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「トヨタ生産方式」ノウハウ無償提供 北米の病院などに

 トヨタ自動車は29日、無駄を省いて作業を効率化する「トヨタ生産方式」のノウハウを、北米の病院や学校、非営利団体などに無償提供する活動を本格化させると発表した。社会貢献のためで、今後1年間で最大20団体に協力するという。

 生産現場で経験を積んだ従業員らを現場に派遣する。まずは2005年のハリケーン「カトリーナ」で壊滅した住宅を迅速に再建する計画に協力する。

 同社はこれまでに、企業から提供された食品を貧しい人々に配る事業にニューヨーク市で協力し、待ち時間を1時間から18分に短縮した。ペンシルベニア州の病院で医療品配送のコストを削減した実績もある。

(asahi.conより)

 たった1社で始まった生産革新活動が,業界を超え,業種を超え,国境も超えている.

大野耐一氏の試みが今もなお進化し続けているトヨタ式は,社内から仕入先に広がる.そしてNPSグループにより業種・業界を超えた.こうして広がったモノ造りのノウハウが,海外でも貢献している.

トヨタ式の人々には申し訳ないが(そういう自分自身もNPSの流れを受けているのだが)これを「日本のモノ造り」といいたい.

中国でも『精益生産方式』(リーンプロダクションの中国語訳)やTPSを導入したい,とか導入した,といっている工場を訪問することがある.しかしその実態は,「誰に教わったの?」といいたくなるレベルだ.

生産に「後引き生産方式」を取り入れている機種があります,というばね製造工場があった.しかし実態は受注生産のことを,後引き生産といっているだけだった.

精益生産の指導を受けたという金属加工工場は,土間に大勢しゃがみこんで,アルミダイキャストのランナー取りをしていた.

しかし嗤っているとすぐに足元をすくわれるだろう.
上記の2工場とも5Sの基礎は出来ている.正しい指導を受ければあっという間に,収益性の高い工場になるだろう.中国人経営者,経営幹部が皆「日本式」の導入意欲が高く,外部から指導を受けることに抵抗感が小さいからだ.

製造業はすぐに良くなるはずだ.

しかし中国で生活している私たちにとって問題は,銀行,鉄道,病院などの公共サービスだ.
サービスの品質向上の前に,待ち時間の短縮だけでも大いにありがたい.
公共的組織も「日本式」で改善は可能だ.
問題点は彼らに改善意欲がないことだ.

中国はモノ造りでは国際競争力を手に入れたが,サービス分野では三流以下だろう.

こんな本「国際競争力の再生」が中国語で出版されると良いのかもしれない.


このコラムは、2011年7月4日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第212号に掲載した記事に加筆修正しました。

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若者の労働意識の変化

 先週の編集後記で、中国の品質低下について以下の投げかけを読者様にした。

最近友人が、中国の業務品質が2010年を境に低下している、と言っていました。
私には余りその実感がなかったのですが、周りの人何人かに聞いてみたら、同様に最近工程内不良が増えている、客先クレームが増えた、とおっしゃる方がありました。日系企業です。

もし本当ならば、品質を上げて来ている中華系企業に追いつかれることになります。
大変興味があります。色々な人に聞いていますが、まだ答えの様なモノは、全く見つかりません。本当に最近品質が落ちて来ているのか?それはなぜか?
ご意見・情報がある方は、ぜひお聞かせください。

この一週間で集まったご意見は,「最近品質が低下している」というご意見が多数派だった。
メルマガにも書いたが,私は品質低下のトレンドを感じていない。

皆さんのご意見の共通点は「人材採用難」だ。

  • 必要な人数を確保出来ない。
  • 採用してもすぐに辞めてしまうので,技能訓練が間に合わない。
  • 女工さんを採用したいが集まらない。

急激な需要増のため,急遽作業員を大量に雇用した。そのため工程内に混乱が見られる。と言う方もあったが,これは一時的な現象とお考えだった。教育訓練が間に合わなかったタイムラグで,混乱が生じているだけでトレンド
ではない,修正可能だと言うご意見だ。

人材採用難にはいくつか要因があるだろう。

  • 一人っ子政策による労働人口減少。
     私の周辺(内陸からで稼ぎに来ている製造業勤務者がメイン)には,兄弟がある人ばかりだ。しかも三人兄弟なんてのは少ない方で,六人兄弟の人もいる。しかし全体統計から見れば,減少傾向にあり、これからも続くだろう。
  • 若者の労働意識の変化
     若者の製造業離れが進んでいる。既に来年の卒業生(中国では9月が新学期)の就職活動が始まっている。東莞の技術系大学でも、多くの企業が参加し説明会を開催した。製造業に集まった履歴書は,全体の10%ほどしかなかったそうだ。
  • 仕事に対する「我慢」が出来なくなって来た。
  • 仕事よりも余暇を重要視する。

労働意識の変化も原因を「一人っ子政策」と考える人が多い。

2000年頃の出稼ぎ労働者は、ほぼ例外なく給料日には銀行の窓口に並んだ。田舎の弟,妹の学費,家族の生活を支えるため仕送りをするのだ。

深セン市の最低賃金は2004年と比較すると,2.6倍に上がっている。
農村の所得上昇はそんな高い上昇率ではないが,出稼ぎマネーを参入すれば、農村地域の生活も相当豊かになっているだろう。

若者達は「我慢が出来なくなった」のではなく「我慢する必要がなくなった」のだ。

これは先に経済成長を遂げた日本は既に知っていた事だ。
日本の中にヒントがある。私は東京ディズニーランドがそのヒントだと思っている。

従業員の90%がアルバイト。年間離職率は50%!毎年9,000人のアルバイトが入れ替わっている。
それでも毎年入場者数を増やし,98%のリピート顧客を抱える。
2012年度の売り上げは約4,000億円、522億円の利益を出している。
この成果は,アルバイトが来園者に感動を与え続けているからだ。

この構図が中国の工場と同じだと気が付いた。
従業員のほとんどが農村からの出稼ぎであり,一定期間働いたら故郷に帰る。50%はないにしても,離職率は高い。学生アルバイトと同じだ。

学生アルバイトを使って成果を上げているディズニーランドのマネジメントを研究すれば,中国の工場経営にも役立つはずだ。これに気が付いた時は相当興奮した(笑)
以来ディズニーランドのマネジメントに関する書籍を読みあさり,TDL出身の方の話を聞きに行ったりした。

ディズニーランドの学生アルバイトの労働意欲が高いのは,

  • 自分の仕事(作業)と企業の目的・理念の関連を理解している。
  • 誇りを感じられる職場環境がある。
  • やりがいを持てる仕組みとしかけがある。

だと考えている。

中国より先に豊かになった日本の若者が意欲的に働く。
このメカニズムを理解すれば,一人っ子の労働意欲も高めることができる。

参考図書「9割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニーの教え方」


このコラムは、2013年12月30日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第342号に掲載した記事に加筆修正しました。

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中堅中小企業の技術戦略

 元インテル日本支社長の傳田信行氏の話を聞く機会があった。
インテルと言えば,今では一流企業だが,傳田氏がインテルに入社した当時は従業員100名ほどのベンチャー企業だった。

絶妙なコピー「インテル入ってる」を,日本発で世界中に「Intel in it」として広めたのも傳田氏だ。
世界中のPCメーカがこぞってインテルの宣伝をしてくれた。
B to Bビジネスのインテルの宣伝をTVに流しても意味がない,とお考えの方はまだ思慮が浅い(笑)このTVコマーシャルで,学生の採用が格段にやり易くなったはずだ。

その傳田氏の話で,一番興味を持ったのがインテルの技術開発戦略の話だ。
インテルほどの大企業が,実は中央研究所を持っていないそうだ。しかし,まだインテルが小さかった頃から,新規技術の探求は怠らなかった。

インテルはCPUメーカとして成功を納めたと言っても良かろう。
1970年代に開発した4004という4ビットのCPUチップが、現在のCPUの原型だ。このICは,論理演算をするALUしか持っていない。コンピュータとして,プログラムの実行順序を制御するプログラムカウンタは、別のチップで実装せねばならなかった。

今でも鮮明に覚えているが、実験のデータをリアルタイムに処理するためにインテルの4040を使用してコンピュータを作ったと言う学会発表を聞いた。1970年代中頃、私はまだ学生だった。
当時の最新CPU4040は、ALUとプログラムカウンターが一体になった。
発表者は4040の採用により画期的に小型化することができたと説明していた。
しかし発表スライドにあった,その計算機の姿は小さめのミニコンと表現した方がよく,お世辞にも小さいとは言えなかった。

話が脱線してしまった。

当初インテルのCPU開発は,お客様から開発費をいただいてやる、下請け仕事だったのだ。
彼らのCPU開発を助けたのは,ビジコン、東芝テックなど日本のメーカだ。
ビジコンに勤務しておられた嶋正利氏が,インテル本社とともにCPUの開発をされ、その後の汎用CPU開発の基礎を作られたのだ。

その後も,日本人研究者のクリーンルームに関する論文に目を付け,彼と一緒に実験プラントを作り理論実証を一緒にやった。

こういう技術開発を,中堅中小企業も取り入れたらよいと思う。
中堅中小企業は,潤沢な資金も人材リソースもない。自前で研究開発をする事は難しい。しかし今のまま、モノ造りをしていたら早晩行き詰まる。新興の中国企業との価格競争に巻き込まれ,利益確保が難しくなるのは,目に見えている。常に新しい技術を模索していなければ,ならない。

中長期の事業計画の中に,3年,5年ごとの技術革新マイルストーンを置き,そのマイルストーンに適合する大学の研究や,異業種の交流会などに参加する。人材や資金がなくても,理論の実証実験の場を提供する,設備を作るなどの協力をする事は可能だろう。

まずは,自分たちの進む方向,マーケットの進む方向を考え,中長期に必要となる技術をピックアップしロードマップを作る。闇雲に手を出しても駄目だ。行きたい方向をまず定める。

来年度からの中長期ビジョンを,正月休みにでも考えてみられてはいかがだろうか。

参考文献「傳田信行 インテルがまだ小さかった頃」
(既に絶版となっている様だ。私は古書を確保できた)


このコラムは、2013年12月30日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第342号に掲載した記事に加筆修正しました。

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購入部品の追加工

 前項「技術改善」に引き続き改善活動の事例を紹介する。

全長4m弱のアルミ異型材料を購入し、本体に取り付ける作業がある。本体に組み付けるために購入した異型材料を若干切り落としている。この作業がムダと気付いた。彼らの設計改善は、図面に寸法公差を入れて納入部品の追加工をなくすというモノだった。

しかしこれは改善ではない。
問題は「追加工が必要」という事ではなく、「図面に公差がない」という事だ。
言ってしまえば、設計ミスだ。
「図面に公差を入れる」というのは、本来あるべき姿に戻しただけだ。
これを言っただけでは、身も蓋もない(笑)せっかく芽生えた改善意欲が萎える。

「同様な問題が再発しない様にするにはどうするか?」と言う課題を設定し、考えてもらった。
彼らは出図時の検図で。以下の2項目をチェックする事にした。

  • 寸法公差が入っているか。
  • ベンダーの加工能力が、公差範囲内にあるか確認したか。

このようにすれば、失敗するたびに出図チェックを充実する事が出来る。
そして出図チェックが若手設計者の教育になる。
重要な事は、失敗を責めるのではなく、再発させないために何をするかを考える事だ。

過去の失敗を叱るより、未来の失敗を防ぐ、という事だ。


このコラムは、2016年10月31日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第500号に掲載した記事に加筆修正したものです。

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設計ノウハウの蓄積

 最近,設計部門を持つ顧客の指導をする事が多くなった.
中国企業の指導が多くなった事も理由の一つだが,日系企業も製造部門だけではなく,開発部門を持つ工場が増えているように思う。

中国の低価格な労務費を期待して,製造コストダウンのために中国に進出した日系企業が多い訳だから,元々設計部門は日本の本社にしかなかった.それでも,日本向けの製品を製造する,日本で生産経験のある製品を中国で製造するだけならば,特に難しい事はない.

しかし,中国の市場向けの製品を開発・生産したい,日本国内では生産経験がなく中国で試作・量産をする,など生産の形態がどんどん変わっている.中国工場にも開発設計機能が必要になって来た.

中国企業同様,日系企業も中国での開発設計の品質保証に苦労をされている.設計で決まってしまう機能・品質・コストは,製造部門では改善しようがない.

設計ミスがあれば,品質・コスト・納期ともに深刻な影響を受ける.製造がちょっと頑張って残業をしたくらいでは,取り返しがつかない.

当然設計部門は,図面が製造部門に渡る前に,検証・レビューをしている.しかし現実的には,設計部門の責任者が,図面の承認欄にサインをした所で設計品質を保証出来る訳ではない.全ての設計品質を,責任者が確認出来る訳でもない.
設計者自身が設計品質を保証出来ていなければ,設計検証は,設計のやり直しと同じ時間を必要とする.

実は自分も,設計エンジニアだった頃同様な問題に直面していた.
開発初期には,ソフトウェア開発者のデバックのために,試作ハードウェアを提供しなければならない.我々ハードウェア開発チームは,試作機を提供し維持しなければならない.
「維持」とは奇妙な言い方かもしれないが、次のような事情による。
開発初期に設計したプリント基板には,いくつかミスが含まれている。ソフトウエアの開発スケジュールを確保するため、ミスはプリント基板への手加工で修正される.手修正箇所が原因となり,ソフトウェア開発中に試作機がしばしば故障する(苦笑)
その度に我々が呼び出され,故障箇所を見つけ修理をしなければならない.こう言う作業を繰り返していると,自分たちの開発作業の時間が無くなる,と言う悪循環に陥る.

こう言うネガティブサイクルから抜け出すために,我々がとった対策は,DRC(コンピュータによるデザインルールチェック)と設計チェックリストだった.チェックリストなどと言う超アナログ手法だが,大いに効果を発揮した.

技術試作機のミスが初版からほとんど無くなり,ハードウェアエンジニアの試作機の「お守り」作業がほとんど無くなった.その結果設計検証に十分時間をかけても開発期間は短くなった.ネガティブサイクルは,一気にポジティブサイクルに変換された.

設計チェックリストそのものが,設計ノウハウの蓄積となる.
この仕組みを上手く回すためには,チョットした工夫が必要だが,効果は高い.設計部門をお持ちの方はぜひ試していただきたい.


このコラムは、2013年5月6日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第308号に掲載した記事に加筆修正しました。

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続・ノウハウとノウホワイ

 先週は作業標準を現場の判断で改変して核臨界事故を発生させた事例を紹介した。
「ノウハウとノウホワイ」
今週も同様に作業標準の改変で発生した事故を紹介したい。

城島後楽園遊園地で発生した「スカイショット」(ゴムによって座席を上方に打ち上げる逆バンジー遊具)の事故だ。座席を吊るすワイヤーとゴムの連結部はねじ止めされており、ねじのゆるみを防ぐために割りピンが使われていた。割りピンは、ねじ軸のピン穴に通し折り返して固定する。割りピンは折り返すため、交換すると再利用出来なくなる。メンテナンス作業を効率化するために、割りピンをスナップピンに変更した。スナップピンとはピン材料の弾性を利用し、脱着が可能となっている。一般的には「β」の形をした形状になっており、ベータピンと呼ばれている。

参考:ベータピン(事故事例の物ではありません)

何度も使用している間に、ピンの弾性が弱くなり抜けてしまったのだろう。
当然メンテナンス要員は、安全が第一であり、安全と効率をトレードオフするべきではない事は知っていたと思われる。しかしベータピンが緩んでしまう事を想定出来なかったのであろう。(判断のミス)

「ゆるみ止めピンを交換する」と言うノウハウは分かっていても、ノウホワイが作業者に伝わっていなかった。

設計者は設計FMEAなどにより緩み止めピンの脱落と言う潜在リスクを把握しており、割りピンを使用し定期交換対象としていたはずだ。メンテナンスマニュアルにノウハウ(方法)だけではなくノウホワイ(理由)が記述されていれば、この事故は防げたはずだ。

設計FMEAは設計者だけのモノではない、メンテナンス作業にも展開すべきだ。設計FMEAで検出した潜在故障を、工程FMEAやメンテナンス作業にも展開する仕組みを作り、製造時、メンテナンス時にリスク管理が出来ているかどうかレビューするとよい。APQP(先行品質保証計画)のCP(コントロールプラン)にここまで記述してある例を見た事はないが、APQPをここまで深めておけばベストプラクティス事例になるだろう。

今回の失敗事例は「失敗百選」中尾政之著を参考にさせていただいた。


このコラムは、2017年5月22日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第529号に掲載した記事に加筆修正しました。

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ノウハウとノウホワイ

 先週は「悪意」による事故について検討した。今週は「悪意」ではないが、標準作業手順を遵守せずに発生した事故について検討してみたい。

日本で初めて原子力事故で死亡者を出した事例、東海村JCO臨界事故だ。
高速増殖炉の燃料製造工程で、標準作業手順が遵守されずに核燃料が臨界状態となり、多量の中性子線が発生。作業者3名が重篤な被爆を受けた。内2名は治療のかいなく死亡している。

核燃料の製造において、原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では、標準作業手順では「溶解塔」という装置を使用すると定められていたが、現場ではステンレス製のバケツを用いるという裏マニュアルが存在した。しかも事故前日からは、更に作業の効率化をはかるため、裏マニュアルとも異なる手順で作業がなされていた。具体的には、濃度の異なる硝酸ウラニル溶液を混合して均一濃度の製品に仕上げる均質化工程において、「貯塔」という容器を使用するべきところを「沈殿槽」という別の容器を使用していた。

「貯塔」は臨界が発生しにくい構造に設計されていたが、用途が違う「沈殿槽」は容易に臨界が発生する構造であった。

その結果沈殿槽周辺の冷却水が中性子線の反射材となり、ウラニウム溶液が臨界状態となり大量の中性子線が放射された。

この事故は、現場で作業標準通りに作業がされず、裏マニュアルにより作業が行われていた事に原因がある。現場の監督職や作業員に「悪意」があったわけではなかろう。むしろ現場での作業改善により考えられた「ノウハウ」として裏マニュアルが存在したのだと推測する。

作業標準を定めると言う事は、改善の進歩を止める事になる。従って標準作業は改訂されなければならない。JOCの事例は作業標準の改訂方法に問題がある。製造現場が勝手に改訂をし、裏マニュアルが存在する事が、本事故の管理上の問題点だ。本来作業標準の改訂は、しかるべき組織の審査承認を経なければならない。

しかし現実問題として、なぜそのような作業手順が定められているのか判然としない事例もあるだろう。JOCではそのような事はないと信じたいが、普通の工場では、作業手順を定めた生産技術や設計の担当者が退職し、なぜその手順が定められているのか分からなくなっていると言う事もあるだろう。

作業標準は、作業をどのようにやるのかと言うノウハウが記述されている。更になぜその手順でやるのかと言うノウホワイも記述しておくべきと考えている。

以前生産委託先で、製品に貼付ける小さな表示シールの貼り忘れが発生した事がある。対策として梱包数量単位に表示シールの台紙を分け、表示シールを使い終わったら、製品と一緒に台紙をコンベアに乗せ梱包工程に送る事にした。梱包作業者は、台紙が来たら梱包箱が満杯になっている事を確認する。いわゆる「十点法」と言う定量管理によるシール貼り忘れの再発防止対策だ。

作業者から見れば、余分な作業が発生する。ノウハウと一緒になぜこの作業をやらねばならないのかと言うノウホワイをきちんと作業標準に入れておかねば、この対策はその内遵守されなくなる。

あなたの現場には、裏マニュアルや裏標準作業はないだろうか?
ノウハウとノウホワイが伝わる様になっているだろうか?

JCO臨界事故に関してはウィキペディアを参照させていただいた。


このコラムは、2017年5月15日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第528号に掲載した記事に加筆修正しました。

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横浜市大口病院点滴殺人事件

 昨年9月に入院患者2人が連続して死亡する事件が発生。捜査の結果点滴に消毒用の界面活性剤が入っており、界面活性剤による中毒死と断定。この事件は既に半年以上経過しているが、いまだに犯人が分かっていない。

点滴に使用しない消毒液が死因である事から、過誤による死亡事件ではなく、意図を持った殺人事件と判断されている。

犯人は誰かを考えるのは、このコラムの趣旨と反する。
失敗から学び自社で同様な失敗の発生を未然に防ぐ、という立場でこの事件を考えてみよう。

当然製造業で同様な事故が発生する事はない。
しかし悪意を持った者によって発生する事故はあり得る。
会社に不満を持った作業員が、不良品を出荷品に混ぜる。
設備の設定を変更し、大量の不良損失、又は設備の故障を発生させる。

この様な悪意による事故は、残念ながらあり得る。
こういう事故が発生する組織に共通するのは、従業員の職場に対する満足度が低いことだ。

過去に指導した工場で経験した事例は、春節前に退職を願い出たが、繁忙期のために退職を却下した事例だ。退職が認められればその月の給与は支払われる。しかし故郷に戻らねばならない事情がある者は、1ヶ月分の給与を諦め自主退社する事になる。そのような従業員が故意に不良品を出荷品に混入させた事がある。検査が終わった後で不良品を混入させれば、FQCの抜き取り検査で偶然サンプリングされなければ、そのまま出荷してしまう。

この様な悪意による事故を防止するには、職場の人間関係を改善するのが根本対策だと考えている。しかしそれだけでは不十分だ。人には弱い心を持った者もいれば、正しい心を見失う状況もあり得る。

悪い事が出来ない状態を作っておく事が大切だ。
作業の見える化とトレーサビリティが対策のキーワードとなる。

不良品混入の事例で言えば、検査合格品が工程内に滞留している状況をなくす。
不良品の員数管理、識別・隔離管理を徹底すれば、不良品を混入させる事が困難になるはずだ。

点滴事故の場合は、作業記録として録画をしておけば「抑止力」となる。
事故が発生した病院では、消毒液を有色のモノに変更したそうだが、これでは消毒液の混入は防げても、他の薬剤の混入は防げない。真の再発防止対策とはいえない。
薬局からの出庫記録、ナースセンターでの受け入れ記録および作業記録が、トレーサビリティの記録となる。

薬剤の発注、受け入れ、出庫、ナースセンターでの受け入れ、調合作業、患者への処置と工程を分割し、それぞれの工程で発生しうる不適合(潜在不良)を列挙し、それを防止する方法を検討する。
製造業の我々は、工程FMEAとして活用している手法だ。

こういう検討を事前にしておけば、「点滴の調合中にナースコールが発生する」ことにより作業を中断、作業再開時に間違える、という潜在問題が見つかる。このようは潜在問題に対して、事前に対応策を検討しておくことが可能となる。


このコラムは、2017年5月8日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第527号に掲載した記事に加筆修正しました。

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失敗ノウハウの蓄積

 メールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】の「ニュースから」のコーナーは、ニュースの中から教訓となる不適合事例をピックアップして、その再発防止を考えるコラムとしてスタートした。
事例として取り上げた不適合事例・再発防止を抽象化することにより、自社に適用すれば同類の不適合事故を未然に防止することが出来るだろう。そんな思いで、市場回収事案、鉄道事故、不祥事事案などを取り上げ、原因を推定し再発防止対策を考えて来た。実際には当事者ではない私には真の原因を知る機会はなく、原因がこうならばこんな再発防止対策が有効になるのでは?と言うシミュレーションだ。こういう訓練を繰り返すことにより、現実に発生した不適合に対応する能力も高まると考えている。

自分自身の訓練になるとともに、読者様にも気付きの機会を提供出来たのではと自己肯定している(笑)

しかし問題も有る。
ニュースからそのような事例を探すのに非常に時間がかかる。メルマガのネタを探しているはずが、途中からネットサーフィンになってしまったりする(笑)

そこで次週から「ニュースから」のコーナーを「失敗から学ぶ」とタイトルを変え、ニュースにこだわらず、広く失敗事例から題材を選んで、記事を書こうと考えている。

もちろん読者様から事例をご提供いただくのも大歓迎だ。

痛い目に遭って学ぶ、と言うのは効果がある。人の行動モチベーションは痛みを避ける、快楽を求める、の二通りが有ると言う。当然痛い目にあった経験は二度と繰り返さない様に再発防止の努力する。こういう経験が失敗ノウハウの蓄積となる。

しかしこの学びには失敗によるコストがかかっている。他人が経験した失敗から学ぶことが出来れば、コストをかけずに未然防止が出来る。人の痛みから学ぶと言うことは、不謹慎だが快楽と言っても良かろう(笑)

しかし痛みの経験がない分、身にしみない。
他人の失敗から学んだ失敗ノウハウを蓄積する方法を持たねばならない。

私は自ら経験した失敗、他人の失敗から学んだことをFMEAの潜在不良の項目に追加すると言う方法をとっている。設計FMEAでも工程FMEAでもこの方法は活用できる。

FMEAを単なる飾りにしない様に、ノウハウをどんどん蓄積する器にしたら良いと考えている。このコラムが、読者様の失敗ノウハウ蓄積のヒントになれば本望だ。


このコラムは、2016年3月14日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第467号に掲載した記事に加筆修正しました。

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衛星「ひとみ」運用を断念 太陽電池パネルが分解か

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は28日、通信が途絶えていたX線天文衛星「ひとみ」の運用を断念したと発表した。電源の太陽電池パネルが根元から分解した可能性が高く、回復は見込めないと判断した。X線を観測してブラックホールなどの詳しい様子を調べる計画だったが、研究も停滞することになる。

 衛星は2月17日に種子島宇宙センター(鹿児島県)から打ち上げられ、3月26日午後4時40分ごろから地上と通信ができなくなった。機体が複数に分解、回転していることが観測で判明していた。

 JAXAが原因を調べたところ、衛星の姿勢制御のプログラムが不十分で機体が回転。衛星は自動的に噴射で立て直そうとしたが、事前に送った信号に設定ミスがあり、逆に回転が加速した。このため、太陽電池パネルや長く伸びた観測用の台の根元に遠心力がかかり壊れたとみられるという。

 JAXAは当初、通信が途絶えた後も3月28日までは衛星からの電波を短時間確認できたとし、パネルが太陽の方向を向くようになれば復旧の可能性があるとしていた。しかし、電波は別の衛星のものだと判明したという。

 JAXAの常田佐久・宇宙科学研究所長は会見で謝罪し、「人間が作業する部分に誤りがあった。それを検出できなかった我々の全体のシステムにより大きな問題があった」と述べた。

 X線を観測して宇宙の成り立ちを探るX線天文学は日本のお家芸とされ、ひとみは6代目の衛星。米国などとの共同開発で、日本は打ち上げ費を含め約310億円を負担していた。

(朝日新聞電子版より)

 初代X線天文衛星「はくちょう」以来3代目「ぎんが」の活躍で日本はX線天文学の中心的役割を果たして来た。しかし、4代目「あすか」は制御不能。後継機は打ち上げ失敗。5代目「すざく」も故障。と言うていたらくだ。
しかも問題は「はやぶさ」の様に遥か彼方での探索ではなく、地球周回軌道でオペレーションが出来なかったことにある。今まで多くの技術蓄積が有る分野での失敗だと言うことを重く捉えなければならない。

記事によると、姿勢制御プログラム(もしくはパラメータ?)のミスと、姿勢制御の遠隔操作ミスが重なった為に衛星の回転が加速したようだ。プログラムのバグも操作ミスも、一括りにしてしまえば「人為ミス」だ。

二流の企業であれば対策として「人員の再教育」などいうだろう。
JAXA研究所長は「人間が作業する部分に誤りがあった。それを検出できなかった我々の全体のシステムにより大きな問題があった」といっている。

私には、この姿勢は正しいと思える。人のミスが原因としてしまえば、対策は困難だ。人のミスを発生しにくくする、ミスを事前に検出すると言う「全体のシステム」を改善しなければならない。

プログラムにはバグが有るのが前提だ。
いかにバグを事前に検出するか、バグが有っても致命故障にならない様に冗長性を持たせるか、と考えるべきだろう。
操作ミスも同様だ。操作ミスが起きる要因(間違えやすい、操作しにくいなど)を極力排除し、ミスが致命傷にならない冗長性を持たせる。

衛星と言う限られた資源の中で冗長性を持たせるのは困難かも知れない。しかしコントロールセンターにシミュレータを置き、操作結果がどうなるか検証してから、遠隔操作のコマンドが送られる様にする事は可能だろう。


このコラムは、2016年5月2日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第474号に掲載した記事に加筆修正しました。

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