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恒心

yuē:“shèngrénérjiànzhījiànjūnzhě(1)。“
yuēshànrénérjiànzhījiànyǒuhéngzhě(2)érwéiyǒu(3)érwéiyíng(4)yuēérwéitài(5)nányǒuhéng。”

《论语》述而第七-26

(1)斯:すなわち
(2)有恒者:心が安定した者
(3)亡而为有:有りもしないのに有るように見せる
(4)虚而为盈:虚しいのに充実しているように見せる
(5)约而为泰:困窮しているのに安泰のように見せる

素読文:
わく:“聖人せいじんわれこれず。くんしゃるをば、ここなり。”
わく:“善人ぜんにんわれこれず。つねものるをば、ここなり。くしてりとし、なしくしててりとし、やくにしてたいなりとす。かたいかなつねること。”

解釈:
孔子曰く:“この世で聖人に巡り合うことは望めない。君子に出会えれば満足だ。”
孔子曰く:“この世で善人に出会うことは望めない。せめて心が安定した者に会えればそれで良い。何もないのに有りそうに見せる者、虚しいのに充実しているように見せかける者、困窮しているのに安泰であるように見せかける者ばかりだ。”

君子たる者、恒心を持ち続けなければならない。

以って尓の近隣に与えよ

yuán(1)wéizhīzǎi(2)zhījiǔbǎi(3)yuē:“(4)ěrlínxiāngdǎng(5)。”

《论语》雍也第六-5

(1)原思:孔子の弟子。姓は原、名は憲、あざなは子思。
(2)宰:代官。孔子が魯の司寇となった時、子思を代官に任命している。
(3)九百:単位はないが、孔安国(孔子の子孫)は九百斗と解釈している。
(4)毋:〜することなかれ。
(5)邻里乡党:集落の単位。隣近所という意味で使っている。5家で『邻』、25家で『里』、12500家で『乡』500家で『党』。

素読文:
げんこれさいたり。これぞく九百きゅうひゃくを与う。す。子曰わく:“なかれ。もっなんじりんきょうとうに与えんか。”

解釈:
原思を代官に任命した孔子は900斗の俸禄を与えた。原思は多すぎると辞退する。孔子曰く:“遠慮することはない。余れば隣人に分け与えれば良い”

前節(雍也第六-4)で孔子は、“君子は急なるを周いて富めるに継ず”と褒賞を与える側に注意を与えています。本節では俸禄を受け取る側の心得を説いています。

君子は急なるを周いて富めるに継ず

huá(1)使shǐrǎn(2)wéiqǐng(3)
yuē:“zhī(4)。”qǐngyuē:“zhī(5)。”rǎnzhībǐng(6)
yuē:“chìzhīshìchéngféiqīngqiú(7)wénzhījūnzhōu(7)。”

《论语》雍也第六-4

(1)子华:孔子の弟子。姓は公西こうせい、名はせきあざなは子華。
(2)冉子:孔子の門人。姓はぜん、名はきゅうあざなゆう
(3)粟:留守中の手当ての米。
(4)釜:量詞。六斗四升。
(5)庾:量詞。十六斗。
(6)秉:量詞。十六斛。一斛は十升。
(7)周:救済する。
(7)轻裘:軽くて温かい革の衣服

素読文:
子華しかせい使つかいす。ぜんその母のためぞくう。
わく:“これあたえよ。”さんことをう。わく:“ これを与えよ。”ぜんこれぞくへいあたう。
わく:“せきせいくや、肥馬ひばに乗り、けいきゅうる。われこれを聞く。君子はきゅうなるをすくいてめるにがず。

解釈:
子華が孔子の使いで斉に行った。冉有は子華の母親のために米を与えるよう孔子に求めた。孔子は「六斗四升ほどやっておこう」と言ったが冉有はもう少し多めにと求めたので、十六斗与えることにした。しかし冉有は八十斗与えた。
それを知った孔子は「子華は斉に出かけるのに、肥えた馬に乗り、軽裘を着て行った。貧しい者を助けるのは意味があるが、富める者に援助することはない、と言うではないか。」と冉有を叱った。

肥馬と軽裘は裕福な家の象徴なのでしょう。

博文約礼

yuē:“jūnxuéwényuē(1)zhīpàn(2)(3)。”

《论语》雍也第六-27

(1)约:学んだことを集約し応用する。
(2)畔:「叛」に同じ。背く。
(3)矣夫:感嘆語気

素読文:
子曰わく:“君子はひろぶんを学び、これやくするにれいもってせば、またもっそむかざるべきか。”

解釈:
子曰く:“君子たるもの多くの書籍に学び、学んだことを礼に従って実践する。そうすれば学問の道を外れることはないだろう”

《論語》為政第二-15で、孔子は「学びて思わざれば則ち罔し」と言っている。この「思う」は本章の「約する」に通じるものがあると思う。どちらも学んだことを実践できる形に変えることだと解釈している。

君子は恭敬惠義

wèichǎn(1)yǒujūnzhīdàoyān:“xínggōngshìshàngjìngyǎngmínhuì使shǐmín” 。

《论语》公冶长第五-16

(1)子产:姓は公孫、名は僑、字名を子産。鄭国の宰相。

素読文:
さんう。くんみちり。“おのれおこなうやきょうかみつかうるやけいたみやしなうやけいたみ使つかうや。”

解釈:
子は子産を称して曰く、子産には君子が守るべき四つの道があった。それは“己の行いに対し謙虚である。上に使えて敬親である。民に対して慈恵深い。民を使役するに道理にかなっている。”の四つである。

孔子は子産が「恭敬惠義」の大夫であったと称し、君子たるもの「恭敬惠義」であらねばならないと説いています。残念ながら現代日本には「恭敬惠義」の為政者が少ない(皆無?)ように思います。

君子は君子によって育つ

wèi“子jiàn(1)jūnzāiruòrén(2)jūnzhěyān(3)。”

《论语》公冶长第五-3

(1)子贱:せん。孔子の弟子。姓はふく、名はせい。魯の人。
(2)若人:かくのごとき人。
(3)斯焉取斯:一番目の『斯』は子賤、二番目の『斯』は君子の徳を指す。

素読文:
せんう、くんなるかな、かくのごときひとくんしゃくんば、これいずくにかこれらん。

解釈:
孔子は子賤を評して言われた「このような人物こそ君子と呼ぶべきだ。もし魯の国に君子が多くいなければ、子賤も君子にはなれなかっただろう」

君子は君子によって育てられる、と言うことでしょう。

忖度より道理

yuē:“jūnzhītiānxiàshì(1)(2)(3)zhī(4)。”

《论语》里仁第四-10

(1)适:厚遇する。
(2)莫:疎遠にする。冷淡にする。
(3)义:適切な。妥当な。
(4)比:親しくする。

素読文:
わく:“君子の天下にけるや、てききなり。ばくきなり。これともす。”

解釈:
子曰く「君子たるもの世の人や事に当たる時、選り好みはしない。ただ道理に従うのみだ。」

最近忖度という言葉をしばしば耳にしますが、大切なのは道理だと孔子は教えています。

木鐸たらん

fēngrén(1)qǐngjiànyuē:“jūnzhīzhìwèichángjiàn。”
cóngzhějiànzhīchūyuē:“èrsān(2)huànsàngtiānxiàzhīdàojiǔtiānjiāngwéiduó(3)。”

《论语》八佾第三-24

(1)仪封人:儀の国の防人さきもり
(2)二三子:諸君。年長者が若者に呼びかける時に使う。
(3)木铎:世人に警告を発し教え導く人。(weblio参照

素読文:
封人ほうじんまみえんことをう。わく:“くんここいたるや、われいまかつまみゆることをずんばあらざるなり。”
じゅうしゃこれまみえしむ。でてわく:“さんなんうしなうことをうれえんや。てんみちきやひさし。てんまさふうもっ木鐸ぼくたくさんとす。”

解釈:
儀の防人が孔子の一行に面会を求めて言った。「この関を通られる君子には、全てお目にかかっております。ぜひお目にかかりたい」
孔子の門人たちは、孔子を防人の部屋に案内した。
面会を終えた孔子は門人に言う。「諸君。私が下野されたことに失望することはないぞ。世の道徳が地に落ちて久しいが、天は私を世の木鐸としようとしているのだ」

官位を辞し弟子と共に諸国巡遊の旅をしていた孔子らしい言葉です。

君子は争わず

yuējūnsuǒzhēng(1)shè(2)ràng(3)érshēngxiàéryǐnzhēngjūn

《论语》八佾第三-7

(1)无所争:人と争うようなことはしない
(2)必也射乎:争うのは弓の試合くらいだ
(3)揖让:拱手して譲り合う

素読文:
わく、くんあらそところし。かならずやしゃか。ゆうじょうしてしょうし、しこうしてましむ。あらそいくんなり。

解釈:
君子は争わない。争うとすれば弓の試合ぐらいなものだ。それもきょうしゅ(*)してゆずりあって弓道場にあがり、勝負がすむと弓道場を下って仲よく酒をのむ。こういう争いが君子の争いだ。

(*)拱手:右手で左手のこぶしを軽く包み、胸元で両手を組み合わせて頭を下げる礼。

先行後言

gòngwènjūnyuē:“xiānxíngyánérhòucóngzhī 。”

《论语》为政第二-13

素読文:
こう君子を問う。子曰わく:“げんおこない、しかのちこれしたがう。”

解釈:
子貢が君子とは何かを問う。子曰く:“君子とは先に行動、言葉は後だ”

日本では「不言実行」と言います。孔子は、行動が先、言は後と言っています。「有言実行」は君子とは言えないようです。