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続・教育・訓練はムダか?

 先週のコラム「教育・訓練はムダか?」について、読者様からメッセージをいただいた。

※YY様のコメント

いつも楽しみに拝読させて頂いております。

教育についての考え方、大きく共感致します。
自身が描いている教育体制とビンゴで一致しちゃっています。

但し、なかなか推し進められないのですが。
どうしても、トップの教育に対する考え方がそちらに向いてないと、自身がどれだけ頑張っても、半分空回りとなってしまうのです。

まぁ、それでも半分は実績としてあがるので何とか頑張れるわけで、それがなければ、とっくの昔に投げ出していたのだと思います。
従いまして、この教育に対する考え方は、素晴らしいと思ってます。

今後とも、素晴らしい内容を楽しみにしております。

大変ありがたいコメントいただき、私のモチベーションはグンと上がりました。
おだてられて木に登っている河童を想像していただければ良いと思います。

会社の業績を上げるために、従業員の育成をする。と言う考え方は、まだ「私利私欲」の域を抜け切れていないと思う。会社を「公利公益」で経営している経営者であったも、それを理解できない従業員もいる。

従業員の成長のために会社を経営する。
その結果会社は業績を上げ、社会に貢献することが出来る。
とホンキで考えている経営者の姿勢は、成長意欲の高い従業員の求心力を強めることが出来るだろう。

そういう意味でYY様がおっしゃる
“トップの教育に対する考え方がそちらに向いてないと、自身がどれだけ頑張っても、半分空回りとなってしまうのです”と言うことが発生する。

経営者の言動だけではなく、会社の評価制度、処遇などの仕組みや仕掛けが、その考えを具現化したモノになっていなければならない。

こちらの経営者は、従業員の幸せのためには会社は急激に成長すべきではないと考えておられる。
リストラなしの「年輪経営」:塚越寛著

この会社は「会社は従業員を幸せにするためにある」と言う考え方で48年間増収増益を続けている。


このコラムは、2012年3月5日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第247号に掲載した記事を加筆修正したものです。

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教育・訓練はムダか?

 新入社員に教育・訓練をする。職場異動者に教育・訓練をする。昇格者に教育・訓練をする。経営者にとって従業員への教育・訓練は必須のモノだ。
しかし同時に、せっかく教えても辞めてしまう、と言う悩みを持っている経営者も多いと思う。

教育・訓練がムダだと思っている経営者はいないだろう。しかし教育・訓練を諦めている経営者はいる。

諦める前に方法を考えよう。
教育・訓練が効率よく行われる方法を考える。
従業員が簡単に辞めない方法を考える。

例えば仕事でExcelを使う職員がいる。
(Excelが使えるかどうか、採用時に確認していると思うが、例として考えていただきたい)

この職員にExcelのマニュアルを渡して、勉強して置けといっても、いつまで経っても仕事が出来るようにはならないだろう。普通は仕事をさせながら上司や先輩が手取り足取り教える。したがって新人が仕事に慣れるまでは、一人当たりの作業効率は半減する。
ここが経営者も上司も、教育・訓練に熱心になれないところだろう。

どんな作業でもExcelの全機能を使うわけではない。
限られた機能しか使わない。その限られた機能を効率よく覚える仕掛けを作ればよいのだ。

例えば報告レポート作成作業を分析する。
製造作業員の作業分析と同じだ。
分解した作業ごとに、必要な操作知識をピックアップする。
これを作業マニュアルとして作成すれば良い。

PC作業の場合、作業マニュアルを作成するのは簡単だ。作業のステップごとに、スクリーンショットで操作画面をコピーしてゆけばよいのだ。

製造作業者には作業マニュアルがあるだから、オフィス作業者にも作業マニュアルを準備してやればよい。これでいちいち手取り足取り教えることはなくなる。

しかしこれだけでは、足りない。
たぶんこうして仕事を教えても、すぐ辞めてしまうだろう。マニュアル仕事だけではつまらないからだ。ここに「せっかく教えても、仕事が出来るようになると辞めてしまう」という経営者の悩みがある。

仕事の全体像(任務)が分かるようにしておく。
その任務を果たすための仕事がどうなっていて、その仕事をするための作業はそれぞれどうすればよいかを明確にしておく。こうしておくことにより、新人作業者が自分で能力を上げて行く様にする。これが出来ない人(向上心がない人)は辞めていってもまったく問題はない。

そしてその先に自分で仕事を定義できるようになれば、もう一段上のステップに上れるはずだ。その第一歩が上述のマニュアル作成だ。

マニュアル作成は上司やリーダの仕事だと思うと、すぐに時間が足りないなど「諦めモード」になる。マニュアルを作るのは作業している本人にやらせる。

人の成長モチベーションは、「仕事に必要な能力>現有能力」の状況で向上する。

「仕事に必要な能力>>現有能力」ではモチベーションが萎える。
「仕事に必要な能力≒現有能力」の時はモチベーションはなかなか上がらない。
「仕事に必要な能力<現有能力」の時はモチベーションの維持が困難。

上司やリーダにマニュアル作成の仕事ばかりをさせるのは、「仕事に必要な能力<現有能力」の仕事ばかりを与えると言うことだ。

一方作業員にとってマニュアル作成の仕事は、「仕事に必要な能力>現有能力」となるはずだ。自分の現有能力より少しだけ高い仕事を与え続ける。それが従業員の成長実感となれば、簡単には辞めないだろう。

経営者や上司が、教育・訓練のためにすべき仕事は、マニュアルを作ることではなく、どうすれば従業員を育成できるか考え、仕組みに落とし込むことだ。

我が師・原田則夫氏は、農村からの出稼ぎ作業員に、コストは固定費と変動費に分かれていることを教え、損益分岐点を教えた。これで彼女が退職後も食堂の経営が出来るようにしてやる。自分の日本語通訳に、秘書業務や会計学を教え、転職させて会社経営者とした。

上司は部下・従業員の生涯の幸せのために、育成をする。
部下・従業員は自分の成長のために仕事をする。
この二つがかみ合えば、強い求心力となるはずだ。


このコラムは、2012年2月27日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第246号に掲載した記事を加筆修正したものです。

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即戦力なんて存在しない

 「即戦力なんて存在しない。だから育てるんだ」スティーブ・ジョブズの言葉だ。

スティーブが創業したピクサーは、ハリウッドでは特異な存在だった様だ。

普通のハリウッド企業は、脚本などのアイディアはお金を出して買う。
必要な人材は、フリーランスで雇用する。
人材は必要な時に、即戦力を買って来ると言う訳だ。
仕事がある時だけに、人材を調達すれば、経営は楽になる。

しかしピクサーは持ち込みのアイディアは使わない。人材は社員として雇用する。
つまり、外のアイディアには金を払わない。その代わり、人財を育てるのに金を使い、内部からアイディアが生まれる様にする。

こういう考え方は、昔の日本企業が持っていた考え方だ。
「家族主義」「人は育てて使う」こういう考え方が、効率優先の短期業績主義経営によって忘れられている。

短期業績主義以外に、従業員の流動性も、中国に於いて日本的経営を難しくする要因となるだろう。折角育てても、すぐに辞めてしまうのでムダだ。人材育成は諦めた、と言う日本人経営者に会った事もある。

しかし、使い捨ての企業に労働者が魅力を感じる事はない。本当の所は、人財育成をしないから人は辞めて行く。即戦力だと思って金で買って来た人材は、すぐに金でよそに買われて行く。

従業員を「人材」(ヒューマンリソース)と考えれば、必要なリソースを金を使って準備をすれば良いと言う考えになるだろう。
しかし本当に使える「人財」はヒューマンキャピタルだ。
人を財産に変えるには、自分たちで磨き上げるしかない。


このコラムは、2013年3月18日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第301号に掲載した記事を加筆修正したものです。

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従業員の成長

 一昔前は、中国人従業員に教育をしてもすぐ辞めてしまうからムダだ、という徒労感を訴える日本人経営者・経営幹部がおられた。中国ばかりではなく東南アジア諸国でも、ローカルスタッフの転職に頭を悩ませていた経営者が多かった。彼らはローカルスタッフを「バナナ」に例えていた。外から見ると黄色をしており我々日本人と同じだ。しかし皮を剥くと中は白色で、欧米人と同様にドライな考え方をしている、と言う意味だ。

今はそういう考えの方は少ないだろう。
昔から、従業員の教育に真剣に取り組んでおられる方も少なからず存知上げている。そういう方々は、「教えても辞めるからムダ?教えないから辞めるんだ」と言われる。

中国工場の責任者となり、従業員の育成が重要との信念で頑張って来られた経営者がおられる。初めの5年間は、見る見る成長して行った。これは教える側にも大いなる達成感がありモチベーションが上がる。しかしここ2,3年は従業員の成長速度が落ちて来ている様に感じる、とおっしゃっている。

この経営者の話を聞いて、自分なりに考えてみた。

最初の5年間は、真っ白な紙に絵を描いた期間だと思う。紙の上は、美しい絵で埋まって行く。この期間の成長は、一目で分かる。しかし、ある程度成長が進むと成長は停まる。いわゆる「S字カーブ」と言う現象だ。次の成長の前に踊り場が来る。

最初の5年間は、比較的簡単な生産上のオペレーションを教えたはずだ。それに習熟して来ると、そのオペレーションを如何に改善するか?と言う段階に入る。学ぶ難易度も上がっている。当然成長速度が落ちたり、教えた事が実践出来ない者も出て来る。

ではこの「踊り場」を越えるまでじっと我慢すれば良いのか?
ほとんどの経営者は、そんな余裕は無いはずだ。一刻も早く従業員を成長させ、更に上の経営を目指したいはずだ。

私はS字カーブの停滞は「知識を能力に変換する時間の停滞」だと考えている。つまり急速に成長した時期の知識は、即応用する事で知識→行動の過程で能力に変換される。しかし与えられた知識を応用するチャンスが無ければ、能力にならないばかりか、早晩忘れてしまう。

例えば我が師匠・原田師は、出稼ぎ作業者出身の文員さんに、コストは固定費と変動費に分かれることを教え、損益分岐点の概念まで教えている。教えただけでは多分彼女は、忘れてしまうだろう。原田師の「会社を辞して故郷に帰った時に食堂の経営くらい出来る様にしてやろう」と言う思いはムダとなる。しかし原田師は、この文員さんに社内の喫茶部の経営を任せて、毎月の損益をグラフに描かせていた。

つまり教えた知識を、仕事上で発揮する機会を作る事が重要だ。
上記の例で言えば、損益を黒字化しようと思えば、売り上げを損益分岐点以上にする。損益分岐点を下げるには固定経費を少なくする。などを仕事を通して体験することにより腑に落ちる。この過程で知識は能力に昇華する。

「従業員の成長が鈍化している」と言う問題に対する私なりの対策は、仕事を通して成長する様に仕向ける事だ。
日常のオペレーションの中には、その様なチャンスは少ないかも知れない。しかし「改善」を課題とすれば、チャンスはいくらでも作れる。QCC活動などがもっとも分かり易い例だろう。

QC七つ道具や統計的手法を教えただけでは活用出来る様にはならない。
定例で開催している品質道場では、演習や宿題により知識が能力となる様に工夫している。しかし日々の仕事の中でそれらを活用する機会を作れば、更に効果は上がる。QCC活動は、その機会を意図的に作る事が出来ると考えている。

今QCCを指導しているお客様では、生産性革新のために加工方法の見直しに取り組んでいるチームがある。彼らには実験計画法を活用してもらう。


このコラムは、2015年5月4日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第422号に掲載した記事に加筆修正したものです。

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現場監督者

 前職時代に、生産依託先工場で生産指導をしていた。中国東莞市に3社生産依托工場があり、新製品の立ち上げや、お客様工場監査のために月1社程度の頻度で出張していた。

直接作業現場に入って指導するので、組長、班長などの現場監督職との交流も沢山あった。そんな中で今でも印象に残っている組長さんがいる。この組長さんの生産ラインで、コピー機用の大型電源の生産することになった。量産試作時に、組長さんと一緒に生産ラインを1工程ずつ見て回った。

ねじ締め作業工程で組長さんに「ねじを一本締め忘れたらどうする?」と質問。彼女は質問には答えず、すぐに小皿を準備して,作業前に必要なねじを小皿に入れ、作業が終わったら小皿のねじに過不足がない事を確認する様に作業員に指導した。

また最終の外観検査の方法が時間がかかり過ぎ,タクト内に終わらず完成品が滞留していた。このまま放置すると、検査漏れが発生し、最悪不良品の流出が起きる。その場で作業手順を変更し、作業員に作業指導してもらった。しかし班長さんの教え方がまずいせいか、中々作業員が理解出来ない。しまいには作業員が泣き出した(苦笑)組長さんに指導を替わってもらい、事なきを得た。

打てば響く、という表現がぴったりの組長さんだった。
彼女がいる限り、我々の生産は大丈夫だと実感した。

しかしここで安心してはいけない。
この優秀な組長さんのクローンをいかに増やすかが、工場にとっての課題だ。

実は東莞の生産委託工場(3社ともに台湾資本)は、私たちが指導した生産ラインにいた監督職、生産技エンジニアは無条件で採用となっていた(笑)
しかしこのような安易な方法ではいけない。自ら現場監督職を鍛える方法を持つべきだ。


このコラムは、2017年4月24日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第525号に掲載した記事に加筆修正したものです。

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スラム街の奇跡

 先週は移動時間に「心のチキンスープ」という本を読んだ。

感動で涙が出るので、涙腺の弱い方は人目のある所で読まない事をお勧めする。

いくつものストーリィがあるが、その内の「スラム街の奇跡」を紹介したい。

米国で社会学の学生がスラム街に暮らす200人の子供たちを調査した。子供たちは皆金銭的にも、家庭環境にも恵まれず、客観的に見て幸せな未来は期待できないという調査結果だった。

25年後にその子供たちの追跡調査を行った。
200人のうち20人は行方が分からず再調査できたのは180人だったが、なんと180人のうち、176人は医師、弁護士など人並み以上の成功を手に入れていた。

不思議に思った社会学者が更に調査をすると、176人はみな子供の頃に同じ教師の教えを受けていた。この教師を捜し出し、どういう指導をしたのか聞いてみた。

その教師は「私は何もしていません。ただあの子たちを愛しただけです」と答えたそうだ。

子供たちが幸せになる事を信じ、愛情を持って指導したのだろう。
子供たちが成功して幸せになると信じて指導をすれば、子供たちはそのとおりに幸せになる。
スラム街に暮らす子供たちだから、努力しても底辺から這い上がれないだろうと思って指導をすれば、子供たちはそのとおりになる。

これをピグマリオン効果という。

教師の期待が、子供たちに伝わり彼らの潜在意識を変える。彼らの潜在意識が彼らの未来を変えたのだろう。彼らの潜在意識が、スラム街に暮らす親の影響を受けていれば、一生スラム街で暮らすことになっていたはずだ。

従業員が悪い事をする、と思っていればそのとおりになる。どうせここまでしか出来ない、と思っていればそのとおりになる。可能性を信じていれば、従業員は成長する。

従業員は経営者の鏡なのだ。


このコラムは、2012年7月2日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第264号に掲載した記事に加筆したものです。

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経営者育成塾

 先週末は東莞和僑会の定例会で、社内で独自の経営者育成塾を開催して中国人経営幹部の育成をしておられる経営者からお話を聞かせていただいた。経営者育成塾を受講した中国人経営幹部も2名参加いただき、受講の感想、自分自身の変化、社内の変化などに付いて語っていただいた。

定例会には、30名ほどの方にご参加いただいた。経営者育成塾の開催ばかりではなく、中国で企業経営するための多くの気付きを得られたと思っている。

本日は、今回の定例会で深く啓発を受けた点に付いてメルマガ読者様とシェアしたい。

経営者育成塾の目的は、ただマネジメント知識を教える事ではない、部課長の目線から経営者目線に上げ、行動変容させる事だ。

例えば、「管理会計」の知識を講義形式で教えても、管理会計を理解する事が出来るだけだ。それだけでは社内に管理会計が定着するとは思えない。経営者育成塾を受講した管理本部長は、受講当時経理部長だった自分は、経営者育成塾の受講により他部門の業務の理解が深まり、業績評価の精度が上がりました、と発言しておられる。

日系企業と言えど財務会計が主体で、管理会計を取り入れておられる企業は少数派だと思う。管理会計を取り入れていても、与えられた計算式で社内組織の業績評価をするだけだろう。しかしこの管理本部長は、業績評価をどのようにすれば経営判断に貢献できるかを考え、実践しておられる。

このようなマネジメントが出来る様になるのは、知識を教えただけでは無理だろうと思う。財務部長から管理本部長への成長は、適切なフォローがあったからだと考えた。
毎月経営会議にあげる資料造りをルーチンワークと考えれば、このような成長はあり得ない。多分毎月の経営会議の議論がフォローとなり、経営者視点の気付きを得たのだと考えている。

経営者育成塾には、知識の教育以外にこのような気付きを促進する仕掛けが組み込まれていたのだろう。その仕組みの一つが「事前宿題」だと思う。経営者育成塾では、翌月の研修内容をあらかじめ勉強しておく様に課題が出される。経営者養成塾に参加した品質保証本部長は「一日の講義よりも29日の自主学習に効果があった」と言っている。


このコラムは、2015年12月14日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第454号に掲載した記事に加筆したものです。

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百年の計

 先週のコラムで、「チーム型コミュニティ」について書かせていただいた。

「チーム型コミュニティ」

弊社のサポート企業様を中心にコミュニティを作り、コミュニティで切磋琢磨することにより、更なる成長を目指すことが目的だ。

私が理想としているサポートは、お客様での改善活動などを通して、お客様のリーダを育成する。契約期間が終わった後も、育成したリーだが中心となり、改善が継続するのが理想状態だ。

そしてこの理想状態を、コミュニティでの交流を通じてさらに強化する。
それがチーム型コミュニティの目的だ。

こうすることで、私がいなくても、お客様での改善が継続するという状況を作り出せると思っている。「百年の計」とは少し大げさかもしれないが、このようなコミュニティを作ることができれば、私が引退した後も継続可能になるはずだと考えている。

実はこのような考えに至ったのは、現役会社員時代の反省からだ。
当時は「プレーイングマネジャ」として、自分自身も業務に関わりながら組織のマネジメントをしていた。もちろん業務もマネジメントも両方全力で取り組んだ。
しかし「業務能力」を磨くことに意識が集中し、部下の育成が不十分だった。
部下の育成のために、年間教育計画も作り実施していたし、自分のノウハウを部下に伝えるために、チェックリストを作ったりもした。しかし正直に言えば心の底で、チェックリストでは自分のノウハウを伝えきれない、と思っていた。

圧倒的な業務能力を持ち、品証の仕事は「林をおいて余人に替えられない」と評価されていた。当時はこの評価が賞賛だと勘違いしていた。
今思い返せば、この評価のために役員になるチャンスを2度失った。

自分がいなくても、部下が立派にやり遂げる状況を作り出せていなかった。
さらに言えば、自分がいなくても部下が成長し成果があがる仕組みを作ることが出来なかった。

経営者は、自分が引退した後も会社が発展することを念頭に経営をしているはずだ。中堅幹部、経営層幹部も同様に、自分がいなくなっても(別の部門に異動する、昇格する)組織が成果を出し続けることを目指すべきだろう。


このコラムは、2015年9月28日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第443号に掲載した記事に加筆したものです。

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知識より経験

 10年ほど前までは、日系企業と言えども中国人従業員に教育訓練を施すのはムダだと考えている経営者がいた。せっかく教えても転職してしまう。そんな徒労感から、ムダだと考える経営者がいたのだろう。

台湾企業は、初めから割り切っている様に感じていた。朝採用試験に合格した作業者は、午後には生産現場に上がって来る。導入教育をしていると言っているが、2時間ほどでは社内や寮生活の決まりを説明しただけで終わりだろう。
工程を細分して作業を単純にしているので、生産現場でも短期間の訓練で作業が出来る様になる。一見問題は無い様に思えるが、仕事に対する意欲や、問題発生時に対応する能力はおぼつかない。問題が発生すれば班長が対応するが、班長も作業者として雇用され、ろくな教育訓練も受けずに昇格しているので、同じ事だ。

さすがに最近は、教育訓練がムダだと言う経営者に会う事は無くなった。
しかし教育訓練の成果が見えないと嘆いている経営者は相変わらず多い。

私なりに分析してみると、「知識偏重の研修」に問題が有りそうだ。
教育訓練の目的は、対象者の好ましい行動の強化だ。
知識を与えても行動には結びつかない。
知識を能力に変換し、行動を促す。そして行動が習慣になればゴールだ。

このプロセスで重要なのは、知識の習得ではない。知識の習得は初めの一歩だ。その後の能力、行動、習慣のプロセスは「経験」により達成される。

稲盛和夫氏は「知識より体得を重視する」と言っておられる。

「京セラフィロソフィ」

私の仮説だが、中国人はこの「体得」が苦手なのではなかろうか?
仮説というより、妄想といったほうがいいかもしれないが、「漢字」が学校教育を記憶偏重型にしているように思う。日本も同じように漢字を使うが、日本の子供たちは最初に「さいた、さいた、さくらがさいた」とひらがなで習う。しかし中国の子供はいきなり漢字だ。しかも覚える数は、日本の当用漢字の数を、はるかに上回っている。

記憶偏重の学校教育を受けた人達が、教育訓練をすれば知識偏重にならざるを得ないだろう。教育訓練を受ける側も、記憶偏重型の学校教育で育っている。
その結果、以下のような課題を持ったリーダが多くなる。

教えた事は出来るが、応用が出来ない。
知識はあり評論できるが、自ら課題解決が出来ない。
自ら問題を発見し、解決課題を設定出来ない。

そんな課題を抱えたリーダも、経験を通して体得させることにより、成長するはずだ。


このコラムは、2014年10月6日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第382号に掲載した記事に加筆したものです。

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ローパー

 ローパーと言う言葉を聞き、意味が分からないのでネットで検索してみた。出るわ出るわ(笑)26万余件ヒットした。

ネットの情報によると、ローパフォーマンス社員を省略してローパーと言う。
ローパー社員を辞めさせるアドバイスをする人材会社が有る。
故意にローパーを装って、会社から解雇させ裁判沙汰にし和解金をせしめる「悪質ローパー」それを見習う「模倣ローパー」などもいる。
フリーランスで働いている人から見れば、パフォーマンスを発揮出来なければ淘汰されるのが当たり前。会社員だからパフォーマンスを発揮しなくても給料が保証されるのはおかしい。と言う事になるだろう。

しかしあえてローパーと言う言葉や扱いに疑義を呈してみたい。

パフォーマンスを発揮出来ない社員に対する雇用側の責任はないのだろうか?
社員の意欲を高め、教育訓練をするのを企業の「責任」とは言わないが、企業活動として当然の事だろう。この点に関して何も語らず、ローパー社員を非難するのは天につばをする様なものだと思える。

悪質ローパーを採用してしまった責任はないのだろうか?前職でも同じ手口で和解金をせしめていたと、後から分かったのならば、採用時に確認する手だても有ったはずだ。

本来良質な人材を提供する事が業務であるはずの人材会社は「悪質ローパーの見分け方」や「人材のパフォーマンスアップ」をコンサルするのが,本来の仕事だろう。勝手な基準でローパ社員の線引きをし、解雇の指南をするのは本末転倒だ。

50歳を超えて役職もないダメ社員などと言っているが、50歳を超えても安い給与で働いてくれる社員だと考えるべきだろう。パフォーマンス以上の給与を支払っているとすれば、会社側の給与規定がおかしいだけだ。

私には、自らの責任を放棄して、相手方を一方的にローパーなどと決めつけて、自己正当化をしているだけの様に見える。


このコラムは、2016年3月28日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第469号に掲載した記事です。

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