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君子は泰にして驕らず

yuē:“jūntài(1)érjiāo(2)xiǎorénjiāoértài。”

《论语》子路第十三-26

(1)泰:落ち着きがある。余裕がある。
(2)骄:驕り高ぶる。威張る。

素読文:
わく:“くんたいにしてきょうならず。しょうじんきょうにしてたいならず。

解釈:
子曰く:“君子は泰然としており驕らない。小人は驕り高ぶるが、泰然としたところがない。”

日本では「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」と言います。
充実した稲穂はその重みで垂れ下がる。中身がスカスカの稲穂はまっすぐ空に向かって立っています。

君子に仕えるか、小人に仕えるか

yuē:“jūnshì(1)érnányuè(2)yuèzhīdàoyuè使shǐrénzhī(3)xiǎorénnánshìéryuèyuèzhīsuīdàoyuè使shǐrénqiúbèiyān。”

《论语》子路第十三-25

(1)易事:仕事を共にする。
(2)说:yuèと同じ意味。よろこばせる。
(3)器:才能

素読文:
子曰わく:“君子はつかやすくしてよろこばせがたきなり。これよろこばすにみちもってせざれば、よろこばざるなり。そのひと使つかうにおよびてや、これにす。しょうじんつかがたくしてよろこばせやすきなり。これよろこばすにみちもってせずといえども、よろこぶなり。ひと使つかうにおよびてや、そなわるをもとむ。”

解釈:
子曰く:“君子は仕えやすいが、機嫌はとりにくい。機嫌をとろうとしても、こちらが道にかなっていないと悦ばない。しかし人を使う時には、それぞれの器量に応じて使う。小人は、仕えにくいが機嫌はとりやすい。こちらが道にかなわなくても、機嫌をとろうと思えばわけなくできる。しかし人を使う時には、すべてに完全を求めて無理な要求をする。”

君子たるもの部下の力量を見極め、適切な者に仕事を任せなければなりません。
部下の力量を見誤り、無理な仕事を任せる。そして失敗すれば部下の責任として切り捨てる。こういう人が小人です。

士たる者は如何に振る舞うべきか

gòngwènyuēwèizhīshì(1)
yuēxíngyǒuchǐ使shǐfāngjūnmìngwèishì
yuēgǎnwèn
yuēzōngchēngxiàoyānxiāngdǎngchēngyān
yuēgǎnwèn其次qícì
yuēyánxìnxíngguǒ(2)kēngkēng(3)ránxiǎorénzāiwéi
yuējīnzhīcóngzhèngzhě
yuēdòushāozhīrén(4)suàn

《论语》子路第十三-20

(1)士:周代の身分制度では士は貴族層の最下層。
(2)果:果断,坚决。断固として
(3)硁硁:石を叩く音、ここでは頭が硬い人を指す。
(4)斗筲之人:筲は竹で作った水桶。ここでは器量の小さい人物を指す。

素読文:
こう問いて曰わく:“何如いかなればこれうべきか。”
子曰わく:“おのれおこなうにはじり。ほう使つかいして君命くんめいはずかしめざるを、士とうべし。”
曰わく:“あえの次を問う。”
曰わく:“宗族そうぞくこうしょうし、きょうとうていを称す。”
曰わく:“敢て其の次を問う。”
曰わく:“言うことかならしんおこなうこと必ず硜硜然こうこうぜんとして小人なるかな。そもそももって次とすべし。”
曰わく:“今のまつりごとしたがう者は何如いかん。”
子曰わく:“ああそうひとなんかぞうるにらんや。”

解釈:
子貢問いて曰く「士たる者どのように振る舞うべきでしょうか?」
孔子曰く「己の行動について恥を知り、外に出ては君主を辱めない。このような人物であれば士といってよかろう。」
子貢曰く「その下はいかがでしょうか?」
孔子曰く「親族から孝行者と褒められ、近隣の者から年長者を敬うと評判されるような者だろう。」
子貢曰く「さらにその下は?」
孔子曰く「口に出したことは必ず守る。行動は断固として成し遂げる。このような者は頭が固く小人と言えるが、その次くらいの価値はある。」
子貢曰く「まつりごとに携わる者はいかがでしょうか?」
孔子曰く「ああ、だめ。小さなますほどの器量しかなく、勘定に入れるほどでもない。」

いつの世も為政者の評価は低いものですね(笑)

樊遅 農を学ばんと請う

fánchí(1)qǐngxuéjià(2)
yuē:“lǎonóng
qǐngxuéwéi(3)
yuē:“lǎo。”
fánchíchū
yuē:“xiǎorénzāifánshànghàomíngǎnjìngshànghàomíngǎnshànghàoxìnmíngǎnyòngqíngshìfāngzhīmínqiǎng(4)érzhìyānyòngjià。”

《论语》子路第十三-4

(1)樊迟:孔子の弟子。姓ははん、名はしゅあざなは子遅
(2)稼:穀物を植える
(3)圃:畑
(4)襁:子供を背負うカゴ

素読文:
はんまなばんとう。
子曰わく:“われ老農ろうのうかず。
つくることをまなばんとう。
曰わく:“吾はろうに如かず。
樊遅ず。
子曰わく:“しょうじんなるかなはんしゅや。かみれいこのめば、すなわたみあえけいせざるし。かみこのめば、すなわたみあえふくせざるし。かみしんこのめば、すなわたみあえじょうもちいざるし。くのごとくならば、すなわほうたみの子を襁負きょうふしていたらん。いずくんぞもちいん。

解釈:
樊遅は穀物栽培について教えを請うた。
子曰く「私は穀物農家にはかなわない」
樊遅は野菜の栽培について教えを請うた。
子曰く「私は野菜農家にはかなわない」
樊遅は退出する。
孔子曰く「樊遅は小人だ。上に立つ者が礼を重んずれば、民は上に立つ者を敬する。上に立つ者が義を重んじれば、民は上に立つ者に服する。上に立つ者が信を重んすれば、民は情を重んずる。もしそうなれば、民は四方から子を背負って集まってくるだろう。為政者に農業の知識など必要ない。

国を治める者にとって重要なのは、殖産興業の知識や技術よりも「礼」「義」「信」だ、ということです。

民をあまねく仁と化す

yuē:“yǒuwángzhěshì*érhòurén。”

《论语》 子路第十三-12

(注)世:一世代、30年ほどをさす。

素読文:
子曰わく、王者おうじゃ有るも、かならにしてのちに仁ならん。

解釈:
たとえ聖人君主と言い得る真の統治者が現われても、少なくとも一世代を経なければ、民をあまねく仁者と化すことはできない。

人々が良き習慣を身につけるためには、親が良い習慣を身につけその子に良い習慣を躾けなければなりません。良い習慣が定着するためには二世代必要なのではないでしょうか?

東日本大震災の折に暴動・略奪もなく人々が整然と助け合う姿を見て、某国の指導者は「我が国の国民は50年経っても日本人のようには振る舞えない」と嘆いたそうです。指導者としてこれではいけません。「50年かかってっでも国民をあまねく仁者と化す」と決意すべきでしょう。

一方で、良い習慣が乱れるのは3年もあれば十分のように思われます。

続・樊遅仁を問う

 先週は樊遅が孔子に「仁」とは何かと尋ねたのをご紹介しました。
「樊遅仁を問う」
実は樊遅は別の機会にも、孔子に「仁」とは何かと訪ねています。

fánchíwènrényuē:“chǔgōngzhíshìjìngrénzhōngsuīzhī。”

《论语》子路篇第十三−19

(注)夷狄:古代中国で、東方の未開国を夷、北方のそれを狄といったところから、未開の民や外国人。野蛮な民族という意味。
『之』:『到』の意味。

素読文:
樊遅はんち仁を問う。子曰わく、居処きょしょするにうやうやしく、事をるにつつしみ、人にまじわりてちゅうならば、夷狄いてきくといえども、つべからざるなり。

解釈:
樊遅が「仁」とは何かと問うた。孔子曰く:いかなる処でも恭しく、いかなる事にも慎みしみ深く、人との交わりには忠義を尽くす。たとえ未開の国に行っても忘れてはいけない。

以前孔子は樊遅に「仁者はかたきを先さきにしてるを後にす」と言っています。同じ人に、違うことを言っている。その時々に相手に必要なことを教えていたのでしょう。

『仁』に関する以前のエントリー

言に訥、行に敏

巧言令色仁鮮なし

樊遅仁を問う

剛毅木訥

yuē:“gāng(1)(2)(3)jìnrén。”

《论语》子路第十三-27

(1)毅:guǒgǎn:勇敢で決断力がある。
(2)木:质朴zhìpǔ:素朴な、質素な
(3)yánchídùn:口数が少ない。

素読文:
子曰わく、ごうぼくとつは仁に近し。

解釈:
物事に屈しない、勇敢で決断力がある、飾り気がない、言葉少ない、そういう人が仁に近い。

剛毅つよきが故に憂えず、朴訥としていられる。ということでしょう。
気になるところは『剛毅木訥』が「仁」だとは言っていないところです。「仁に近し」としか言っていない。『剛毅木訥』だけでは足りないのでしょう。

3回にわたって『仁』について考えて見ました。
『孝悌』:親や目上の人に対する思いやり。
『巧言令色』:相手を立てるためというよりは、自己の利益を中心に考える利己心から生まれるモノでしょう。
『仁者不忧』:仁の徳があれば、あれこれ憂えることはない。

この中で『孝悌』は『剛毅木訥』に含まれない様な気がします。

『剛毅木訥』に『孝悌』を加えると『仁』になるのでしょうか。まだまだ道は遠い様です。

君子同じて和せず

子曰:“君子和而不同,小人同而不和。”

《论语》子路第十三-23

:于事物来说是“多样性的统一”。而对于人来说,“和”是和于观点与意见,是观点与意见的多样性统一。
tóng:同质事物的绝对同一,即把相同的事物叠加起来。

素読文:
わく、君子してどうぜず。小人同じて和せず。

解釈:
君子は他人とよく調和してやっていくが、自分の立場を忘れて、他人にひきずられたりはしない。
小人は他人にひきずりまわされたり、へつらったりするが、自分の立場を守りながら、他人と調和してやってゆくことはできない。

私は『和而不同』と『同而不和』をこんなふうに定義しています。
和して同せずの人たちはチーム。すなわち目的と目標を共有し互いに貢献しあうモチベーションの高い人の集まり。
同じて和せずの人たちはグループ。すなわち場所と時間を共有しお互いに盛り上がるテンションの高い人の集まり。

同じて和せずの人たちは、仲がいいように見えます。互いに思いやりを持ち、気持ちよく過ごせるように気を使います。

和して同せずの人たちは、仲がいいようには見えません。時として激しく議論し対立もします。しかし自分たちの目的や目標を達成するために各自の責任を果たします。

会社の帰りに居酒屋に集まり、会社や上司の愚痴を言いながら憂さ晴らしをするのが「動じて和せず」の人たち。
仕事で目的目標を達成するために貢献しあうのが「和して同ぜず」の人たち。
ちょっと言い過ぎでしょうか(笑)