月別アーカイブ: 2018年8月

仁者憂えず

yuē:“zhīzhěhuòrénzhěyōuyǒngzhě。”

《论语》子罕第九-29

素読文:
子曰く、知者はまどわず。仁者はうれえず。勇者はおそれず。

解釈:
子曰く、知恵ある者はあれこれ迷わない。仁の徳ある者は憂えない。勇気ある者は懼れない。

知恵があれば正しい選択ができ、あれこれ迷うことはない。
徳があれば他者への思いやりを持てる。自己に向けた憂いの感情はなくなる。
勇気があれば恐れることはなくなる。

『仁者』とは、自己の憂いから自由になっている人のことだと言えるでしょう。
憂いは自分中心に考えるところから発生します。

以下のエントリーで『仁』について考えました。
『孝悌』は親や目上の人に対する思いやり。
『巧言令色』は相手を立てるためというよりは、自己の利益を中心に考える利己心から生まれるモノでしょう。

「仁」とは利己より利他を優先する思いやりの徳と考える事ができそうです。

組織の壁

 先週のメルマガで,中国人職員の「自己責任意識の不足」に関して書いた.自分の責任範囲を小さく囲み,問題を極力「他責」とする傾向があるようだ.

こういう人たちにとって「組織の壁」は安心できる防火壁の役目を果たしている.ではこの組織の壁はどうやれば取り払うことが出来るだろうか.

昔の日本企業は,個人の責任範囲をあいまいにしておくことにより,組織の壁を低くしていた.こういう組織運営がうまく行くのは,自己責任意識の高い職員がいることが前提となる.

野球の守備範囲を例に考えてみよう.
二塁手と遊撃手の守備範囲は,固定的な線が引かれているわけではない.状況によってその線は変動する.ランナーがいない局面では,二塁ベースの後ろ辺りまで遊撃手の守備範囲となる.なぜなら二塁手が打球を捕球しても,振り返って一塁に送球せねばならなくなり,送球が遅れる.そのためバッターランナーをアウトにできなくなる可能性があるからだ.

しかも相手打者、ボールカウント、守備位置やピッチャーの投球コースによって守備範囲は毎回異なる.それを補うのが,オレが何とかする,と言う自己責任意識だ.

これがうまく行くのは組織構成員が,組織の目的を強く共有しているからだ.特に日本の様に「均一性」が高い組織文化が前提ならば,こういう組織運営はすんなり受け入れられる.

しかし,多様性が組織文化となっている中国の組織では,自分の責任範囲があいまいになっていることに順応できる人は少ないであろう.他人のミスまで自己責任として引き受けなければならないのだ.

それを改善するためには,責任範囲は明確にするが,その責任範囲が隣同士オーバーラップしているようにする.オーバーラップしている範囲で問題があれば,双方の責任とする.こうすることにより,組織間の協業が発生し,組織の壁は低くなるだろう.

そういう組織の中で仕事をしていれば,自然と自己責任意欲も養われるはずだ.


このコラムは、2010年7月5日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第160号に掲載した記事に加筆しました。

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自己責任

 中国の工場で仕事をしていて,一番がっかりするのは職員の「自己責任意識」の足りなさだ.
以前指導していた生産委託先工場で,技術改訂連絡の不備で旧バージョンのまま生産してしまったことがある.技術改訂といっても,製品に貼る主銘版の変更だけである.従って修復作業は,新しい主銘版を手配し,貼りなおし作業をするだけである.

しかしこのミスを放置するわけには行かない.次に同じようなミスが発生した時の損失が小さいとは限らない.致命的な損失だってありうる.

即関係部門を集めて,問題点を理解し是正をしようとした.

会議を始めて暫くは,各部門の言い訳発表会の様相だ.
営業部門は顧客の変更要求をE-mailで関連部署に通知したと,E-mailをプリントアウトして訴える.
技術部門は,技術改訂依頼が来ていないので作業が出来ないという.
購買部門は,部品表が改訂されていないので「正しく」部品手配したという.

全部署が自分の責任を果たした.問題は他部署にあるといっている.
これでは再発を防止する是正など,検討できない.

営業部門は顧客の変更要求を受けた時点で,次の出荷計画を調べ,変更適用がどのロットから可能か把握し,場合によっては顧客と変更適用スケジュールについて相談をしなければならない.
これが出来て最低限の自部署の責任を果たしたことになる.

更に今回の問題を自己責任として捉えることができれば,顧客の変更要求を各部門に伝達するだけが仕事ではなく,それが各部門に伝わって正しく改訂作業が始まっていることを確認するところまでが,自分たちの責任であると理解できるはずだ.

同様に技術部門も,自己責任の意識があれば,E-mail情報を「非公式情報」として取り扱うだけでなく,正式情報の発効を営業部門に要求することが出来たはずだ.

購買部門も同様である.

今回の問題の是正処置としては,技術改訂システムにあった欠陥を補強することとした.しかしそれでは不足である.各部門の「自己責任意識」を高めなければ,技術改訂システムにある「まだ見つかっていない欠陥」によるトラブルが発生しうる.又は技術改訂システム以外にある欠陥で問題発生する事もありうる.

完璧無比な品質保証システムをあらかじめ構築することはできない.
また「自己責任意識」を高めろ,と言っただけでは人の意識は変えられない.

例えば,出勤途上で車両事故があり会社に遅刻をした.
遅刻をした責任は電鉄会社にあるのだろうか?
車両事故は遅刻の「原因」ではあるが,遅刻は自分に責任がある.
世の中に完全無比な交通システムなどない.その不完全さを予測し対策を持つのが,遅刻をしないという「自己責任」だ.


このコラムは、2010年6月28日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第159号に掲載した記事に加筆しました。

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20年以上前の製品保証について

 ソニーが1968~1990年に生産したテレビで発煙・発火の可能性があるので,使用を中止して欲しいと社告を出した.

詳しい内容は分からないが,
「長期間の使用で、内部の部品が劣化し、色むらを抑える回路の周辺から発火したという。」
という記述から見ると,デガウス用コイルの絶縁劣化でも発生したのかもしれない.

この報道で2チャンネルの書き込みがどっと増えている.
トリニトロンCRTが燃えるとか,全く理解していない人たちの書き込みが,大部分を占める.
しかし発煙・発火の可能性があるのに「使用中止」のお願いだけとは何事だ,という書き込みは正論だろう.

42年前に製造した製品の品質保証をしなければならない,というのは同じく品質保証の仕事をしてきた人間にとって,同情したくなる一面はある.

無償修理といっても,トリニトロンCRTを交換となると,不可能だろう.20年以上前に生産された製品の修理部品を再生産するのは,相当な労力だ.しかも20年以上前の製品を修理する意味はあるだろうか.修理しても来年地デジ移行により,使えなくなる製品だ.

この様なロジックが,品質保証担当者の脳裏に浮かんだとしても当然だろう.
「新しい物に買い換えよう」たぶん一般的な消費者はこう考えただろう.

しかし故障モードが問題だ.おとなしく機能停止になる故障モードであれば,ソニーのテレビは42年間使えたと,故障したにもかかわらず,よい印象を持つことになる.だが発煙・発火となると話は別だ.消費者の不安は「ブランド力」の低下になる.
ソニーはモノ造りから離れようとしている.自らモノ造りをしていないソニー製品の販売は「ブランド力」に頼ることになるはずだ.
自らモノ造りをしなくなったがために,よりいっそう「品質保証」に注力しなければならないはずだ.
品質保証とは,顧客の満足と安心を保証することだ.


このコラムは、2010年6月14日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第157号に掲載した記事に加筆しました。

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コピー製品

 中国で暮らしていると,お札に始まりブランド物まで偽物は何でも揃っている.

日本のモノ造りも,欧米製品の物まねから始まり,力をつけて来た.それを考えれば,中国の製造業も発展過程にあるといえるのかもしれない.
しかし決定的に違うところがある.

日本が頑張って物まねをした時代にはアナログ技術しかなく,それを物まねするだけでも実力がついた.しかし今はディジタル技術が発達し,ほとんどコピーポンで同じモノが作れてしまう.

ソフトウェアのコピーを思い浮かべていただければ,ご理解いただけるだろう.

ハードウェアのモノ造りも同じだ.
ディジタルスキャンをすれば,実用レベルでほぼ問題ないモノが簡単に出来てしまう.化学製品ですら,分析装置を持っていれば成分を分析し同じ配分のモノが造れるだろう.
製品の機能部分をブラックボックス化できなければ,すぐ真似されることを覚悟した方が良い.

しかしこういう物まねを続けていても,技術的な進歩はない.

10年ほど前,アルミ電解コンデンサが1年程で寿命不良になるという不具合が,PC電源市場に蔓延したことがある.

これは電解コンデンサに入れる電解液に問題があった.
日本のメーカは,電解コンデンサの性能を上げる(直流抵抗を下げる)ために電解液を水溶性の物を使って成功していた.それの成分配合を真似した台湾企業が,電解液を中国のコンデンサメーカに販売した.多くの電解コンデンサメーカが,高性能(高価格)商品を生産できると,喜んで電解液を買った.

しかし水溶性電解液が,コンデンサの封止ゴムを腐食させ電解液が漏れ,あっという間に寿命不良となる.
実は日本メーカはこれを知っており,封止ゴムの方に対策を施してあったのだ.電解液だけを真似したので,寿命不良が多発して業界全体で大問題となった.

キーテクノロジーを支える周辺技術が理解できなければ,真似をしてもうまくはゆかない.

日本も真似をしていた過去を持つが,技術を極めようという姿勢を持っていた.
それは相手から技術を盗もうという姿勢ではなく,相手から学ぼう,相手を超えようという意欲から生まれる.安易に技術を盗んで金を儲けようという考えからは、このような意欲は生まれない。


このコラムは、2010年10月11日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第174号に掲載した記事に加筆しました。

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継続力

 継続するという力は,非常に重要だ.
禁煙とか,ダイエットではなく組織の継続力について考えてみたい.
例えば,5Sを継続する力のことだ.

5Sを継続させるのは,意外と難しいのではないだろうか.
初めは皆一生懸命取り組むが時間が経つにつれて,徐々に熱が冷めてくる.5S継続の秘訣を考えてみよう.

まずは敷居を低くする.
中国で工場を経営するW社長は,5Sを始める時に,全員に雑巾を配った.
当然W社長自身もマイ雑巾がある.これで全員が拭き掃除から始めた.誰でもが出来る事から始めようと思った.とおっしゃっていた.

難しくて敷居が高いようでは,継続などは望めないだろう.敷居を低くして,まずは出来るところから入る.

二番目に責任を明確にする.
W社長の例で言えば,全員が雑巾を持っており,拭き掃除をする場所が決まっている.W社長も自分のデスクの拭き掃除は自分の責任になっている.

掃除ばかりではない.
何かを始める時に,担当者を決め期待する成果を明確にしそれに責任を与える.
日本人と違って,責任が曖昧になっているのを中国人は好まない.きちんと誰の責任か決めておく.そしてそれがマンネリにならないように,時々責任者を入れ替える.責任者といっても,管理職のことではない.誰が責任を持ってその仕事をするかということだ.

三番目.コトを造る.
楽しいことは継続できる.これは誰もが同意できるだろう.しかし仕事そのモノは楽しいものではない.仕事を楽しいと感じるのは,仕事を通して得られる達成感,自己成長を実感するからだ.

この達成感や自己成長を,お互いに認め合い,実感するための「コト」を造るのだ.

5Sで言えば,社長の月例巡視で優秀部署を決め,社長が食事会に招待する.これが「コト」だ.

技能を研鑽する継続力を持つために,「技能オリンピック」を年一回開催する.QCC活動を継続する力を与えるために,QCCの成果発表会を開催する.

日常とはちょっと違う「ハレの場」を演出するのが,コト造りだ.

この三つをやれば,継続力がつく.
規則・罰則で継続力をつけようという発想ではうまくゆかないだろう.
イソップ童話に出てくる,北風と太陽が旅人のコートを脱がせようとした逸話と同じだ.
旅人にムリにコートを脱がせようとするより,脱ぎたいと思わせればよいのだ.
継続も同じで,継続したいと皆に思わせるのがベストだ.


このコラムは、2010年9月13日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第170号に掲載した記事に加筆しました。

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巧言令色仁鮮なし

yuē:“qiǎoyánlìangxiǎnrén。”

《论语》学而第一-3

巧言:huāyǎnqiǎo
令色:tǎohǎodebiǎoqíng

素読文:
子曰く、こうげんれいしょくすくなしじん

解釈:
子曰く:言葉巧みに取り入りご機嫌をとる様な者は「仁」が少ない。

「仁」は論語の中では最高の徳として位置付けれています。
学而第一-2『孝悌也者,其為仁之本与?』と合わせると、
『孝悌』を務める者が仁者である。
『巧言令色』は仁者ではない。
ということになります。

徐々に仁者の実態が見えてきました。

※本項は阳货第十七-17と重複しています。

共感力

 個人の成果は、能力×意欲と言う関数になると考えている。能力がなければ成果は出せない。能力が有っても意欲がなければ成果にはならない。
足し算ではなくかけ算だ。能力がゼロならば、いくら意欲が高くても成果は出せないだろう。意欲がゼロならば、能力が高くても行動しない。行動して初めて成果となる。従って、能力と意欲のかけ算で成果の大きさと考えるのが妥当だと考えている。

個人の集合体であるチームや組織の成果を考えると、個人の成果の総和が組織の成果となるはずだ。しかし目指す方向がずれていれば、組織に貢献する成果が少なくなる。組織が目指す方向と同じならば、個人の成果がそのまま組織の成果に足し込まれる。個人の方向が組織の方向と45°ずれていれば、個人の成果のルート2分の1しか組織に貢献しない。90°ずれていれば、組織への貢献はゼロになる。180°ずれていれば、組織の成果はー1になる。

能力も意欲も高い人が、組織が進むべき方向と反対を向いていれば、最悪の結果となる。

組織の成果を関数で表すならば、Σ能力×意欲×cosθとなるだろう。
 Σは総和の記号
 θは組織が目指す方向と個人が目指す方向の角度差

リーダの仕事は組織の成果を最大にすることだから、
・メンバーの能力を高める。
・メンバーの意欲を高める。
・メンバーと組織の方向性を合わせる。
の3点が重要な役割となる。

メンバーの能力を高めるのは比較的容易だろう。教えて練習させれば良い。(もちろん学ぶ意欲がなければいくら教えてもムダだが)
しかしメンバーの意欲を高める、方向性を合わせるのは,教えるだけでは達成できない。能力を高めるためにも意欲の向上は必要だ。

意欲を高め、方向性を合わせる方法が分かれば、成果は上がる。

実現したい目標を具体的に提示することだと考えている。
例えば、今期の売り上げを20億円にすると言う具体的目標が有れば、メンバーの意欲が上がり、方向性が合うだろうか?多分無理だろう。

20億円と言う数値がまず想像出来ない(笑)

売り上げ目標を達成したときの状態が、自分自身のこととしてリアルに想像出来なければ意欲を上げるのは難しいだろう。
例えば、目標を達成したら給料が上がり、毎晩ロマネコンティを夕食に1本空ける生活をしている、と想像したとしよう。そのために一度ロマネコンティを飲んでみる。良いアイディアだと思うが、物欲では上手く行かないだろう。
達成してしまった時に、意欲を継続するための新たな物欲を探さねばならない。
逆にいつまでも達成出来ない物欲を持てば、そのうち心が折れる。

仲間に対する貢献、顧客に対する貢献、社会に対する貢献など、具体的ではあるが終わりのない目標、むしろ生きて行くための目的が出来れば、継続的に意欲を持ち続けることが出来る。

そしてそれが組織の方向性に合っていれば、組織に対する貢献も大きくなる。
メンバーにそのような目的を持たせるのは、統率力とか指導力と呼ばれるモノでは不十分だろう。力を発揮するのは「共感力」だと思っている。
共感力とは、自分たちの仕事の目的に共感させる力のことだ。


このコラムは、2016年3月21日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第468号に掲載した記事に加筆しました。

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異常感度を上げる

中国で生活をしていると,「異常」と感じる閾値の差を思い知らされる事が多い.

ジムの蒸気サウナの温度がなかなか上がらなくなったことがある.普通15分もあれば,十分熱くなるのだが,1時間かかっても熱くならなくなってしまった.受付の事務員に,壊れているから直すように言っても,全く改善されない.痺れを切らせてナゼ直さないかとマネージャに聞くと,壊れてないと言い張る.

蒸気は出ている.熱くなるのに時間がかかっているだけだ.と言う.
では,ナゼ時間がかかるのかと聞けば,2つあるヒータの内1本が切れたと言う.こういうのを「壊れた状態」と言うのだと教えても,「使える」と言い張る.

彼らにとって,正常と異常の間にある閾値は,使える・使えないの閾値だ.使えている間は,正常であり,異常ではないという判断だ.

同様なことに,工場の現場でも良く直面する.
例えば,
プラスチック成型工場.4個取りの金型が,バリの発生がひどくなり,4個あるキャビティの内3個が使えなくなってしまった.この状態でも,1個取りの金型として生産を継続している.

電子PCBアッセイ生産工場.半田DIP槽のスプレーフラクサーのノズルが,フラックス残渣が固まり揺動動作が緩慢になっている.指摘をしても,ノズルの動力源(圧縮空気)の圧力を上げるだけ.

電子製品の組立工場.プラスチックケース組み立て前に,内機に塗布した接着剤の量が明らかに多すぎる.しかしケース組立員は何事もなくケースを組み立ててしまう.

こんな実例を挙げたらきりがない.

異常と正常の間にある閾値が,我々の期待と違いすぎるのだ.
この違いを是正するために,ひとつずつ「異常状態」を教えていたのでは,手がかかりすぎる.

例えば,人間は「健康」と「病気」の二つの状態だけではない.
人の健康状態は「健康」「健康ではない」「病気」の三つの状態があるはずだ.
つまり「健康」「病気」以外に「まだ病気ではないが,健康とは言えない」状態がある.
この「健康ではない」状態を放置しておけば,すぐに病気になる.

工場も同じだ.
「正常」「異常」の二状態以外に,「異常とは言い切れないが,正常ではない」状態がある.
「正常」状態をきちっと定義をしておき,それ以外の状態になった場合の行動を決めておく.

「異常」の範囲を定義しようとすれば,まだ発生していない異常も列挙する必要がある.しかし「正常」の範囲を定義することは比較的容易だ.「正常ではない」状態を全て「異常」と定義することにより,「異常感度」は上がるはずだ.


このコラムは、2010年8月16日に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第166号に掲載した記事に加筆しました。

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濡れ雑巾でコンピュータを拭き掃除

 今週のテーマ「出来るを叱らない」に登場した濡れ雑巾でコンピュータを掃除する女子作業員は,本当に実在した.

このくらいで驚いてはいけない.

現場をきちんと観察し,想像力を高めれば,当然予測できる内容だ.
例えば,作業員たちが終業後の掃除をどうやっているか観察していれば,分かるはずだ.

びしょ濡れのモップで床掃除をすれば,梱包箱が濡れる.ダンボールは一度濡れると,その強度が落ちてしまい,乾燥しても復活しない.また中の部材,製品にダメージを与える可能性もある.
材料,半完成品や完成品が入った箱を床に直置きしてはならないと,何度も指導するのはそのためだ.

SARSが流行っていた時も,宿舎や工場の消毒をしたと報告を受けて,すぐにヤバイと感じた.塩素系の消毒液が,電子部品にかかれば信頼性上の深刻なダメージを受ける.

この様な感性を,現場リーダは持つ必要がある.

事故の影に「ヒヤリ・ハット」がある様に,物事にはすべて,正常・異常・事故の三つの状態がある.
正常な状態からいきなり事故は発生しない.必ずなんらかの異常があり,それが直接原因,間接誘因となり事故は発生する.

リーダは,正常と異常の中間にある「正常ではない状態」を感知する感性を持たせなけらばならない.

つまり掃除をするのも,消毒液を散布するのも「正常ではない状態」だ.
正常ではない状態が,安全,品質,生産性に与える影響を予測できるようにする.これは机上の一般論だけでは教えきれない.
OJTで教え,それを水平展開する力を持たせなければならない.


このコラムは、2010年8月に配信したメールマガジン【中国生産現場から品質改善・経営革新】第165号に掲載した記事に加筆しました。

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