月別アーカイブ: 2019年7月

殷の三仁

wēi(1)zhī(2)wéizhīgān(3)jiànérkǒngyuē:“yīnyǒusānrényān。”

《论语》微子第十八-1

(1)微子:殷王朝・紂王の異母兄。紂王の暴政を諫言するも、聞き入れられず他国に逃亡する。
(2)箕子:紂王の叔父。紂王の暴政を諫言するも、捕らえられ奴隷となる。
(3)比干:紂王の叔父。紂王の暴政を諫言するも、紂王の怒りを買い殺される。

素読文:
微子びしこれり、箕子きしは之がり、比干ひかんいさめて死す。こうわく、いんさんじんり。

解釈:
微子、箕子、比干は殷王・ちゅう王の暴政を諌めたが、紂王は暴政を改めることはなかった。微子は国を去り隠棲した。箕子は捕らえられ奴隷となった。比干は処刑された。孔子はこれら三人を「殷の三仁」と讃えた。
『仁』という言葉を「思いやり」と解釈することがままあります。『殷の三仁』を説明するときに「思いやり」という言葉では足りないように思います。

南流山駅早発事故

 11月14日、つくばエキスプレス南流山駅で9時44分発の下り列車が20秒早く発車すると言う「事故」が発生した。これを事故と言うべきかどうか判断に苦しむ。つくばエキスプレスを運行している首都圏新都市鉄道は、当日乗務員の確認不足が原因で「深くおわび申し上げます」とホームページに謝罪を掲載している。

サンケイ新聞は本件に関して海外メディアの報道を紹介している。
英BBC放送や米FOXは「日本に関して最高なことの一つだ」といったツイッターの好意的な投稿を紹介した。
ニューヨークの大衆紙デーリー・ニューズは「日本の駅の交通量は世界的にも多いが、効率の高さで知られている」と伝えた。

ANNの動画を見ると、米国市民の反応は「たった20秒で謝罪」と半ばあきれながらも日本の交通機関を賞賛しているようだ。

9時44分40秒発車の列車が20秒早く発車したと言う「事故」だが、時刻表には9時44分としか書いていない。顧客との「契約」に違反したとは言えない。

首都圏新都市鉄道は以下の様に説明している。
当社はワンマン運転(乗務員1人)で運行していて、ホームでは発車の15秒前になると自動的にメロディーが鳴り、ドアを閉めると自動運転で出発します。今回は20秒早発してしまったので、メロディーが鳴っていないのに電車が動き出したことになります。

しかし乗り遅れた乗客は一人もいなかった。
従って「事故」と言うよりは「ヒヤリ・ハット」と言った方が良かろう。わざわざホームページに謝罪を発表した意図は対外的な謝罪ではなく、内部に対する再発防止が目的だろう。

首都圏新都市鉄道の担当者は以下の様に説明している。
運転台には、行路、到着時刻、出発時刻をまとめたメモが置いてあり、乗務員は、メモで確認をしつつ、自分の時計でも時刻を確認します。今回は、それが十分できていなかったので、基本動作を徹底することに努めていきます。

ホームページ上の再発防止対策は以下の様になっている。
「基本動作を徹底するよう、当該乗務員に対し指導いたしました。」

この再発防止対策により、当該乗務員は同じ失敗をしない様になるかも知れない。別の乗務員も基本動作を徹底する様に、謝罪を公開したと考える事が出来る。

しかしこの様な再発防止対策は「個人の注意力」に依存している。ポカよけになっていない。「ポカよけ」とは仕組みや仕掛けによりミスを防ぐ事をいう。従って毎年1、2回は同様な事故が発生している。

次の様な対策を考えれば「ポカよけ」になるだろう。
出発メロディが鳴り終わってからドアを閉め出発する様に、手順を変更する。
出発メロディは出発時刻に合わせて自動的に鳴る様になっている。この様に手順を変更すれば、注意力は不要となるはずだ。この対策に必要な経費は、乗務員に対する業務連絡と、マニュアル変更だけだ。


このコラムは、2017年11月22日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第592号に掲載した記事です。

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無駄を見直す

 製造業にとって「無駄」とは価値を生まない時間、作業、モノであり、根絶対象だ。サイクルタイムの不均衡により生じる待ち時間、作業中の不要な動作、製品の機能に貢献していない部品などは削減するに限る。この時の判断基準は顧客基準でなければならない。待ち時間や不要な作業動作を考える時に、顧客基準で考える必要性はあまり思い浮かばないかもしれない。しかし自分たちにとっての無駄が、顧客にとって価値となる場合がありうる。

先日カンブリア宮殿で「クリーニング店・東田ドライ」を紹介していた。
三代目が事業を引き継いだら赤字と判明。ファストファッションの浸透や、家庭用洗濯機の高機能化等で、クリーニングを利用する客は年々減り続ける。閉店に追い込まれる店も少なくない。業界全体が斜陽産業化している。その中で東田ドライは、宅配クリーニングで急成長を遂げた。クリーニング+宅配という新しい業態だけで成長したわけではないと私は思う。

クリーニング+宅配という新しいビジネスモデルだけでは、同じ業態の競合が参入すればすぐにシェアの奪い合いになる。東田ドライにあった参入障壁は「おせっかい」だ。

預かった洗濯物のシミを落とす。ボタンを付け直す。ほつれを繕う。その様な作業をしても料金は上がらない。経営的に見れば、無駄な作業だ。しかしこの判断基準は自己基準であり、顧客基準ではない。顧客基準で見れば、他社にない付加価値を生む作業となる。

二代目経営者はこれらの技術を実直に磨き、三代目経営者がその価値に気が付きセールスポイントとした。クリーニング+宅配というビジネスモデルと「おせっかい」で黒字化し、さらに事業拡大を続けているのだ。

我々製造業にとって、気が付いていない付加価値を顧客基準で見つけるのは難しいかもしれない。しかし
部品の生産、材料の加工をしている工場は「顧客の生産を支えるサービス業」市場ユーザに製品を生産している工場は「顧客の生活を支えるサービス業」という視点に立てば、顧客基準で無駄と付加価値を見分ける事ができるだろう。


このコラムは、2018年6月18日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第681号に掲載した記事です。

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成長プラットホーム

 先週末は、東莞和僑会方針管理・目標管理勉強会を開催した。
この勉強会は、1年間かけて会員企業の経営者、中国人幹部が方針管理・目標管理を実践する勉強会だ。三回目となる今年は6社が参加している。毎回幹事会社に集まり、勉強会・工場見学をしている。

今回会場となった幹事会社は電子部品を生産するT社だ。
プラスチック部品、金属部品の加工から最終電子部品の組み立てまで原材料から一貫生産出来る工場だ。

昨年、引っ越し直後のT社で勉強会を開催した。当時は新人作業員が多く苦労しておられた。あれから半年あまり、生産ラインの見かけは大きくは変わっていないが、内容は改善が大きく進んでいた。生産性が約1.7倍、直行率は劇的改善が続いており、直近の1ヶ月だけでも20%改善されている。

T社の中国人メンバーは、改善の原動力を以下のように語ってくれた。

  • 作業者の多能工化が進んだ。
  • 作業者に日報を書かせ、毎日達成感や反省を感じてもらっている。
  • 他のラインと比較することにより、競争心を持たせた。

そしてメンバー自身は、方針管理・目標管理勉強会に参加し自分たちで目標を設定したことでモチベーションが上がった。

一緒に参加している企業の良いところを学び、他社からコメントをもらう。そんな活動を通して、現場力を上げてきた。その原動力が参加メンバー自身の成長だと語ってくれた。

参加企業のメンバーの成長プラットホームとして、方針管理・目標管理勉強会を始め、微力ながら裏方として勉強会を支えてきた。彼らの話を聞いて私自身のモチベーションも上がった。


このコラムは、2018年7月23日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第796号に掲載した記事です。

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上手くできた事は忘れる

「30年前に上手く行った事を今やってみても上手くは行かない。」
臨済宗妙心寺退蔵院副住職・松山大耕禅師の言葉だ。

成功体験は、成功する要因があって得られる。要因の内には成功した時代背景、社会背景、タイミングなど制御できない要因が含まれている。したがって成功事例をそのままやってみても上手くいかない事が多い。

会社の役員などをみていれば良くわかる。昔の成功体験により高い地位を得ている。30年前に上手く行った事業が、今うまくいくはずはない。顧客の嗜好も社会そのものも変わってしまっている。
例えばコンパクトカメラの商品企画で、会社に大きな利益をもたらした重役がいまだに商品企画に関わっている様では、その会社の繁栄は怪しい。コンパクトカメラの役割がスマホに奪われて久しい。過去の成功体験が邪魔をして、今売れる商品を見極める目が曇る。

しかしダメな事をやれば必ず失敗する。
たまたま何事もなくても、いつかは失敗することになる。

従って上手くできた事は忘れてしまう。失敗した事はしっかり覚えておく。

精神衛生上あまり好ましくはないかもしれない。
人は上手くできた事はいつまでも覚えておきたいだろうし、失敗した事は他人に知られるのも嫌だ。早く忘れてしまいたいものだ。

上手く行った事は、皆で賞賛して忘れてしまう。
失敗した事は、失敗したことで進歩できたと皆で感謝し時々に思い出す。時々にとは月に一回とか二回という意味ではない。折に触れてという意味だ。そんな組織文化を持てば、失敗から学ぶ事ができる組織になる。


このコラムは、2019年1月16日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第772号に掲載した記事です。

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人材の活用

 私が住んでいる辺りは,東莞政府庁舎があり,オフィス街,商業地区だが,一歩路地を入ると,昔からの零細製靴工場が密集している地域がある.

しばしば通りかかるこれらの零細工場の門口には,工員募集の赤紙が貼り出されている.その貼紙を見ると細分化された工員の募集になっている.

開料,車面,介面,折面,界皮など靴製造の一工程と思われる単位で工員の募集をしている.
全部で2,30人の工員がいればこの辺りでは,大手工場という規模だ.零細工場が工程を細分化して,職人を募集する.非常に非効率なことに思えて仕方がない.

私は靴製造業界には詳しくないが,想像するに,日本の小さな靴工場は親方を中心に弟子何人かと靴を造っている.弟子は初めは下働きかもしれないが,そのうち靴造りの全工程を任され,一人前の靴職人になる.

しかしここいらの靴工場では,「車面」(たぶん靴製造工程中のミシン作業)という職人が存在し,その職位を極めることになる.従ってどんなに小規模であっても靴を造るためには数人の職人を雇う必要がある.

こういう工場を経営するには,運転資金を確保するため「量」を追求せねばならない.「質」より「量」,「品質」より「低価格」を追求するモノ造りは,未来はない.

弟子を育てるには時間がかかる.しかし弟子と二人でモノ造りをしていれば,「量」ではなく「質」,「低価格」ではなく「高付加価値」を追求できる.生産量の増加には,弟子を増やしてゆけばよい.一度に何人もの作業員を雇う必要はない.

既に中国でも単機能の職員や作業員をたくさん集めて,モノ造りをする時代は終わった.多能工を育て,少人数でフレキシブルなモノ造りを目指すべきだ.


このコラムは、2010年9月10日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第171号に掲載した記事です。

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続・管仲仁者なりしか

gòngyuē:“guǎnzhòngfēirénzhěhuángōngshāgōngjiūnéngyòuxiàngzhī。”
yuē:“guǎnzhòngxiànghuángōngzhūhóukuāngtiānxiàmíndàojīnshòuwēi(1)guǎnzhòngzuǒrèn(2)ruòzhīwéiliàng(3)jīng(4)gōuérzhīzhī(5)。”

《论语》宪问第十四-17

(1)微:ない。
(2)被发左衽:髪を振り乱し、左前に着物を着る。夷狄の風習に染まること。
(3)谅:つまらぬことを守って取るに足らない信頼を得ること。
(4)自经:首を吊って自殺すること。
(5)渎:溝渠。排水路。

素読文:
こうわく:“かんちゅうは仁者にあらざるか。かんこうこうきゅうを殺すに、死するあたわず。またこれたすく。”
子曰わく:“管仲かんこうたすけて、しょこうたらしめ、天下をいっきょうす。たみいまいたるまでそのく。管仲なかりせば、われそれはつこうむり、えりひだりにせん。ひっひっまことすや、みずか溝瀆こうとくくびれてこれを知るものきがごとくならんや。”

解釈:

子貢曰く:“管仲は仁者とは言えないでしょう。桓公が公子糾を殺した時に公子糾に殉じて死ぬこともせず、主殺しの桓公に仕えてその政を補佐したではないですか。”
孔子曰く:“管仲が桓公を補佐し諸侯の覇者たらしめ天下を統一安定したからこそ、今日まで民はその恩恵を受けているのだ。もし管仲がいなければ夷狄の侵略を受け、我々は夷狄の風俗に染まり髪を振り乱し、着物を左前に着ていただろう。匹夫匹婦がつまらぬ義理人情にこだわり首をくくってドブの中で死んでいくのとは違うのだ。”

《宪问第十四-16》の続きです。

管仲仁者なりしか

子貢も子路と同様に、公子糾に仕えていた管仲が、公子糾を殺した桓公に仕えたことを非難しています。
しかし孔子は、管仲が誰に仕えていようが天下統一安定の実績を評価しています。そのため外敵である夷狄から中華を守ることができた。主と共に殉死する、主殺しに対して離反する、このような行為は巷の凡人達がつまらな義理人情にこだわり心中するようなものだと一刀両断しています。それより天下国家を考えて行動せよ、ということでしょう。