憲問」タグアーカイブ

君子は上達、小人は下達

yuē:“jūnshàng(1)xiǎorénxià(2)。”

《论语》宪问第十四-23

(1)上达:深遠な問題を理解できる。
(2)下达:つまらぬこと、身近な問題に通じる。

素読文:
わく:“くんじょうたつし、しょうじんたつす。”

解釈:
子曰く:“君子は上へ上へと進み、小人は下へ下へと進む”

君子たらんと欲するものは、常に己を高めようと精進しなければならない。小人の如く下世話な世事に関わっている暇はない。

小人に仁者なし

yuē:“jūnérrénzhěyǒuwèiyǒuxiǎorénérrénzhě。”

《论语》宪问第十四-6

素読文:
わく:“くんにしてじんなるものらんか。いましょうじんにしてじんなるものらざるなり。

解釈:
子曰く:“君子は仁を志すが、時として不仁な行いをする者もある。しかし小人は仁を志してはいないので皆仁者ではない。”

本物の仁者は一年365日、一日24時間ずっと仁者だと思います。君子たる者一年365日一日24時間仁者であることを目指すべきかと思いますが、時として不仁な考えが心をよぎることもあるでしょう。しかし君子であるべき地位にあっても、私利私欲に囚われ不仁な行いをする者は、小人となります。

続・管仲仁者なりしか

gòngyuē:“guǎnzhòngfēirénzhěhuángōngshāgōngjiūnéngyòuxiàngzhī。”
yuē:“guǎnzhòngxiànghuángōngzhūhóukuāngtiānxiàmíndàojīnshòuwēi(1)guǎnzhòngzuǒrèn(2)ruòzhīwéiliàng(3)jīng(4)gōuérzhīzhī(5)。”

《论语》宪问第十四-17

(1)微:ない。
(2)被发左衽:髪を振り乱し、左前に着物を着る。夷狄の風習に染まること。
(3)谅:つまらぬことを守って取るに足らない信頼を得ること。
(4)自经:首を吊って自殺すること。
(5)渎:溝渠。排水路。

素読文:
こうわく:“かんちゅうは仁者にあらざるか。かんこうこうきゅうを殺すに、死するあたわず。またこれたすく。”
子曰わく:“管仲かんこうたすけて、しょこうたらしめ、天下をいっきょうす。たみいまいたるまでそのく。管仲なかりせば、われそれはつこうむり、えりひだりにせん。ひっひっまことすや、みずか溝瀆こうとくくびれてこれを知るものきがごとくならんや。”

解釈:

子貢曰く:“管仲は仁者とは言えないでしょう。桓公が公子糾を殺した時に公子糾に殉じて死ぬこともせず、主殺しの桓公に仕えてその政を補佐したではないですか。”
孔子曰く:“管仲が桓公を補佐し諸侯の覇者たらしめ天下を統一安定したからこそ、今日まで民はその恩恵を受けているのだ。もし管仲がいなければ夷狄の侵略を受け、我々は夷狄の風俗に染まり髪を振り乱し、着物を左前に着ていただろう。匹夫匹婦がつまらぬ義理人情にこだわり首をくくってドブの中で死んでいくのとは違うのだ。”

《宪问第十四-16》の続きです。

管仲仁者なりしか

子貢も子路と同様に、公子糾に仕えていた管仲が、公子糾を殺した桓公に仕えたことを非難しています。
しかし孔子は、管仲が誰に仕えていようが天下統一安定の実績を評価しています。そのため外敵である夷狄から中華を守ることができた。主と共に殉死する、主殺しに対して離反する、このような行為は巷の凡人達がつまらな義理人情にこだわり心中するようなものだと一刀両断しています。それより天下国家を考えて行動せよ、ということでしょう。

管仲仁者なりしか

yuē:“huángōng(1)shāgōngjiū(2)zhào(3)zhīguǎnzhòng(4)”。 yuē:“wèirén?”
yuē:“huángōngjiǔ(5)zhūhóubīngchēguǎnzhòngzhīrénrén”。

《论语》宪问篇第十四-16

(1)桓公:斉の君主。
(2)公子纠:桓公の庶兄(妾の子で兄)。
(3)召忽:公子糾の臣下。公子纠が殺されたため殉死した。
(4)管仲:桓公の臣下。
(5)九合:多くの人を寄せ集めること。

素読文:
わく:“かんこうこうきゅうを殺す。しょうこつこれに死し、かんちゅうは死せず。” 曰わく:“いまだ仁ならざるかと。”
子曰わく、“かんこうしょこうきゅうごうし、へいしゃもってせざるは、管仲の力なり。じんかんや、其仁に如かんや。”

解釈:
子路曰く:“桓公が公子糾を殺した時、召忽は公子糾に殉じて自害したのに、管仲は生きながらえている。こういう者は仁者とは言えないのではないでしょうか。”
孔子曰く:“桓公が武力を用いず諸侯を糾合したのは管仲の力である。管仲ほどの仁者は滅多にない。

桓公が腹違いの兄・公子糾を殺した時に公子糾の臣下・召忽は自害しています。同じく公子糾の臣下であった管仲は殉死しないばかりか、主殺しの桓公に使えた。子路はこれを「仁」の心から外れる、と言っています。
しかし孔子は桓公が武力によらず諸侯連合を築き上げ夷狄から中国を守ったのは管仲の力があったからだと言っています。
「仁」とは主従の間だけではなく、もっと広く国民のためにあるものだという教えでしょう。

憲恥を問う

xiàn(1)wènchǐyuē:“bāngyǒudào(2)bāngdàochǐ。”
yuàn(3)xíngyānwéirén?”yuē:“wéinánrénzhī

《论语》宪问第十四-1

(1)宪:孔子の門人、原憲。あざなは子思。
(2)谷:穀。俸禄。
(3)克:人に勝ちたがること。伐:自慢したがること。怨:恨むこと。欲:貪欲。

素読文:
けん、恥を問う。子曰わく:“くに、道有ればこくす。邦、道無くして穀するは、恥なり。”
こくばつえんよくおこなわれざる、もって仁となすべきか。子曰わく:“もっかたしとべし。仁はすなわわれらざるなり。”

解釈:
憲が恥についてたずねた。子曰く:“国に道が行なわれている時、仕えてろくむのは恥ずべきことではない。しかし、国に道が行なわれていないのに、その禄を食むのは恥ずべきである。”
憲は重ねてたずねる。“優越心、自慢、怨恨、貪欲、こうしたものを抑制することができたら、仁といえますか?”
孔子曰く:“それができたら大したものだが、それだけで仁といえるかどうかは私にはわからない。”

下級の役人や官吏は労働に対する対価として俸禄を受け取ってもいいでしょう。
しかし、孔子は国のトップ層の職にある者(政治家、官僚として国の治世に関わる者)ならば、国に「道」なくして俸禄を受け取るのは恥である、と言い切っています。
企業経営も同じでしょう。組織内に「克伐怨欲」が蔓延っていれば「仁」より「我欲」が優勢となります。

不忧,不惑,不惧

yuē:“jūndàozhěsānnéngyānrénzhěyōuzhìzhěhuòyǒngzhě。”
gòngyuē:“(1)dào。”

《论语》宪问篇第十四-28

(1)夫子:孔子のこと。

素読文:
子曰わく:“君子の道なる者三あり。われくする無し。じんしゃうれえず、しゃまどわず、ゆうしゃおそれず。”
こう曰わく:“ふうみずかうなり。”

解釈:
孔子曰く:“君子の道は三つある。自分にはまだ出来ていないが、仁者は憂えず、知者は惑わず、勇者は惧れずだ。”
子貢曰く:“それは師が自らおっしゃっていることです。”

子貢は、孔子が君子の道はまだ自分にはできていないというのを、謙遜だといって言っています。
「道」を「いう」と素読していますが、「夫子自らのみちなり」と素読しても同じ意味になるように思います。

孔子は、子罕第九-29でも「知者は惑まどわず。仁者は憂うれえず。勇者は懼おそれず。」と言っています。
仁者憂えず

小人にして仁なる者あらざる

yuē:“jūnérrénzhěyǒuwèiyǒuxiǎorénérrénzhě。”

《论语》宪问第十四-6

素読文:
子曰わく:“君子にして不仁なる者有らんか。いまだ小人にして仁なる者有らざるなり。”

解釈:
子曰く:“君子であるが仁者でない者はいるかもしれない。しかし小人は皆仁者ではない。”

仁の心があってもその行動に仁を発揮できない者はいるかもしれない。しかし仁の心がない者が仁者であることはない。という意味と理解しました。

優先席に座ってスマホに熱中して目の前の老人、妊婦に席を譲らない者は「小人」と言わざるを得ません。
目の前に老人、妊婦に「席を譲らなければ」と思いつつ行動が起こせない人も大勢いると思います。仁者であろうと思うならば行動を起こさねばなりません。

勇者は必ずしも仁者ならず

yuē:“yǒuzhěyǒuyányǒuyánzhěyǒurénzhěyǒuyǒngyǒngzhěyǒurén。”

《论语》宪问第十四-4

素読文:
子曰わく:とく有る者はかならげん有り。言有る者は必ずしも徳有らず。仁者は必ずゆう有り。勇者は必ずしも仁有らず。

解釈:
徳がある人は必ず世のため人のために役に立つことをいう。しかし言葉巧みであるだけでは徳があるとは言えない。仁者は必ず勇気がある。しかし勇者は必ずしも仁者ではない。