため工程内に混乱が見られる。と言う方もあったが,これは一時的な現象とお考えだった。教育訓練が間に合わなかったタイムラグで,混乱が生じているだけでトレンド
ではない,修正可能だと言うご意見だ。

人材採用難にはいくつか要因があるだろう。

  • 一人っ子政策による労働人口減少。
     私の周辺(内陸からで稼ぎに来ている製造業勤務者がメイン)には,兄弟がある人ばかりだ。しかも三人兄弟なんてのは少ない方で,六人兄弟の人もいる。しかし全体統計から見れば,減少傾向にあり、これからも続くだろう。
  • 若者の労働意識の変化
     若者の製造業離れが進んでいる。既に来年の卒業生(中国では9月が新学期)の就職活動が始まっている。東莞の技術系大学でも、多くの企業が参加し説明会を開催した。製造業に集まった履歴書は,全体の10%ほどしかなかったそうだ。
  • 仕事に対する「我慢」が出来なくなって来た。
  • 仕事よりも余暇を重要視する。

労働意識の変化も原因を「一人っ子政策」と考える人が多い。

2000年頃の出稼ぎ労働者は、ほぼ例外なく給料日には銀行の窓口に並んだ。田舎の弟,妹の学費,家族の生活を支えるため仕送りをするのだ。

深セン市の最低賃金は2004年と比較すると,2.6倍に上がっている。
農村の所得上昇はそんな高い上昇率ではないが,出稼ぎマネーを参入すれば、農村地域の生活も相当豊かになっているだろう。

若者達は「我慢が出来なくなった」のではなく「我慢する必要がなくなった」のだ。

これは先に経済成長を遂げた日本は既に知っていた事だ。
日本の中にヒントがある。私は東京ディズニーランドがそのヒントだと思っている。

従業員の90%がアルバイト。年間離職率は50%!毎年9,000人のアルバイトが入れ替わっている。
それでも毎年入場者数を増やし,98%のリピート顧客を抱える。
2012年度の売り上げは約4,000億円、522億円の利益を出している。
この成果は,アルバイトが来園者に感動を与え続けているからだ。

この構図が中国の工場と同じだと気が付いた。
従業員のほとんどが農村からの出稼ぎであり,一定期間働いたら故郷に帰る。50%はないにしても,離職率は高い。学生アルバイトと同じだ。

学生アルバイトを使って成果を上げているディズニーランドのマネジメントを研究すれば,中国の工場経営にも役立つはずだ。これに気が付いた時は相当興奮した(笑)
以来ディズニーランドのマネジメントに関する書籍を読みあさり,TDL出身の方の話を聞きに行ったりした。

ディズニーランドの学生アルバイトの労働意欲が高いのは,

  • 自分の仕事(作業)と企業の目的・理念の関連を理解している。
  • 誇りを感じられる職場環境がある。
  • やりがいを持てる仕組みとしかけがある。

だと考えている。

中国より先に豊かになった日本の若者が意欲的に働く。
このメカニズムを理解すれば,一人っ子の労働意欲も高めることができる。

参考図書「9割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニーの教え方」


このコラムは、2013年12月30日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第342号に掲載した記事に加筆修正しました。

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中堅中小企業の技術戦略

 元インテル日本支社長の傳田信行氏の話を聞く機会があった。
インテルと言えば,今では一流企業だが,傳田氏がインテルに入社した当時は従業員100名ほどのベンチャー企業だった。

絶妙なコピー「インテル入ってる」を,日本発で世界中に「Intel in it」として広めたのも傳田氏だ。
世界中のPCメーカがこぞってインテルの宣伝をしてくれた。
B to Bビジネスのインテルの宣伝をTVに流しても意味がない,とお考えの方はまだ思慮が浅い(笑)このTVコマーシャルで,学生の採用が格段にやり易くなったはずだ。

その傳田氏の話で,一番興味を持ったのがインテルの技術開発戦略の話だ。
インテルほどの大企業が,実は中央研究所を持っていないそうだ。しかし,まだインテルが小さかった頃から,新規技術の探求は怠らなかった。

インテルはCPUメーカとして成功を納めたと言っても良かろう。
1970年代に開発した4004という4ビットのCPUチップが、現在のCPUの原型だ。このICは,論理演算をするALUしか持っていない。コンピュータとして,プログラムの実行順序を制御するプログラムカウンタは、別のチップで実装せねばならなかった。

今でも鮮明に覚えているが、実験のデータをリアルタイムに処理するためにインテルの4040を使用してコンピュータを作ったと言う学会発表を聞いた。1970年代中頃、私はまだ学生だった。
当時の最新CPU4040は、ALUとプログラムカウンターが一体になった。
発表者は4040の採用により画期的に小型化することができたと説明していた。
しかし発表スライドにあった,その計算機の姿は小さめのミニコンと表現した方がよく,お世辞にも小さいとは言えなかった。

話が脱線してしまった。

当初インテルのCPU開発は,お客様から開発費をいただいてやる、下請け仕事だったのだ。
彼らのCPU開発を助けたのは,ビジコン、東芝テックなど日本のメーカだ。
ビジコンに勤務しておられた嶋正利氏が,インテル本社とともにCPUの開発をされ、その後の汎用CPU開発の基礎を作られたのだ。

その後も,日本人研究者のクリーンルームに関する論文に目を付け,彼と一緒に実験プラントを作り理論実証を一緒にやった。

こういう技術開発を,中堅中小企業も取り入れたらよいと思う。
中堅中小企業は,潤沢な資金も人材リソースもない。自前で研究開発をする事は難しい。しかし今のまま、モノ造りをしていたら早晩行き詰まる。新興の中国企業との価格競争に巻き込まれ,利益確保が難しくなるのは,目に見えている。常に新しい技術を模索していなければ,ならない。

中長期の事業計画の中に,3年,5年ごとの技術革新マイルストーンを置き,そのマイルストーンに適合する大学の研究や,異業種の交流会などに参加する。人材や資金がなくても,理論の実証実験の場を提供する,設備を作るなどの協力をする事は可能だろう。

まずは,自分たちの進む方向,マーケットの進む方向を考え,中長期に必要となる技術をピックアップしロードマップを作る。闇雲に手を出しても駄目だ。行きたい方向をまず定める。

来年度からの中長期ビジョンを,正月休みにでも考えてみられてはいかがだろうか。

参考文献「傳田信行 インテルがまだ小さかった頃」
(既に絶版となっている様だ。私は古書を確保できた)


このコラムは、2013年12月30日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第342号に掲載した記事に加筆修正しました。

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設計ノウハウの蓄積

 最近,設計部門を持つ顧客の指導をする事が多くなった.
中国企業の指導が多くなった事も理由の一つだが,日系企業も製造部門だけではなく,開発部門を持つ工場が増えているように思う。

中国の低価格な労務費を期待して,製造コストダウンのために中国に進出した日系企業が多い訳だから,元々設計部門は日本の本社にしかなかった.それでも,日本向けの製品を製造する,日本で生産経験のある製品を中国で製造するだけならば,特に難しい事はない.

しかし,中国の市場向けの製品を開発・生産したい,日本国内では生産経験がなく中国で試作・量産をする,など生産の形態がどんどん変わっている.中国工場にも開発設計機能が必要になって来た.

中国企業同様,日系企業も中国での開発設計の品質保証に苦労をされている.設計で決まってしまう機能・品質・コストは,製造部門では改善しようがない.

設計ミスがあれば,品質・コスト・納期ともに深刻な影響を受ける.製造がちょっと頑張って残業をしたくらいでは,取り返しがつかない.

当然設計部門は,図面が製造部門に渡る前に,検証・レビューをしている.しかし現実的には,設計部門の責任者が,図面の承認欄にサインをした所で設計品質を保証出来る訳ではない.全ての設計品質を,責任者が確認出来る訳でもない.
設計者自身が設計品質を保証出来ていなければ,設計検証は,設計のやり直しと同じ時間を必要とする.

実は自分も,設計エンジニアだった頃同様な問題に直面していた.
開発初期には,ソフトウェア開発者のデバックのために,試作ハードウェアを提供しなければならない.我々ハードウェア開発チームは,試作機を提供し維持しなければならない.
「維持」とは奇妙な言い方かもしれないが、次のような事情による。
開発初期に設計したプリント基板には,いくつかミスが含まれている。ソフトウエアの開発スケジュールを確保するため、ミスはプリント基板への手加工で修正される.手修正箇所が原因となり,ソフトウェア開発中に試作機がしばしば故障する(苦笑)
その度に我々が呼び出され,故障箇所を見つけ修理をしなければならない.こう言う作業を繰り返していると,自分たちの開発作業の時間が無くなる,と言う悪循環に陥る.

こう言うネガティブサイクルから抜け出すために,我々がとった対策は,DRC(コンピュータによるデザインルールチェック)と設計チェックリストだった.チェックリストなどと言う超アナログ手法だが,大いに効果を発揮した.

技術試作機のミスが初版からほとんど無くなり,ハードウェアエンジニアの試作機の「お守り」作業がほとんど無くなった.その結果設計検証に十分時間をかけても開発期間は短くなった.ネガティブサイクルは,一気にポジティブサイクルに変換された.

設計チェックリストそのものが,設計ノウハウの蓄積となる.
この仕組みを上手く回すためには,チョットした工夫が必要だが,効果は高い.設計部門をお持ちの方はぜひ試していただきたい.


このコラムは、2013年5月6日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第308号に掲載した記事に加筆修正しました。

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続・ノウハウとノウホワイ

 先週は作業標準を現場の判断で改変して核臨界事故を発生させた事例を紹介した。
「ノウハウとノウホワイ」
今週も同様に作業標準の改変で発生した事故を紹介したい。

城島後楽園遊園地で発生した「スカイショット」(ゴムによって座席を上方に打ち上げる逆バンジー遊具)の事故だ。座席を吊るすワイヤーとゴムの連結部はねじ止めされており、ねじのゆるみを防ぐために割りピンが使われていた。割りピンは、ねじ軸のピン穴に通し折り返して固定する。割りピンは折り返すため、交換すると再利用出来なくなる。メンテナンス作業を効率化するために、割りピンをスナップピンに変更した。スナップピンとはピン材料の弾性を利用し、脱着が可能となっている。一般的には「β」の形をした形状になっており、ベータピンと呼ばれている。

参考:ベータピン(事故事例の物ではありません)

何度も使用している間に、ピンの弾性が弱くなり抜けてしまったのだろう。
当然メンテナンス要員は、安全が第一であり、安全と効率をトレードオフするべきではない事は知っていたと思われる。しかしベータピンが緩んでしまう事を想定出来なかったのであろう。(判断のミス)

「ゆるみ止めピンを交換する」と言うノウハウは分かっていても、ノウホワイが作業者に伝わっていなかった。

設計者は設計FMEAなどにより緩み止めピンの脱落と言う潜在リスクを把握しており、割りピンを使用し定期交換対象としていたはずだ。メンテナンスマニュアルにノウハウ(方法)だけではなくノウホワイ(理由)が記述されていれば、この事故は防げたはずだ。

設計FMEAは設計者だけのモノではない、メンテナンス作業にも展開すべきだ。設計FMEAで検出した潜在故障を、工程FMEAやメンテナンス作業にも展開する仕組みを作り、製造時、メンテナンス時にリスク管理が出来ているかどうかレビューするとよい。APQP(先行品質保証計画)のCP(コントロールプラン)にここまで記述してある例を見た事はないが、APQPをここまで深めておけばベストプラクティス事例になるだろう。

今回の失敗事例は「失敗百選」中尾政之著を参考にさせていただいた。


このコラムは、2017年5月22日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第529号に掲載した記事に加筆修正しました。

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ノウハウとノウホワイ

 先週は「悪意」による事故について検討した。今週は「悪意」ではないが、標準作業手順を遵守せずに発生した事故について検討してみたい。

日本で初めて原子力事故で死亡者を出した事例、東海村JCO臨界事故だ。
高速増殖炉の燃料製造工程で、標準作業手順が遵守されずに核燃料が臨界状態となり、多量の中性子線が発生。作業者3名が重篤な被爆を受けた。内2名は治療のかいなく死亡している。

核燃料の製造において、原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では、標準作業手順では「溶解塔」という装置を使用すると定められていたが、現場ではステンレス製のバケツを用いるという裏マニュアルが存在した。しかも事故前日からは、更に作業の効率化をはかるため、裏マニュアルとも異なる手順で作業がなされていた。具体的には、濃度の異なる硝酸ウラニル溶液を混合して均一濃度の製品に仕上げる均質化工程において、「貯塔」という容器を使用するべきところを「沈殿槽」という別の容器を使用していた。

「貯塔」は臨界が発生しにくい構造に設計されていたが、用途が違う「沈殿槽」は容易に臨界が発生する構造であった。

その結果沈殿槽周辺の冷却水が中性子線の反射材となり、ウラニウム溶液が臨界状態となり大量の中性子線が放射された。

この事故は、現場で作業標準通りに作業がされず、裏マニュアルにより作業が行われていた事に原因がある。現場の監督職や作業員に「悪意」があったわけではなかろう。むしろ現場での作業改善により考えられた「ノウハウ」として裏マニュアルが存在したのだと推測する。

作業標準を定めると言う事は、改善の進歩を止める事になる。従って標準作業は改訂されなければならない。JOCの事例は作業標準の改訂方法に問題がある。製造現場が勝手に改訂をし、裏マニュアルが存在する事が、本事故の管理上の問題点だ。本来作業標準の改訂は、しかるべき組織の審査承認を経なければならない。

しかし現実問題として、なぜそのような作業手順が定められているのか判然としない事例もあるだろう。JOCではそのような事はないと信じたいが、普通の工場では、作業手順を定めた生産技術や設計の担当者が退職し、なぜその手順が定められているのか分からなくなっていると言う事もあるだろう。

作業標準は、作業をどのようにやるのかと言うノウハウが記述されている。更になぜその手順でやるのかと言うノウホワイも記述しておくべきと考えている。

以前生産委託先で、製品に貼付ける小さな表示シールの貼り忘れが発生した事がある。対策として梱包数量単位に表示シールの台紙を分け、表示シールを使い終わったら、製品と一緒に台紙をコンベアに乗せ梱包工程に送る事にした。梱包作業者は、台紙が来たら梱包箱が満杯になっている事を確認する。いわゆる「十点法」と言う定量管理によるシール貼り忘れの再発防止対策だ。

作業者から見れば、余分な作業が発生する。ノウハウと一緒になぜこの作業をやらねばならないのかと言うノウホワイをきちんと作業標準に入れておかねば、この対策はその内遵守されなくなる。

あなたの現場には、裏マニュアルや裏標準作業はないだろうか?
ノウハウとノウホワイが伝わる様になっているだろうか?

JCO臨界事故に関してはウィキペディアを参照させていただいた。


このコラムは、2017年5月15日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第528号に掲載した記事に加筆修正しました。

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横浜市大口病院点滴殺人事件

 昨年9月に入院患者2人が連続して死亡する事件が発生。捜査の結果点滴に消毒用の界面活性剤が入っており、界面活性剤による中毒死と断定。この事件は既に半年以上経過しているが、いまだに犯人が分かっていない。

点滴に使用しない消毒液が死因である事から、過誤による死亡事件ではなく、意図を持った殺人事件と判断されている。

犯人は誰かを考えるのは、このコラムの趣旨と反する。
失敗から学び自社で同様な失敗の発生を未然に防ぐ、という立場でこの事件を考えてみよう。

当然製造業で同様な事故が発生する事はない。
しかし悪意を持った者によって発生する事故はあり得る。
会社に不満を持った作業員が、不良品を出荷品に混ぜる。
設備の設定を変更し、大量の不良損失、又は設備の故障を発生させる。

この様な悪意による事故は、残念ながらあり得る。
こういう事故が発生する組織に共通するのは、従業員の職場に対する満足度が低いことだ。

過去に指導した工場で経験した事例は、春節前に退職を願い出たが、繁忙期のために退職を却下した事例だ。退職が認められればその月の給与は支払われる。しかし故郷に戻らねばならない事情がある者は、1ヶ月分の給与を諦め自主退社する事になる。そのような従業員が故意に不良品を出荷品に混入させた事がある。検査が終わった後で不良品を混入させれば、FQCの抜き取り検査で偶然サンプリングされなければ、そのまま出荷してしまう。

この様な悪意による事故を防止するには、職場の人間関係を改善するのが根本対策だと考えている。しかしそれだけでは不十分だ。人には弱い心を持った者もいれば、正しい心を見失う状況もあり得る。

悪い事が出来ない状態を作っておく事が大切だ。
作業の見える化とトレーサビリティが対策のキーワードとなる。

不良品混入の事例で言えば、検査合格品が工程内に滞留している状況をなくす。
不良品の員数管理、識別・隔離管理を徹底すれば、不良品を混入させる事が困難になるはずだ。

点滴事故の場合は、作業記録として録画をしておけば「抑止力」となる。
事故が発生した病院では、消毒液を有色のモノに変更したそうだが、これでは消毒液の混入は防げても、他の薬剤の混入は防げない。真の再発防止対策とはいえない。
薬局からの出庫記録、ナースセンターでの受け入れ記録および作業記録が、トレーサビリティの記録となる。

薬剤の発注、受け入れ、出庫、ナースセンターでの受け入れ、調合作業、患者への処置と工程を分割し、それぞれの工程で発生しうる不適合(潜在不良)を列挙し、それを防止する方法を検討する。
製造業の我々は、工程FMEAとして活用している手法だ。

こういう検討を事前にしておけば、「点滴の調合中にナースコールが発生する」ことにより作業を中断、作業再開時に間違える、という潜在問題が見つかる。このようは潜在問題に対して、事前に対応策を検討しておくことが可能となる。


このコラムは、2017年5月8日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第527号に掲載した記事に加筆修正しました。

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衛星「ひとみ」運用を断念 太陽電池パネルが分解か

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は28日、通信が途絶えていたX線天文衛星「ひとみ」の運用を断念したと発表した。電源の太陽電池パネルが根元から分解した可能性が高く、回復は見込めないと判断した。X線を観測してブラックホールなどの詳しい様子を調べる計画だったが、研究も停滞することになる。

 衛星は2月17日に種子島宇宙センター(鹿児島県)から打ち上げられ、3月26日午後4時40分ごろから地上と通信ができなくなった。機体が複数に分解、回転していることが観測で判明していた。

 JAXAが原因を調べたところ、衛星の姿勢制御のプログラムが不十分で機体が回転。衛星は自動的に噴射で立て直そうとしたが、事前に送った信号に設定ミスがあり、逆に回転が加速した。このため、太陽電池パネルや長く伸びた観測用の台の根元に遠心力がかかり壊れたとみられるという。

 JAXAは当初、通信が途絶えた後も3月28日までは衛星からの電波を短時間確認できたとし、パネルが太陽の方向を向くようになれば復旧の可能性があるとしていた。しかし、電波は別の衛星のものだと判明したという。

 JAXAの常田佐久・宇宙科学研究所長は会見で謝罪し、「人間が作業する部分に誤りがあった。それを検出できなかった我々の全体のシステムにより大きな問題があった」と述べた。

 X線を観測して宇宙の成り立ちを探るX線天文学は日本のお家芸とされ、ひとみは6代目の衛星。米国などとの共同開発で、日本は打ち上げ費を含め約310億円を負担していた。

(朝日新聞電子版より)

 初代X線天文衛星「はくちょう」以来3代目「ぎんが」の活躍で日本はX線天文学の中心的役割を果たして来た。しかし、4代目「あすか」は制御不能。後継機は打ち上げ失敗。5代目「すざく」も故障。と言うていたらくだ。
しかも問題は「はやぶさ」の様に遥か彼方での探索ではなく、地球周回軌道でオペレーションが出来なかったことにある。今まで多くの技術蓄積が有る分野での失敗だと言うことを重く捉えなければならない。

記事によると、姿勢制御プログラム(もしくはパラメータ?)のミスと、姿勢制御の遠隔操作ミスが重なった為に衛星の回転が加速したようだ。プログラムのバグも操作ミスも、一括りにしてしまえば「人為ミス」だ。

二流の企業であれば対策として「人員の再教育」などいうだろう。
JAXA研究所長は「人間が作業する部分に誤りがあった。それを検出できなかった我々の全体のシステムにより大きな問題があった」といっている。

私には、この姿勢は正しいと思える。人のミスが原因としてしまえば、対策は困難だ。人のミスを発生しにくくする、ミスを事前に検出すると言う「全体のシステム」を改善しなければならない。

プログラムにはバグが有るのが前提だ。
いかにバグを事前に検出するか、バグが有っても致命故障にならない様に冗長性を持たせるか、と考えるべきだろう。
操作ミスも同様だ。操作ミスが起きる要因(間違えやすい、操作しにくいなど)を極力排除し、ミスが致命傷にならない冗長性を持たせる。

衛星と言う限られた資源の中で冗長性を持たせるのは困難かも知れない。しかしコントロールセンターにシミュレータを置き、操作結果がどうなるか検証してから、遠隔操作のコマンドが送られる様にする事は可能だろう。


このコラムは、2016年5月2日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第474号に掲載した記事に加筆修正しました。

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