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「ありがとう」の効果

 先日朝早く東莞の市内バスに乗った.まだ通学時間には早かったが,女子高校生が乗っていた.彼女は学校のあるバス停で降りたが,前方の入り口から降りていった.乗り込んでくる乗客はなかったが,どうして決まりを守れないのだろうか?と眉をひそめかけた.

しかし彼女は運転手に小さな声で,「謝謝」と言って降りていったのだ.

日本では子供達がバスを下車する際に「ありがとうございます」と運転手に声をかける光景はよく目にする.しかし中国では,初めての経験だった.大げさかもしれないが,私にとっては小さな感動だった.この日は一日爽やかな気持ちが継続した.

中国に来た当初,買い物をしておつりを貰った時にいつもの習慣で「謝謝」と言うといぶかしげな顔で見られる.知人にちょっと親切にしてもらった時に,「謝謝」と言うと水臭いと叱られる.
そんなことを繰り返している内に,「ありがとう」と言う言葉を忘れかけていた.

当然「ありがとう」と言う言葉は,自分が嬉しいから発する.そしてその嬉しさは「ありがとう」と言う言葉を発することによりより確かになる.「ありがとう」と言われた人も嬉しくなる.

件の運転手は,「謝謝」と言われて優しい気持ちになったのだろう.その後の運転は明らかに優しくなっていた.彼女の一言は,そのバスに乗り合わせた乗客全員にも,ありがたいことだったわけだ.

ただ横で見ていた私も,一日気持ちが晴れやかだった.ありがたいことだ.
「ありがとう」は伝染するのだ.

「ありがとう」を漢字で書けば「有難う」となる.「難が有る」という意味だ.困難や難しいことに直面した時は,まず「ありがとう」と言う.なぜなら成長のチャンスが来たからだ.

これを聞いた仲間は,困難に負けない貴方の強い精神に感動する.
困難な時にリーダが暗い顔をすれば,メンバーも暗くなる.明るい顔で「ありがとう」と言えば,部下の気持ちも明るくなる.その明るさが,困難な道を進むための灯りになるのだ.

今日から貴方の会社では「ありがとう」を公用語にしてはどうだろうか.


このコラムは、2010年11月22日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第180号に掲載した記事です。

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景気と改善コンサルの仕事

 私は現場改善の仕事をしている.お客様の工場に出かけ,生産性や品質の改善を現場で進める仕事だ.

面白いことに,景気が悪くなると改善コンサルの仕事が増え,景気が回復すると改善コンサルの仕事は減る.08年11月から徐々に仕事が増え,09年はかなり忙しかった.しかし09年の11月頃から,仕事が減ってきている.

お客様の工場は,受注が増え改善どころではなくなってきた,ということなのだろう.それはそれでめでたいことなのだが,忙しさに負けて改善を後回しにすると後で苦労することになる.
今は作業員が足りていない状況だ.徹底的に改善をし,少人数でも生産できる体制を構築する必要が有る.

最近は改善コンサルの仕事は減っているが,社内研修の仕事が増えている.最近発生した,フォックスコンの連続自殺事件や,自動車部品メーカでのストライキの影響なのだろうか.お客様が,従業員の教育に力を入れ始めているのを,肌で感じる.

改善も従業員教育も,重要な仕事である.しかし一刻を争う仕事ではない,「重要だが急ぎではない仕事」だ.こういう仕事は往々にして,後回しになる.「重要だが急ぎではない仕事」は計画を立て,計画に従って進めるのが良い.
計画なしにいつかやろうと考えていると,時機を逸してしまうことがまま有る.


このコラムは、2010年7月19日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第162号に掲載した記事に加筆修正しました。

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今月のレジ係明星

 近所の外資系スーパーマーケットの売り場に,「今月のレジ係明星」という掲示板がある.明星というのは,スターという意味だ.優秀レジ係ベストスリーを,写真入りで掲示してある

優秀レジ係の判定基準は,レジに打ち込んだ(バーコードをスキャンするだけだが)点数,間違って打ち込んだ点数で計算する様になっていた.

早くレジ処理が出来れば,お客様がレジで待たされる時間も短くなり,顧客満足につながるだろう.(正確に言えば顧客不満足の解消であり,顧客満足ではない)
そしてレジ係明星に選ばれたいという意欲を,レジ職員が持つという効果も期待出来る.

レジに打ち込む点数を上げるためには,早く処理をする,またはレジに立つ時間を長くする事で達成出来る.
後者によって点数を上げようと考えている職員は,皆無の様だ(笑)食事時は,お客様が長蛇の列を作っていても,誰も空いているレジに立とうとはしない.

レジ処理を早くする方は,それなりに取り組んでいる.商品をスキャンし易い様に,商品を入れたかごを垂直に立てる.確かにこの方が早く商品を取り出せる.しかし中に卵などが入っていると,割れてしまわないかとこちらがハラハラすることになる.

レジの打ち間違いに関しては,自分で修正出来ないので,レジ主任を呼んで修正してもらうことになる.その間入力処理が出来ないので,ダブルで損失となる.従ってスキャンし終わった商品を,買うのを止めたなどと言うと,不機嫌な顔でサービスカウンターで返品処理をしろと言って来る.

残念ながら,この活動は顧客満足に直結しているとはいい難い.

スーパーマーケットでは,接客サービスが出来るのは唯一レジ係である.そういう意味では,顧客満足に直結した評価もすべきだろう.

私は,レジ係明星の作業が,他のレジ係の作業とどのような差異があるのか興味があり,レジ係明星の列に並んでみた.

作業方法に特段の差異は発見出来なかったが,意外な事にレジ係明星のおばさんは,お客に結構話しかけているのだ.作業の手を止めておしゃべりをしている訳ではないが,私が買ったペットボトル入りの飲料を見て,これは「当り」が出るともう一本貰えるから,キャップをよく見てね,と話しかけてきた.何でもない一言を言える人が,接客の仕事に向いているのだろう.以降,私はレジに並ぶ時にこのおばさんを探している(笑)

他の中国人たちも,私と同じ様な気持ちで,このおばさんの列に並んでいるのだろうか?
真相は定かではないが,経営者はただレジ係明星を決めるだけではなく,なぜ彼女の成績が良いのかを研究すべきだ.それを他の職員も出来る様にすれば,業績も上がるだろう.


このコラムは、2012年12月24日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第289号に掲載した記事です。

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鴻海も苦戦、集まらぬ中国の労働者 若者定着せず

 中国の製造現場で労働者の確保が一段と厳しさを増している。多くの工場が深刻な人手不足に直面し、人件費は右肩上がりで上昇を続ける。安価な労働力を強みに「世界の工場」と呼ばれた中国の変調。世界最大のEMS(電子機器の受託製造サービス)会社、台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業も直撃している。

 大型工場が集まる中国南部の深セン市(広東省)郊外にひときわ巨大な工場がある。米アップルから携帯電話や部品の製造を受託する鴻海の中国子会社、富士康科技集団(フォックスコン)本部だ。

■閑散とする募集窓口

 12月初旬、同工場の南門にある従業員募集窓口は閑散としていた。並んでいたのは若い男女30人。警備員は「2~3年前は300人以上いたのに」と首をひねる。

 中国国内の従業員は130万人。深セン工場だけで30万人が働く。中国全土の農村から従業員を集め、安価で豊富な労働力を売り物に急成長した。同社の輸出総額は中国全体の約6%を占める。だが、この成長方程式は暗礁に乗り上げている。

 「いつも人手不足だ」。鴻海幹部は打ち明ける。採用担当者は中国各地を行脚し、地方政府や専門学校で採用活動を連日続ける。2012年の基本給は2200元(約2万9000円)と5年前の4倍近いが、労働者は集まらない。トップの郭台銘氏が「100万台のロボットを導入して人間と置き換える」と語るほど深刻だ。

なぜ従業員が足りないのか。「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者の数が不足しているのではない。11年の出稼ぎ総数は2億5300万人。08年より3000万人弱多い。変わったのは農民工の意識だ。

 清華大学の調査によると、1960~70年代生まれの農民工の1社での平均勤続期間は4.2年間だった。だが80年代生まれは1.5年間、90年代生まれは0.9年間だ。鴻海の人事担当者は「若い農民工ほどきつい労働に我慢できない」と分析する。

 同社の深セン工場、四川省成都の工場などで今年に入り、衝突が相次ぎ発生した。多くは警備員が従業員に注意したことがきっかけだ。若い労働者は豊かになりかけた時代に生まれ、甘やかされて育った。出稼ぎに出ても実家に仕送りはしない。短期間の仕事で稼いだ賃金で食いつなぎ、蓄えがなくなったら再び就職する若者が増えている。

 移り気な労働者をつなぎ留めるため給与は右肩上がりで上昇する。日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、深セン市の基本給はベトナムの3倍近い。ミャンマーと比べると約5倍だ。

 ■アディダスなど工場閉鎖

 この30年あまりの中国の成長を支えた賃金の相対的な安さは薄れ、世界の製造業は中国での生産見直しに動き始めている。米ナイキは09年に中国の自社工場を閉鎖し、アディダスも今年10月に追随した。

 中国は所得向上やネットの普及で労働者の権利意識が高まる一方、所得格差は拡大した。中国共産党は労働者の不満緩和を狙って所得倍増を打ち出し、これが激しい賃上げ要求につながる。安い労働力に頼った成長モデルは限界が近づいている。

(日本経済新聞より)

 中国では,今ちょうど新卒大学生の就職活動が盛んな時期だ.TVの報道を見ると,大学生の就職先には金融業界が人気の様だ.インタビューを受けた学生は,金融業界志望の理由に「安定」を挙げていた.

出稼ぎ民工に,金融機関に就職の道が開かれているとは思えないが,製造業で働く若者は減っている.東莞市にある人材市場では,三次産業の求人が全体の半分を超えたと言う記事を昨年読んだ.

このメルマガでは何度も,中国は既にローコスト生産国ではないと申し上げて来た.人海戦術によるモノ造りをしようにも,作業員が集まらない.

中国全体が豊かになりつつある.沿岸部と内陸部の格差が問題になっているが,成長率と言う切り口で見れば,ここ数年は内陸部の方が豊かになったと言う実感が高いのではなかろうか?

既に出稼ぎ民工は,マズローの欲求5段階で言う所の,生存欲求と安定欲求をクリアしており,その上の欲求が顕在化していると思われる.「苦役」に耐え,自己を犠牲にしてでも,田舎の家族の生活を支えなければならない若者は激減してしまっただろう.

今の若者が「きつい労働に我慢出来ない」のではなく「きつい労働に我慢する必要がなくなった」と理解した方が良さそうだ.

日本では,「女工哀史」「集団就職」の世界から,徐々に発展し「新人類」と呼ばれる若者が登場した.中国では,この歴史をたった10年で到達してしまった.短期間に激変しているが,我々は日本で既に経験して来たことだ.

「きつい仕事」だから若者が永く働かないのではなく,仕事を通した自己成長を実感出来ないので,働きがいが湧かない.こう考えれば,まだ打つ手はあると考えている.

日本の若者には,清掃員と言う仕事は人気がないはずだ.
しかしディズニーランドに集まる学生アルバイトには,カストーディアル(清掃係)が一番人気の職種だと聞いた.カストーディアルと言う名前であっても,清掃員であることには変わりはない.ここに若者の労働意欲を引き出す秘訣がありそうだ.


このコラムは、2012年12月10日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第287号に掲載した記事に加筆修正しました。

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続・相違点より共通点に着目

 先週のコラムに読者様からメッセージをいただいた.

※L様のメッセージ
林先生
 先生のメルマガを購読して、既に3年も超えました。
いつも中国企業に関する経営管理の考え方と手法を日本人の目で斬新な視点を紹介していただき、大変勉強になっております。
今回のメルマガで、「相違点より共通点に着目」というテーマは、大変同感しております。相違点を強調しすぎる協和的に物事を進めていけなくなり、共通点を求めることで不可能なことでも可能になると考えております。中国は、協和社会作りにちからを入れておりますが、中日関係も協和関係を作れるように、両国の国民の共通点を探し、また、相違点を共通点に変化していく方法も研究することも願いたいです。

メルマガ創刊当時からご愛読いただいている読者様からのメッセージだ.
こういうメッセージをいただくと,毎週コツコツとメルマガを配信して来て良かったと痛感する.本当に嬉しい.

本当のことを白状すると,私も以前は「相違点派」だった(笑)
前職の頃,中国にある4社の協力工場を指導していた.当時は表面的なことしか目に見えず,日中の違いを考慮して,指導すべきだと考えていた.

日本的な考え方を指導しても,理解出来ないだろうと言う思いがあり,仕組みで間違いなく,効率よく生産出来る様にすることに力を入れていた.当時は,中国人と日本人の考え方の違いを解説した本を読みあさったモノだ.

独立した後,どうすれば人が働く意欲を持つか,と言うことを考える様になった.日本の会社では,そういうことを考えなくても仕事はできた.会社には人事部門があり,彼らが制度や施策を下ろしてくれる.自分は,それを自部署にどう展開するかだけを考えれば良かった.
しかし一人になると,自分で全て考えなければならない.中国で工場を経営している人たちと,毎月勉強会をする様になった.

人が働く意欲を持てば,仕事が楽しくなるはずであり,仕事が楽しければ,幸せになるはずだ.幸せな従業員が集まった会社は,業績も良くなる,という単純な信念で,ずっと考えて来た.

今の所たどり着いたのは「共通点をマネジメントする」と言う方法論だ.

人の魂は,何人であろうと「幸せになりたい」と言う意欲を持っているはずだ.幸せになるためには成長しなければならない.成長のための努力は喜んで取り組むはずだ.努力した結果「幸福」と言う最高のインセンティブが得られる.この「成長意欲」を求心力として,組織をマネジメントすれば,意欲の高い組織になるだろう.

「報酬と罰」で動機付けられる組織は,人が生き生きと働く環境にはなり難いと考えている.


このコラムは、2012年11月26日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第285号に掲載した記事に加筆したものです。

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整理とは

 先週お客様の工場で,5Sの指導をしていて気が付いたことがある.
5Sの「整理」とは本来,要るモノと要らないモノを区別し,要らないモノを捨てることだ.その結果,要るモノだけがある職場となる.
要るモノだけがある職場を実現するのが整理の目的だと考えれば,必要なモノが無ければ,準備することも「整理」と言える.

先週訪問した工場は,現在生産を立ち上げようとしている段階であり,まだ不要なモノが散見される状態ではない.むしろ必要なモノが足りていない状況だった.

例えば,会議室にゴミ箱が無かった.
たかがゴミ箱だが,もう少し考えると,会議室に使用済みの会議資料を回収する箱を用意する,と言うアイディアが浮かぶ.これで回収箱に裏紙が自動的に集まる.更に考えれば,本当に会議資料を配付すべきかどうかにまで考えが至る.

こう考えることが「改善」であり.5Sの進化だ.


このコラムは、2012年12月10日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第287号に掲載した記事に加筆修正しました。

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イノベーション

 洗濯物を自動的にたたむ。しかも誰の洗濯物か見え分けて仕分けをする。夢の様な家電製品だ。セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズが開発した製品ランドロイドだ。ランドリィ+アンドロイド(スマホの事ではなく人造人間の意味)と言うネーミングも科学少年のまま大人になってしまった人間のココロを鷲掴みにする(笑)社名からして素敵だ。「七人の夢想家研究室」私の年代なら
TVドラマ「七人の侍」を想起するだろう。若い人ならばアニメ「ワンピース」を思い起こすかも知れない。

しかし、価格を聞いて一気に高揚は冷めた(笑)1台185万円から、上位機種は250万円ほどすると言う。既に予約が開始されているが、一般家庭に普及するためには、もう暫くかかるだろう。洗濯もたらいから、電気洗濯機、一槽式と進化し、乾燥まで自動化した。家事労働の軽減に大きく貢献している。ランドロイドも同じ様な(価格面での)進化を期待したい。

セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの坂根社長は、商品開発に対してこう言っている。

「技術の先にイノベーションがあるのではなく、ニーズの先にイノベーションがある。だから手持ちの技術にこだわるのではなく、まずは適切なテーマ設定を行って、それを実現するための技術開発を行うことが重要だと考えた。」

CNET Japan」から引用

「洗濯物折りたたみ機「Landroid」が誕生するまで–社長が明かす紆余曲折の12年」

技術がなければ、イノベーションは起こせない。この事実が重すぎるために我々は、技術オリエントでイノベーションを考えてしまう。
「我々の加工技術で新製品を考えてみよう」
「この高機能素材の特性を応用した新製品を考えてみよう」
しばしばこのようなアプローチで新製品の開発を考えてしまう。

イノベーションが起きるのは、社会の要求(ニーズ)を満たす事が出来る技術(シーズ)を開発できた時だ。

ランドロイドは、家事労働軽減と言うニーズオリエントで開発された製品だ。
ランドロイドに使われている技術は、洗濯物を畳む「メカトロニクス」、洗濯物を認識する「画像処理技術」、どのようにたたむか判断する「AI技術」だ。

元々セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズのコア技術は「高機能複合素材」であり、それを活用した医療機器、ゴルフシャフトなどを開発している。技術オリエントで商品を考えれば、ランドロイドの開発はなかっただろう。

常識的なアプローチならば、現有顧客のニーズを深堀して、必要な技術を開発、製品を実現する、と言う手順になるだろう。このアプローチならば顧客ニーズの理解、販路構築のリスクを小さく出来る。

ゴルフシャフトは、既存技術を応用して、新規市場を開拓した。

今回のランドロイドは定石を破り、新規市場に新規技術で製品開発を行った。現有製品からの利益が十分にある。パナソニック、大和ハウス大和ハウスとの提携。これらが定石破りのリスクを軽減しているのだろう。「家庭用洗濯物自動折り畳み機」と言う新しい市場が出来上がるのか、期待して注視したい。

【編集後記】
残念ながらセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズは2019年4月に倒産している。
夢の洗濯機ランドロイドの新規技術開発が予想以上に難航したようだ。いきなり新規市場・新規技術を目指すべきではないという定石は生きているようだ。


このコラムは、2017年6月12日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第532号に掲載した記事です。

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職業人としての誇り

 先週のニュースからに読者様からコメントをいただいた.

※Z様のコメント
こんばんわ、198号は読んでいて目頭が熱くなりました。

僕的な解釈であれば、無理をするのは「滅私奉公」「国のため」「会社のため」ではなく、職業人としての使命感だと思います。とても被災地、それも原発などの危険な場所へ乗り込みを、日本人であっても「国のため」・・・とは解釈できません。
そうすると林さんのおっしゃられる「活私奉公」は、中国人に限ったことではないと思います。

違うとすれば、日本人と中国人とで、潜在的な気持ちがどこまで顕在化されるかの違いかと思います。

実は先週のコラムは,私自身が目頭を押さえながら書いた.

定年前の電力会社社員が,静かに「未来の原子力発電のために行く」と語って福島原発に出かけるのは,「職業人としての誇り」を置いては説明できないと私も思っている.

疲労の極限を越えて,被災地で活動をしている自衛官,消防庁員,警察官,全ての人々が「職業人としての誇り」を賭けて,戦っている.

その「職業人としての誇り」とは,仕事を通して成長し自己実現を果たそうとしている人だけが持てるモノだ.
仕事を通して成長する.仕事を通して自己実現することが「活私」だ.自分を活かす事で,会社や社会に貢献することを「活私奉公」と名付けた.

幕末から戦後まで,日本は「滅私奉公」の人々に支えられてきた.しかし今の日本で「滅私奉公」と言って納得する人は少ないだろう.

ボランティアとして被災地に向かう人々も「滅私奉公」ではないと思う.彼らを動かすのは,職業人としての誇りではないかもしれない.しかし,止むに止まれぬ情熱を突き動かすのは「日本人としての誇り」であり,日本人として自己実現を果たそうという「活私」だ.

「他人の役に立ちたい」と渇望すること自体が人間としての「活私」であり,その行動が結果として「活私奉公」になっていると考えている.

では,中国人の他人を思いやる力は,潜在的なものなのだろうか?

私の観察によると,彼らの「他人の役に立ちたい」という思いが我々よそ者に向けられないだけだ.しかしそれは,我々が「よそ者」であり続けるところに問題が有るのだ.
中国人を変えようと思っても変わらない.我々が変わらなければならない.

Z様はご自身のメールマガジンで仙台に一人娘を留学させている父親からの手紙を紹介しておられる.
父親は一人娘を心配していたが,彼女は周りの被災者から一人ぼっちでは心細いだろうと,特別の配慮を受けている.彼ら父娘にとって,被災地の人々は「よそ者」ではなくなったはずだ.

「中国人従業員がどうしたら一生懸命働いてくれるか」と考えるのではなく,「どうしたら中国人従業員が幸せになれるのか」を経営者は考えなくてはならない.

「リストラなしの『年輪経営』」塚越寛著


このコラムは、2011年4月4日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第199号に掲載した記事です。

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直径30μmの針

 偶然河野製作所と言う会社を知った。前身は時計の針を加工する下請け工場だった。今は世界最小の手術針を生産するメーカだ。その手術針は、直径が30μmしかない。血管やリンパ管を縫合する時に使うそうだ。
製品を開発した頃は、そのような極小手術針の需要は殆どなかった。医者が、直径0.5mmの血管や0.3mmのリンパ管の縫合が出来るとは思っていなかったからだ。モノ造りのテクノロジーが、医療の技術も変えてしまったと言う事だ。

ここまで細くしてしまっては、縫合糸を針に通す穴をどう明けるのだろうかと疑問に思った。縫い針などは、先に穴を明けておき引っ張って細くしているのだろう。しかし直径30μmでは、引っ張って細くしているのではなく研削で細くするはずだ。例えば20μmの穴を明けると、片側5μmしか残らない。
実は、針に穴は空いていない。スリ割りが有りそこに糸の先端を挟むそうだ。

50μmの手術針を生産していた頃は、ベテランの職人が細心の注意を払って生産しても歩留まりは10%程度しかなかったそうだ。独自に治工具や設備を作り、今では普通の作業者でも98%の歩留まりで生産出来るそうだ。

日本のモノ造りのすごさは、職人の匠の技に支えられている所が有る。しかし属人的な匠の技に依存していると、モノ造りは継続出来ない。手で触った感触や、加工中の音で仕上がり具合を判断する。職人がこのような感覚を失ってしまったら最高のモノ造りは出来ない。こういう匠の技は伝承しなければならないが、多くの人に引き継ぐのはほぼ不可能だろう。職人の感触をデータ化する。データ化すれば、設備に落とし込む事が可能になる。

有る日系メーカでは、多岐に渡る製品群を顧客要求納期に合わせて生産するために、類似機種の半完成品を追加工して別機種に仕上げると言う「擦り合わせ」を日常的にやっていた。これは日本人赴任者の力量に依存した作業だ。これをそのまま放置してしまえば、赴任者の帰任後大混乱する。中国人リーダが同じ様にやろうとして、失敗してしまう。擦り合わせのノウハウ(暗黙智)をマニュアル(形式智)に落とし込まねばならない。

匠の技も擦り合わせの技術も暗黙智を形式智に置き換えておく事が重要だ。
形式智化により、生産を継続する事が出来る。更に重要なのは、暗黙智を伝承しておく事だ。難しいが、これが出来れば、生産の継続だけではなく、より高度な製品の生産も同様に形式智化が出来るはずだ。


このコラムは、2017年5月29日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第530号に掲載した記事です。

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医療過誤

 「CT報告「がん疑い」、担当医見落とす 千葉大2人死亡」
朝日新聞デジタルの記事だ。

記事によると、千葉大学病院で診察を受けた30~80代の男女9人の患者が、CT検査画像診断の報告内容を医師が見落とすなどしたため、がんの診断が最大約4年遅れ、4人の治療に影響があり、2人が腎臓や肺のがんで死亡した。

70代男性は皮膚がんの疑いで画像検査を受け、放射線診断の専門医が画像診断報告書で肺がんの疑いを指摘したが、担当医は報告書を十分確認しなかった。この患者は翌年肺がんで亡くなっている。
60代女性は腸の病気の経過観察でCTの画像診断を受け、報告書で腎がんが疑われると指摘されたが、担当医が十分確認していなかった。4年後CT画像で腎がんが確認され、その年の12月に亡くなった。

こういう事例を医療過誤というのかどうかはわからない。しかし適切に対応していれば命は救えたかもしれない。

私は医療に関しては素人であるが、TVドラマで手術前に多くの医師が集まり、カンファレンスを開き術式について議論するのを見たことがある。今回の事例を見ると、専門外の医師との交流が希薄の様に思える。医療の高度化に伴い、専門分野が狭くなるのはやむを得ないだろう。だからこそ専門医同士の意見交換がより必要だと思える。

私たち製造業では、製品化の各プロセスにウォークスルーやレビューがある。ここで、営業、設計、品証、生産技術、購買、製造の専門家が集まりそれぞれの立場で知恵を出し合い製品の完成度を上げる。

患者の生死に関わる様な重大事ではないが、製品化プロセスの手戻りは経営的ダメージを与える可能性がある。重大な問題点を見逃して製品を出荷すれば、リコールが発生する事もありうるだろう。

各プロセスでのチェック機能は、この様なリスクを防ぐだけではなく、若手の育成にも役にたつ。私自身も若手の頃、開発会議に出席し議事録を取る役割を仰せつかった。当時は自分で設計することはなかった。仕事の大半は、先輩が考案した新規回路方式の動作確認や、試作品の評価試験だ。しかしこの開発会議の議事録を取ることで、設計の擬似体験になっていた。

職位が上がれば設計審査ばかりでなく、生産準備会議や、量産試作会議にも出席することになり経験智は商品化プロセス全体に広がる。

自社で行われているウォークスルーやレビューが形式的になっていないか確認して見る必要があるだろう。例えば他部門主催のレビューに経験値の低い若手だけを参加させていないか?レビューの項目が十分であるか?見直すべきことは多いはずだ。

この事例を対岸の火事と見るか、他山の石と考えるかで雲泥の差が出る。


このコラムは、2018年6月13日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第679号に掲載した記事です。

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