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整理とは

 先週お客様の工場で,5Sの指導をしていて気が付いたことがある.
5Sの「整理」とは本来,要るモノと要らないモノを区別し,要らないモノを捨てることだ.その結果,要るモノだけがある職場となる.
要るモノだけがある職場を実現するのが整理の目的だと考えれば,必要なモノが無ければ,準備することも「整理」と言える.

先週訪問した工場は,現在生産を立ち上げようとしている段階であり,まだ不要なモノが散見される状態ではない.むしろ必要なモノが足りていない状況だった.

例えば,会議室にゴミ箱が無かった.
たかがゴミ箱だが,もう少し考えると,会議室に使用済みの会議資料を回収する箱を用意する,と言うアイディアが浮かぶ.これで回収箱に裏紙が自動的に集まる.更に考えれば,本当に会議資料を配付すべきかどうかにまで考えが至る.

こう考えることが「改善」であり.5Sの進化だ.


このコラムは、2012年12月10日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第287号に掲載した記事に加筆修正しました。

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イノベーション

 洗濯物を自動的にたたむ。しかも誰の洗濯物か見え分けて仕分けをする。夢の様な家電製品だ。セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズが開発した製品ランドロイドだ。ランドリィ+アンドロイド(スマホの事ではなく人造人間の意味)と言うネーミングも科学少年のまま大人になってしまった人間のココロを鷲掴みにする(笑)社名からして素敵だ。「七人の夢想家研究室」私の年代なら
TVドラマ「七人の侍」を想起するだろう。若い人ならばアニメ「ワンピース」を思い起こすかも知れない。

しかし、価格を聞いて一気に高揚は冷めた(笑)1台185万円から、上位機種は250万円ほどすると言う。既に予約が開始されているが、一般家庭に普及するためには、もう暫くかかるだろう。洗濯もたらいから、電気洗濯機、一槽式と進化し、乾燥まで自動化した。家事労働の軽減に大きく貢献している。ランドロイドも同じ様な(価格面での)進化を期待したい。

セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの坂根社長は、商品開発に対してこう言っている。

「技術の先にイノベーションがあるのではなく、ニーズの先にイノベーションがある。だから手持ちの技術にこだわるのではなく、まずは適切なテーマ設定を行って、それを実現するための技術開発を行うことが重要だと考えた。」

CNET Japan」から引用

「洗濯物折りたたみ機「Landroid」が誕生するまで–社長が明かす紆余曲折の12年」

技術がなければ、イノベーションは起こせない。この事実が重すぎるために我々は、技術オリエントでイノベーションを考えてしまう。
「我々の加工技術で新製品を考えてみよう」
「この高機能素材の特性を応用した新製品を考えてみよう」
しばしばこのようなアプローチで新製品の開発を考えてしまう。

イノベーションが起きるのは、社会の要求(ニーズ)を満たす事が出来る技術(シーズ)を開発できた時だ。

ランドロイドは、家事労働軽減と言うニーズオリエントで開発された製品だ。
ランドロイドに使われている技術は、洗濯物を畳む「メカトロニクス」、洗濯物を認識する「画像処理技術」、どのようにたたむか判断する「AI技術」だ。

元々セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズのコア技術は「高機能複合素材」であり、それを活用した医療機器、ゴルフシャフトなどを開発している。技術オリエントで商品を考えれば、ランドロイドの開発はなかっただろう。

常識的なアプローチならば、現有顧客のニーズを深堀して、必要な技術を開発、製品を実現する、と言う手順になるだろう。このアプローチならば顧客ニーズの理解、販路構築のリスクを小さく出来る。

ゴルフシャフトは、既存技術を応用して、新規市場を開拓した。

今回のランドロイドは定石を破り、新規市場に新規技術で製品開発を行った。現有製品からの利益が十分にある。パナソニック、大和ハウス大和ハウスとの提携。これらが定石破りのリスクを軽減しているのだろう。「家庭用洗濯物自動折り畳み機」と言う新しい市場が出来上がるのか、期待して注視したい。

【編集後記】
残念ながらセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズは2019年4月に倒産している。
夢の洗濯機ランドロイドの新規技術開発が予想以上に難航したようだ。いきなり新規市場・新規技術を目指すべきではないという定石は生きているようだ。


このコラムは、2017年6月12日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第532号に掲載した記事です。

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職業人としての誇り

 先週のニュースからに読者様からコメントをいただいた.

※Z様のコメント
こんばんわ、198号は読んでいて目頭が熱くなりました。

僕的な解釈であれば、無理をするのは「滅私奉公」「国のため」「会社のため」ではなく、職業人としての使命感だと思います。とても被災地、それも原発などの危険な場所へ乗り込みを、日本人であっても「国のため」・・・とは解釈できません。
そうすると林さんのおっしゃられる「活私奉公」は、中国人に限ったことではないと思います。

違うとすれば、日本人と中国人とで、潜在的な気持ちがどこまで顕在化されるかの違いかと思います。

実は先週のコラムは,私自身が目頭を押さえながら書いた.

定年前の電力会社社員が,静かに「未来の原子力発電のために行く」と語って福島原発に出かけるのは,「職業人としての誇り」を置いては説明できないと私も思っている.

疲労の極限を越えて,被災地で活動をしている自衛官,消防庁員,警察官,全ての人々が「職業人としての誇り」を賭けて,戦っている.

その「職業人としての誇り」とは,仕事を通して成長し自己実現を果たそうとしている人だけが持てるモノだ.
仕事を通して成長する.仕事を通して自己実現することが「活私」だ.自分を活かす事で,会社や社会に貢献することを「活私奉公」と名付けた.

幕末から戦後まで,日本は「滅私奉公」の人々に支えられてきた.しかし今の日本で「滅私奉公」と言って納得する人は少ないだろう.

ボランティアとして被災地に向かう人々も「滅私奉公」ではないと思う.彼らを動かすのは,職業人としての誇りではないかもしれない.しかし,止むに止まれぬ情熱を突き動かすのは「日本人としての誇り」であり,日本人として自己実現を果たそうという「活私」だ.

「他人の役に立ちたい」と渇望すること自体が人間としての「活私」であり,その行動が結果として「活私奉公」になっていると考えている.

では,中国人の他人を思いやる力は,潜在的なものなのだろうか?

私の観察によると,彼らの「他人の役に立ちたい」という思いが我々よそ者に向けられないだけだ.しかしそれは,我々が「よそ者」であり続けるところに問題が有るのだ.
中国人を変えようと思っても変わらない.我々が変わらなければならない.

Z様はご自身のメールマガジンで仙台に一人娘を留学させている父親からの手紙を紹介しておられる.
父親は一人娘を心配していたが,彼女は周りの被災者から一人ぼっちでは心細いだろうと,特別の配慮を受けている.彼ら父娘にとって,被災地の人々は「よそ者」ではなくなったはずだ.

「中国人従業員がどうしたら一生懸命働いてくれるか」と考えるのではなく,「どうしたら中国人従業員が幸せになれるのか」を経営者は考えなくてはならない.

「リストラなしの『年輪経営』」塚越寛著


このコラムは、2011年4月4日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第199号に掲載した記事です。

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フェアネス

 企業のデータ捏造、役人の受託収賄など最近の日本では不祥事が相次いでいる。日本の社会が堕落し始めているように思えてならない。

「君子徳を思い、小人土を思う。
 君子刑を思い、小人恵を思う。」
《論語 里仁第四・11》

君子は徳を磨く、小人は財産にこだわる。
君子は法規に従い、小人は恩恵を求める。
2500年前に孔子が言った言葉だ。

企業や社会がまず守らねばならないのはフェアネスだ。
野心を捨てるべきだ、というつもりはない。しかし野心を超えたフェアネスが
あるべきだと思うが如何だろうか?

聖人君子の真似事をしていれば、競合に敗れてしまうという危惧もあるだろう。
しかし孔子はこうも言っている。

徳は孤ならず、必ず隣あり。
《論語 里仁第四・25》

企業のデータ捏造や役人の受託収賄が表沙汰になるのは、内部告発がるからだ
ろう。徳のある者がまだいるという証なのかもしれない。

野心を優先させる国や企業はひと時の繁栄はあるかもしれないが、フェアネス
を志す国や企業に淘汰されるはずだ。

「リストラなしの『年輪経営』」塚越寛著


このコラムは、2018年7月9日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第690号に掲載した記事です。

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直径30μmの針

 偶然河野製作所と言う会社を知った。前身は時計の針を加工する下請け工場だった。今は世界最小の手術針を生産するメーカだ。その手術針は、直径が30μmしかない。血管やリンパ管を縫合する時に使うそうだ。
製品を開発した頃は、そのような極小手術針の需要は殆どなかった。医者が、直径0.5mmの血管や0.3mmのリンパ管の縫合が出来るとは思っていなかったからだ。モノ造りのテクノロジーが、医療の技術も変えてしまったと言う事だ。

ここまで細くしてしまっては、縫合糸を針に通す穴をどう明けるのだろうかと疑問に思った。縫い針などは、先に穴を明けておき引っ張って細くしているのだろう。しかし直径30μmでは、引っ張って細くしているのではなく研削で細くするはずだ。例えば20μmの穴を明けると、片側5μmしか残らない。
実は、針に穴は空いていない。スリ割りが有りそこに糸の先端を挟むそうだ。

50μmの手術針を生産していた頃は、ベテランの職人が細心の注意を払って生産しても歩留まりは10%程度しかなかったそうだ。独自に治工具や設備を作り、今では普通の作業者でも98%の歩留まりで生産出来るそうだ。

日本のモノ造りのすごさは、職人の匠の技に支えられている所が有る。しかし属人的な匠の技に依存していると、モノ造りは継続出来ない。手で触った感触や、加工中の音で仕上がり具合を判断する。職人がこのような感覚を失ってしまったら最高のモノ造りは出来ない。こういう匠の技は伝承しなければならないが、多くの人に引き継ぐのはほぼ不可能だろう。職人の感触をデータ化する。データ化すれば、設備に落とし込む事が可能になる。

有る日系メーカでは、多岐に渡る製品群を顧客要求納期に合わせて生産するために、類似機種の半完成品を追加工して別機種に仕上げると言う「擦り合わせ」を日常的にやっていた。これは日本人赴任者の力量に依存した作業だ。これをそのまま放置してしまえば、赴任者の帰任後大混乱する。中国人リーダが同じ様にやろうとして、失敗してしまう。擦り合わせのノウハウ(暗黙智)をマニュアル(形式智)に落とし込まねばならない。

匠の技も擦り合わせの技術も暗黙智を形式智に置き換えておく事が重要だ。
形式智化により、生産を継続する事が出来る。更に重要なのは、暗黙智を伝承しておく事だ。難しいが、これが出来れば、生産の継続だけではなく、より高度な製品の生産も同様に形式智化が出来るはずだ。


このコラムは、2017年5月29日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第530号に掲載した記事です。

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医療過誤

 「CT報告「がん疑い」、担当医見落とす 千葉大2人死亡」
朝日新聞デジタルの記事だ。

記事によると、千葉大学病院で診察を受けた30~80代の男女9人の患者が、CT検査画像診断の報告内容を医師が見落とすなどしたため、がんの診断が最大約4年遅れ、4人の治療に影響があり、2人が腎臓や肺のがんで死亡した。

70代男性は皮膚がんの疑いで画像検査を受け、放射線診断の専門医が画像診断報告書で肺がんの疑いを指摘したが、担当医は報告書を十分確認しなかった。この患者は翌年肺がんで亡くなっている。
60代女性は腸の病気の経過観察でCTの画像診断を受け、報告書で腎がんが疑われると指摘されたが、担当医が十分確認していなかった。4年後CT画像で腎がんが確認され、その年の12月に亡くなった。

こういう事例を医療過誤というのかどうかはわからない。しかし適切に対応していれば命は救えたかもしれない。

私は医療に関しては素人であるが、TVドラマで手術前に多くの医師が集まり、カンファレンスを開き術式について議論するのを見たことがある。今回の事例を見ると、専門外の医師との交流が希薄の様に思える。医療の高度化に伴い、専門分野が狭くなるのはやむを得ないだろう。だからこそ専門医同士の意見交換がより必要だと思える。

私たち製造業では、製品化の各プロセスにウォークスルーやレビューがある。ここで、営業、設計、品証、生産技術、購買、製造の専門家が集まりそれぞれの立場で知恵を出し合い製品の完成度を上げる。

患者の生死に関わる様な重大事ではないが、製品化プロセスの手戻りは経営的ダメージを与える可能性がある。重大な問題点を見逃して製品を出荷すれば、リコールが発生する事もありうるだろう。

各プロセスでのチェック機能は、この様なリスクを防ぐだけではなく、若手の育成にも役にたつ。私自身も若手の頃、開発会議に出席し議事録を取る役割を仰せつかった。当時は自分で設計することはなかった。仕事の大半は、先輩が考案した新規回路方式の動作確認や、試作品の評価試験だ。しかしこの開発会議の議事録を取ることで、設計の擬似体験になっていた。

職位が上がれば設計審査ばかりでなく、生産準備会議や、量産試作会議にも出席することになり経験智は商品化プロセス全体に広がる。

自社で行われているウォークスルーやレビューが形式的になっていないか確認して見る必要があるだろう。例えば他部門主催のレビューに経験値の低い若手だけを参加させていないか?レビューの項目が十分であるか?見直すべきことは多いはずだ。

この事例を対岸の火事と見るか、他山の石と考えるかで雲泥の差が出る。


このコラムは、2018年6月13日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第679号に掲載した記事です。

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タカタの巨大リコール 「教訓」置き去り

 世界で累計1億台近い車がリコール(回収・無償修理)となるタカタ製エアバッグ問題。特定の火薬の材料が長く高温多湿にさらされて、水分が浸入すると、作動時に破裂して金属片が飛び散る恐れがある。自動車メーカーが交換を急ぎ、巨額の潜在的な債務を抱えるタカタの経営再建の議論が進む。だが消費者にとって最も大事な安全、業界全体で巨大リコールの再発をどう防ぐかという“教訓”は置き去りのままだ。

(以下略)

全文

(日本経済新聞電子版より)

 このメルマガでタカタのエアバッグリコール問題を過去3回取り上げた。
エアバック回収
ホンダの竹内取締役「本業の改善、タカタが全て消した」
タカタ、納入価格の引き下げ見送り要請 車各社に

今回のニュースで、事故原因が相当はっきりしたようだ。

エアバッグを急激に膨らませるインフレーターに入れた硝酸アンモニウムが、異常爆発し金属製のインフレータを破壊しその破片が飛散して、死傷事故が発生した。なぜ異常爆発したのかと言うのが核心の問題点だが、温湿度などの環境条件により経年変化した、と言うのが結論の様だ。

ネットに残されている事故の記事を検索してみると、米国で8件、マレーシア5件、日本3件の情報を見つける事が出来た。
マレーシアで5件と言うのを見ると、高温高湿環境による劣化が想起される。
しかし米国ではカリフォルニア州:3件、オクラホマ州、バージニア州、テキサス州、ペンシルバニア州、オクラホマ州、フロリダ州等に各1件点在しており高温高湿気候の場所に偏在しているとは思えない。乾燥気候で年間を通して涼しい気候のカリフォルニア州で3件も発生している。
これは気候要因ではなく、対象車両の台数(分母)の違いと考えた方が合理的かも知れない。

事故車の経年数でまとめてみると、以下の様になった。
17年:1台
15年:1台
14年:1台
13年:4台
11年:3台
10年:1台
8年:1台

カリフォルニア州の3台は、15年、13年、11年使用している。環境要因よりは累積時間が効いているのだろう。
火薬の様な化学材料は、必ず劣化する。普通に考えると経年変化により爆発力が減少又は消滅し事故時に膨らまないと言う不良になると予測してしまう。今回の事故では、火薬が経年変化で爆発力が増加すると言う故障モードがあると分かった。
インフレーター(火薬の金属容器)に欠陥が有ったとすると、火薬の爆発力の変化とは無関係に今回の事故モードの潜在原因となりうる。インフレーターに常に機械的応力がかかり続けているとは考えにくいので、経年変化による劣化ではなく、初めから有った材料欠陥と考えられる。経年劣化の様に見えていた
のは、エアバッグが作動する様な事故発生のポアソン分布に従っているだけなのかも知れない。

いずれの場合にせよ、10年以上交換なしで正常に動作する事を設計仕様に追加するには、コストバランスを考えれば困難だろう。もちろん人身事故の可能性を、コストとトレードオフする事は出来ない。

車検点検などで、エアバッグの定期交換を義務づける。
一定年月が経ったら、エアバッグを交換しなければエンジンがかからない様にする。等の対策を実施したら良いだろう。
もちろん化学材料の改良に取り組むのも良いとは思うが、自分自身の過去の経験(難燃添加剤による絶縁材料の劣化、プラスチック添加剤による耐候特性劣化など)から、本質的解決よりは予防保全を確実にする方が安全だと考えている。

ユーザに安全コストの負担を強いることになるが、これによって安心を買えるのはユーザだ。何が何でもメーカがコスト負担をしなければならないと言う風潮を改めた方が良いと思う。


このコラムは、2017年5月29日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第530号に掲載した記事に加筆しました。

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エアバック回収

 以前このメルマガで、タカタのエアバック回収問題を論じた事がある。

ホンダの竹内取締役「本業の改善、タカタが全て消した」
タカタ、納入価格の引き下げ見送り要請 車各社に

問題は一向に収束の気配がなく、ますますエスカレートしている様に見える。
メルマガには、タカタに対して厳しめのコメントを書いたが、いろいろな力学が働いているようで、タカタに対して気の毒な印象を持っている。

通常リコール責任は、完成品メーカにあるはずだ。そのためリコールに関してタカタは積極的な発言を控えて来た。これが米国消費者に「消極的な態度」と言う印象を与えたようだ。それが米国自動車業界(もしくはそれに肩入れしている人々)にとって絶好の攻撃対象になってしまったのではないだろうか。
米国にとって自国が自動車産業を生み出し、育てたと言う自負があるだろう。それが東洋の小国に取って代わられた、と言う忸怩たる思いがあるようだ。

巨額にふくれあがったリコール費用や、制裁金でタカタの経営が危ういと聞いている。
自動車部品から撤退して、本業に戻ると言う選択肢はもうないだろう。自動車部品に参入して、構えが大きくなってしまった。撤退は即倒産廃業の意味を持っている。

今更だが、このような事態に至らないために打つ手がなかったのか考えてみた。
タカタは後戻りできないかもしれないが、同じリスクを冒さないために他業界の経営者も考える必要があると考えている。

同じ自動車部品業界のBOSCH社は、顧客に提供する部品に関して「搭載要件書」を提示し、想定外の使用方法による事故から、自己防衛しているそうだ。

これは購入部品だけではなく、設計の再利用を目指す「モジュール化」にも必要な事だ。適用する製品と、設計モジュールのインターフェイスをきちんと定義しておかねば、設計不適合が発生する。インターフェイスとは、取り付け寸法だけの事ではない、環境条件、適用範囲など全てを含む。

以前システム製品の設計をしていた頃、あるメーカのCRTディスプレイを採用した事がある。採用が決定し、サンプル機の提供を受けた時に、先方の品証エンジニアが来社した。当方でCRTディスプレイを組み込む最終製品を見せてくれと要求された。まだ市場リリースしていない製品だ。即諾する訳にはいかない。理由を聞くと、想定外の使用(実装)がされていないか品質保証の立場で確認させてほしい、と言う事だった。
メーカ側の品質保証部門としては、当然の理由と判断し関連部署を説得し、要求に応えた。

品証エンジニアは、CRTディスプレイが組み込まれた状態を確認し、CRTのアノードキャップの端から25mm以内に金属の機構部品があるから、25mm以上の距離を確保してくれと要求して来た。

CRTのアノード電極は25kVの電圧が印火されており、空間距離を25mm開ける様にと言う要求だ。アノード電極には、半径25mm以上の絶縁キャップがついており、過剰な要求だと感じたが、メーカの品質保証の姿勢に敬意を評し、要求通り設計変更に応じた。

当然機構設計者は快諾する訳はない。既に設計は終わっているのだ。従って機構部品に追加工をする事になり、強度計算をやり直し、コストもあがる。そこをなんとか、と説得した(笑)

この時、先方の品証エンジニアから「最終製品の品質保証を確かにしたい」と言う姿勢を学んだ。後に自分自身が品質保証部門に異動した時に、基本理念となった。

セットメーカと部品メーカは、利益対立する存在ではない。顧客の顧客まで品質保証する、運命共同体だ。
セットメーカは、部品メーカを守る気概を持たねばならない。
部品メーカは、セットメーカを支える気概を持たねばならない。


このコラムは、2015年11月9日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第449号に掲載した記事に加筆しました。

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ホンダの竹内取締役「本業の改善、タカタが全て消した」

 ホンダが29日発表した2015年4~12月期の連結決算(国際会計基準)は、営業利益が前年同期比3%減の5672億円だった。同日の会見で竹内弘平取締役常務執行役員は「本業は改善したがタカタ(のリコール費用)が全て消してしまった」と述べた。主なやり取りは以下の通り。

全文

(日本経済新聞電子版より)

 ホンダの役員の発言「本業の改善、タカタが全て消した」をあなたはどうお感じになるだろうか?

私はホンダファンであり、今まで所有して来た車は1台を除いて全てホンダ車だ。先週もホンダのF1復帰にエールを送るコラムを書いたばかりだ。しかし日経新聞に取り上げられた竹内氏のコメントはいただけない。経営者として、業績の善し悪しを「他責」にすべきではない。他責にすれば単なる言い訳だ。

リコール費用がなければ増益だったはずだ、などと言っても何も生まれない。
リコールの責任はあくまでも自分たちにあるはずだ。直接的にはエアバックの不良であっても、それを採用したのは自分たちであり、顧客に販売したのも自分たちだ。

タカタは、異業種から自動車部品に参入し、自社の従来技術を使ってシートベルトを生産していた。ホンダがエアバックの開発を依頼したと聞いている。

ホンダには二重の意味で「自責」が有ったはずだ。

一方でタカタにも当然「自責」がある。
エアバックの開発技術、信頼性技術が不足していたことは否めない。
一番大きな責任は、経営判断だろう。
元々織物メーカとして創業している。織物の技術(生産設備も転用できた?)を使ってシートベルトを生産。自動車業界に参入。同じ自動車業界向けにチャイルドシートなどの新商品を投入。更にエアバックを投入。この時点で新規技術(エアバックの起爆)を開発している。

同じ技術で新規市場を開拓し、開拓した市場に製品のラインアップを増やす、その後同じ市場に対し新規技術で新製品を投入、と言う順序で定石通りに規模を大きくして来た様に見える。

会社を大きくしない「年輪経営」で成功している伊那食品工業の様な例もあるが、資本主義社会のルールは規模を追求し業績を上げることだろう。規模の拡大を急ぐあまり、新規技術の検証がおろそかになっていたのではないだろうか?経営者の判断と決断の責任は重い。

「リストラなしの『年輪経営』」塚越寛著


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ホンダF1復帰

 ホンダのF1復帰1年目の成績は、19戦0勝だったそうだ。
マクラーレンにホンダエンジンを提供して1年戦ったが、1勝も出来なかった。F1レーシングカーのエンジンは、市販車のエンジンとは全く異質なモノの様だ。異質と言ったのは、エンジンの構造やメカニズムだけではなく、開発の方法も、段階も異質と言う意味だ。市販車のエンジンは、量産の段階にあり、設計変更は、よほどの事がない限り発生しない。試作段階で設計は完了しているはずだ。
しかしF1レーシングカーは、レースのたびに改良が繰り返されている。レースの結果を見て、次のレースまでにチューニングされる。従って、試作研究段階のエンジンと言った方が良いだろう。
時間が足りないので、大掛かりな設計変更は不可能だ。基本設計を変えずに、小変更で性能を上げて行く。この繰り返しを毎週やる。

F1総責任者の新井氏は、この状態を「夏休みの最後の日のような濃縮した時間がずっと続く厳しい環境」と表現している。帰宅できない日が何日も続く。24hrs、7daysの仕事が続き家族と一緒に食事をしたのがいつだったか思い出せない。こういう環境を地獄と思っていない人が本物のエンジニアだ(笑)
ついでに言っておくと、暇な時にもとんでもないアイディアを実証するために、コソコソと実験室にこもっているのが、神級のエンジニアだ。

「ワークライフバランス」と言う言葉が軽薄に見えてしまう。
本物のエンジニアたちは、適当なところでバランスをとるのではなく、もっと突き抜けたところに使命感や喜びを見いだしている。

F1と言う「祭り」がこういうモチベーションを引き出す効果を持っている。
つまり日々の業務「日常」の中に「祭」を持ち込むことによりメンバーの結束力や、やる気を高める。このような企業文化がホンダの中には「楽しい事をやろう」という合言葉で組織に浸透している。

ホンダに勤めている私の後輩は以前ソーラーカー開発プロジェクトに参加し、オーストラリアのレースにも参戦してきた。このようなプロジェクトが起きると、俺もやりたいと手を上げ職場を離れてプロジェクトに参加できる。

このプロジェクトで得られた技術も次世代環境対応車に活かされるのではないだろうか。
基礎研究を「コツコツ」やるのではなく、「祭」に仕立て上げて楽しくやる。技術の蓄積だけではなく、こういう企業文化の側面からの効果も大きい。これが企業のブランドになるはずだ。

花王の元会長常磐文克氏は。この「祭り」を「コトづくり」と言っておられる。

  • 刃先の幅が0.005mmで、溝入れが0.03mm間隔で可能という世界一幅の細い超精密切削工具(アライドマテリアル)
  • 一辺が0.3mmの世界最小の真鍮製サイコロ(入曽精密)
  • 厚さ0.05mmのアルミ板に、直径0.008mmの穴を連続45箇所開ける技術(田中製作所)
  • 電子回路を金型とインクジェットシステムで作る技術(クラスターテクノロジー)

これらの会社に共通しているのは、精密加工の切削成型、研磨、溶接などそれぞれの分野で世界一小さい、軽い、細い、薄い、……に挑戦する“コト”をモノ造りの中心におき、職人や技術者を勇気付け、鼓舞していることである。

「コトづくりのちから」常盤文克著


このコラムは、2016年1月25日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第460号に掲載した記事です。

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