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世渡りは口先と見た目

yuē:“yǒuzhùtuó(1)zhīnìng(2)éryǒusòngzhāo(3)zhīměinánmiǎnjīnzhīshì。”

《论语》雍也第六-14

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(1)祝鮀:衛の大夫。名は鮀、あざなは子魚。祝は、宗廟の祭祀の官。霊公に仕え、雄弁であったといわれている。
(2)佞:弁舌がたくみである。「おもねる」の意ではない。
(3)宋朝:宋の公子、名はちょう。美男子であったという。

素読文:

いわく、しゅくねいらずして、そうちょうるは、かたいかないままぬかれんこと。

解釈:

孔子曰く:“祝鮀の様に弁が立ち、宋朝の様に美男でないとこの世には務まらないらしい”
孔子は、口先のうまい者、見た目が良い者でなければ治世は務まらないと嘆いたのでしょう。
いつの世も「本質」は評価されずとも、世の中を渡っていける人がいる様です。

継続努力

rǎnqiúyuē:“fēiyuèzhīdàoyuē:“zhězhōngdàoérfèijīnhuà。”

《论语》雍也第六-12

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素読文:

ぜんきゅういわく:“みちよろこばざるにあらず。ちからたらざるなり。”
いわく:“ちかららざるものは、中道ちゅうどうにしてはいす。いまなんじかぎれり。”

解釈:
ぜんきゅういわく:“孔子の説かれる道に心をひかれないのではありません。ただ、私の理解力が足りないのです。”
孔子曰く“力が足りない者は、途中で諦めてしまう。今のお前はそれだ。”

論語の中には何度素読しても理解できない節があります。途中で諦めずに努力継続せよ、と言う教えと理解しました。

賢なるかな顔回

yuē:“xiánzāihuídānshí(1)piáo(2)yǐnzàilòuxiàng(3)rénkānyōuhuígǎixiánzāihuí。”

《论语》雍也篇第六-9

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(1)一箪食:一杯の飯
(2)一瓢:一碗の汁
(3)陋巷:狭い路地裏

素読文:
いわく、けんなるかなかいや。一簞いったんいっぴょういん陋巷ろうこうり。ひとうれいにえず。かいたのしみをあらためず。けんなるかなかいや。

解釈:
孔子は回(顔回)を賢者と讃えています。一膳飯に一杯酒で、粗末な住居に生活していれば、普通の人ならば落ち込んでしまうところ、回は生活苦は気にせず、ただ道を極めることを楽しみ、道にひたりきっている。

顔回は孔子が最も愛した弟子と言われています。31歳年少の最愛の弟子に先立たれ、悲嘆に暮れたことでしょう

仲弓よ騂牛たれ

wèizhònggōng(1)yuē:“niú(2)zhīxīng(3)qiějiǎosuīyòngshānchuānshě(2)zhū。”

《论语》雍也第六-6

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(1)仲弓:姓はぜん。名はよう仲弓はあざな
(2)犁牛:農耕用の牛。黒と黄色のまだら模様。
(3)骍:生贄にする牛。赤い毛色。

素読文:

仲弓ちゅうきゅういていわく:“ぎゅうも、あかくしてつのあらば、もちうることなからんとほっすといえども、山川さんせんこれてんや。”

解釈:
孔子は仲弓についてこう言われた:“農耕用の牛の子であっても、赤くて角があれば、神に供える牛として使うことができよう。”

あからさまに言えば、家柄の良くない仲弓であっても能力さえあれば、それなりの地位につけるだろう。という意味でしょうか。孔子の時代には「実力」より「血筋」が優先されていたのでしょう。
あるいは孔子は、何かにつけ自分の家筋を気にして消極的な態度を取る仲弓の背中を押そうとしたのでしょうか。

仲弓南面せよ

yuē:“yōng(1)使shǐnánmiàn(2)。”

《论语》雍也第六-1

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(1)雍:姓はぜん、名はようあざな仲弓ちゅうきゅう
(2)南面:君主に位に就く事。

素読文:
いわく:“よう南面なんめんせしむべし。”

解釈:

孔子曰く:“雍は君主の風格がある。君主の位に就くことができよう。”

賢者・孔子は国を治めることはありませんでした。仲弓に期待していた様です。

孔子が最も愛した弟子

āigōng(1)wèn:“shúwéihàoxué?”
kǒngduìyuē:“yǒuyánhuízhěhàoxuéqiānèrguòxìngduǎnmìngjīnwèiwénhàoxuézhě

《论语》雍也第六-3

(1)哀公:魯の国の君主。

素読文:
哀公あいこうう、弟子ていしたれがくこのむとす。
こうこたえていわく、顔回がんかいなるものりて、がくこのみたり。いかりをうつさず、あやまちをふたたびせず。こう短命たんめいにしてせり。いますなわし。いまがくこのものかざるなり。

解釈:
哀公が孔子に尋ねた:“弟子の中で誰が最も学問を愛しているかね?”
孔子は答えて曰く:“顔回という弟子が学問を好みました。怒りを遷さず、過ちを繰り返さない賢者です。しかし不幸にして短命でこの世をさりました。いまだ顔回ほど学問を好むものを知りません”

この節でも、顔回に先立たれた孔子の悲しみがじわっと伝わってきます。

回や其庶からんか
三月仁に違わず
賢なるかな回也
一を聞いて十を知る

好きは上手、楽しむは最強

yuē:“zhīzhīzhěhàozhīzhěhàozhīzhězhīzhě。”

《论语》雍也第六-20

素読文:
いわく:“これものこれこのものかず。これこのものこれたのしむものかず。”

解釈:
之れを知る者は之れを好む者に及ばず、之れを好む者は之れを楽しむ者に及ばない。

「之れ」とは何か「学問」とか「音曲」などが思い浮かびますが、「真理」とか「原理」と解釈すると、孔子の言葉に深みが増します。

以って尓の近隣に与えよ

yuán(1)wéizhīzǎi(2)zhījiǔbǎi(3)yuē:“(4)ěrlínxiāngdǎng(5)。”

《论语》雍也第六-5

(1)原思:孔子の弟子。姓は原、名は憲、あざなは子思。
(2)宰:代官。孔子が魯の司寇となった時、子思を代官に任命している。
(3)九百:単位はないが、孔安国(孔子の子孫)は九百斗と解釈している。
(4)毋:〜することなかれ。
(5)邻里乡党:集落の単位。隣近所という意味で使っている。5家で『邻』、25家で『里』、12500家で『乡』500家で『党』。

素読文:
げんこれさいたり。これぞく九百きゅうひゃくを与う。す。子曰わく:“なかれ。もっなんじりんきょうとうに与えんか。”

解釈:
原思を代官に任命した孔子は900斗の俸禄を与えた。原思は多すぎると辞退する。孔子曰く:“遠慮することはない。余れば隣人に分け与えれば良い”

前節(雍也第六-4)で孔子は、“君子は急なるを周いて富めるに継ず”と褒賞を与える側に注意を与えています。本節では俸禄を受け取る側の心得を説いています。

君子は急なるを周いて富めるに継ず

huá(1)使shǐrǎn(2)wéiqǐng(3)
yuē:“zhī(4)。”qǐngyuē:“zhī(5)。”rǎnzhībǐng(6)
yuē:“chìzhīshìchéngféiqīngqiú(7)wénzhījūnzhōu(7)。”

《论语》雍也第六-4

(1)子华:孔子の弟子。姓は公西こうせい、名はせきあざなは子華。
(2)冉子:孔子の門人。姓はぜん、名はきゅうあざなゆう
(3)粟:留守中の手当ての米。
(4)釜:量詞。六斗四升。
(5)庾:量詞。十六斗。
(6)秉:量詞。十六斛。一斛は十升。
(7)周:救済する。
(7)轻裘:軽くて温かい革の衣服

素読文:
子華しかせい使つかいす。ぜんその母のためぞくう。
わく:“これあたえよ。”さんことをう。わく:“ これを与えよ。”ぜんこれぞくへいあたう。
わく:“せきせいくや、肥馬ひばに乗り、けいきゅうる。われこれを聞く。君子はきゅうなるをすくいてめるにがず。

解釈:
子華が孔子の使いで斉に行った。冉有は子華の母親のために米を与えるよう孔子に求めた。孔子は「六斗四升ほどやっておこう」と言ったが冉有はもう少し多めにと求めたので、十六斗与えることにした。しかし冉有は八十斗与えた。
それを知った孔子は「子華は斉に出かけるのに、肥えた馬に乗り、軽裘を着て行った。貧しい者を助けるのは意味があるが、富める者に援助することはない、と言うではないか。」と冉有を叱った。

肥馬と軽裘は裕福な家の象徴なのでしょう。

博文約礼

yuē:“jūnxuéwényuē(1)zhīpàn(2)(3)。”

《论语》雍也第六-27

(1)约:学んだことを集約し応用する。
(2)畔:「叛」に同じ。背く。
(3)矣夫:感嘆語気

素読文:
子曰わく:“君子はひろぶんを学び、これやくするにれいもってせば、またもっそむかざるべきか。”

解釈:
子曰く:“君子たるもの多くの書籍に学び、学んだことを礼に従って実践する。そうすれば学問の道を外れることはないだろう”

《論語》為政第二-15で、孔子は「学びて思わざれば則ち罔し」と言っている。この「思う」は本章の「約する」に通じるものがあると思う。どちらも学んだことを実践できる形に変えることだと解釈している。